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映画『SEX』感想(ネタバレ)…ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督の男らしさの掃除

映画SEX

たまに掃除するのもいい…映画『SEX』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Sex
製作国:ノルウェー(2024年)
日本公開日:2025年9月5日
監督:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
恋愛描写
SEX

せっくす
映画『SEX』のポスター

『SEX』物語 簡単紹介

街で煙突掃除人として真面目に働いてきた妻子持ちの2人の男。そんな2人は最近起きた自分の出来事を互いに打ち明ける。ひとりはたまたま客先の男性と思いがけないセックスをしてしまっていたが、自分は同性愛者であるという自覚はない。もうひとりは、デヴィッド・ボウイに女性として意識される夢を見て、自分でも理由がよくわからずにいた。それぞれ漠然とした戸惑いをもたらすが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『SEX』の感想です。

『SEX』感想(ネタバレなし)

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ダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督の『SEX』

「ダーグ・ヨハン・ハウゲルード」を知っていますか? その名は、きっと日本の映画ファンの間で、新鮮な北欧監督、そしてクィア映画を送り届けてくれるフィルムメーカーとして、この2025年に新たに刻まれるでしょう。

と言ってもこの“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督は若手とかではなく、もうすでにベテランです。ただ、日本ではほとんど人の目を浴びる機会がありませんでした。

ノルウェーの“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督はもともと小説を執筆しており、2000年代初めには短編映画を作り始め、2012年に『I Belong』で長編映画監督デビューを果たしました。

“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督の作家性は「異なる者同士のささやかな対話を通じて道徳や責任に揺れる感情を浮き上がらせる」という繊細なドラマ作りにあります。『I Belong』では、ちょっとしたことでぎこちなさが生まれて人間関係が上手くいかなくなるもどかしさが表れ、2019年の『Beware of Children』では、党派的政治対立を図らずも背負った子どもたちの事件から物語は始まり、2020年の『Light from the Chocolate Factory』では、共通の恋人の結婚をきっかけに出会った2人が作曲を通じて葛藤の中で交流を深めます。

いずれの映画も会話劇が主軸で、基本的には落ち着いたトーンです。それでも“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督の生み出す会話劇は目が離せません。

その“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督ですが、非常に挑戦を好んでいるのか、2022年から2023年の約10か月程度をかけて、なんと映画を3本も撮るという大胆な企画を実行しました。

そうして生まれたのが「Sex Dreams Love」3部作と呼ばれる『SEX』『LOVE』『DREAMS』の3本の映画で、すべて2024年に段階的に世界で公開されました。

3部作といっても物語が接続しているわけでも、登場人物が共通しているわけでもなく、別々の映画として楽しめます。ただ、3作ともにオスロが舞台になっていて、同じような対話のトーンの中で、流動的なジェンダーやセクシュアリティといった性の規範に向き合ったテーマが展開されます。

“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督も「クィアネスこそがこれらの作品を繋ぐもの」Nordisk Film & TV Fondと明言しているとおり、3作ともにとてもクィアな語り口です。

この監督の語りが良いのは、イタズラにセンセーショナルさを煽ることを一切していないことですね。性を主題にするからといってショッキングさを打ち出したり、「LGBTよりも目立たない真のマイノリティがいるのです!」みたいな論調でエリート主義を掲げたり、そんな低俗なことはしません。クィアネスに真摯です。

同時に「向き合った」と言ってもそんな差別を直球で描いているとか、深刻そのものな重い描き方をしているとか、そういうことはないです。むしろ良い意味での軽さがあり、そこが見やすさになっていてちょうどいいですよ。

“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督はすでに過去作でアマンダ賞を受賞するなど北欧での高い評価を得ていましたが、この「Sex Dreams Love」3部作で国際的な好評を高め、さらに羽ばたいた感じです。

監督は「映画館で3作品をまとめて上映してくれると嬉しい」とメディアでも話していましたけども、幸運なことに日本でそれが実現しました。日本では「ビターズ・エンド」の配給で、「オスロ、3つの愛の風景」と題した特集上映のかたちで一挙公開となります(実際の劇場公開のタイミングは各映画館で異なるのでそれぞれ確認してください)。

いち観客としても喜ばしい機会なのですけど、3本の長編映画がドン!と一度にお目見えなので、いささか戸惑うこともありますよね。「どれから観よう?」と悩んだりとか。

基本的に個人で気になる好きそうな映画から観ればいいです。3作とも趣の異なるクィア映画ですから。たぶん1本気に入れば他の2作も観たくなるでしょう。

ということでここからは各映画を一作ずつ紹介したいと思います。

この記事では『SEX』の感想を書いています。

“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督3部作の中では一番に強烈なタイトルですけども、題名に反してそんな艶めかしいエロティックな物語ではないです。そもそも直接的な性行為の描写も全くありません。なんだったら一番見やすいかもしれない…。

