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『アンデッド 愛しき者の不在』感想(ネタバレ)…それでも結末は訪れる

アンデッド 愛しき者の不在

ゆっくり確実に…映画『アンデッド 愛しき者の不在』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Handtering av udode(Handling the Undead)
製作国:ノルウェー・スウェーデン・ギリシャ(2024年)
日本公開日:2025年1月17日
監督:テア・ヴィスタンダル
動物虐待描写(ペット) 自死・自傷描写
アンデッド 愛しき者の不在

あんでっど いとしきもののふざい
『アンデッド 愛しき者の不在』のポスター。女性が子どもを抱える姿を映したデザイン。

『アンデッド 愛しき者の不在』物語 簡単紹介

ノルウェーのオスロにて、最愛の息子を亡くしたばかりのアナとその父マーラーは、どうやってこの悲しみに向き合えばいいのかもわからずに、日々を暗い気持ちでただ過ごしていた。街には同じように愛する者の死に直面した人たちがそれぞれの苦悩を抱えて佇んでいる。そんな中、この街で異様な現象が起きる。それは残された者たちの心を動揺させていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『アンデッド 愛しき者の不在』の感想です。

『アンデッド 愛しき者の不在』感想(ネタバレなし)

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帰ってきてしまったら…

新年の最初のひと月は明るい映画だけを観て、気分だけでも盛り上げていきたいものなのですが、幸か不幸か、映画というのはいろいろあるもので…。

今回の紹介する映画は、正直に言って晴れやかな気持ちにはなりません。せっかく新調した衣服で外出したのに冬道で滑ってぐちゃぐちゃの雪の地面に派手に体を転倒し、汚れまくってしまった…くらいのテンションの低さにはなるかもしれません。新年の決意が早々に挫けそうです。

ただ、いたずらにこちらの心を傷つける映画でもないですし、しっかり作り手のテーマが感じられる作品ではありますが…。

それが本作『アンデッド 愛しき者の不在』です。

本作はノルウェー映画で、北欧らしい寒色のトーンで全体が構成されているのですが、題材もなかなかに心を冷たくさせます。

これ、言わないと映画の紹介をしようがないので書いてしまいますが、本作は大切な愛する者を亡くした人たちの群像劇となっています。それだけでもう「辛すぎる…」となるのですが、物語はここからです。

その亡くなった人たちがなぜか帰ってくる…というところから幕開けします。

「帰ってくる」というのは文字どおりの意味ですが、確かに亡くなったはず。でも身体をともなって遺族のもとに再び現れます。でもなんだか様子がおかしい…以前とは雰囲気は違っていて…。

ここまで説明すれば「それってゾンビじゃないの?」となると思うのですが、本作はわかりやすいハリウッド系のゾンビ・パニックものには安易に傾きません。ゾンビ集団から生き残るために熾烈なサバイバルが繰り広げられるわけでもなく、世界が破滅に向かっていくわけでもない…。

要するに「死別を描く」ということに専念している映画です。ゾンビものでも痛ましく心苦しい死別は部分的に描かれますが、本作はそこに映画一本を全て特化しています。

『アンデッド 愛しき者の不在』は原作があって、スウェーデンの有名な作家“ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト”が2005年に発表した小説です。“ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト”は、手品師兼スタンドアップコメディアンだったらしいですが、『MORSE -モールス-』という作品で小説家デビューを果たし、瞬く間に大絶賛。この小説は、『ぼくのエリ 200歳の少女』という邦題で本国で映画化され、ハリウッドでも『モールス』として映画になりました。さらに新たな原作が映画となった『ボーダー 二つの世界』も独自の世界感で注目を集めました。

『アンデッド 愛しき者の不在』はその“ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト”の作風だと言えば、上記の作品を知っている人なら雰囲気を観る前から予想しやすいでしょう。

監督を手がけるのは、これが長編監督デビュー作となる”テア・ヴィスタンダル”。2017年に『The Monkey and the Mouth』という異色のコンサート映画で脚光を浴びたそうで、ノルウェーの中立という政治姿勢の偽善を暴く強烈な切れ味の内容らしい…。観たいなぁ…。

俳優陣は、『わたしは最悪。』“レナーテ・レインスヴェ”『殺人ホテル』“ベンテ・ボシュン”『ベルイマン島にて』”アンデルシュ・ダニエルセン・リー”『幸せなひとりぼっち』”バハール・パルス”『ヘンゼル&グレーテル』“ビヨーン・スンクェスト”など。

