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『シカゴ7裁判』感想(ネタバレ)…Netflix;世界が見ている!

シカゴ7裁判

世界が見ている!…Netflix映画『シカゴ7裁判』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Trial of the Chicago 7
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:アーロン・ソーキン
性暴力描写 人種差別描写

シカゴ7裁判

しかごせぶんさいばん
シカゴ7裁判

『シカゴ7裁判』あらすじ

1969年9月26日、裁判が開廷する。アメリカ合衆国に起訴されたのは所属する組織もバラバラな8人。この1年ちょっと前、シカゴで開かれた民主党の全国大会の会場近くでは、ベトナム戦争に反対する活動家や市民がデモのために集結して盛り上がっていた。しかし、一部の参加者が警官隊と衝突、多数の怪我人を出す事態となり、この8人が暴動を扇動したとして捕まる。その判決はいかに…。

『シカゴ7裁判』感想(ネタバレなし)

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「デモ」と「テロ」の違いがわからない日本人へ

日本の大衆の多くは「デモ」と「テロ」の区別がついていない…そんな話題を目にしました。

世界各地であらゆるデモが常に起きており、それはたびたび日本でもニュースで報じられますが、日本人はそれらデモ活動をテロと同一視している傾向がある、と。

無論、「デモ」と「テロ」は全くの別物です。デモというのは大衆が権力者に対して声をあげるための正当な手段です。どういう手段でそれを行うかは問いません。非暴力を徹底するものもあれば、多少の暴力性をともなうこともあるでしょう。一方で、テロというのは特定の組織や団体が不特定多数を相手に攻撃を仕掛けるものであり、必ずしも権力者をターゲットにしているわけではありません。実際に多くのテロで犠牲になるのは一般市民です。

このように全然違うものであるにもかかわらず、日本人の多くが「デモ」と「テロ」の区別がつかない理由のひとつに、日本という国自体がデモで社会を変えたことがあまりないからではないかという指摘もあります。太平洋戦争にて敗戦し、半ば強引に民主化した日本。戦後に若者を中心にデモが活発化したことも散発的にありましたが、それらが歴史的な転換点になったわけでもありません。国民の共通認識としてデモの価値を身近に自覚できていないのでしょうかね。

それにしたってデモをテロとみなすなんて、完全に権力者の言い分と同じなのですけど…。

そんなデモ素人な日本人にとって今回紹介する映画はそのデモの意味をハッキリと教えてくれる一作になるでしょう。それが本作『シカゴ7裁判』です。

本作は「シカゴ・セブン」を題材にした映画です。といっても大半の日本人にはピンときません。でもこの「シカゴ・セブン」はアメリカ史においてとても重要な存在であり、デモの社会的な意義を明確に刻み付けた出来事でもありました。1968年にシカゴの民主党大会で会場周辺でデモ活動していて暴動を企てたと逮捕された7人の被告人がその渦中の人物、「シカゴ・セブン」と呼ばれました。これは正当なデモなのか、暴動を扇動した犯罪者なのか、アメリカの司法がそれを裁くことになります。

この「シカゴ・セブン」は重大な事件だったこともあり、これまで何度も映像化されています。一部を挙げると、1987年には『Conspiracy: The Trial of the Chicago 8』という作品が作られていますし、2007年には『Chicago 10』というドキュメンタリーもありましたし、2008年には『The Great Chicago Conspiracy Circus』という映画も公開されました。

こうやって見るとすでに映像化として手垢がたっぷりついた題材に思えます。しかし、2020年になってまたも映像化となった本作『シカゴ7裁判』は他とはひと味違いました。

なにせまず監督&脚本があの“アーロン・ソーキン”です。『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『マネーボール』(2011年)、『スティーブ・ジョブズ』(2015年)と次々と素晴らしい脚本を連発。アカデミー脚色賞を受賞し、脚本家として栄光を手にします。その後に、脚本も兼任しながら監督デビュー作となった『モリーズ・ゲーム』(2017年)でもやはり抜群の才能を発揮。もうすでに信頼性はじゅうぶんすぎるトップ・クリエイターです。

実は『シカゴ7裁判』は2007年ごろからスティーブン・スピルバーグが監督で企画が進んでいたらしいのですけど、その企画が停滞する中、“アーロン・ソーキン”は自分で監督もしたいと主張していたそうで、それがこうやって実現したのはやっぱり彼のそれだけの実力が認められたからなのでしょう。

