若き王は次世代の見本となるか…Netflix映画『キング』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:オーストラリア・アメリカ(2019年)
日本:2019年にNetflixで配信
監督:デヴィッド・ミショッド
キング
きんぐ
『キング』あらすじ
自由奔放な放蕩王子がイングランドの君主となった。王位継承後、待っていたのは山積みの問題。覇権争いや内紛、さらには国外との睨み合い。やがて大国との戦いは避けられない状況になり、若き王は剣を手に、大勢の兵士を引き連れて、戦場へ出発する。その戦の先には王国の未来があるのか。それは誰にも分らない。
『キング』感想(ネタバレなし)
ティモシー・シャラメ、王になる
「赤痢(せきり)」という病気があります。細菌性の感染症で主に糞尿などの汚染物質を媒介に猛威を振るった病気であり、まだ今ほど衛生状態も医学も発達していなかった時代は、人類にとって恐怖の存在でした。日本でも戦後まもなくは2万人近くが亡くなったと国立感染症研究所が説明しています。現在は医療体制の充実により、それほど怖い病気ではなくなってきましたが、昔は「病気=死」に直結することが本当に当たり前だったんだなと痛感させられます。
今回取り上げる映画は、この赤痢によって34歳の若さで早死にしてしまったイングランド王の物語です。その名は「ヘンリー5世」。映画のタイトルは『キング』です。
1399年に即位したヘンリー4世が創始した中世イングランドの王朝である「ランカスター朝」。このヘンリー4世と妻メアリー・ド・ブーンの子どもが後のヘンリー5世です。当時は対立と戦乱にまみれた時代でした。とくに大きな戦火が「百年戦争」です。
この戦争は簡単に言えば「フランス王国を治めるヴァロワ朝vsイングランド王国を治めるプランタジネット朝&ランカスター朝」の対決。目的は領土争いと王位継承の問題。この時期は、今の私たちが知っているイギリスやフランスという国は存在せず、まだまだ権力を持った封建諸侯が各々の勢力を跋扈させるような状況でした。この百年戦争によって、今日のイギリスやフランスを象徴する国家&国民アイデンティティが形成されたというのは有名な話。
ヘンリー5世は若くしてこの戦争に飛び込んでいって成果をあげた人物です。なので若死であっても、歴史的に語られる功績を残しているんですね。
すでにヘンリー5世を題材にした映画はいくつか作られています。1944年のローレンス・オリヴィエ監督・主演の『ヘンリィ五世』、1989年のケネス・ブラナー監督・主演の『ヘンリー五世』。いずれもこの題材の歴史映画としては古典的な重鎮です。最近だと『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』というドラマシリーズでヘンリー五世が描かれています(演じているのはトム・ヒドルストン)。
この手のイギリス史の王族歴史映画は知識が無いとなにがなんだかわからなくなってきますが、その時代を題材にした数多の映画を年表風に整理したものが『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』の感想記事に掲載しているので、混乱した人は参考にしてください。
『キング』は歴史ドラマでありつつ、ウィリアム・シェイクスピアの著名な戯曲を原作としています。
監督はNetflixオリジナル映画『ウォー・マシーン: 戦争は話術だ!』を手がけたオーストラリア人の“デヴィッド・ミショッド”。これまたずいぶんとトーンの違う作品に手を出した感じですが、経験はじゅうぶん。
製作は“デヴィッド・ミショッド”と親交のある“ジョエル・エドガートン”で、企画初期から関わっているようです。彼はもともと俳優ですが、今や『ザ・ギフト』や『ある少年の告白』を手がける名監督としても実力を証明している多才なマルチクリエイター。本作『キング』でも製作だけでなく、脚本にも関わり、俳優としても出演しています。
気になる主役のヘンリー五世を演じるのは、すっかり美少年俳優としてその名を欲しいがままにしている感もある(勝手に周りがそうもてはやしているだけでしょうけど)、“ティモシー・シャラメ”です。『君の名前で僕を呼んで』での大躍進以降、あちこちに引っ張りだこ。まだまだその才能は引き出しがいのありそうな奥行きがあり、今後どんな成長を見せるやら(まだ23歳ですからね)。『キング』では自身初の歴史ドラマの主演ということで、また新しい一面が見れるでしょう。
他の俳優陣は、新生バットマンに抜擢されて一気に知名度が上がることが期待される“ロバート・パティンソン”。“ベン・メンデルソーン”や“ショーン・ハリス”といったおなじみのオッサンズ。そしてジョニー・デップの娘で俳優業も着々とこなす“リリー=ローズ・デップ”。作中での出番は少ないですが、『ダンケルク』の“トム・グリン=カーニー”や『足跡はかき消して』の“トーマサイン・マッケンジー”も登場します。これだけ揃えば見ごたえが保証されているのは納得でしょう。
