サバハ
Netflix映画『サバハ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Svaha: The Sixth Finger(娑婆訶)
製作国:韓国(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:チャン・ジェヒョン

サバハ

あらすじ

新興宗教の取材を生業とする牧師が追い始めた新たな宗教団体。それは信者の数も少なく、目立った問題もなかったが、何か腑に落ちない怪しさがあった。友人の僧侶の助けを借りてその実態に迫るうち、想像を超える深い闇に紛れた過去と、多くの命を危険にさらしている罪、そして誰も知らない秘密の存在が明らかになり…。

ネタバレなし感想

仏教? キリスト教? それとも“鹿”教?

奈良公園に鹿がいっぱいいるのはすでに日本人の常識となっており、今や観光客にとってあそこは鹿に餌をやるためのサファリパークと化している面も否めません。でも、なんであそこに鹿がいるか、ちゃんと理解している人は案外少ないでしょう(一応、奈良公園でも説明されているのですけど)。奈良公園は春日大社の境内にあり、 その春日大社の祭神は「武甕槌命(タケミカヅチノミコト)」です。この武甕槌命は鹿島神社から「神鹿」に乗ってきたと伝わっており、ゆえにあの地域の鹿は神と関係があると考えられており、そのために手厚く保護されてきた…そういう経緯があります。つまり、古事記や日本書紀に基づくものなんですね。

奈良公園の鹿の場合は古事記や日本書紀ですが、こういう風に「信仰と鹿」の関係性は他の宗教でも見られます。そんな要素もちょっぴり意識しながらぜひとも鑑賞してほしい映画が本作『サバハ』です。

「サハバ」じゃないですよ、「サ“バ”ハ」。漢字では「娑婆訶」と書くのですが、仏教における祈りなどの言葉の最後につける語だそうで、まあ、キリスト教で言うところの「アーメン」みたいなものなのでしょうかね。

タイトルからも匂わせているとおり、『サバハ』は宗教を題材にした韓国映画です。といっても、そこまで真面目に宗教を取り扱ったものではなく、あくまで「オカルト・スリラー」といった感じにほどよくエンタメ化しています。なのでそれほど肩肘張らずに気軽に観られるでしょう。イメージ的には同じ韓国映画の『哭声 コクソン』に近い雰囲気がありますが、あちらよりも具体的な宗教色は強いかもしれません。宗教マニアだったら手を叩いて喜ぶ映画です。
監督は“チャン・ジェヒョン”で、この人は前作の『プリースト 悪魔を葬る者』でも宗教を題材にしたオカルト系のスリラー映画を作っており、たぶんこういうジャンルが得意分野なのでしょうね。

韓国はキリスト教の勢力が強く、ゆえに宗教を題材に踏み込んだ映画も多いと、よく特徴として語られがちです。でも、それだったら日本もたいていの国民は仏教的な祭事を意識した生活を送っていますし、宗教とは全くの無縁ではない、いやそれどころか宗教だらけの要素に囲まれた社会です。なのになぜ日本と韓国はこうも宗教に対する映画での向き合い方が違うのだろうと考えると、やはり韓国映画は宗教に限らず社会批評的なアプローチを重視するためなのでしょうか。

『サバハ』は韓国のゴールデングローブ賞と称される「百想芸術大賞」でも、作品賞と監督賞にノミネートされ、新人女優賞を受賞しました。その批評家評価の高さもさることながら、そのミステリアスなストーリーも魅力なので一般観客の考察欲を刺激し、韓国国内の話題性もなかなかに高かった映画です。

キャスト陣も豪華。『神と共に』シリーズでもおなじみの“イ・ジョンジェ”、『サイコキネシス 念力』の“パク・ジョンミン”、『犯罪都市』の“チン・ソンギュ”、『オールド・ボーイ』の“ユ・ジテ”と、凄い貫禄ですが、なんとまさかの“田中泯”が結構重要な役どころで出演しています(最初、観た時は私は全然気づいていませんでした…)。

確かに仏教・キリスト教など宗教トークも全開であっけにとられる部分もありますが、“話が難しそう…”と感じる必要はなく、案外、しっかり種明かしもされていくので安心してください。もちろん、前述した鹿も重要なキーワードです。

日本ではNetflixで配信中。“チャン・ジェヒョン”監督の繰り出す、信仰をぐらつかせる恐怖を味わってみましょう。

オススメ度のチェック
ひとり◯(好きな人はドハマりする)
友人◎(展開予測で盛り上がる)
恋人◯(適度に謎解きを楽しむなら)
キッズ△(若干大人向けで怖いシーンも)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

