聴いてみる?…「Apple TV+」映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にApple TV+で配信
監督:スパイク・リー
てんごくとじごく はいえすとつーろうえすと
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』物語 簡単紹介
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』感想(ネタバレなし)
スパイク・リーのクロサワ愛
“スパイク・リー”の新作長編映画が観れる!…それだけでも2025年の楽しみが増えるものです。でも観てしまうと、観終わちゃったな…となんかしょんぼりするので、また次の映画を欲してしまうのですけど…。
ということでさっさと『天国と地獄 Highest 2 Lowest』の感想です。
“スパイク・リー”監督の長編劇映画は2020年の『ザ・ファイブ・ブラッズ』以来となります(同年にライブ・パフォーマンス映画の『アメリカン・ユートピア』も公開している)。


今回の『天国と地獄 Highest 2 Lowest』は、“スパイク・リー”も大好きな“黒澤明”監督の映画『天国と地獄』(1963年)を原作にしています。“スパイク・リー”監督本人はリメイクではなく再解釈だと言っていますが、確かに模倣はほぼしておらず、あくまで「誘拐事件で道徳観が揺れる金持ち」という中心点だけをサンプリングし、後は完全に“スパイク・リー”の色で染め上げています。
なお、“黒澤明”監督の『天国と地獄』も“エド・マクベイン”の小説『キングの身代金』に触発されて考えたものらしいですが…。
“スパイク・リー”監督いわく、1986年の商業長編監督デビュー作『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』も『羅生門』を着想元にしていたそうなので、“黒澤明”リスペクトは昔からのようです。
“スパイク・リー”監督は、学生時の映画『Joe’s Bed-Stuy Barbershop: We Cut Heads』の頃からニューヨーク、とくにブルックリンを愛してやまない作家性の持ち主ですけど、本作『天国と地獄 Highest 2 Lowest』もニューヨーク愛が詰まりに詰まっています。
そして音楽への情熱も本当にたっぷりで…。これはもうミュージカル映画と言っていいレベルじゃないか?というほどです。
『ブラック・クランズマン』や『ザ・ファイブ・ブラッズ』と比べると、政治色などヘビーなトーンが少なく、だいぶ軽やかなエンターテインメントに仕上げているので、気楽に観れるのも良いところ。
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』で主演するのは、“スパイク・リー”監督とは『インサイド・マン』以来の“デンゼル・ワシントン”。当然のように相性は抜群です。“デンゼル・ワシントン”にしてみてもお手の物で、監督も作品も100%掴み切って安定して演じ切っています。
共演は、『アメリカン・フィクション』の“ジェフリー・ライト”、ドラマ『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』の“イルフェネシュ・ハデラ”、『インスペクション ここで生きる』の“オーブリー・ジョセフ”、『ティル』の“ジョン・ダグラス・トンプソン”など。他にも意外なキャスティングもあるのですが、それは観てのお楽しみ。
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』は「Apple TV+」の独占配信で、日本だとまた映画館で観れないのが残念ではありますね…。
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 多少の暴力を示唆する描写はあります。 |
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
ニューヨークの街並みを一望できる高層ビル。そのペントハウス・マンションの上層階のベランダにて、青空の下、レコード会社の買収の話を調子よくするひとりの男。良い日だと上機嫌です。