Netflixオリジナル作品として2019年11月1日に配信開始。日本では一部で劇場公開もされましたが、大半の地域ではアクセスしづらいので、ネット視聴になるかなと思います。なるべく俳優のご尊顔が綺麗に見えるように、大きな画面で鑑賞することを推薦します。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優ファンは必見) |
友人 | ◯(歴史好きなら楽しい) |
恋人 | ◯(歴史好きなら楽しい) |
キッズ | ◯(世界史の勉強にもなる) |
『キング』感想(ネタバレあり)
ヘンリー五世の武勇
15世紀初頭。戦いの終わった後の光景が映し出されます。多くの兵士の亡骸が地面に転がる中、生き残って這う兵士にとどめを刺す男。この戦いは「イングランド軍vsスコットランド軍」の戦いであり、勝ったのはイングランド。残存兵士の命を奪ったのは、ノーサンバランド伯のホットスパー(ヘンリー・パーシー)です。
イングランド国王陛下「ヘンリー四世」にスコットランド反乱軍の戦いを報告するノーサンバランド伯。若きホットスパー、ウェールズに捕ったいとこのモーティマーの身代金を払ってくださいとヘンリー四世に頼みます。しかし、「裏切り者だ」と一切相手にしないヘンリー四世。すると、ホットスパーは勇ましく「老人の戯言です」と言い放ち、ウェールズとも開戦して戦乱をひたすらに拡大するヘンリー四世を責め立てました。
一方、そのヘンリー四世の長子である通称「ハル」は父を嫌って町でだらしなく過ごしていました。酒を飲み、女と寝て、遊び惚ける日々。そばにいるのはジョン・フォルスタッフという、これまたどこかみっともない大男のみ。
ある日、遣いの者が「陛下が病気で、帰還してほしい」と要望を伝えてきます。無視するつもりでしたが、フォルスタッフに「父上に会いに行け」と言われ、嫌々向かうことにします。
父の前に現れるとさっそく「継承問題を考えるときがきた」と大勢の前で切り出され、「お前は外す」と公開ダメ人間宣告をされ、弟のトマスに王冠を譲るつもりだと発言。もともと王位など興味ないハルはどうでもいい話でしたが、「ホットスパーを討て」と命令されたトマスに対して「お前とは無縁の確執だ」と忠告。それでも何もできずに帰ることに。
けれども居ても立っても居られなかったのか、戦地のトマスのもとに馬を走らせたハル。大惨事を止めるため、弟を助けるため、自らホットスパーとの一騎打ちを申し込みます。最初は断られるも誘いに最後は乗ってきたホットスパーと、甲冑を着込んでの剣の勝負。なんとかナイフで相手を刺し倒して勝利をおさめるも、当のトマスは「これでは僕には意味がない!」と手柄をとられたことに憤慨。
やれることはやったものの弟から責められただけに終わったことで、泥酔して自暴自棄になるハルでしたが、またも「お父上が危篤です」という遣いの者が来ます。しかも、王位継承者となるはずのトマスはウェールズで殺されたそうで、「殿下が王にならなければ」と言われてしまいます。
怒り声をあげながら床に横たわる父のもとにかけつけるハルに、息も弱々しいヘンリー四世は「王になってくれ」と声をかけ、この世から離れていきました。覚悟を決めたハル。「お前らが罵ってきた私に使えるという屈辱を与えてやる」とそれまでの王の家臣に言い放ち、戴冠式で「ヘンリー王、万歳」の喝采のもと、彼はヘンリー五世になったのでした。
内政問題は父のような敵を作るやり方をやめたことでなんとか平穏さを取り戻しますが、問題は国外との関係性。祝いの品として、フランス国王シャルル陛下より「玉」が送られてきて、周囲の者は明らかな侮辱だと嫌悪感を露わにしますが、ハルは「フランスと戦うなど正気の沙汰ではない」とそんな戦争積極派の意見を一蹴。しかし、フランス王があなたの暗殺を企てていると情報がもたらされ、実際に暗殺者すら送り込まれてきたと知るや、フランスと開戦すると宣言します。
フォルスタッフを仲間に引き入れ、いざ進軍。
こうして後の歴史で「アジャンクールの戦い」と呼ばれることになる、ヘンリー5世の率いるイングランド軍(7千名)が長弓隊と戦略を駆使して、装備においても数においても勝るフランス諸侯軍(2万名)の重装騎兵を破った戦いが始まります。
フォルスタッフの存在意義
『キング』はもちろん史実が題材ですが、前述したとおりシェイクスピアの著名な戯曲を原作としているので、何もかも実際に起きたことを忠実に映像化しているわけではありません。それどころか、過去のヘンリー五世を映画化した作品たちとも異なる描写も結構多いです。そしてこの本作独自の描写に注目することで、作り手が何を描きたかったのか、その真意が読み取れるような気がしてきます。
最も最初に目立つ違いは、ハルと父ヘンリー四世との父子の確執の描き方。国内政策・対外政策の考え方の差違によって対立してきた二人ですが、『キング』ではあまりこの対立を深掘りしようとはしません。その側面の描写はかなりサラッと済ませているため、観客によっては“なんか仲の悪い父と不良息子”くらいの間柄に見えます。父が亡くなる直前のシーンでは、明確にヘンリー四世の方からハルを認めたと判断できるセリフが発せられ、なかば流れるようにそこで親子の対立は雲散霧消しています。