本作『SEX』は、2人の中年男性が主人公で、それぞれに妻子がいて、典型的なシスヘテロな生活を送っています。ところがひとりはひょんなことから男性と性関係を一度だけ持ってしまい、またもうひとりは自分が女性であるかのような夢を見てしまい、なんだかモヤモヤすることに…。

この2人の男性を通して、ラベル化もできないセクシュアル・アイデンティティやジェンダー・アイデンティティの揺らぎ、またはその概念自体のスペクトラムな性質を、対話によって取り上げます。なおかつ、男らしさを再考する…そんな迷える中年男性の映画です。

個人的には3部作の中でこの『SEX』が一番に気楽で好きですね。

第74回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門に出品され、エキュメニカル審査員賞、ヨーロッパ・シネマ・レーベル賞、国際アートシネマ連盟賞を受賞した映画『SEX』。

自身の性のありかたに揺れる中年男性の姿を優しく見守る映画を眺めたいなら、この作品で決まりです。

なお、他の2作…『LOVE』『DREAMS』の感想は以下の別記事にあります。

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『SEX』を観る前のQ&A

✔『SEX』の見どころ
★性のありかたに揺れる中年男性を優しく見守る目線。
✔『SEX』の欠点
☆—

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 2.0
性的な話題はたくさん話されます。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『SEX』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

街のとある建物の屋根の上、ひとりの黒い作業着の煙突掃除人が登っていき、慣れた手つきで煙突を清掃していきます。他にも複数の男たちがこの仕事についており、この光景は日常です。

そのひとりである男は、同僚とコーヒーブレイクしつつ、オフィス内でとある自分がみた夢の話をしていました。

漠然とした内容でしたが、トイレであの有名なデヴィッド・ボウイに出くわし、自分に言葉を投げかけてくるようなものでした。デヴィッド・ボウイのことを特別に好きというわけでもないのですが、なぜか夢に登場し、その目に惹かれ、不安が消え去る居心地の良さに満たされた気がしました。しかも、デヴィッド・ボウイは男であるはずの自分を「女」として見つめていたような気がしたのです。別の性別になるなんて考えたこともないし、男性に惹かれたこともありません。なぜそんな夢を見たのか。

その話を対面で聞いていた別の男は、ついこの前に客先の男性と体を重ねた話を唐突に打ち明けます。誘われたらしいですが、自分でも意外なほどに受け入れ、性行為をしたというのです。しかし、本人は男性と関係をもったのはこれが初めてで、ゲイだとも思っていないとも言い切ります。強烈な体験だったけど、悪いものだとも思わなかった、と。もうヤるつもりはないと言いながらも、本人もよくわかっていないようです。妻にも打ち明けたそうですが、妻はかなり動揺していたとのこと。これは浮気にならないと思っているとも言います。

それを聞いた夢に悩む男はあっけにとられてびっくりしていました。そんな性に奔放な男だったのかとこぼしますが、男性と寝た男は「そんな奔放なつもりはない」と冷静です。

とりあえず話を切り上げて、この話題は2人の秘密にしようと確認して、それぞれの用事に戻っていきます。

しかし、やはりその各自の体験は頭の中で気になり続けてしまい…。

この『SEX』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/09/05に更新されています。
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H-MSMの浮気論

ここから『SEX』のネタバレありの感想本文です。

映画『SEX』の主人公は互いに妻子持ちで、あからさまに典型的なシスヘテロ(シスジェンダー&ヘテロセクシュアル)なライフスタイルを何も疑わずに生きてきた男性です。そんな男2人が自分はクィアだと自覚する話…ではなく、「自分はクィアじゃないと思っているけど、性ってなんかよくわからないな…」と漠然としたアイデンティティの戸惑いが一時的に生じる…そのちょっとした人生の幕間を映し出しています。

まず主人公のひとりは、「客の男性の誘いにのって性関係を1度だけ持ってしまった」という男。でも男性には惹かれていないし、ゲイではないと言い切っています。

このように男性と性交した経験のある異性愛者を自認する男性を学術的に「Heterosexual-identified men who have sex with men」の頭文字をとって「H-MSM」と表現し、セクシュアル・アイデンティティと性行動の不一致を経験していると説明されたりしますJMIR Res Protoc.。こうした男性は「“ゲイ / バイ+ / クィア”のクローゼット」と誤認されやすい隠れた集団であり、異性愛者の男性の0.5%~3.5%が「H-MSM」であるという報告もあります。このような性行動の実践とアイデンティティが食い違うことは別に珍しくなく、変でもありません。

