LGBTQのアイコンになっちゃった化物です…映画『ババドック 暗闇の魔物』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:オーストラリア(2014年)
日本では劇場未公開:2015年にDVDスルー
監督:ジェニファー・ケント
ばばどっく くらやみのまもの
『ババドック 暗闇の魔物』物語 簡単紹介
『ババドック 暗闇の魔物』感想(ネタバレなし)
ババドックさん、何やってるんですか
2017年、あるオーストラリアのホラー映画がネット上で脚光を浴びました。それが本作『ババドック 暗闇の魔物』です。
2014年に公開されて批評家から非常に高い評価を獲得した本作。シッチェス国際映画祭のようなサブカルジャンルをメインに扱う映画なら理解できますが、それだけでなくオーストラリア・アカデミー賞やニューヨーク映画批評家協会賞でも賞を得ているという点で特筆できる変わったホラーです。つまり、ホラー映画ファンのみならずあまりホラー映画を観ない人からも支持を集めているのです。その理由は、単純なホラーとしても怖いは怖いのですが、それ以上にストーリーがしっかりしているから。こういうことを言うとホラー映画全般に失礼ですけど、本作はホラー映画らしからぬ物語の共感を呼ぶ深みがあります。
ただ、残念なことに、日本では劇場未公開で、2015年にビデオスルーになっているため、ほとんど知られていないんですね。まあ、こういう映画は無数に存在しているのであれなのですが、本当は知ってもらう機会を増やせるチャンスがあれば藁にも縋りたいところ。
そんなホラー映画が3年も経ってなぜネットで注目されたのか。
きっかけはNetflix。『ババドック 暗闇の魔物』を配信しているこのサービスですが、なぜか「LGBTQがテーマの映画」というカテゴリーに同作がカテゴライズされていたと、ある人がSNSで報告。それが瞬く間に拡散されて、最終的にババドックがLGBTQのアイコンになってしまったのです。
一応、書いておくと本作にはLGBTQの要素は一切ありません。ババドックは主人公を恐怖に陥れる存在なだけです。
どうやら発端となった画像はフェイクだったらしいですが、当のNetflixもそれを気にするどころか乗っかる始末。ババドックが「否定されるほど強くなる」という設定のため、それが差別に打ち勝とうとするLGBTQのイメージにがっちりハマっちゃったんですね。
LGBTQのレインボーカラーを背景に、何もわかってなさそうな顔のババドックのミスマッチ感が最高に可笑しくで、個人的に大好きです。
これを機に、ぜひ映画の方も観てほしいので、気になる人はどうぞ。ホラー映画を普段観ない人にも観やすいと思います。グロな演出はないです。もちろん恐怖を煽る演出はいっぱいありますけどね。
ほぼひとり芝居のように熱演を披露しているのはオーストラリアの女優“エッシー・デイヴィス”。『マトリックス リローデッド』やドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』にチラっと出ていましたが、目立たないので気づく人はあまりいないはず。今作ではたっぷり拝めますね。
もちろんメインキャラはある意味、ババドックさんですから。そっちも期待しててください。
ホラー映画ながら賞も多数輝いており、オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞を受賞し、女優賞、編集賞、プロダクションデザイン賞にノミネート。エンパイア賞でもベストホラー賞を受賞したり、他にもいっぱいです。
なお、LGBTQのカテゴリを探しても見つからないですからね。
『ババドック 暗闇の魔物』感想(ネタバレあり)
子育ての恐怖は魔物のように
『ババドック 暗闇の魔物』はホラー映画としてはベタな展開であり、演出面で新しさを期待するとガッカリするかもしれません。
しかし、キャラクター、映像の作り、伏線の積み重ね、恐怖演出の見せ方…どれもがクオリティが高く、全体的な総合点が高い印象でした。これが“ジェニファー・ケント”監督の初監督作らしいですが、素晴らしい手腕だと思います。期待の逸材ですね。
一般的なセオリーではホラー映画は若手新人の登竜門のように扱われます。低予算で映画が作れるので、一発当てることができるというのもありますが、物語構成上、素材が少ない中でいかにして面白く見せるのかという部分が問われるので、監督の力量を図る意味でも役に立ちます。“ジェニファー・ケント”監督は見事にその期待に応えたといったところでしょうか。
『ババドック 暗闇の魔物』の魅力はストーリーのテーマです。結論から言ってしまえば「育児」をホラーの型にハメた作品でした。『グッドナイト・マミー』など、母と子を主役に据えたホラー映画では、育児の苦悩をホラーで描くというのはありがちですが、本作の場合は語り口が上手いです。
これもどれも母・アメリアを演じた“エッシー・デイヴィス”と、息子・サミュエルを演じた“ノア・ワイズマン”の熱演があってこそ。アメリアはもう序盤から「ああ、もうこの人ダメだ」と感じさせる風貌です。仕事場の老人よりも覇気がないですから。サミュエルの学校関係者に「この子に必要なのは理解」と言っていたアメリアですが、誰よりもアメリアこそがサミュエルを全然理解していない。サミュエルが怪我しても反応が鈍いことからも、息子への愛情の弱さが伝わってきます。その彼女が、ババドックの絵本によって、いよいよ精神的に追い込まれて病んでいく描写が非常にキツくていいです。
一方のサミュエルは、良い感じのクソガキっぷりが楽しいです。マジシャンのパフォーマンスの場面とか、私は普通に可愛いと思うのですが、当のアメリアは素直に受け止められない。まあ、子育て経験のある人なら少なからず共感できることだと思いますが。
出産日に夫を事故で失い、息子に複雑な感情を抱いているシングルマザーを理解してくれたのは、一番身近にいた息子でした。こういうやっぱり理解し合えるのは母子だけという着地点は『ルーム』でもありましたが、やはり定番ですね。「ママはボクのことが嫌いでも、ボクはママのことが好きだからね」とか言わせるのはズルい…。
苦言を言うと、最初からこのテーマが丸わかりすぎるのは好みじゃなかったかな…。そのへんを下手にカモフラージュしてもまどろっこしいことになるだけなので、これが一番のバランスなのかもしれませんが…。
それでも良作なのは変わりなく。本作はババドックと共存するようなかたちで終わりますが、一種の恐怖とどう折り合いをつけるかという子育ての本質を体現していたと思います。
忘れていません。ババドック、そうこの映画の主役。古今東西いろいろな怪物や幽霊がいますけど、こういう絵本から飛び出したような恐怖感というのが一番予測つかなくて怖いのかも。動物系だと若干動きに対して予想がつきますが、これはもう何が何だかですからね。
「飛び出す絵本」というアイテムも実にいいじゃないですか。本当に飛び出してくるという露骨なフラグをビンビンに発揮させながらの、いざ満を持しての登場。ババドックのプロ根性を見た気がする。そういえば自分が子どもの頃に読んでいたあの絵本たちはどこに行ってしまったのだろうか。捨てちゃったのかな…。
ババドックさん、次はLGBTQのお仕事ですよ、出てきてください。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 72%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 ©The Babadook
以上、『ババドック 暗闇の魔物』の感想でした。
The Babadook (2014) [Japanese Review] 『ババドック 暗闇の魔物』考察・評価レビュー