サラ・アディナ・スミス監督作が舞う…映画『バーズ・オブ・パラダイス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にAmazonで配信
監督:サラ・アディナ・スミス
バーズ・オブ・パラダイス
ばーずおぶぱらだいす
『バーズ・オブ・パラダイス』あらすじ
ケイトは夢を叶えるために奨学金をもらい、パリの格式高いバレエ学校に入学する。到着早々、彼女の実力を同級生のマリーンに試される。マリーンは双子の兄弟を亡くしたばかり。最初は対立する2人だが、しだいに心を通わせるようになり、良きライバルかつパートナーとして切磋琢磨していく。パリのオペラ座バレエ団入団の切符を賭けて、ミスのできない試験本番の日が近づく中、ある亀裂が絆を揺るがす。
『バーズ・オブ・パラダイス』感想(ネタバレなし)
バレエ業界の裏側を描く
新型コロナウイルスは映画館のみならずあらゆる芸術文化に深刻なダメージを与えたのですが、その国々を代表する芸術も例外なく影響を受けました。
例えば、フランスのパリと言えば「オペラ座」。パリのガルニエ宮とオペラ・バスティーユで公演しているこの通称「オペラ座」と呼ばれるオペラとバレエは地域が誇る伝統です。
しかし、コロナ禍で公演の長期間中止は避けられず、大変なことになりました。でも実はコロナ禍の前からオペラ座では公演がしづらい状況が発生していました。というのも、オペラ座の職員は年金面で優遇されていたのですが、その年金制度改正がエマニュエル・マクロン大統領の主導のもとで行われることになり、フランスの多くの労働者(主に公務員)がストライキを敢行。2019年12月から大規模なストライキが継続し、2月まで続行されるというフランスの歴史の中でも最長クラスとなり、いろいろな支障も出ていました。まさかその後にパンデミックが起こるなんて予想外だったわけですけど…。
ともかく「オペラ座」もコロナ禍の中で新しいスタイルを模索したりもしました。デジタルプラットフォームで販売された最初のバレエ作品も登場するなど、従来の伝統を柔軟に適応改変し、こんな時代だからこそ市民に芸術をなんとか届けようと精一杯努力する。その姿だけでも心を揺さぶります。
今回紹介する映画はその「オペラ座」を目指す若きバレリーナを描く作品…なのですが、どうだろう、こんな良い話を始めにしておいてなんですが、この映画はバレエ業界のイメージを悪くするだけかもしれない…。映画のタイトルは『バーズ・オブ・パラダイス』です。
本作は「Bright Burning Stars」という2019年の小説が原作になっているそうで、2人の若いバレリーナの対立と友情が描かれています。かなり王道のバレリーナ青春ストーリーだとも言えるのですが、『フェリシーと夢のトウシューズ』みたいな子どもにも安心して見せられる、夢を後押しする作品…ではなくて。
かなりバレエ業界のドロドロした裏側を描いていくタイプだと思ってください。原作者の“A・K・スモール”という人は実際にバレエの世界で活躍していた人で、そういう経歴からおそらくある程度のバレエ業界描写に関してはリアリティがあるのだと思うのですが…私は余所者の素人なので全然判断はできない…。
監督は、2016年に『バスターの壊れた心』を手がけた“サラ・アディナ・スミス”です。こちらの作品は“ラミ・マレック”主演で、退屈な仕事に精神的に追い詰められていき、しだいに陰謀論にまで憑りつかれておかしなことになっていく男を描いたものでした。『バーズ・オブ・パラダイス』も舞台は全く違いますが、登場人物たちが精神的に参っていく姿を独特の映像演出で表現しており、そういうアプローチが得意な人なんでしょうね。
“サラ・アディナ・スミス”監督の長編デビュー作『The Midnight Swim』(2014年)もPOV形式の視覚的に凝ったドラマ演出があるそうです(私は観たことがない)。
俳優陣ですが、主人公のひとりを演じるのは、2019年の『マー サイコパスの狂気の地下室』『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で一気に注目を集め、ドラマ『スペース・フォース』にも出演するなど、有望の若手となっている“ダイアナ・シルヴァーズ”。『バーズ・オブ・パラダイス』ではアメリカからパリの本場にやってきてその厳しさに直面するバレリーナを熱演。どんどんと役者としての新境地を切り開いています。
その“ダイアナ・シルヴァーズ”の隣で共演するのは、ドラマ『ザ・ソサエティ』やドラマ『Looking for Alaska』で活躍する“クリスティン・フロセス”。こちらも今後が期待される若手。『バーズ・オブ・パラダイス』では家族との軋轢を抱えながらバレリーナとして向き合うしかない少女を演じています。ちなみに“クリスティン・フロセス”も“ダイアナ・シルヴァーズ”もモデルとして仕事もしていました。