なお、作中で主役となる人たちの中には、高齢の女性同士のカップルもおり、クィアな一面もある映画です。

1月よりはお盆にぴったりな映画ですね…。

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『アンデッド 愛しき者の不在』を観る前のQ&A

✔『アンデッド 愛しき者の不在』の見どころ
★ゆっくり静かに死と向き合うストーリー。
✔『アンデッド 愛しき者の不在』の欠点
☆心苦しい辛いシーンが多い。

鑑賞の案内チェック

基本 死別をメインに描くので注意。子どもの死も描かれます。また、ペットのウサギを残酷に殺すシーンがあるので、ウサギ好きにはやや辛いです。
キッズ 2.0
大人向けの暗いトーンです。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アンデッド 愛しき者の不在』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

ひとりの老人は自室で、袋を片手にアパートをでます。閑静な緑に覆われた住宅地。ここはノルウェーのオスロです。

その老人はすぐ近くの別のアパートのビルに入っていきます。暗い階段を昇っていき、ある部屋に。そこには音楽をかけながら足の爪にマニキュアを塗る女性がひとりいました。

何も語らない2人。挨拶も、近況のトークもないです。老人は座りますが、女性は「食事は仕事で」とだけ言い残して出ていってしまいます。皺が浮かぶ老人はひとりで持ってきた食事をとり、黙々と口に運ぶだけです。

この2人、アナとその父マーラーは、アナのひとり息子であるエリアスを亡くしたばかりでした。悲しみは癒えず、悲痛な沈黙が漂うのみで、2人は過ごしていました。互いにどうすればいいのかもわかりません。

アナは厨房でせっせと働きますが、不意に悲しくなり、涙が流れて立ち尽くします。

一方、ところかわって白髪の老婦人トーラは喪服のまま棺に横たわるエリーザベトに別れを告げ、何も言えずに佇んでいました。この葬儀で唯一の弔問客なのか、他には誰もいません。2人が秘かにパートナー関係だったことは心に封じ込めたまま。

また、別の場所、フローラはテレビゲームに集中していましたが、母エヴァに話しかけられ、そっけない態度。反抗期だとこんなものかとエヴァはそれ以上を相手にしません。リビングでは父のダヴィッドと弟のキアンが楽しそうに喋っています。

エヴァとダヴィッドは並んで外へ。ダヴィッドに見送られ、エヴァは自家用車に乗って出発します。薄暗い道を走行していると、妙なノイズが鳴るので気になりますが…。

夜、ダヴィッドのスマホが鳴ります。病院で目の前にあったのはエヴァの遺体でした。交通事故は一瞬で命を奪ってしまいました。ついさっきまで普通に会話をしていたのに…。子どもたちになんて言えばいいのか、途方に暮れてエヴァの亡骸の前に座りつくします。

そんな中、違う場所にいたマーラーもアナも何か違和感を感じます。街でいきなり車がライトとクラクションを作動させ、うるさくなります。鳥もざわめき、電気が異常を起こします。そして停電。すぐに復旧したものの、異様な現象でした。

しかし、それは予兆にすぎません。

何かを感じ取って墓地を訪れたマーラーは衝動的に孫エリアスの墓を掘り起こし、棺を開けて孫の身体を家に連れて帰ってしまい…。

この『アンデッド 愛しき者の不在』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/01/20に更新されています。
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3つの家族の死は現実に紐づく

ここから『アンデッド 愛しき者の不在』のネタバレありの感想本文です。

『アンデッド 愛しき者の不在』は3世帯の群像劇なので、どうしても各家族の物語のボリュームが薄く、短い映画時間の中でじっくり深く登場人物と心情を一致させていく時間はないかもしれません。

しかし、この3世帯はそれぞれ特徴が違っていて、その違いが各々のサスペンスをもたらし、静かに緊張が張り詰めていくので見ごたえはありました。

まずアナとマーラーの家族。一児の母と祖父という関係性ですが、住居は別ですが歩いて行けるレベルのすぐ近くで暮らしており、以前から身近な空間を共有していたことが察せられます。しかし、息子(孫)のエリアスの死がこの家族に降りかかり…。

この家族の場合、死から少し経過した後の状態で始まります。心の傷が全く癒えていないことは一目瞭然ですが、心神喪失のアナ以上にあのマーラーの姿も痛々しいです。娘になんて声をかければいいのかもわからずに無力感に沈む老人。お年寄りは熟練の人生経験があるから慣れている…なんてことはない、あの老いた自分よりも先にこの世から消えてしまった小さな命という現実にただただ絶望する…。本当に辛い状況です。

そのマーラーがエリアスを墓から連れてきます。他の家族と違って明らかに能動的に墓を掘り起こすという禁断の行為にでており、一線を越えています。家で風呂にいれてあげるシーンなんかは、表面的には愛情が感じられますが、死体を風呂に入れているわけで、かなりゾっとする場面です。本作で最もホラーかもしれません。このあたりは認知症の行動を醸し出すような演出にもなっているなとも思いました。

