行けたら行く!…「Apple TV+」映画『史上最高のカンパイ!戦地にビールを届けた男』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にApple TV+で配信
監督:ピーター・ファレリー
史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男
しじょうさいこうのかんぱい せんちにびーるをとどけたおとこ
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』あらすじ
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』感想(ネタバレなし)
普通のアホなら現地で学べる良識がある
現地に行けば学びが得られる!…と言われたりもしますが、実際はそんな単純ではありません。
最近も某有名人が沖縄に行って地元の米軍基地反対運動の活動を失礼な言動で冷笑して問題になっていましたが、現場に行っても何も学べないアホはいるものです。そういうアホは放っておきましょう。世の中には教育や対話する価値もない愚か者が存在しますし、そういう人間のために誠実な人たちが時間を費やすのはそれこそ時間の無駄ですから。
ただ、そこまでの非常識なアホではない、平常範囲内の無知の人たちはぜひ学びというものを大事にしてください。現地に行って学びたいならそれでもいいのです。まあ、現地に足を運ぶのも場所によっては相当に大変ですけどね。
今回紹介する映画の主人公も、まさしく「現地に行って学んじゃいました!」という有言実行を果たした奴です。
それが本作『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』。
本作はベトナム戦争真っ只中のアメリカが舞台で、とある街で飲んだくれながらたいしたこともせずに過ごしていた若い男が主人公。ある日、こんなことを思いつきます。
「そうだ、戦場に兵士として行っている地元の仲間にビールを届けてあげよう!」
そうしてこの主人公は本当にベトナムの戦場に行って缶ビールを手渡しに行くのです。
…もうこの説明だけでいろいろとツッコミたいことが山ほどでてくるでしょう。わかります。わかりますとも。正気か?って話です。でも本作、びっくり仰天なことに実話なのです。
原作は、ジョアンナ・モロイ&ジョン・“チッキー”・ダナヒューの回顧録「The Greatest Beer Run Ever: A Memoir of Friendship, Loyalty and War」。
それを映画化したのは、『ジム・キャリーはMr.ダマー』などのお間抜け映画をたくさん手がけてきたものの、2018年にわりと真面目路線な『グリーンブック』を監督して、これがアカデミー作品賞に輝いた“ピーター・ファレリー”。
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』も物語の構造としては『グリーンブック』に似ています。『グリーンブック』は無知な白人男が旅する過程で黒人差別の現状を目の当たりにして意識が変わっていく姿を描いていましたが、この『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』も無知な白人男が戦争の現実を身をもって現地で知り、少しずつ変化していくことになります。
なので映画の邦題にある「史上最高のカンパイ!」の部分はちょっと呑気すぎるというか、この映画の最終的な後味とズレていると思うのですけどね…。原題は「The Greatest Beer Run Ever」。「beer run」というのは「ビールを買いに走ること」を意味します。
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』の俳優陣は、まず主人公を演じるのは『グレイテスト・ショーマン』『テッド・バンディ』の“ザック・エフロン”。今回はセクシーなイケメン要素は皆無ですね…。
他には『トップガン マーヴェリック』の“ジェイク・ピッキング”、『明日への地図を探して』の“カイル・アレン”、『フォールアウト』の“ウィル・ロップ”、『少女バーディ 大人への階段』の“アーチー・ルノー”、ドラマ『マン・ウィズ・ア・プラン』の“マット・クック”、ドラマ『ザ・サーペント』の“ルビー・アシュボーン・サーキス”など。
さらに大物枠として、“ラッセル・クロウ”と“ビル・マーレイ”も出演しており、地味に豪華です。
劇場公開すれば日本でもそれなりに映画ファンの間では話題になりそうな一作なのですが、残念ながらこの『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』、劇場公開無し。「Apple TV+」での独占配信となっています。制作の「スカイダンス・メディア」はAppleと複数年契約を結んでいるそうなので、しばらくはこのスタジオの作品の一部は「Apple TV+」配信に流れるんでしょうね(最近だと『ラック 幸運をさがす旅』もそうでした)。
それはいいんだけど、Appleさん、全然宣伝しないからなぁ…。
気になる人はこの影の薄い『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』を忘れずにチェックしておいてください。
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2022年9月30日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :シュールな映画好きなら |
友人 | :気楽に見れる |
恋人 | :ロマンス要素無し |
キッズ | :残酷描写は薄め |
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ノープランです!
