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映画『少年の君』感想(ネタバレ)…イジメを子どもの闇で片付けない

少年の君

アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネート…映画『少年の君』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Better Days
製作国:中国・香港(2019年)
日本公開日:2021年7月16日
監督:デレク・ツァン
イジメ描写 児童虐待描写

少年の君

しょうねんのきみ
少年の君

『少年の君』あらすじ

進学校に通う高校3年生の少女チェン・ニェンは、大学入試を控えて殺伐とした校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜めて日々をやり過ごしていた。しかし、同級生がイジメを苦に飛び降り自殺を遂げ、チェン・ニェンが新たなイジメの標的になってしまう。そんなある日、下校途中の彼女は集団暴行を受けている少年シャオベイを出会い、しだいに虐げられる者同士で寄り添い合うようになっていくが…。

『少年の君』感想(ネタバレなし)

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この監督の名前は憶えておきたい

2021年3月23日、北海道旭川市内に住む当時14歳の中学2年生が市内の公園で凍死した姿で発見され、約2年前からイジメにあっていたことが判明し、大きなニュースとなりました。そのイジメの内容はあまりにも惨いものであり、遺族や被害者の子の尊厳を考えるとここで詳細を書きたい気持ちにはなれません。ハッキリ言えば「いじめ」などという言葉では矮小化にしかなっておらず、明確に暴力犯罪であると断言すべき事案だと思います。それくらいおぞましい事件です。

イジメの話題はどうしても「可哀想に…」というお悔やみで終わってしまいます。しかし、これは個人に訪れた不幸ではなく、言い逃れのできない私たち社会の起こした問題です。だから私たちに責任があります。もちろん、実際は加害者や学校の責任が大きいのですが、やはりこれは社会問題として捉えないと改善のスタートラインにさえ立てないでしょう。

そんなイジメは映画やドラマの中で描かれることも珍しくないのですが、私個人としては物語の味付け程度に挿入されるイジメの描写は本音を言うとかなり不快です。「これくらい学園生活の日常風景でしょ」というお手軽さでイジメを扱わないでほしいというか。扱うのならば真剣にその問題と向き合ってほしい。そう常に思っています。

そういう思いがある中、今回紹介する映画はイジメを真面目に題材としたもので、久々にドシンと一発ぶちかまされるような作品でした。それが本作『少年の君』です。

『少年の君』。「少年と君」ではないですよ。

本作は2019年の中国・香港合作なのですが、香港電影金像奨で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞するという大絶賛を獲得し、さらにその年の米アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされました(受賞は『パラサイト 半地下の家族』)。こうやって振り返って考えると2019年は東アジアの映画が勢いあったな…。

物語はというと、ある進学校を舞台にイジメのターゲットにされている少女と、家もなく学校にも行かずに町を徘徊して生きる不良少年との交流を描いています。少女と不良少年なんて、これまたベタな…と私も観る前は思ったのですが、これが観てみるとなかなかに上手いバランスで映画化されており…。原作はオンライン小説だそうで、確かにいかにもそんな感じのストーリーラインですけど、演出が見事でまんまと惹き込まれます。これこそ監督の才能だなと。

その監督が“デレク・ツァン”。この人は絶対にこれからも活躍するので覚えておいた方がいいと思います。あの『インファナル・アフェア』などで知られる名優“エリック・ツァン”の息子で、初期は俳優として活動し、『10人の泥棒たち』など多数で出演。しかし、2010年にジミー・ワンと共同で手掛けた『恋人のディスクール』で監督デビューし、さらに2016年の単独監督デビュー作『ソウルメイト 七月と安生』で高い評価を受け、一気に注目監督へと躍り出ました。そして今回の『少年の君』で世界的な喝采を受ける監督へと飛躍。あれよあれよという間に…。親の七光りなんて口にも出せない、御見逸れしました…と感服ですね。

俳優陣の演技も本当に素晴らしいです。主演は『ソウルメイト 七月と安生』でも卓越した存在感を示してみせた“チョウ・ドンユイ”。もう本作もこの“チョウ・ドンユイ”の佇まいだけで持っていく感じがあります。『少年の君』では監督も“チョウ・ドンユイ”の引き立たせ方をわかってきたのか、磨きがかかっている感じ。

そして共演しているのが“イー・ヤンチェンシー”という男優で、国産ボーイズ・グループ「TFBOYS」のメンバーなのだそうです。私は全然知りませんでしたが、アイドルらしからぬオーラの消失した野良風情ある佇まいはこちらも惹きこまれます。この“チョウ・ドンユイ”と“イー・ヤンチェンシー”の化学反応が『少年の君』の軸ですね。

