結末の先に私の今がある…ドラマシリーズ『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・アメリカ(2020年)
シーズン1:2023年にU-NEXTで配信(日本)
原案:ミカエラ・コール
性暴力描写 イジメ描写 LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー
あいめいですとろいーゆー
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』あらすじ
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』感想(ネタバレなし)
このドラマは今こそ必要
2023年5月、日本の性犯罪をめぐる対策にとって大きな一歩が動き出しました。現在、日本で法的に規定されている「強制性交罪」について罪名を「不同意性交罪」に変更し、構成要件として被害者が「同意しない意思」を表わすことが難しい場合を具体的に示した刑法などの改正案が国会で審議入りしたのです。
現在の刑法では「暴行や脅迫」を用いることが構成要件になっていましたが、それでは多くの実際の性暴力が「強制性交罪」に該当しないことになるという問題がありました。
「不同意性交罪」の変更が正式に決定すれば、日本の性犯罪被害者にとっては朗報です。
もちろんこれだけで性犯罪が日本から消えるわけではありません。性犯罪対策には包括的な取り組みが欠かせません。例えば、性犯罪に対するステレオタイプなイメージを取り除くことも大事です。
性犯罪は何かとひとつの類型でしか社会に認識されない傾向にあります。それこそ「暴行や脅迫だけが性犯罪なんだ」という印象であったり、はたまた「性犯罪は“こんな人”・“こんな場所”で多い」という思い込みであったり…。性犯罪被害者への偏見も根強いです。「性暴力を受けた人が笑ったりするのはおかしい」など…。
法律を変えるだけでなく私たち社会の認識も変えていかなくて本当の始まりにはなりません。
そんな中、この今回紹介する2020年のドラマシリーズが日本で2023年5月にちょうど配信されたというのは、時事的にちょうど良かったのかもしれませんね。
それが本作『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』です。
まず初めに忠告しておくと、本作『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』は性暴力を主題にしたドラマです。生々しい性暴力描写はもちろん、その後の被害者の苦悩もずっと描かれます。そのため、現実で同様の経験をした人にはフラッシュバックをともなうトラウマを助長する可能性もあります。視聴にはそれぞれ留意してください。
ただ、この『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』は性暴力を主題にした作品の中でもひときわ素晴らしい作品だと私は思っていますし、余裕がある人はぜひ観てほしいです。
本作の原案・脚本を手がけたのは“ミカエラ・コール”。この人物なくしてこのドラマはあり得ません。“ミカエラ・コール”はガーナ系イギリス人で、『Chewing Gum』というシットコムで高い評価を受け、今や『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』でも起用されるほどになりました。
本人はアロマンティック(他者に恋愛的に惹かれない)であるとも公表しています。
その“ミカエラ・コール”が自分の性暴力被害体験を基に作りだしたのがこの『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』であり、とてもプライベートな一作なのは察しのとおり。
一方で非常にイマジネーション豊かにストーリーを編み出しており、性犯罪を扱ったドキュメンタリーテイストな堅苦しさは一切感じさせません。“ミカエラ・コール”の脚本の才能が爆発しています。“ミカエラ・コール”自身が主演もしており、その魅力的な存在感に一発でノックアウトされるでしょう。
そして本作はあまりネタバレできないので言葉を濁しますが、性暴力を主題にするといっても、とても多角的な見方を提供し、ひとりの被害経験事件だけを軸にしません。他にもさまざまなかたちの性暴力というものを映し出し、被害者の実像も一面的ではなく表現しています。この奥深さはちょっと他の性暴力主題作品にはないもので、本作の到達点は別次元なんじゃないかと個人的には思うほど。
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』は批評家からも絶賛され、各地で受賞が相次ぎました。