1967年、ニューヨーク・シティのインウッド。行きつけのバーでビールいっぱいのジョッキを手にするジョン・ドナヒュー、あだ名はチッキー。いつもどおりご機嫌に飲みまくりでした。
両親と暮らしており、翌朝は父にたたき起こされ、教会にでていたふりをします。商船の乗務員でしたが、今は休暇中とテキトーなことを言い、家でぐうたらと過ごす日々。
家族で口論しながら食事中の中、妹のクリスティーンが「ジョニー・カノフが死んだ」と泣きはらしながら部屋に入ってきます。出征しばかりなのに早すぎる死。クリスティーンはベトナム戦争に反対しており、「無駄な戦争だ」と吐き捨てます。
バーで仲間たちと悲しみに暮れるチッキー。「大佐」と呼ばれるバーテンダーは「愛国者としての務めを果たしたんだ」と言い、戦場の残酷な様子を報道するテレビを消し、「こんなのデタラメだ」と呟きます。「戦争はテレビ番組じゃない、生々しいリアルだ。こんな悲惨な映像を家族に届けて何になる」
葬儀に出席し、そこでトミー・ミノーグが行方不明だと聞かされ、チッキーはショックを受けてその場をふらふらと後にします。親友でした。まさかアイツも戦死するとか考えられない…。
途中、反戦デモを見かけ、チッキーはその活動に文句をつけます。その場にクリスティーンもいて、「家に帰れ、家族の恥さらしだ。こんなこと誰の助けにもならない」とチッキーは激怒。「共産主義から俺たちを守る戦いだ!」と口論は拡大し、デモ参加者と殴り合いになってしまいます。
バーで愚痴るしかないチッキー。大佐は「ベトナムに行って感謝のしるしでビールを渡したい」とボヤきます。それを聞いてチッキーは「やってやる」と発言。仲間は冗談だと思っていますが、「地元の仲間も応援していると伝えるぞ」と威勢よく張り切るチッキーでした。
しかし、宣言したはいいものの、船がない、場所もわからない…何も着手できません。かといって腰抜け扱いされたくもない…。家族も呆れ気味で、クリスティーンも笑います。
ところが、トミーの母親が息子を見つけたらこれを渡してとアクセサリを託してきて、いよいよ引き返せなくなりました。やるしかない…。
出航する貨物船ならあるらしく、しかも今日の3時間後で、2ヶ月でベトナムに到着するそうです。ひとり欠員があるそうで、これしか機会はありません。
チッキーは缶ビールがいっぱい入ったダッフルバッグを持ってタクシーに積みます。クリスティーンは止めに来て「行ったら死ぬことになる」と忠告しますが、チッキーは全く後先考えていませんでした。
きっとなんとかなる…。テレビでは政府がアメリカは優勢だとか言ってたし…。
ヒッチハイクはできる?