あらすじを少し触れるだけだと、若い男女のロマンチックな人間模様に思えますが、私はもっとプラトニックな関係性だと解釈していますし、“デレク・ツァン”監督もそういうものを描くのが得意なのではないでしょうか。

作中のイジメ描写は非常に苛烈で(自殺描写もあります)、映画全編にわたって人によってはかなり精神的にツライと思うのですが、鑑賞意欲のある人はぜひともウォッチしてみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:アジア映画好きは必見
友人 3.5:青春を素直に語れるなら
恋人 3.5:痛みのある物語だけど
キッズ 2.5:イジメ描写が残酷です
↓ここからネタバレが含まれます↓

『少年の君』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):後ろからついてくる

英語を子どもたちに教えているひとりの女性。彼女は英文を流暢に読み上げていき、生徒たちに繰り返させますが、ふと“ある女子”に目をやります。その子はどこか俯き、悩みを抱えている様子でした。女性はその子をじっと見つめながら、昔の記憶を呼び覚まします。

2011年。全国統一入学試験(「高考」と略す)を控えているとあって、大勢の生徒が大量の教材を机に積み上げて必死に勉強しているのが、進学校では当然の風景でした。

高校3年生のチェン・ニェンもその有象無象の生徒の中のひとり。普段は内向的で同級生とそんなに喋らない彼女は、イヤホンで英語のリスニングをしていることが多いです。すると教室がにわかに騒がしくなり、みんながベランダに出て下を見ます。チェン・ニェンも外を見て状況を把握すると、すぐに下に降りました。スマホで写真を撮る生徒たち。みんなが好奇のまとにしているのは、今しがた飛び降り自殺をしたひとりの女子生徒の遺体です。

誰も近寄らない中、全校生徒が注目している状態で、チェン・ニェンはそのこの世を去った子の身体に上着をかけてあげました。その出来事の話題は瞬く間に拡散します。

亡くなったのはクラスメイトのフー・シァォディェ。警察が学校に来て事情聴取を受けるチェン・ニェン。正直、よくわかりません。なので上手く答えもできません。

けれども教室に戻ると自分の椅子に赤い液体がまかれているのを目にします。フー・シァォディェも同じイジメを受けていたと思い出すチェン・ニェン。こうしてイジメの対象は自分に移り変わりました。

チェン・ニェンの家は母のせいで常に借金とりがドアをけたたましく叩かれ、居場所はありません。加えて学校でもイジメの標的となると…。帰り道、同級生の女子から思いっきり後ろから蹴り飛ばされ、3人に囲まれ、首を締めあげられて抵抗はできません。

また帰り道、あの3人組の女子生徒に会わないように慎重に移動していると、途中でボコボコにリンチされている少年を見かけ、巻き込まれてしまいました。キスをしろと暴行男たちは強制し、しょうがなくキスをするチェン・ニェン。隙を見て反撃をする少年。そしてその場は終わり。

ところがその後に少年は目の前に現れ、使えなくなったスマホを新しくしてくれました。彼はシャオベイと呼ばれています。なるべく関わりたくないので、シャオベイが警察に止められているときも無関係のように通り過ぎるだけ。

しかし、陰湿な誹謗中傷のビラは生徒たちの間でも拡散し、チェン・ニェンはたまらず涙を流し、出ていきます。そんな彼女を拾ったのはシャオベイのバイク。彼は学校には行っておらず、立体交差橋の下でホームレス状態で生活しており、2人でカップラーメンをすすります。

イジメはエスカレート。体育ではボールをぶつけられ、階段では突き飛ばされ、あのイジメ3人組女子は警察の事情聴取を受けて休学となります。

それでも帰り道にあの3人組女子がカッターと大量のネズミを持って襲ってくる事態になり、命の危険を感じたチェン・ニェンはシャオベイの家に退避し、登下校の間、ボディガードとしてついてきてくれることになります

こうして仲良くなっていく2人。けれどもその関係は苦痛をともなう出来事に潰されることに…。

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子どもをイジメへと作用させるのは…

『少年の君』は冒頭で観客に一定の安心感を与えます。大人になったチェン・ニェンの姿が映るので「あ、彼女は命を落とすとか、そういうのはないんだな」とそこが安心材料になるわけです。しかし、展開は予想以上に苦しいものにどんどん加速度的に悪化。見ていて不安がぐるぐるします。「あれ、大丈夫…なんだよね、最後は平穏を取り戻す…んだよね?」…と。冒頭と繋がらないんじゃないかと焦ります。

本作のイジメ描写は苛烈極まりないです。イジメにもいろいろなタイプがありますが、一部の加害グループを筆頭に学校全体が完全に黙認してしまっているのが本作の状態です。イジメの中でも最悪のシチュエーションでしょう。