日本では「U-NEXT」配信となったので(全12話、1話あたり約30分)、要注目リストに加えておいてください。
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :必見の良作 |
友人 | :題材に関心ある同士で |
恋人 | :相手を気遣って |
キッズ | :性暴力描写あり |
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』予告動画
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あのとき、何が起きたのか
イタリアのオスティア。市民や観光客が大勢訪れるビーチとして賑わうこの地で、アラベラ・エッシェドゥは煙草を吸いながら外で男と抱き合っていました。このビアジョとはここで知り合い、意気投合して恋仲となったのです。でもアラベラはロンドンに戻らないといけません。
アラベラはTwitterで注目を集めてデビューした作家。1作目は大ヒットし、続く2作目は出版社と共に書き上げている真っ最中。このオスティアも経費で息抜きで訪れたのでした。
ビアジョに見送られながら空港へ。「海を思い出して」という言葉を残してくれるビアジョです。
ロンドンのハックニーではビデオ通話先のフランシーヌから「出版社は原稿を待っている。明日の朝6時まで送ってほしい」と言われます。しかし、アラベラは全然書き上がっていません。
住まいにはルームメイトのベンがいて、今は幼馴染のテリーもやってきました。テリーは俳優志望で日々オーディションに臨んでいます。
ここにいてもしょうがないのでアラベラは誰もいないオフィスでノートパソコンを広げて集中します。でも全く進まず画面は白いまま。様子を見に来たのはこちらも友人のクワメです。彼は今はマッチングアプリで良い男探しに夢中。
するとサイモンからビデオ通話があり、「俺とキャットとでかけよう」と誘われてしまいます。その誘惑に負けてアラベラは仕事を放りだしてしまいます。少しの時間だけのつもりで…。
アラベラはサイモンとデラエたちと合流し、ふざけあい、カラオケ大会に参加。続いてエゴ・デス・バーに向かいます。サイモンはアリッサを呼んでおり、邪魔だったキャットは追い出していました。他にも見知らぬ2人も混ざって、一緒に飲んで踊りまくります。
そしてふらふらになったアラベラはひとりバーをでようとドアを押しますが…。
翌朝、明るいオフィスでアラベラは茫然と作業していました。担当者の2人に見せますが、あまりに脈絡のない文章構成で向こうもなんて言ったらいいのか困惑しています。
「おでこから血がでてないか?」と指摘されるも身に覚えがありません。錯乱しながら街をうろつき、ファンに話しかけられても頭にあまり入ってこず、道もよくわからない始末です。
なんとか帰宅し、落ち着こうとすると、狭い個室で自分を見下ろすひとりの男のフラッシュバックが脳裏をよぎります。
これは何なのだろうか…。アラベラにはわからない…。
被害者だって互いに傷つけ合う
ここから『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』のネタバレありの感想本文です。
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』はまずアラベラが経験する性暴力事件が描かれます。真相は第11話でわかりますが、直接的な犯行はトイレの個室に連れ込まれて起きていますが、バーにいるときから薬を盛られるなど、犯行全体はもっと前から計画的に実行されていました。
被害直後の朝のアラベラの姿がまた“ミカエラ・コール”の演技も相まってホラーのようにショッキングで痛々しいです。ひとりではどうしようもない困惑が生々しく伝わってきます。
その後に警察に行き、茫然自失のまま検査を受け、セラピーセッション、支援グループと、いろいろ移り変わり、でもアラベラの人生に「被害者(サバイバー)」としてのラベルが乗っかってしまったことに変わりなく…。ビアジョから「薬を盛られる警戒をしなかったお前が悪い」とセカンドレイプを受けたり、事件後もどんなに苦しむのかが嫌でも映し出されます。「シリアでは戦争が起きている、飢えに苦しむ子もいる、スマホを持てない人もいる」と自分に言い聞かせて精神を保とうとする姿がつらい…。
そんな中、アラベラはSNSでまたも注目を集め、覚えたての知識を使って、ソーシャル・アクティビズムに居場所を求めようとしますが…。このへんは「語り部にならなければ」という焦りを感じるパートです。
しかし、本作はこのアラベラだけではありません。他にも性暴力被害者が描かれます。