本作も脚本/脚色のノミネートは確実で、それ以上に作品賞も狙っていける賞レースのトップを走ると思います。とくに2020年アメリカ大統領選挙が11月に控えている中、『シカゴ7裁判』の内容がドンピシャというのも巧妙な狙い撃ちですよね。

シナリオだけでなく、群像劇なので俳優陣も豪華です。何でも器用にこなす“サシャ・バロン・コーエン”はアビー・ホフマンという人物を熱演(かなり実物とそっくりです)。『ファンタスティック・ビースト』シリーズでおなじみの“エディ・レッドメイン”も主役級で登場。『7500』で最近は主役を務めた“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”は連邦検察官の役です。

『ブリッジ・オブ・スパイ』の“マーク・ライランス”、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の“マイケル・キートン”など大物も出演。
『アクアマン』の“ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世”、『ルース・エドガー』や『WAVES/ウェイブス』で近年活躍が目立つ“ケルヴィン・ハリソン・Jr”も顔を揃えています。

他には、ドラマ『サクセッション』の“ジェレミー・ストロング”、『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』の“ジョン・キャロル・リンチ”など。

これだけのキャラクターの多さなので最初は面食らうと思いますが、そこはさすがの“アーロン・ソーキン”脚本、上手く処理されており、とくに覚えようと必死にならなくてもいつの間にか物語にどっぷり浸かっているでしょう。政治や裁判を題材にしながら全く難しさを感じさせないので、ハードルが高いのでは?と気にしなくても大丈夫です。

『シカゴ7裁判』は2020年10月16日よりNetflixオリジナル作品として配信中(一部で劇場公開)です。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(2020年の必見の一作)
友人 ◯(映画ファン同士で)
恋人 ◯(感動を与えてくれる)
キッズ ◯(社会勉強になる)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『シカゴ7裁判』感想(ネタバレあり)

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暴動を作りだしたのは誰?

ベトナム戦争に首を突っ込み続けるアメリカは、戦火が拡大する中で徴兵数の引き上げを発表。軍事への投入の手を緩めるどころかさらに激しさを増します。
そんな政治に対して世間では「NO」を突きつける声が高まっていました。そして今、その反戦の想いを掲げる多様な者たちはイリノイ州シカゴで行われる民主党の全国大会に注視していました。

アメリカ全国の学生活動家組織「SDS(Students for a Democratic Society)」に所属するトーマス(トム)・ヘイデンレニー・デイヴィス「青年国際党(イッピー)」アビー・ホフマンジェリー・ルービン「ベトナム戦争終結運動(MOBE)」のリーダーであるデヴィッド・デリンジャー「ブラックパンサー党」全国委員長のボビー・シール

それぞれに繋がりがあるわけではない者たちですが、今の政治にモノ申したい気持ちは同じ。シカゴの民主党全国大会の会場付近のグランド・パークで大勢の仲間を引き連れて、デモを行うために結集します。あくまで平和的に、非暴力に…。

それから5か月後。連邦検察官であるリチャード・シュルツは上司の地区検事長トーマス・フォランに連れられて、最近就任したばかりの新しい司法長官のジョン・N・ミッチェルに会っていました。

シュルツは5か月前に起きたシカゴの民主党全国大会でのデモ暴動事件の裁判を担当することになります。一応、シュルツは「あの暴動は連邦法違反ではありません。不法侵入や公共物の破壊程度でした」と所見を述べますが、起訴の意思はあると長官は頑なです。「無職の若造たちが戦争を非難するのはもう終わりだ」「30代を刑務所で過ごさせてやりたい」「勝てばいい、やってくれるね?」と長官はノリノリです。それでもシュルツは「共謀罪は無理があります。面識のない者同士です」と事実を持って控えめに反論しますが、「最初の判例を作るんだ」と言論統制とみられることすら長官は気にしていないようです。シュルツは「彼らは下品で反体制的で反社会的ですが起訴に値しない。目撃者もいます」ときっぱり明言します。しかし、長官は「その証言を潰すことが君に期待されている仕事だ」と堂々と言ってのけるのでした。