その代わり、『キング』ではハルと別の人間との関係性に大きなスポットがあてられるというアレンジが加わることに。その相手が“ジョエル・エドガートン”演じるフォルスタッフです。
フォルスタッフはシェイクスピアの戯曲に登場する架空の人物であり、史実には存在しません。肥満の老騎士で、よくありがちな“小物臭を漂わせながらどこか憎めない太っちょキャラ”といった感じ。
しかし、『キング』のフォルスタッフは全然違うんですね。確かに序盤はいかにもダメそうな姿を見せますが、物語が進むとしだいに重要な存在に変化。戯曲では主軸ではないサブキャラだったのに、今作ではハルの隣に立つ最重要パートナーキャラクターに昇格しているじゃありませんか。
ここが『キング』のオリジナリティの大きなポイント。つまり、ハルにとってフォルスタッフが疑似的な真の父親役を担うことになっています(だからヘンリー四世の描写が雑だったのか)。
そして本作におけるフォルスタッフはリチャード王時代のときに戦場を経験し、今は引退して隠居し、社会に出るのを嫌っている男として描かれています。要するに戦争の醜さを嫌と言うほどに知っている老兵であり、ハルに「戦争というものの負の側面」を教えるメンターでもあります。
結局は戦争に身を投じてしまったハルに対して戦術を提案するだけでなく、「兵士には王が、王には兵士が必要だ」という言葉とともにリーダーの在り方を語るフォルスタッフ。自ら先遣隊としてぬかるんだ戦地で犠牲となった彼の姿。戦争でしか生きられなくなった古い男の反面教師でもあり…。
なので『キング』は過去のヘンリー五世を題材にしたどの映画よりも反戦色が強く、シニカルですらあります。
女性が王に誓わせること
『キング』のもうひとつの大きな特色。それはジェンダー的な視点です。
本作は約140分の映画時間のうち、女性キャラはほとんど出てきません。しかし、とても重要な役割を与えられています。もしかしたらフォルスタッフ以上に重みのある存在かも。
その人物は終盤に登場する“リリー=ローズ・デップ”演じるキャサリンです。
イングランド王ヘンリー五世の王妃となるキャサリン・オブ・ヴァロワ(またの名をカトリーヌ・ド・ヴァロワもしくはカトリーヌ・ド・フランス)。史実ではヘンリー5世がフランス王位継承権とキャサリンとの結婚を求めた結果の婚約であり、そこに当然ながらキャサリンの意思はありません。歴史書では幸せな生活を送ったなどと書かれはしますが、本人の気持ちは不明です。
『キング』のキャサリンはヘンリー五世を前にいきなりこう言い放ちます。「私は服従しません」と。この時点で分かるように本作のキャサリンは非常に自立した女性であり、ロマンチックな愛を見せるための象徴でもなければ、戦争に勝ったご褒美としてのトロフィーでもありません。
それだけでなくそれまで物語に一切挿入される空気もなかった女性的視座をラストで投げかけます。「暗殺者は誤解です」「父は狂っているが正直者です」と、男たちがやろうともしなかった冷静な人間分析をしたと思えば、「君の兄は私に玉を送ってきたじゃないか」というヘンリー五世の反論に「玉?」と返す。つまり、“え、そんな男のプライド程度で戦争をしたの?”…という自己中心的な男の社会そのものへのあからさまな呆れともとれます。
思えば『キング』の戦い、そこに至るまでのドラマは全部、男が男として威張るための戦いに過ぎませんでした。その終局的な無様さは、アジャンクールの戦いでの敵国皇太子が一騎打ちで泥で滑って自滅するシーンにも如実に表れています。イングランドの歴史は全て男の自己満足に付き合わされた歴史でもあり、ヘンリー四世も、ヘンリー五世もそれは同じ穴の狢。
その自分でも直視してこなかった事実を突きつけられたヘンリー五世は、ラスト、キャサリンとの婚約の誓いの言葉としてこうやりとりします。
ヘンリー五世「君には何も望まない。本当のことを話してくれるか」
キャサリン「約束します」
男性が、しかも権力の座につく男性が、“聴くこと”という謙虚さを示し、女性は男性に“意見すること”の自由を手に入れる。これはもう現代のジェンダー問題根底に求められることそのものですね。この誓いの言葉の終わった瞬間にタイトルの「THE KING」が示されるのがまた良くて…。なんでこんなシンプルなタイトルにしたのか、ここでわかります。これは現在の全ての「王(男)」への寓話的物語なんだ、と。
こうした観点からも『キング』はヘンリー五世の物語をシェイクスピア時代から大きく現代アップデートしてみせた意欲作といえるのではないでしょうか。
なお、ヘンリー五世の早死の後、百年戦争は情勢を変え、結局はフランス王国側の勝利に終わります。その形勢逆転の旗頭となったのは誰であろう“女性のリーダー”の代名詞「ジャンヌ・ダルク」でした。やっぱり、ね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 86%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Plan B Entertainment, Netflix
以上、『キング The King』の感想でした。
The King (2019) [Japanese Review] 『キング The King』考察・評価レビュー