ただ、本作が良いなと思うのは、このイジメを「不安定な思春期の子どもの闇」という建前で安易に片づけていないことです。これは子どもの心の乱れというものではなく、子どもを取り囲む社会全体の歪みの結果なのであるということを、説明なしで無言で見せつけてきます。

そのひとつの主因であろうものが、あの序盤から観客を圧倒する受験体制へと統率されていく学校の環境です。そこらへんの企業よりも厳格な管理のもと、下手をすれば刑務所よりも殺伐とした世界で、子どもたちが受験のためだけに人生の時間を捧げていく。途中でベランダ全部に柵がつけられるので、余計に刑務所っぽさが増します。

学校だけでない、親もまた受験の成否が子どもの命運を決めることを疑っていません。あのイジメっ子のリーダーであるウェイ・ライもまた、受験圧力の犠牲者であり、富裕層か貧困層かはあまり関係ない状態です。

つまり、これだけ子どもの人格や成長を生贄にしているわけですから、イジメが生じるのはある種の副作用みたいなものです。確実に大人の責任です。しかし、その大人はこの映画内では一切罪を償うことはない。この理不尽さ。

これは残念ながら日本でも同じ状況ですよね。学校は子どもの心を育むどころか、受験兵士の育成訓練施設にしかなっていない…。ただ、日本の場合は『許された子どもたち』なんてのがまさにそうでした、子どもの心の闇として誇張して描かれることが多く、せいぜい母親の責任にする程度だったりするんですよね。

『少年の君』は学歴社会を全肯定していませんし、じっくりとまっすぐこちらを見つめながら「真の加害者」に落第の烙印を押していく…そんな映画にも思えます。

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正しさや規範外の人間は虐げられる

そんな中で『少年の君』の中心となるのは2人の若者男女。

この2人、チェン・ニェンとシャオベイは、本当に偶然にたまたま虐げられる側になってしまっただけです。いや、2人ともどこかで「人間らしさ」を見せてしまったがゆえにそれを「弱さ」とレッテルを貼られたというか。チェン・ニェンは自殺した子に上着をかけてあげた、シャオベイは困っている人を助けるという姿勢を見せることができる…この2人の当然とも言える行動…言い換えれば「正しさ」が攻撃の対象になってしまう

こういう「正しさ」を標的にして集団で攻めたてるというのは、まさしくインターネットの世界でもよくあることで…。人間は「正しさ」を攻撃したくなるんですかね。その「正しさ」は別に偉そうにしているわけでもなく、当事者は必死に自分なりの正しいことを懸命にやってみただけなのに…。

ともかくこのチェン・ニェンとシャオベイの2人。雰囲気からすればベタな異性愛のロマンスになりそうなところを、本作はかなり抑えた演出でとどめています。むしろそういう異性愛的な規範さえもこの2人を虐げるのではないか、そんな気もします。

本作では女子生徒同士がぶつかり合って最後は悲惨な結末を片方が迎えるのですが、“デレク・ツァン”監督は前作『ソウルメイト 七月と安生』では逆に女子同士のプラトニックな関係性を描いており、当人もそこまで異性愛規範を支持しているわけでもない感じです。それよりも絶対的規範に押しつぶされそうになっているプラトニックな存在をそっと救いとるかのようなタッチが印象的です

チェン・ニェンとシャオベイも最終的には警察という国家権力に追い込まれ、そこでとった切り札がチェン・ニェンがシャオベイに襲われているというふりをするという…つまるところ自ら乗っかって異性愛規範を利用するわけです。ここもまた切ない…。ただでさえ2人は髪の毛を剃ったので見た目的に既存のバイナリーなジェンダーが薄れて同一に見える感じになっていますし…。

そして刑務所というまたも学校と同じような隔離空間に移される中、2人の共に勉強したという痕跡が資料として保存される。この演出が上手く、学歴社会は擁護不可だけど、学びのピュアな時間には意味があるという肯定にもなっていて、絶妙なバランスだなと思いました。2人の顔はどこか晴れやかですしね。

最後はあの距離感が大人になっても映し出される。一見すると感動的シーン。でも、あそこで監視カメラに映るシャオベイという構図がどことなくホラー風味もあり、中国の監視社会への警鐘にも受け取れるような解釈の余地も残している。社会全体があの学校と同質化してしまったんじゃないか…。このあたりも見事でした。

“デレク・ツァン”監督、なんと今後はあの長編SF小説「三体」の実写ドラマ化を手がけるらしいなんていう情報もあって、この才能がどう輝くのか、楽しみでなりません。

『少年の君』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 97%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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作品ポスター・画像 (C)2019 Shooting Pictures Ltd., China (Shenzhen) Wit Media. Co., Ltd. ベター・デイズ

以上、『少年の君』の感想でした。

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