1969年9月26日。イリノイ州シカゴ連邦地方裁判所の入り口前では、対立する二陣営が怒号をぶつけ合っています。「戦争反対!」」と「嫌なら国から出ていけ!」の応酬。

その裁判所に入っていくのは被告側代理人であるウィリアム・クンスラーレナード・ワイングラスです。メディアのマイクの前でクンスラーは「ボビー・シールには弁護は付けない」と話します。

ブラックパンサー党イリノイ州代表のフレッド・ハンプトンは傍聴席へ座ります。他にも被告人の関係者で埋め尽くされており、裁判の始まりを固唾を飲んで見守っていました。

ジュリアス・ホフマン判事が席に着き、いよいよ開廷。陪審員もぞろぞろと着席。起訴状が読み上げられ、以下の者を合衆国は起訴しますと述べられます。デヴィッド、レナード、トーマス、アボット、ジェリー、リー、ジョン、ボビー。この8名を裁く裁判です。

冒頭陳述でシュルツは陪審員の前で説明します。「違う組織だと思うでしょう。でもみんな急進的左派です。暴動の扇動を計画した、共謀です」

公判1日目。長い長い戦いが始まります。これはアビーの言うとおり「政治裁判」なのか…。

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裁判が風刺するのは…

『シカゴ7裁判』はいわゆる法廷劇です。ただ、スタンダードな方法だとドラマにメリハリをつけるために、事件を描き、次に裁判を描き…と手順が踏まれていきます。しかし、そこは天才“アーロン・ソーキン”。いきなり裁判からスタートし、終始法廷劇だけで成立させるという、荒業を披露してみせます。法廷劇は作り手の実力が問われると言われますが、「私、裁判だけで面白くできますよ?」と言わんばかりの自信満々じゃないですか。

これによってまず訴えられた7人(8人)が本当にデモで暴動を扇動したのかどうか、そこが観客には見えない作りになってくるのでひとつサスペンスが生まれます。

ただ、その前になんで民主党の全国大会がそんなに大事なのか、そこを理解しておかないと結構根本的にわからないままですよね。そこは本作では明確にわかりやすく説明されません(冒頭にザッと映像で提示されるのみ)。まあ、アメリカ人なら歴史の授業で学ぶのかもしれないですけど。

一応、簡単に背景を解説すると…。

ベトナム戦争に火薬を放り込むことにまっしぐらであったジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺されます。その後釜に座ったのがリンドン・ジョンソン大統領です。そして次の民主党大統領候補を決める選挙戦が始まります。普通はリンドン・ジョンソンがそのまま続投するのですが、今回は異例の乱戦となります。ユージーン・マッカーシー上院議員は反戦を掲げて立候補し、世論の反戦ムードの後押しで意外にも大人気に。これに民主党の権力者たちは焦ったのか、マッカーシーを指名しないと決め、今度はジョン・F・ケネディの弟であるロバート・ケネディ上院議員が立候補し出します。ところがこのロバート・ケネディも暗殺されてしまい、事態は大混乱。そこで持ち上がったのがヒューバート・ハンフリー副大統領で、結局、彼はたいして選挙活動もせずに対立候補だったジョージ・マクガヴァン上院議員を破り、党の候補者に指名されてしまいます。

要するに当時の民主党は胡散臭さMAXであり、この不正全開で既得権益を死守しようとする政治に大衆は怒っていたんですね。だから単純な反戦だけが論点ではありません。もはや政治そのものへの反発でした。

なお、最終的には民主党の候補ハンフリーは共和党の候補であるニクソンに負けるのですが…。

ということでこのシカゴ・セブンを裁く裁判は、別の見方をすれば民主党のゴタゴタの茶番劇そのものを反映しているかのようです

とくに判事のジュリアス・ホフマン。彼は作中でアビーが同じホフマンであることをやけに気にしたり、デリンジャーの発音がLかRかやたら問いただしたり、「大丈夫かこいつ」と心配になるレベルの珍行動を連発していますが、実際はもっと奇行だらけだったそうです。もうこの判事が法廷侮辱罪ものですよ。

本作の風刺するものは民主党内の茶番劇だけではないでしょう。例えば、このジュリアス・ホフマンを演じているのは“フランク・ランジェラ”で、この俳優は『フロスト×ニクソン』でニクソンを演じたことがあるのです。なのでメタ的に共和党政権への風刺もおそらく込めているのかな、と。もちろん現在進行形で奇行を繰り返すドナルド・トランプ大統領への痛烈なアイロニーとも受け取れますが。