業界にその名が知れ渡るカリスマ的な音楽プロデューサーのデヴィッド・キングは、電話を切って、部屋に戻り、芸術支援で50万ドルの寄付を考えている妻のパムに、待ってほしいとやんわり口にします。
そうこうしているうちに息子のトレイが緑のヘッドバンドをつけて階段から下りてきます。
トレイと一緒に車で送迎されながら、スマホを使いすぎだと軽口で喋るデヴィッド。大学に到着した後も、スーラという新人のアーティストがオススメだとトレイに言われ、聴いてみると約束します。デヴィッドは以前はグラミー賞を獲るようなミュージシャンを何十人も発掘してきましたが、最近はビジネスばかりです。
今日のトレイはバスケのキャンプに参加することになっており、スマホは没収。トレイは緑のバンドを奪った友人のカイルとふざけ合い、さっそく厳しくしごかれます。
デヴィッドは馴染みの運転手でカイルのシングルファーザーでもあるポールの迎えの車に乗り込み、こちらもふざけた会話をしつつ、会社のビルに向かいます。
オフィスで、パトリックと2人きりになり、売却の話でぶつかり合います。「黒人文化の搾取に加担するくらいなら私に売れ」と持ち掛け、2人なら重役会も牛耳れると言い切ります。デヴィッドは「スタッキンヒッツ・レコード」の経営権を取り戻そうと画策していたのです。会社の過半数株式を取り戻せば、また自分のやりたいように音楽に専念もできる…そういう野望がありました。
パトリックはしぶしぶ納得し、デヴィッドは大喜び。
さっそく妻に買収の話を説明しますが、実は資産を担保にした大きな賭けだったので、パムは顔を曇らせます。パムはかつての輝きを失い、音楽の話題ではなく、ビジネスマンになってしまった夫に失望していると素直に気持ちを吐露。
そんなとき、デヴィッドのスマホに電話がきます。仕事の電話だと思ってでますが、デヴィッドの表情はこわばります。それはトレイを誘拐したという内容でした。
すぐに警察に連絡し、警官たちが駆けつけ、誘拐事件に対応するべく準備が進みます。ブリッジス刑事を中心に状況を整理。1750万ドル(約26億円)という巨額の身代金を要求しており、今夜電話するとのこと。妻は払うと即断即決し、事態の進行を待ちます。
ところが、トレイはあっけなく無事に発見され、誘拐犯はトレイの親友のカイルを誤って誘拐していたことがわかり…。
黒人文化の上と下

ここから『天国と地獄 Highest 2 Lowest』のネタバレありの感想本文です。
“黒澤明”監督の『天国と地獄』は、社会派映画とエンターテインメント活劇を巧みに混ぜ合わせるという、「これぞ黒澤明!」な一作であり、そのラストの切れ味も含めて、当時の日本における犯罪に対する社会正義に真摯に向き合った物語でした。
対するこの“スパイク・リー”監督の『天国と地獄 Highest 2 Lowest』は、現代のニューヨークを舞台にしていますが、そこまで社会全体の倫理と正義を問うほどの重みはないです。ちょっと楽観的なくらいまであります。
でもそれが今の“スパイク・リー”監督にしてみれば、ちょうどいい「社会における個人の責任と道徳の在り方」と捉えているのかもしれません。
本作の主人公であるデヴィッド・キングは、あからさまに成功者であり、富と名声を獲得しています。音楽プロデューサーという黒人文化の頂点的な位置づけでもあります。
住んでいる場所は、「ダンボ」というエリアの中心の一等地に2023年に建設された「Olympia Dumbo」という実在のビルの上層です。視覚的にも「王様!」って感じがひと目で伝わります。
そしてその住まいの中には、黒人文化に因んだアートコレクションがズラっと散りばめられていて、このキング家にとっての富とは、すなわち黒人文化そのものであることもわかります。
そのデヴィッドは誘拐事件に直面し、その被害者が自分の息子ではなく、大親友の息子だと判明してからは、いよいよ道徳が試されます。デヴィッドにしてみれば、彼の個人資産は黒人文化そのものなので、「友の子の命のために黒人文化を売るか?」という、結構アイデンティティの喪失になりかねない状況です。もともと黒人文化を大企業に搾取させない!と張り切って買収を仕掛けようと思ったのに、むしろ自分が黒人文化を売り渡す側になってしまったかたちという皮肉…。