本作では主人公男性2人の名前が提示されないので、とりあえずあの男性は「H-MSM男」と呼ぶことにしましょうか。

このH-MSM男は例の男性との1度の性関係を打ち明けたことで妻との関係がギクシャクしてしまい、その夫婦の対話がずっと描かれていくことになります。

そこでは「浮気とは?」という議論が始まるのですが、異性愛と同性愛の二重基準が滲んでくるのが興味深いです(これは“ダーグ・ヨハン・ハウゲルード”監督の今回の3部作の他の映画でも共通している)。

H-MSM男は「浮気とは裏でコソコソすること」だと当初は言い張り、自分と男性との関係は浮気ではないとみなそうとしていますが、妻は全く納得できません。たぶんこれが異性同士の性関係だった議論の余地なく浮気と断定されるでしょう。

H-MSM男の中で「男同士の性関係を過小評価したい」という内なる本心が実はあるかのような態度ですが、皮肉なことに今のノルウェーは異性愛も同性愛も対等に扱っているので、多くの人は男同士の性関係でも浮気と普通に認識します。当人のセクシュアル・アイデンティティが何であれ…(異性愛者ならセーフってことにはなりません)。

そんなこんなでそれでも「浮気じゃない…よね? でもなんかごめん…」と弱々しく中途半端なH-MSM男と、激怒するわけではなくだんだんと「男同士のセックスってどんなの?」と好奇心がむしろ出始める妻のやりとりが、絶妙にシュールで面白おかしいです。

貞操、性欲、独占、親密さ…。いろいろな概念を並べ立てても、今回の出来事の背景を説明できないH-MSM男。

このエピソード、もし性別が逆転して女性同士だったら、さらにもっと浮気と認識されづらい微妙なラインになるんですよね(女性同士だとなおさら“本物の性関係”とみなされずに“戯れているだけ”と思われやすい)。

セクシュアル・アイデンティティのレンズを通すと浮気の見え方も変わる…そんな作用を上手く捉えた映画でした。

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男らしさの煤払い

映画『SEX』のもうひとりの主人公は、クィア・アイコンとして愛されるあのデヴィッド・ボウイと出会う夢を見た男です。こちらは「ボウイ男」と呼ぶことにしましょうか。

しかも、その夢の中ではボウイ男は「女」とみなされていたようで、まるでジェンダー・アイデンティティを示唆するような感じにも受け取れなくもありません

でも、少し髭面のボウイ男は自分の男性としての人生にもこの身体にも満足しており、苦痛を感じているわけではありません。だから当然トランスジェンダーだとも自認していません。わざわざ作中では妻から「知り合いのパートナーが性別適合手術を受けた」と聞かされるシーンが何気なく挟まれ、偏見はないことも示してもいます。

じゃあ、何なのかと言うと、それはわかりません。終盤に妻に明かしたときに「深刻に考えなくていい、包容力を持てという神のお告げかもしれない」と言われるように、結局は自分で勝手に解釈していいことなのでしょう。

それでも作中において、ボウイ男は発声練習で声をコントロールしようとしたりなど、なんとなくトランジションっぽい試みと重ねるシーンもあります。そしてラストのパフォーマンス。息子の作ってくれた赤い服で(煙突掃除人の仕事服が黒っぽい男らしいものなので対照的)、高い音域で歌い、フェミニンな仕草の振り付けをまとう。その姿に有無を言わさず映画的な納得を与える。グっと心を掴まれる良い演出でした。

また、このボウイ男は息子との対話が頻繁に描かれ、こちらも面白かったですね。ボウイ男もあの息子も、有害な男らしさは見当たらず、息子の同級生女子の生理の話を思いやりをもって口にしたりと、誠実です。僕はダメ人間なんじゃないかといつも考えてしまうと吐露する息子に寄り添うボウイ男は父親としてもお手本的。

オススメされたハンナ・アーレントを読んだりと、ボウイ男の勉強熱心さが地味にステキ。息子もあの父の良さを上手く吸収しているようです。

無論、H-MSM男とボウイ男の率直な対話も、ド直球でマスキュリニティのトークです。こういうことを恥ずかしくなく打ち明けられる男性同士の関係があるというのは、本当に頼もしいですよね。ここでホモフォビアやトランスフォビアが混じってしまうとダメなんですよ(現実社会では往々にして…)。

男らしさの解体というほどの大袈裟なものではない、煤けた男らしさをちょっと清掃する感じかな。

なんとなく前より綺麗になったならいいじゃないですか。たまに掃除するのもいいもんです。

『SEX』
シネマンドレイクの個人的評価
9.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)

作品ポスター・画像 (C)Motlys

以上、『SEX』の感想でした。

Sex (2024) [Japanese Review] 『SEX』考察・評価レビュー
#ノルウェー映画 #ダーグヨハンハウゲルード #夫婦 #ゲイ同性愛 #ビターズエンド