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「文脈を無視すれば言葉はいくらでも解釈できる」

そんな政治への風刺がさりげなく挿入されるあたりの手際も“アーロン・ソーキン”の才能なのですが、他にも随所に“アーロン・ソーキン”らしい語り口がいっぱいありました。

一番は映画の山場となるあのシーン。講演会場でのトムのとっさの口走った演説の録音が証拠になってしまい、それを詰問される場面です。トムがマイクに割り込んで「血が流れるなら街中で血を流させろ(If blood is gonna flow, let it flow all over the city!)」と言ってしまい、警官隊との衝突に発展。ああ、やっぱりトムが暴動を扇動したのか…と失望する中、実はその「血」は「僕らの血」、つまりデモ参加者の血を表しているんだと判明します。ここでアビーが「所有代名詞はちゃんと使えよ」とシニカルにツッコミを入れ、対立していたトムとアビーのわだかまりが和らぎ、今までお気楽なバカっぽかったアビーが意外にも冷静で優秀だとわかります。

この物語の転換点になる仕掛けを「文法」で攻めるあたりが、文才のある“アーロン・ソーキン”らしさですよね。ただ、この仕掛けは日本語翻訳にするとちょっとわかりづらいのがやや難点ですけど…(せっかくの文法トリックが台無しになっている感じも)。

他にも元司法長官であるラムゼイ・クラークが重要なカギになると気づく場面とか、レトリックが多彩に発揮されていて、いちいち上手いなと感心しながら映画を観てしまいました。

最後は戦死者の名をトムが読み上げるという、これまた“アーロン・ソーキン”十八番のスピーチでオチをつけます。あの場面は実際にはなかったのですが、それでもこのシーンで終わることでこれはもう“アーロン・ソーキン”の「シカゴ・セブン」だなと決定的に示す映画になりましたね。完全に題材を自身のクリエイティブでモノにしていました。

他にも退屈になりがちな裁判を実に上手くハラハラドキドキで見せてくれていました。

人種差別のテーマ性も巧みに組み込まれており、やはりここでも手腕を発揮していました。とくにトムに白人特権の無自覚さを象徴する役回りをさせており、ちゃんとインターセクショナリティーな視点がありますし、あのバラバラな被告人たちがまとまっていく過程にリンクもしていて良かったです。

ただ、あえて本作に苦言を言うなら、女性の描写はかなり雑だったな、と。

例えば、覆面捜査官としてデモに紛れ込んだ者の中でオコナー捜査官というキャラクターが出てくるのですが、彼女は実在せず創作です。主要キャラが男性ばかりだったので女性を出そうとしたのかもしれないですが、そこで出てきた女性がこういう色仕掛け要員というのは古くないか(『リチャード・ジュエル』にも通じる偏った女性観です)。

また、作中で国旗を掲げてデモしていた女性がフラタニティ風な女性蔑視発言をする男性たちにどさくさで襲われ、レイプ未遂が起きるシーンがあります。あれもフィクションなのですが、あからさまに助けに入るジェリーの英雄性を補強するための素材にしかなっていません。ことごとく女性の役割がステレオタイプなのが気になります。

トムが所属していたSDSには女性の活動家もいて、フェミニズムな運動もしており、内外に声をあげていました。そういう存在感も物語の仕掛けに加える余地はあったのではないかと思うのですが…。

そんなこんなでやや惜しいところもあったのですけど、今の時代に突きつける映画として威力は発揮している映画ですし、見て損はない一作でした。

静粛になるつもりはないです。「The whole world is watching!(世界が見ている!)」

『シカゴ7裁判』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 94%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
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関連作品紹介

アーロン・ソーキンの脚本作品の感想記事の一覧です。

・『スティーブ・ジョブズ』

・『モリーズ・ゲーム』

作品ポスター・画像 (C)Paramount Pictures, Netflix ザ・トライアル・オブ・ザ・シカゴ7 シカゴセブン裁判

以上、『シカゴ7裁判』の感想でした。

The Trial of the Chicago 7 (2020) [Japanese Review] 『シカゴ7裁判』考察・評価レビュー