他には、指導者の役でベテランの“ジャクリーン・ビセット”が出ています。若い女性たちをただならぬ雰囲気で威圧し、鍛え上げていく姿はさすがの貫禄です。
“サラ・アディナ・スミス”監督作品はほとんど日本では劇場公開もされず、日の目を浴びる機会はなかったのですが、この『バーズ・オブ・パラダイス』はAmazonプライムビデオでの独占配信となったので、結果的に“サラ・アディナ・スミス”監督作品の中では最も観やすい映画になりました。
初の“サラ・アディナ・スミス”監督作品となる人も気軽にどうぞ。
『バーズ・オブ・パラダイス』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2021年9月24日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :クセのある作品が好きなら |
友人 | :俳優が気になる同士でも |
恋人 | :ロマンスはあるにはあるけど |
キッズ | :性描写がややあり |
『バーズ・オブ・パラダイス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):2羽の小鳥が舞う
キャサリン・サンダース(ケイト)は早々に現実を思い知らされていました。アメリカのヴァージニア州から奨学金の受給生としてこのフランスのパリに来て、バレリーナとして成功するべく学ぶ覚悟はあったのですが、異国の地はひとりのアメリカ人の少女には過酷でした。
いかにも厳しそうな指導者にフランス語で怒られ、「なぜここに来たの?」と言われ、「賞をとるためです」と答えるしかないケイト。アメリカではそれなりに優秀と思われていたのですが、この本場では自分はまだまだの存在でした。
レッスンは過酷です。パリ・オペラ座の入団の切符を手にするために最終試験に向けて全員が真剣。最下位になれば脱落となるため気を抜けません。
今のトップはジアで、フェリペという優秀な男子と仲良さそうです。そこに復学してきたというマリーンという女子がやってきます。
ケイトはマリーン(エム)に挨拶します。そのとき、オリーという以前ここにいた子が橋から飛び降りたという投稿をSNSで見たとケイトが口走り、すると豹変するかのようにマリーンは殴ってきて、ケイトも反撃、揉み合いとなってしまいます。
そのままケイトは指導者の前で舞います。「オリーのために戻りました」と傷も生々しい顔で…。
実はオリーはマリーンの双子で、マリーンは以前はここでトップだったそうです。
ケイトは現状は最下位。奨学金は備品には使えないらしく、靴も買えません。しかも、例の大乱闘をしてしまったマリーンとはルームメイトだと発覚。最悪の始まりです。
しかし、クラブで踊り勝負をしたりしているうちにマリーンとやや打ち解けていきます。マリーンは母がアメリカ大使だそうで、厳しい母の期待が圧し掛かっています。一方でケイトの母はダンサーで小さい頃に亡くなっており、バスケをやめてダンスを始めてよかったのはママを近くに感じられるからだと吐露します。
ついには「2人で勝って賞をとろう」と約束する仲にまで発展。けれども他の人からは「審査会になったらマリーンはあなたを裏切る」と警告されます。
また、ケイトは自分の奨学金がマリーンの家が主導する「オリー基金」のものであると知り、マリーンの母はそのことを気にいっていない様子だとも理解します。マリーンも母に嫌われていることを自覚し、涙するまでに追い詰められ…。
最終試験まで8週間。マリーンは3位。ケイトは5位。この2人のバレリーナは共に成功を手にできるのか…。
10代の子には有害すぎる世界
バレエ業界を描く映画は過去にもいろいろありました。『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』といったドキュメンタリーもあるので、その業界を覗くことはできます。
『バーズ・オブ・パラダイス』はこのバレエ業界に対して、ひたすらに夢のある世界として描くような広報的な作品ではなく、どちらかと言えば批判の眼差しが目立つようなそんなスタンスの映画だと思いました。
例えば、バレエは「男らしさ」や「女らしさ」を徹底して強調していく世界であり、ジェンダー規範を押し付けるということに躊躇いがありません。それがいかに有害なのかは今の時代ならよくわかっているはず。バレエの世界で苦悩するトランスジェンダーを描く『Girl ガール』はまさにその極端な例です。