関係ないように見えて全部つながる

「私が生まれた日もヤギがしきりに鳴いていた。メーメーと。その日、私と共に悪鬼が生まれた。母の体内で私の脚を食べて生きた“それ”は私より10分早く生まれた。みんなこう言った。“あの時に早く殺すべきだった”と。“それ”は生き続けた。今も」
黒ヤギさんのどアップから始まる、あまりにも禍々しいオープニング。そして衝撃的な“それ”の誕生を描くインパクトのある映像。もうこの時点で、この映画にワクワクしてきますが、掴みが抜群です。

1999年の江原道の寧越。そこから月日は2014年へと飛び、あの時の赤ん坊が成長した足をひきずるグムファという少女と、同じ家のある敷地の一角で隔離されるようにドアの向こうに閉じ込められる“それ”。大量に倒れている牛、一心不乱に祈りを捧げる人たちと乱れ舞う祈祷師。一体何が起こっているんだ…と観客一同を固唾を飲みながらの、画面にはタイトル表示。

そして…場面は変わり、この男。拡大する宗教詐欺について講義形式で熱弁をふるうパク・ウンジェという名のコイツ。プレゼンの最後には自身の「極東宗教問題研究所」の後援金の支援をお願いするのも忘れない。なんだこれ、明らかに胡散臭い…。案の定、「パクを追放せよ」というデモが極東宗教問題研究所の入っている建物の前で行われ、詐欺師呼ばわりされているわけです。このパクは、本気で宗教における詐欺問題を解決しようとしているならまだいいのですが、実際は「韓国仏教会」というおカネと権力を持っている組織を贔屓し、他の宗教団体をあれやこれやと問題点を見つけて世間では非難して、ご機嫌取りをするという、専門家と呼ぶのも汚らわしいクズなのでした。

あの禍々しいオープニングからのこの落差ですよ。しかも、このパクが実質主人公ですからね。普通の常識で言えば、悪役になりそうなものです。さすが韓国映画…らしいなと思いました。

で、このパクが今、目をつけているのは江原道にある「鹿野苑」という新興宗教。部下のヨセフという若者を信者を装って侵入させ、情報を入手。それによると、“不審な点がないのが不審”というくらい怪しい部分がなく、献金すらもさせていないとのこと。それでも、サリン事件を起こしたオウム真理教だって最初は支援することで勢力を拡大したんだと言いながら、危険性を確信するパクは調査を継続、まずは経典を探すことに。

一方、この地域で女子中学生が不審な遺体が陸橋の壁コンクリートから見つかり、警察はキム・チョルジンという男を捜索していたのでした。その遺体の体内から小豆とお札が見つかり、しかも他にもそんな遺体があったらしく…。

同時期、“広目”様と呼ばれている金髪男が、“持国”様と呼ばれる別の男の前に現れ、意味深な会話をします。「父さんを守れず身を隠していた」と後ろめたいことを言う“持国”様、それに対して「“増長”様も“多聞”様に続き、入滅されました」「あなたは死んでください」と告げます。

このグムファ、パク、警察、金髪男…4つのエピソードはこの時点では何も関連性は見いだせませんが、物語が進むにつれ、点と点がつながり、最後には全てが絡み合ったひとつの巨大な事実が見えてくる。それが『サバハ』という映画の物語面での最大の面白さです。

サバハ

宗教“インフィニティ・ウォー”

加えて『サバハ』を強烈な映画に仕立て上げているのが、世界観。宗教なんて詳しくない人が観ても察することができるとおり、本作はいろいろな宗教の要素がいくつも登場します。仏教、キリスト教、イスラム教…さらに仏教やキリスト教といってもそれをさらに細分化した細かい宗派まで。ちょっとした宗教“ズートピア”みたいな多様性です。

ただ、これらの宗教をきっちり精密に描いているわけでもありません。というか、そのそれぞれの宗教を絶妙にマッシュアップしてオリジナルな世界を構築しています。つまり、端的に言えば、本作は“チャン・ジェヒョン”監督の考える「俺の思う最強の宗教ワールド」みたいな、中二病全開の世界観なんですね。

まず、グムファのいるあの家庭ですが、十字架を飾っているあたりから見るに、明らかにキリスト教らしいことがわかります。そして“それ”の存在は忌み嫌われ、まさに悪魔のような扱いです。

また、「鹿野苑」という新興宗教ですが、もともと「鹿野苑(ろくやおん)」というのは、お釈迦様が悟りを開いた後に初めて説法をした場所のことだそうで、インドにあるサールナートという地がそれに当てはまり、仏教四大聖地のひとつになっています。仏教と鹿は密接な関係があったんですね。

パクの地道な調査(建物侵入)によって鹿野苑は「四天王」を崇めていることがわかってきます。この四天王という言葉はすでに一般用語化していますが、ここで言っているのは仏教における本来の「四天王」のこと。仏教を守護する四つの神…東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天…から成り立ちます。そしてこの四天王は悪鬼を捕まえる役割があると作中では説明されていきます。

