イーストウッド監督から学ぶ奇跡の起こし方…映画『ハドソン川の奇跡』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2016年)
日本公開日:2016年9月24日
監督:クリント・イーストウッド
交通事故描写(飛行機)
ハドソン川の奇跡
はどそんがわのきせき
『ハドソン川の奇跡』物語 簡単紹介
『ハドソン川の奇跡』感想(ネタバレなし)
奇跡を検証する意味
今、日本では「築地移転問題」がメディアを騒がせていますが、本作『ハドソン川の奇跡』も案外無関係ではないかもしれません。
本作は邦題のとおり「ハドソン川の奇跡」と称された、2009年1月15日にニューヨーク・マンハッタンで発生した「USエアウェイズ1549便不時着水事故」を題材にした映画です。日本でも報道されましたし、比較的最近の出来事ですから覚えている人も多いはず。乗員・乗客全員を無事に生還させたことで、サレンバーガー機長はヒーローとして喝采されました。
しかし、この映画は普通にサクセスストーリーを描くわけではないのがポイントです。
実は事故後、機長は国家運輸安全委員会から判断の妥当性をめぐって厳しい追及を受けていました。その調査の過程が映画の主題となります。まるで映画自体が調査しているみたいに。
映画ができる役割のひとつに「検証」があると思います。歴史上の出来事をさまざまな視点から描き直すことで、その事象を客観的に観客が見つめ直す機会を与える…そして理解を深めてもらう。『スポットライト 世紀のスクープ』や『マネー・ショート 華麗なる大逆転』はまさにそういうタイプの映画です。
でも、こうした“検証”映画が題材にするのは、たいていネガティブな事件・事故でした。対して、本作の特筆すべきは、奇跡として皆が称賛する成功談を検証している点。普通なら何でこんなことをするの?と思うところです。終わりよければ全てよしでいいじゃないかと…。
クリント・イーストウッド監督はなぜ本作を撮ったのか。
私はイーストウッド監督は「9・11」以降のアメリカを“検証”しているんだと思っています。そういう意味では前作『アメリカン・スナイパー』とやっていることは同じです。
「USエアウェイズ1549便不時着水事故」は日本人にしてみれば航空機事故ですが、アメリカ人にとってそんな単純なものではありません。「9・11」は航空機によってもたらされた悲劇…ビル群を低空で飛ぶジャンボジェットの光景はニューヨーク市民にとってはトラウマです。それに対して、この不時着水は航空機によってもたらされた救い。劇中にもセリフがありますが、航空機がらみの嬉しいニュースなわけです。ニューヨーク市民に「死の運命を乗り越えられるんだ」というとてつもない希望を与えたことでしょう。
イーストウッド監督はこれを「良かった良かった」で終わらせず、事故を検証することで「アメリカの希望につながる、運命を乗り越える方法」を提示したいのでないでしょうか。
何の要素が運命を乗り越えることにつながったのか…それは劇中ではっきり示されるので、ぜひあなたの目で確認してください。
それにしても、本作は渋い。主演のトム・ハンクスは60歳、監督のクリント・イーストウッドにいたっては86歳(!)ですよ。若い俳優がやんちゃしたり、体当たりで演技したりする映画ばかりのなかで、一際目立ちます。それが堪らないんですけど。
酸いも甘いも噛み分けた歴戦の老兵であるイーストウッド監督が仕事におけるやりがいを見せる映画ですから、ぜひ若い人にも観てほしい一作です。
『ハドソン川の奇跡』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):救った後の物語
「カクタス1549便、滑走路4、離陸を許可…」
「メーデー、カクタス1549。両エンジン、推力喪失」「再点火、不能」
「カクタス1549、滑走路13に着陸か?」
「了解、ラガーディアに引き返す」
「ラガーディア管制塔、1549、滑走路13へ」
「低すぎる、高度不足だ」と副パイロット。「サリー!」
旅客機はビル街に墜落。
ハッと息も荒く目覚めるひとりの男。悪夢にしてはあまりにも生々しい、嫌な感触でした。起こらなかった、でも起こるかもしれなかった出来事。
ホテルの部屋。ニュース番組ではハドソン川に着水したカクタス1549便の飛行機事故について連日報道しています。経験豊かな機長の判断と奇跡的な運に恵まれ、見事に全員が生還したと。「ありがとう、キャプテン」と感謝の言葉を述べる乗客のひとりがインタビューで答えています。
サリーは事故調査のための国家運輸安全委員会(NTSB)による聞き取りに参加しました。スカイルズ副操縦士も一緒です。
「墜落ではなく、着水です」とサリーは強調します。「意図した結果です」