ただ、本作は犯人が電話の声で明らかに黒人だとわかるようにしているので、このサスペンスに人種対立は持ち込んでいません。そうではなく、黒人コミュニティにおける立場の相違が本作の肝なんでしょうね。
デヴィッドを“デンゼル・ワシントン”が演じていることもあって、あの身代金を払うか葛藤している間に、なんかふと闇がこぼれ、『イコライザー』並みの正義の鉄槌者に変貌するんじゃないかと、別の意味でヒヤヒヤしましたけど…。
デヴィッドは“スパイク・リー”監督とは立ち位置は真逆かもしれませんね。“スパイク・リー”監督ほど大企業化に乗らず、個人のクリエイティブを柱に活動してきた人はいませんから。
一方の“ジェフリー・ライト”演じるポールは、本当に不憫で、親友同士とは言えそこに明確な富の差ができてしまっていることにおける気まずさとか、いろいろな屈辱を押し堪えて生きている人間です。観ていて地味に可哀想でしたね。
そしてさらに下層で純真な眼差しで上を見上げていた(そのまま耐えきれなくなった)のが今回の誘拐犯ですが…。
闘ってこい、挑戦は歓迎だ…の精神
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』はニューヨーク愛が詰まった一作ですが、そこに音楽が加わり、さながらミュージカル映画です。
いざ身代金を渡すという、このジャンルでは最もサスペンスフルな展開に移ってからも、音楽がそれを盛り上げます。ボロー・ホール駅からヤンキース・スタジアム行きの電車に乗ると、その電車内はヤンキースファンだらけ(ヤンキースのファンに囲まれて縮こまって座っている“デンゼル・ワシントン”という絵面だけですでに笑えてくる)。しかも、プエルトリコの日を祝うパレードもやっていて、多文化らしいニューヨークのごちゃごちゃ感が満載。
その最中を巧妙に利用する犯人グループの連携。この手際だけでも「犯人はニューヨークを愛して熟知しているタイプの人たちだ」と示唆されます。見ごたえがありました。
そしてデヴィッドの耳の力が本領発揮して、ついに誘拐犯の首謀者であるヤング・フェロンと対面。ここでヤング・フェロンを演じているのが、“エイサップ・ロッキー”(A$AP Rocky)だとわかります。
“エイサップ・ロッキー”は、ニューヨークシティのハーレム出身のラッパーで、業界ではもはや話題の若手。その“エイサップ・ロッキー”を“デンゼル・ワシントン”と闘わせるんですよ。本作のこの後半の見せ場は、“エイサップ・ロッキー”を知らないと面白さが半減する感じは否めないですが、世代激突のマッチングとしてはこれ以上ないです。
しかも、“デンゼル・ワシントン”vs“エイサップ・ロッキー”でラップバトルまでしてくれるという…。なんか序盤からラップバトルでもしそうなノリがあるなと思って観ていたけど、まさかこの大一番で魅せてくれるとは…。
このヤング・フェロンも、ただのゲットーのチンピラじゃない、自分の信念を持って権力に挑もうとしている人間なので、そこもいいですね。決して懲らしめることがこの映画の目的ではありません。
最終的にこの2人の闘いは、デヴィッドが新しい生き方を見つけたことで、必然的な不成立に終わります。ストリーミングでたくさん再生されることが「勝ち」ではない…お金を儲けることができれば「勝利」でもない…。
最後にキング家がオーディションするスーラを演じるのは、“アイヤナ・リー”というまだまだフレッシュな新人で、音楽性もこれまでの映画の雰囲気とは変わります。
大ベテランの“スパイク・リー”の「若手よ、どんどん挑戦してこい。私もそれをみるのが楽しみだ」という余裕の貫禄を感じさせる映画でもあり、“スパイク・リー”監督のフィルモグラフィーとしてもキャリアの次のステージにまた進んだ感じのある映画でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Apple ハイエスト・ツー・ローエスト
以上、『天国と地獄 Highest 2 Lowest』の感想でした。
Highest 2 Lowest (2025) [Japanese Review] 『天国と地獄 Highest 2 Lowest』考察・評価レビュー
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