続・ボラット
映画『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Borat Subsequent Moviefilm
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:ジェイソン・ウォリナー

続・ボラット

あらすじ

破天荒・傍若無人・倫理観ゼロ! あのカザフスタンのテレビレポーターであるボラットが帰ってきた。今度はある使命を果たすべく、アメリカ政府の中枢にズカズカと入り込もうとする。アメリカの地に降り立ったボラットを止めるものはいない。たとえ、市民に追いかけられようとも、警察に押さえられようとも、何だかわからないパンデミックが起きようとも…。

『続・ボラット』感想(ネタバレなし)

ポリコレに喧嘩を売るってのはこういうこと

「この作品はポリコレに真っ向から反抗しているから凄いよね」…なんていうコメントはポリティカル・コレクトネスという言葉の意味を理解していない人がよく使うフレーズの典型例です。実際は“非常識的”で“攻めた”作品の多くはその表面的な印象とは裏腹に芯の部分では何よりも“正しさ”を重視していたりします。そうでもしないと単に悪びれただけの幼稚で雑な作品になってしまうからです。

では、世の中には「ポリコレに真っ向から反抗している」と言えそうな作品はないのでしょうか。

いや、あるじゃないですか。批評家から「politically incorrect」と評されつつも称賛を受ける滅茶苦茶な作品を生み出すアイツが…。

その人とは、“サシャ・バロン・コーエン”です。

“サシャ・バロン・コーエン”はイギリス人のコメディアン兼俳優です。彼の十八番は“キャラなりきり”ギャグです。1998年にイギリスのチャンネル4の番組にてアフリカ系のカルチャーにかぶれて調子乗っている白人ラッパーという設定で「アリ・G」というキャラクターになりきり、これが大ウケします。子のスタイルが定番化し、次々と支離滅裂なキャラを確立。そのうちのひとつ「ブルーノ」はオーストリア人でゲイのファッション・レポーターという盛りこみすぎな設定だったり(2009年に映画にもなりました)、とにかくバカをしまくりつつもその時代や社会のタブーに遠慮なしに踏み込み、そのあられもない実態を暴露させてしまう…というのがお約束。要するに自分の身を犠牲にした全力の風刺を提供しているんですね。

そんな“サシャ・バロン・コーエン”のレパートリーの中でもとくに有名なのが「ボラット」です。やっていることと言えば、カザフスタンのテレビ・レポーターという設定でひたすらにやっぱりバカをしまくっているだけなのですが、このボラットを主役に作った2006年のコメディ映画(厳密にはモキュメンタリー)『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』が高評価を獲得。アカデミー脚色賞にノミネートされるなど、実に痛快にスポットライトを浴びました。中身はほんとくだらないのに…。

ここまで過激なことをして訴えられないのかなと思うじゃないですか。けどきっとこういう作品は訴えられないギリギリを攻めているんだと勝手に納得して想像するものです。でも『ボラット』は違うんですよ。訴えられているんですよ。それでもやるんですよ。これはもう“サシャ・バロン・コーエン”は自分を生贄にするなら何をしてもいいという覚悟があるんでしょうね。

そんな大好評だった『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』。当然、続編は作らないの?なんて声は当時からあったのですが、あまりにボラット自体が有名になりすぎてもう突撃敢行はできないだろうと諦め気味でした。

私もそれ以前に今はYouTuberとか動画配信の普及で誰もがボラットみたいなことができるようになり、あの“サシャ・バロン・コーエン”の優位性はもうないだろうなと思ってました。ある意味で先駆的だったんですね、ボラットは…。

ところがアイツは帰ってきた…。不意打ちのように湧いて出てきたのが本作『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』です。2作目、作ったのかよ!?と誰もが驚愕しますし、しかもこのコロナ禍の最中かよ!?とそこも衝撃ですが、さすがはボラット。その程度でステイホームするようなやつではないのです。アイツに自粛という概念はありません。

今作でも“サシャ・バロン・コーエン”扮するボラットは飛ばしまくりです。人種、性差別、メディア、アメリカ大統領選挙、そしてコロナウイルス…何でもボラットの手にかかれば風刺の餌食。2作目となる本作はさらに過激さもアップしています。

それにしても“サシャ・バロン・コーエン”、2020年は『シカゴ7裁判』ですごく良い演技を見せており、これでアカデミー賞助演男優賞ノミネートもいけそうなのに、このボラットの痴態ですからね。なんかもう世間体とかどうでもいいんだろうな…。


この『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』、体を張っているのは“サシャ・バロン・コーエン”だけではありません。今回は“マリア・バカローヴァ”という若手女優も肩を並べて(巻き込まれて?)暴れまくっています。“サシャ・バロン・コーエン”は彼女をアカデミー賞に推しているらしいけど…。

本作、案の定、大手の配給会社は軒並み二の足を踏んで手を出さない中、Amazonが結局は食いつき、PrimeVideoで独占配信されることになりました。

わかっていると思いますけど、忠告しておきますが、人を選ぶ映画です。選ぶというか、完全にこちらを度外視してふざけまくっているだけです。

誰がここまでやれと…という感じですが、さすがにここまで体を張られるともう何も苦言を呈することもできない、参りましたという感じにもなります。真面目に批評しても敵わないなと思うじゃないですか。