さらに宗教を食い物にしているパクもまた実は昔は熱心な信仰の持ち主だったという意外な一面も明らかになってきます。その人生には壮絶な過去があり、そのことが信仰そのものへの不信感につながっているようでした。ちなみにパクは言動から察するに「エホバ」のようですね(クリスマスも嫌っていましたし)。

他にも後半に登場する、“田中泯”演じるチベットの高僧ネチュンテンパの「チベット仏教」など、本当にワールドクラスな宗教“インフィニティ・ウォー”状態です。

前半は割とこれらの宗教が独立して語られていくのですけど、だんだんとその境界が曖昧になり、“あれ? これはどんな信仰の話なんだろう?”と混乱するほどに混ざり合っていき、カオス。これがまた物語の不規則さを上手く盛り上げて良い効果を発揮していきますよね。

たぶん宗教に詳しい人ほど、どんどん翻弄されていく物語だったのではないでしょうか。これはこの宗教のここの部分で、あっちはこの宗教で…と引用を探して回るだけでも考察が楽しいです。ちなみに登場人物の名前も結構宗教ネタになっているみたいです。

見かけに騙されてはいけない

で、最終的なオチの話ですが…。

「鹿野苑」の実態は、キム・ジェソクという存在が独自に始めた経典に由来しており、キム・ジェソクはチベット高僧のネチュンテンパからの神託「かつて灯火が輝いていた場所に天敵が生まれるだろう。師が生まれた100年後に天敵は灯火を消す。天敵が血を流したその時、あなたは死ぬだろう」で自分の破滅を予言され、それを防ぐために行動を開始したのでした。まず少年刑務所から4人の若者を養子にし、それぞれを四天王の持国、増長、広目、多聞として従えさせます。そして、天敵として睨んだ1999年に寧越で生まれの81人の少女を「81の魔軍」として書き記し、四天王の面々に10年以上もその該当者の少女を殺し回らせていることが発覚。

このサイコパスな皆殺しの元ネタは、パクがクリスマスを嫌いな理由で語る、新約聖書の「マタイによる福音書」における「幼児虐殺」(イエス・キリストがベツレヘムに生まれたと聞いて怯えたユダヤの支配者ヘロデ大王がベツレヘムで2歳以下の男児を全て殺害させたとされる出来事)です。

四天王は広目様の金髪男だけが生き残り、「81の魔軍」として睨まれているグムファの命を殺めるために接近。広目様の金髪男ことチョン・ナハンは、呼吸器をつけてベッドに横たわるもう長くないような容態の“父”キム・ジェソクを心配しています。

ここで2段オチ。「81の魔軍」に記されていないもう一人の存在がいて、それは行政記録にも残ることなく隔離されていた例のグムファの双子の“姉”。その存在を知り、急いでその“姉”の元に向かうと、その姿はまるで弥勒菩薩のようで…そして指は片手6本計12本。“それ”こそが長年狙うべき存在だったと知るも、その“それ”の口からある疑念を巻き起こす言葉が語られ…

ここで3段オチ。実はチョン・ナハンすらも“父”キム・ジェソクだと思っていたベッド老人は特別でも何でもない人で、本当の力を持っている“父”は傍にいた長髪男だったのでした。チョン・ナハンは指が6本あるその長髪男を見て全てを確信。パクも少年刑務所の昔の集合写真に写る、長髪男が今も全く老いていないことから把握。ただ、まあ、“ユ・ジテ”が演じている時点で明らかに黒幕だとバレバレでしたけどね…(しかも初登場時はいかにもわざとらしい白い衣装)。

つまり、キリスト教の家庭にあるグムファの双子の姉が弥勒菩薩のようないかにも仏教的な正しき超越者として登場し、逆に仏教の環境にある鹿野苑ではキム・ジェソクがキリスト教の悪魔的な超越者として登場するという、表の顔とは違う逆転のサプライズが起こります。こういう見方によってその姿や立場が全然異なって見えてくるという、宗教あるあるを踏まえながら、それを上手くわかりやすいサスペンスのどんでん返しに使う…“チャン・ジェヒョン”監督、ただの宗教マニアでは終わらない、上手いストーリーテラーだなと感心です。

信仰だけでなく、最後はグムファと“姉”の恵まれない姉妹愛、そして利用され続けたチョン・ナハンの孤独な人生を、みんなが家族で愛を喜ぶクリスマスの夜と対比させて見せるあたりに、皮肉が効いているじゃないですか。どんな宗教でも根本にあるのは「愛」であり、たくさんの宗教があるのにまだ救われていない者たちが今まさにこの夜にいる。彼ら彼女らを救う“主”はいるのでしょうかね。

とにかく『サバハ』は宗教についてマニアックに極めた韓国映画の新しい高みだと思います。今後も韓国の宗教エンタメは見逃せませんね。

どんな宗教にも救いを見いだせない方、どうですか、ゴジラ教とか…。

ROTTEN TOMATOES
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IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)CJ Entertainment