『バーズ・オブ・パラダイス』でもその有害性は描かれており、成績トップのジアが太りすぎだと批判されてトイレで吐いている姿など、ルッキズムも合わさってその世界は明らかに10代の若者の健康を脅かしています。
加えて指導者による精神的な追い詰めも問題です。本作でも「ネズミを殺すか殺さないか」テストという嫌がらせがありましたけど(本当にあんなことする人いるのかな?)、これもまた10代の子には恐ろしい話で…。スポーツと若者のマインドコントロールの問題性はドキュメンタリー『あるアスリートの告発』でも詳細に映し出されていましたが、そういうのを知ってしまうとこの『バーズ・オブ・パラダイス』の世界はやっぱりね…。
苦悩しながら切磋琢磨するのが青春だね!なんてお気楽には言えない…。
『バーズ・オブ・パラダイス』は女子たちの目線で描かれており、同じ学ぶ者同士でも男女の立場の違いもハッキリと描かれていましたね。
後半には「セックス・家柄・カネ、どれかが必要だ」とこの業界の現実が叩きつけられ、才能を純粋に信じてきたケイトは失望することに…。
最後の最後でフランスという世界の最大の現実…富の格差。ケイトの決して裕福ではない家柄に対する軽蔑の目。ケイトがここに来てからずっと感じていた孤立感の根本的理由はきっとそこにあって…。「ヴァージニア」呼びなのも要するに見下したままということですからね。
こればかりは子どもにはどうしようもないですし、本当に可哀想です…。
何でもない人生の分かれ道
そんなキツイ現実が覆いかぶさっているバレエの世界で努力する若者たち。『バーズ・オブ・パラダイス』では2人のバレリーナに焦点があたります。
この2人は似ているようで違う、違うようで似ている…とても相似的な関係性です。ケイトはアメリカ人で、マリーンはアメリカ大使の娘。ケイトは裕福とは言えないですが、マリーンは裕福な家庭。ケイトは亡くなった母を想い、マリーンは今も重圧となる母に怯える。
この些細で巨大な相似性は一時的なシンクロを生みます。ケイトとマリーンは同じ目的を共有する友人となり、ルームメイト以上の深い関係に。2人ともおそらくこういう平凡な友情関係が欲しかったのでしょうか。自分の悩みを打ち明け合う、もうひとりの自分のような存在として…。シスターフッド的な立ち位置になるのかなと観客にも思わせます。
ちなみにケイトとマリーンがキスし合う描写もありますけど、これは性的指向を描くというよりは、その同世代の2人の同調的な心理を描く演出なのだと受け取りましたが…。あまりこういう演出で“同性愛”風を匂わせる感じは私は好きではないですけどね…。
しかし、後半になってくるとそのシンクロは乱れてしまいます。
奨学金を取り消されて家まで売らないといけない状況になっていると父から聞かされたことで、自分が結局は搾取されている側に過ぎないと実感してしまうケイト。
一方のマリーンもかなり深刻です。母に目撃されたというオリーとの関係が本当に性的なものだったかはわかりません。あのバレエ業界ですから、オリーが自殺する理由は他にもいくらでも考えられそうです。しかし、母からも距離を置かれ、ついにケイトさえも拒絶の態度をとってきたことで、マリーンは完全に孤立。自殺未遂をする間際にまで…。
結局はマリーンは「賞はいらない」と発表前に辞退してしまい、ケイトが合格するのですが、コネがあるマリーンが本来の合格者だったのではないかという疑惑だけは残ります。
本作のラストでは3年後に成功をおさめているケイトの姿と、そんな彼女の前に現れたマリーンが描かれます。マリーンは「自由を感じている」と発言するとおり、吹っ切れている感じでした。やはり彼女にとってバレエや家というのは重荷でしかなかったのでしょう。対するケイトは今でも鎖になっている。
キャリアを得た女性が満たされない結末になるというのは考えようによってはもう少し捻りは入れられなかったのかとは思います。また、映像演出面では似たような『ブラック・スワン』の方がはるかにパワフルな領域に突破しており、見ごたえにおいても負けている感じです。
ただ、10代の脆さを描く点においては『バーズ・オブ・パラダイス』は地味ではない個性派作品として平均点以上だったのではないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 55% Audience –%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios バーズオブパラダイス
以上、『バーズ・オブ・パラダイス』の感想でした。
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