クワメはマッチングアプリで出会った男に拒否を無視して性行為をされます。男性かつ同性愛者ということで世の中の彼への扱いは冷たく、警察の対応も酷いものです。クワメは次の性体験でトラウマを上書きしたいと焦り、女性と関係を持とうとするなど、孤独を抱え込みます。
また、テリーもイタリアで自分は3Pをしたんだと自信満々ですが、それは男2人が裏で仕組んだものだと、トランス男性のカイに指摘されるまで実感できず、ずっと自分が性暴力被害者だと認識すらできずにいました。
あのベンもカートゥーン見たり、園芸したりしてるだけの存在が空気のような無害さですが、決して外に出ずに他人と触れ合わない彼にだって過去に何かあったのかもしれない…そう考えることもできますよね。
アラベラはザインからステルシング(途中でコンドームを外す行為)を受けるなど、性暴力には幅広い実態があることをこのドラマは淡々と突きつけます。犯罪化されていなかろうが性暴力は性暴力なのです。
そして被害者同士でもときに傷つけ合ってしまうことも描きます。学校時代のテオへの仕打ち(人種的連帯が裏目にでるパターン)もそうですし、SNSの反応ありきで身近な親友をおざなりにした現在のアラベラもそうですし、クワメが女性にしてしまったことも不誠実ですし…。
なので本作は「被害者vs加害者」という単純な二項対立ではない、誰しもがすぐさま反転して加害者になってしまう怖さを素直に描いていて、そこが正直だなと思いました。
被害者でも復讐者でもなく…
『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』はやはり最終話がかなり特徴的です。
エゴ・デス・バーでついに加害者の男(デヴィッドなのかパトリックなのか本名不明)と再遭遇。全てを思い出したアラベラは何をするのか…。
ここでは何パターンもの“選択肢”が映像化されます。それこそ執筆の際にザインに教えてもらった思考の整理をしているかのように…。
一つ目の選択肢は、『プロミシング・ヤング・ウーマン』みたいなベタなレイプ・リベンジもの。アラベラとテリーとテオの3人で加害者男に私的制裁を下し、血塗れになるまで殴りつけます。
続いては、テリーとコカインを吸ってハイテンションで踊りまくった後、加害者男と部屋で会話。彼は謝ってきて自身の過去を語ります。そこに警察が来て…。これは一見すると加害者は反省したようですが、別の見方をすると加害者男を通じてアラベラのトラウマと自己対面しているだけのようにも見えます。ちょっと『画家と泥棒』を連想したりもしたかも。
さらに今度はもっとカオスで、加害者男とロマンチックで激しい性的関係を結ぶという選択肢。ここではアラベラが主導権を握って男と交わっており、ジェンダーの立場を逆転させています。
しかし、自宅の庭での穏やかなベンとの会話に戻って「もうバーに行かない」と言い切るあたり、たぶんアラベラはこの選択肢のいずれも選ばず、“何もしなかった”のかもしれません。
理想は「加害者が警察の捜査で見つかり、捕まって、正当な裁判で有罪になる」のはず。でもそれはもう実現しなかった。ではアラベラには何ができるのか。
本作は「被害者」としてではなく「復讐者」としてでもない。ましてや「正義の代弁者」でもない。アラベラに“手放す”ということをさせてあげます。そして本当にやりたかったことを果たします。アラベラは事件が起こる前から本来はずっと「創作者」になりたかったのです。
「1月22日」という2作目の朗読会でこのドラマは幕を閉じます。
このオチは非ジャンル的でアンチクライマックスな後味ですが、でもこれこそこういう境遇に陥った者たちにはそっと安らげる結末の「今」なのかも…。“ミカエラ・コール”のシニカルさと慈しみが同居する、本作ならではの着地。
性暴力という事件に悲しくも遭遇してしまった人たちへ。それでもあなたはあなたが成りたかったものになりなさい。そう優しく背中を押してくれるドラマでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 74%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
性暴力を題材にした作品の感想記事です。
・『バッド・シスターズ』
・『ハートブレイク・ハイ』
・『アンビリーバブル たった1つの真実』
作品ポスター・画像 (C)2023 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO アイメイデストロイユー
以上、『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』の感想でした。
I May Destroy You (2020) [Japanese Review] 『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』考察・評価レビュー