これこそ正真正銘の「ポリコレに喧嘩を売っている映画」です。

おすすめ PiCKUP!
↑『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』…1作目。とくに2作目を理解するうえで観ないといけないわけではないけど…。
オススメ度のチェック
ひとり◎(ボラット初心者もぜひ)
友人◎(話のネタにはじゅうぶんすぎる)
恋人◯(これを笑い合える仲なら)
キッズ△(子どもは鬼滅の刃、観ようね)

『続・ボラット』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『続・ボラット』感想(ネタバレあり)

グレートなアメリカにプレゼント!

「私はボラットです。私の映画は14年前、アメリカで大ヒットしました!」

そう自慢げに語るボラット・サグディエフ。しかし、かつての行いに母国カザフスタンは怒り心頭。責任を問われ、リポーターの職を永久に失い、終身刑となり、強制労働に従事させられて過ごしていました。

けれども、14年後の今、突然、政府に呼び出されます。

「お前に任務を命じる」と言われ、語られるのは今のアメリカ(US+A)の状況。アメリカは邪悪な男に支配され、メチャクチャにされていました。その名も「バラク・オバマ」。しかし、奇跡が起きました。「マクドナルド・トランプ大統領」が誕生し、偉大なアメリカが復活したのです。彼は本当に優秀で、プーチン、金正恩、ボルソナーロ、ケネス・ウェスト…有能なリーダーとも仲良くしています。

そんな最高に輝いているアメリカへ貢物を持っていき、トランプ大統領への敬意を勝ち取ってこい…というのがミッションです。直接会うのはご法度なので「マイケル・ペンス副大統領」にプレゼントを渡すとのこと。「何を贈るのですか」と聞くと、カザフスタンの文化大臣であり、人気ポルノスターである「おサルのジョニー」でした。

さっそく任務にかかる前に故郷の村に久しぶりに来訪。相変わらず女性が荷車をひいている正常な日常がそこにありましたが、我が家は別の男に全てを奪われていました。残ったのは家畜しかいません。ブタと牛と娘(15歳)です。村からの熱烈なブーイングを受け、ボラットは旅立ちます。

その前に準備。注射を打ち、体調を整え、いざ出発。「おサルのジョニー」は別の船で向かい、自分は貨物船で日にちをかけてアメリカに向かいます。道中では中国やオーストラリアなど世界各地を転々とし、寄り道しつつ(トム・ハンクスとも会いました)、アメリカの地に到着。

ところが「おサルのジョニー」がいるはずの箱の中には、娘・トゥーターがなぜかいて、どうやら密航してきたようです。肝心の貢ぎ物のサルは娘に食われ、途方に暮れるボラット。

しかし、ニュースでトランプ大統領がエプスタインと女性を品定めしている過去映像が流れ、思いつきます。この娘を貢ごう! 第2にメラニアになれると娘は大はしゃぎ。娘は普段からメラニアのアニメを見て憧れています。

決まりました。待っててください、トランプ大統領。あなたの好きな若い金髪美女をお届けしますから!

女性は貢ぎ物ですよね?

『続・ボラット』は相変わらず実にたくさんのテーマで乱れうちのように風刺しまくっているのですが、そのスタイルは前作から変わりません。実在の人物にインタビューしたり、アドバイスを聞きに行ったりするていを装いながら、巧妙に実情を暴くという手口です。本作は基本的にやらせはなく、登場している実在の人物たちは、本作の趣旨を正確に理解せずに、なかば騙されるように出演させられています。

例えば、トランプ大統領に気にいられる女性の変身するためにボラットが娘・トゥーターに合わせたのは「メイシー・シャネル」です。“一流のフェミニスト”なんて作中で堂々と紹介されていますが、もちろん大嘘で、それどころか彼女はフェミニストと真逆の存在です。

メイシー・シャネルはインスタグラマーでネットで活動中の女性。そしていわゆる「シュガーベイビー」です。これは年上男性(シュガーダディ)に媚びるなどして金品を貰って生きる若い女性のこと。つまり、女性は自立なんてせず、男の支配下にいた方がいいという主張をしています。実際、作中ではメイシーは「女性というのは積極的になったらダメ、もっと従順でいるの」「弱い感じがいい」と丁寧に“男の理想の女”になるためのコツを伝授してくれます。

このメイシーは台本で喋っているわけではなく、素みたいですが、当人はシュガーベイビーではないと言っています。

その後、デビュタント・コーチの「ジェーン・シェフィールド博士」の指導のもと、社交界デビュー。ここでの生殖ダンスをドン引きで見つめる一同のなんとも可哀想なこと。ただ、ここでも「娘の価値はいくらですか」と聞いたら「500ドルかな」と答えるオッサンがいたり、作中全体で宝石のように「モノ」化される女性の実情があられもなく浮き彫りになっています。