次の家族はトーラで、こちらも高齢者ですが、亡くなった相手エリーザベトがおそらく同性パートナーで、世間には内密にしていたと推察されます。ノルウェーはLGBTQの権利が世界で最も進んでいる国とされ、同性同士の結婚も2009年から法制化されています。しかし、高齢者は差別が色濃く社会に刻まれた時代を生きてきたわけで、トーラ&エリーザベトのようなクローゼットな高齢カップルもじゅうぶん存在しているでしょう

トーラ&エリーザベトの場合は、葬儀の直後にエリーザベトが舞い戻ることになり、死をリセットして日常生活を継続するような振る舞いになります。何気ない日常の風景を再現するので、「2人はずっとこうやって支え合ってきたのだろうな」と思うのと余計に辛い…。

本作は老年のレズビアンカップルでしたが、こちらはゲイカップルながら長年の付き合いと穏やかな死別を描くという点で、ドラマ『THE LAST OF US』の一部エピソードと重なる余韻でしたね。あのオチも含めて…。

3番目はエヴァ、ダヴィッド、フローラ、キアンの4人家族。こちらは妻(母)のエヴァの交通事故死が作中で描かれ、死に直面した真っ最中に例の異変が起きます。そのため「死んだとみなすべきか」「死んでいないと考えていいのか」と、微妙な戸惑いの中に遺族が放りこまれる状況が描かれます。本作自体のシチュエーションは極めてSFですけど、死の判断に迷う状況に置かれるという意味ではそれこそ長期的に意識不明の身体になってしまう事例など現実でもあり得ます。ダヴィッド、フローラ、キアンのそれに対する“判断”が違っているのも象徴的です。

このように本作『アンデッド 愛しき者の不在』は「死者が蘇る」という点では明らかにフィクショナルなのですが、その登場人物の置かれる心理は現実的な事象とそう変わらないように設定されており、だからこそ観ていて心を掴まれるのだと思います。

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死別と向き合う時間

『アンデッド 愛しき者の不在』は「死者が蘇る」ことになりますが、当初は抜け殻のような存在で、ただそこに存在しているだけです。

しかし、終盤にさらに残酷な追い打ちが…。

エヴァがウサギを絞め殺すというショッキングなシーンがその絶望の切り替え点となり、映画は観客にバッドエンドを予感させます。

この終盤の展開といい、起きていることは『ペット・セメタリー』に近いですね。あちらよりもさらにゆっくりと寡黙に進行していきますが、死別を乗り越えられない人間の脆弱さが次の悲劇を連鎖的に招いてしまうという不幸の惨劇が共通しています。

たぶん『アンデッド 愛しき者の不在』のラストを観る限り、他にも大勢で同じ現象が起きているのでしょうから、これはゾンビ・パニックの第1章、「0 day(ゼロ・デイ)」です。

しかし、本作はそこまで終末を煽るような大惨事の描写は挿入しません。静かに、とても静かに、私たちが最も愛する人々を喪うという非常に現実的な恐怖への哀悼を捧げ続けます。

あの死者が舞い戻ってくる現象も一種の喪に服すための猶予みたいなものと解釈できるかもしれません。死を一瞬で受け入れることはできません。死という人類にとって最も難解で拒絶したくなる概念を受け止めるにはそれぞれの時間が必要です。それはどれくらいかは個人で違います。1日か、3日か、1週間か、1か月か、1年か、10年か、もっとかかるかも…。とにかく時間が必要なんですね。

死者の身体は時間に比例して朽ちてしまうのでどうしたって“処理”しないといけなくなるけども、残された遺族の心の“処理”がその時間と足並みそろえるわけではなく、どうしても追いていかれてしまう…。だから追加の時間が必要で…。

本作の現象はその死別と向き合う時間を映像的に表現してくれます。その結果、辿り着くのはやはり別れです。でもその過程を乗り越えて別れを決断するのと、過程を経る時間もないのとでは大違いです。

同様の死別とその時間の関係を巧みに物語化した作品として近年は『照明店の客人たち』がありましたが、『アンデッド 愛しき者の不在』は北欧らしいテイストでみせてくれました。

ウサギを箱で地面に埋めるキアン、そして水辺にエリアスを沈めるアナ。各々の弔い方があり、どのような結末でもその弔いにこそ意味がある。

この映画を観ている時間もまた誰かを弔う方法を見つける時間になるといいですね。

『アンデッド 愛しき者の不在』
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)

作品ポスター・画像 (C)Einar Film

以上、『アンデッド 愛しき者の不在』の感想でした。

Handling the Undead (2024) [Japanese Review] 『アンデッド 愛しき者の不在』考察・評価レビュー
#ノルウェー映画 #死別 #家族 #ゾンビ #レズビアン