「なぜ引き返さなかった?」「高度が不十分だったからです」「安全なのはハドソン川だけでした」
「ラガーディアに戻ると交信後、そうしなかったのは?」「不可能だと判断しました。戻るのは誤りです。他の選択肢を奪う」「40年以上、何千回もの飛行経験から決断しました」
「根拠は何も?」「視認によって。確信を持っています」
「航空技術者は引き返せる状態にあったと」「彼らはパイロットではない。間違っている」
質問に淡々と答えるサリー。その言葉に迷いはありません。調査では引き返すパターンもシミュレーションで計算するようです。
「最近、家庭で問題は?」「皆さんと同じです。仕事に影響はない」
聞き取り後、スカイルズはミス探しに躍起になっている感じのする調査側に苛立ちます。航空会社と保険会社のために入念な調査をするのはわかっていましたが、耐えるしかないのはキツイです。
妻・ローリーに電話します。妻はマスコミが押しかけるのに疲れ切っているようです。家の前には報道関係の車両がズラリと並び、包囲されてしまっています。
注目されすぎて困惑する日々。「起きたら1月14日に戻っていてほしい」
サリーの日常はまだ高度を下げる飛行機のように不安定なままで…。
イーストウッド監督が示す正しい検証の姿
本作『ハドソン川の奇跡』ではカタルシスやサスペンスをあえて描かずに、検証に徹しているのにもかかわらず、ここまで面白い。さすがイーストウッド監督としか言いようがないです。
「検証」、もっと身近でいえば「反省会」って残酷だったりします。経験あると思いますけど、「反省会」のあの雰囲気…互いに探り探りでなんともいえない気まずさ。いつのまにか口論に発展したり、はたまた誰かが誰かを怒鳴りつける場に様変わりしたり。苦手な人も少なくないのでは?
検証や反省が大事なのは言うまでもないけれど、なんでこんなにも嫌な感じになるのか。
それは検証の目的が「真実の追求のため」から「責任者or犯人探しのため」に簡単にオーバーラップするからでしょう。確かに一般人やメディアの関心は後者に集まるし、常に責任を問われる政治や企業ではしかたがないともいえます。
本作でも、乗客全員を救ったはずの機長が検証にひたすら苦しめられる過程が描かれます。観てる側としても「ここまで責めなくても」と同情したくなるくらい、可哀想な状況です。あの嫌な感じが良く表れていました。
映画は、前半は機長が責められるひたすら重々しいシリアスなトーンですが、バーでの報道番組の一言がきっかけで今まで受け身だった機長が反転します。具体的には、コンピュータではなくパイロットを使ったシミュレーションを提案し、機長自ら検証に乗り出します。
そして、結局、判断時間の人的要因を考慮したパイロット・シミュレーションでは誰も滑走路まで飛行できず…。機長に非はないとして勝つわけですが、なぜ勝てたのか。
国家運輸安全委員会の面々は一見すると嫌な奴らにも思えますが、彼ら彼女らもまた仕事として検証しているだけ。決して機長を陥れようとしているわけではないです。そして、機長もまた自分を正当化したくて検証するわけでもありません。
そんな国家運輸安全委員会と機長の差は、仕事に対する愛というか職人魂というか、そういうものでしょう。そして、これこそイーストウッド監督が示す正しい検証の姿なのです。
劇中でも、機長の真摯な仕事姿が淡々と描かれていました。ハドソン川に浮かぶ機内に最後まで残り、乗客の避難を確認する。事故後のホテルの部屋でも制服を脱がない。155人全員の無事を確認するまで、機長は緊張を解きません。真面目すぎる仕事への姿勢がこの機長を象徴する全てです。その結果が奇跡につながりました。
終盤に映し出される不時着水に至るまでの過程に、検証に参加したメンバーが(そして観客の私も)心打たれるのは、やっぱりこの仕事愛に感動するから。事故の再現映像にこういう意味をもたせる演出力、やっぱりさすがイーストウッド監督だなぁ(2度目)。
最後に笑いがあるのがまたいいですね。
検証には仕事への情熱がいる…当たり前だけど忘れがちなことです。「築地移転問題」も、より良い卸売市場を作るんだという情熱に基づいて検証している人はいるんでしょうか…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 84%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
関連作品紹介
クリント・イーストウッド監督作品の感想記事です。
・『クライ・マッチョ』
・『運び屋』
・『リチャード・ジュエル』
作品ポスター・画像 (C)2016 Warner Bros. All Rights Reserved
以上、『ハドソン川の奇跡』の感想でした。
Sully (2016) [Japanese Review] 『ハドソン川の奇跡』考察・評価レビュー