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』の主人公であるチッキー。序盤では彼は、ノンポリというわけでも、冷笑主義的というわけでもない、ただただ無知でアホな奴として描かれています。
象徴的なのは、仲間のひとりに対して「その場に合わせて意見をコロコロ変えて、まるで風見鶏だな」と指摘するくだりで、仲間を嘲笑っているのですけど、そういうお前はどうなんだというツッコミしかないという…。チッキーも政治信念もなく信仰心もない、言ってみれば本当に空っぽな男です。当然知識だってありません。でもなんとなくこの保守的な地元で丸く収まっているだけでなんとかなっています。
そのチッキーがほんのわずかにあったプライドのために、缶ビール(パブストブルーリボン)を届けに行こうとムキになって実行してしまう。ここから物語は始まります。
で、いざベトナムに到着してからの前半の描写は本当にアホそのもので、もちろん誇張して描かれていますけど、ここは“ピーター・ファレリー”監督の得意技が炸裂していました。
サイゴンの港ですぐに第127憲兵中隊を発見し、トミー・コリンズとあっさり対面。事情を説明したときの「バカにしてんのか?」という反応が真っ当すぎる…。上官が現れたときに、兵士たちは全員直立する中、ボケっと座りながら「ベトナムをあちこち回ろうと思って」と言い放ち、他の仲間の居場所を教えてもらいながら「ヒッチハイクは無理なの?」と呟く。ここのチッキーは本当にただのヤバイ奴です。
さらになんやかんやで激戦地まで行けてしまい(CIAと勝手に勘違いされるくだりも笑える)、司令部でデューガンを呼び戻してほしいとお願いし、当のデューガンは最前線から弾丸飛び交う中で必死に司令部に戻ってきているのに、チッキーは隠れてびっくりさせようとする、あのあまりにも酷すぎるギャップ。あれはもう“ピーター・ファレリー”監督しかだせない不謹慎ギャグですね。
ここでデューガンに「バカか!」と突き倒され、「笑えないぞ」と深刻に説教され、そして戦地を自身も体験し(弾丸の中を走るチェックシャツ)、チッキーはここでやっと戦争の現実というものを知るスタートラインに立ちます。
アホはこれくらいやらないと学べないんですよ…とあっけらかんと言い切るかのような映画ですが、まあ、実際の世間を眺めていると、そうとしか思えない光景が平然と見られるので、私もこの映画を馬鹿にできない…。
酔いを覚まして学ぼう
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』は後半になると真面目なトーンが増していきます。
とくに作中で何度か挿入されるバーを舞台にしたシーンの使い方が上手く、冒頭の地元のバーではひたすらに酔っ払うアホなチッキーが見られます。そして「ベトナムに缶ビールを届ける」と宣言する地元のバーのシーンでは周囲からヤバイ奴と見なされ、続くベトナムのホテルのバーでのシーンでも記者たちから明らかにヤバイ奴と見なされています。
しかし、いざ缶ビールを届けることを実行してみせて帰ってくると、“ラッセル・クロウ”演じるアーサーといった記者たちから尊敬を集め、対等に見てもらえます。チッキー本人は自分がやっとことをわかっていないのですが、チッキーの行動はジャーナリズムそのものであり、チッキーは缶ビールを届ける過程でジャーナリストになってしまっていたんですね。
アメリカ政府の言うことを鵜呑みにしていたチッキーが、現地の生々しい現実を目撃し、価値観が変わります。作中ではチッキーに怯えて逃げる地元の親子、『オクラホマ!』好きでサイゴン攻撃で戦死する交通員ヒュー(融和になりそうに見えてそうならない残酷さを突きつけるシーンとして『グリーンブック』との違いがでています)、そうしたベトナム人の姿も映し出され、チッキーは初めてアメリカ人以外の“他者”の存在を認識します。チッキーの頭の中の世界観が、地元のバーから国境を越えた瞬間です。
共産主義がどうとかじゃないんだ、これは虐殺であり、兵士も一般人もみんな残酷に死んでいっているんだ…と。
『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』は愛国主義的な戦争のカッコよさという描写から完全に距離をとり、ひたすらにそのカッコ悪さ、滑稽さを風刺します。メッセージ性としては幼稚ですらあり、「戦争は良くない」という小さい子ども向けの教訓程度のものです。他の戦争映画のような深みはありません。でもまずこの前提がないと話にならないでしょ?という点ではこの映画はあえて自ら低レベルな話題に乗っかってみせているとも受け取れると思います。
地元に帰ったチッキーは仲間に「この戦争は偽物だよ、無秩序だ。世界を救っているとは思えない」と言い切り、初めて自分の信念を見せます。もう空っぽの人間ではありません。
隣り合ったクリスティーンに「酒を減らして、考える時間を増やすよ」と口にするチッキーは、学びの姿勢を獲得しました。
『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』みたいなアルコール映画というカテゴリとして観ても、この『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』は程よい酔い覚ましになる一作なのではないでしょうか。
現地に行ったら真摯に謙虚に学んでください。アホでもできることです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 43% Audience 92%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Skydance Media, Apple Studios
以上、『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』の感想でした。
The Greatest Beer Run Ever (2022) [Japanese Review] 『史上最高のカンパイ! 戦地にビールを届けた男』考察・評価レビュー