今回の『続・ボラット』はこの「女性」がひとつの一貫した主題になっており、おそらくそれは2010年代後半に高まったMeTooムーブメントを意識して“サシャ・バロン・コーエン”が当初から考えていたのでしょうね。

続・ボラット

問題シーンをどう受け止めるか

もちろん本作で一番都合よく騙されているのは女性ではなく男性です。

その最大のターゲットは政治家関係の人間たち。何よりもマイク・ペンス副大統領の演説する保守政治活動協議会への乱入はこれぞボラットという大暴走。トランプ大統領のコスプレ(地味にリアル)で、聴衆と一緒に「あと4年!あと100年!」とやりたい放題しまくって、セキュリティに追い出される。あんなことができる人、そうそういません(いてたまるか)。

どうして“サシャ・バロン・コーエン”なんかをあっさり会場に通すんだよとも思うのですが、まあ、ホワイトハウスのクラスター感染騒動でもわかりましたけど、あの政府、結構安全性確保が雑みたいですし、あんなものなのでしょう。

極めつけはアメリカ本国ではセンセーショナルな話題騒然となった、元ニューヨーク市長で現在はトランプ大統領の顧問弁護士であるルディ・ジュリアーニへのあの一世一代の大仕掛けです。あそこは笑えるとかそんなお気楽なものではなく、普通に吐き気がするくらいのおぞましさを暴きだしてしまい、完全に今のアメリカの倫理的欠落を証明したようなワンシーンだと思います。

ほんと、“サシャ・バロン・コーエン”も“マリア・バカローヴァ”もよくやるなと関心というか、むしろちょっと怖いくらいなのですが…。

でも本作はふざけまくっているようですが、やっぱりかつてないほどに真面目な一作だったと思うのです。アメリカの中枢部はここまで狂ってしまっているんだよ、と。本当にこれでいいんですか、アメリカ国民の皆さん、と。そうあらためて訴える一作であり、それだけ“サシャ・バロン・コーエン”も危機感があるんだろうなと思います。

逆のあの問題シーンを見て平然と批評できる人間は、それは申し訳ないけどハッキリ言いますけど、どこか人間的感情が壊れていると思うのです。それはナルシズムで正当化できるものではなく。

その問題シーンをどれほど真剣に受け取るかで、その人のとくに「女性への人権侵害」をどれくらいまで真面目に考えているか、その本意が測られるのではないでしょうか。少なくともあれを単なるエンタメみたいに眺めている人は残念ですけど加害者側に立っていますよね。

アメリカにはまだ良心がある

でもこの『続・ボラット』、アプローチと目的は表面上は“正しさ”を重視しているようですけど、あらためてよく考えると“正しくない”ことばかりなんですよね。

前述したルディ・ジュリアーニへのトラップだって、言ってしまえばあれは女性へのステレオタイプな偏見(女は騙す者だという決めつけ)を助長しているじゃないですか。

ホロコースト・サバイバーである「ジュディス・ディム・エヴァンス」との語り合いの中でも、ユダヤ人のステレオタイプ全開衣装で登場(ちなみに“サシャ・バロン・コーエン”は生粋のユダヤ系です)。明らかに喧嘩売ってます(それでもちゃんと答えるエヴァンスの優しさたるや。亡くなってしまったのが本当に悲しい)。

しかし、これらこそ“サシャ・バロン・コーエン”の最重要テクニック。徹底的に極端に“正しくない”ことをして、逆にバカでもわかるほどの自覚を提供する。これが狙いです。

作中でコロナ禍でロックダウンされている街を歩いている最中に男性に出会い、家に招いてもらいます。彼らは明らかにトランプ支持者で、ノリノリで「危険なのはウイルスか民主党か、当然民主党だ」「クリントンが疫病のもとだ」「ヒラリーは子どもたちの血を飲んでいる」と陰謀論的なものまでいとも簡単に真に受けています。ここでのボラットの「この家に玉ねぎがあるんですか!?」のセリフが個人的にツボです。たぶん“サシャ・バロン・コーエン”も彼らがあまりにもチョロい相手すぎて楽しくなっちゃってますよね。

そんなQアノンも妄信する彼らさえもボラットの男尊女卑の社会ルールにはドン引き。「女にも権利がある。こんなのはデタラメだ」と言い切るんですね。

つまり、トランプ支持者だって良心はある。アメリカはまだまだ捨てたものじゃない!ってことを示しているように思います。あの邪悪な権力者に支配されるほどバカではない、と。

“サシャ・バロン・コーエン”は、アメリカをもう1度、お気楽にバカができる国に戻したいのかな、と。差別や暴力を煽る国ではなく、ジョークとユーモアを讃える国に。

自分自身を新型コロナウイルスの原因にまでして、“サシャ・バロン・コーエン”はアメリカを本気で心配してくれている。それが伝わる作品でした。

「投票しよう、さもないと処刑だぞ」

私はもうボラットがアメリカ大統領になる方がマシだと思ってきているけど、他にいい人がいますかね?

『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 71%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Four by Two Films, Amazon Studios ボラット2

以上、『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』の感想でした。