大丈夫、いってらっしゃい…映画『ブルックリン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アイルランド・イギリス・カナダ(2015年)
日本公開日:2016年7月1日
監督:ジョン・クローリー
性描写 恋愛描写
ブルックリン
ぶるっくりん
『ブルックリン』物語 簡単紹介
『ブルックリン』感想(ネタバレなし)
誰だって「移民」だった
「移民」の是非を問う議論が欧米では活発になっています。なかには「移民」に対して厳しい態度をとる人も…。
しかし、私たち日本人はどこか他人事な気分ではないでしょうか。いや、でもよく考えてみてください。私たちだって「移民」になりうるはずです。
私事ですが、私は北海道に住んでいます。この北海道は本州・四国・九州から移住してきた人々が町や村をつくった歴史があり、文化や方言もかなり多様な地域の影響を受けています。そうやって考えると、私も「移民」なのです。
北海道だけでなく、例えば東京もさまざまな地方からの移住者がたくさん暮らしています。これだって立派な「移民」です。
「移民=外国人」ではありません。人の行き来が自由なグローバルな今の時代では「移民」がいない場所の方が珍しいでしょう。
そんな「移民」の存在が問い直されている時代にこの映画『ブルックリン』が作られたことには大きな価値があると思います。
本作の主人公エイリシュはアイルランドからアメリカ・ニューヨークのブルックリンへ移り住むことになりますが、彼女を待ち受けていたのは同じような境遇の人なら誰もが経験するもの。それはホームシックです。自分の知らない新天地で暮らすことになったときの不安や葛藤は誰しも共感できるんじゃないでしょうか。「この知らない場所で暮らしていけるのだろうか」「全然馴染めず、孤立してしまったらどうしよう」「気持ちを共有できる人を見つけた。良かった…」そんな思いがこの映画にも詰まっています。
確かに本作で描かれている訛りや文化ネタは知識のない日本人にはちょっとわからないこともありますが、主軸となる物語は日本人でも理解しやすい普遍的なお話しだと思います。日本だと「上京」という定番のものがありますし、都会生まれでそこから出たことがない人以外は共感してもらえるかなと。私が観た劇場では、主人公が女性だからか女性客が多めでしたが、普通に男性客でも感情移入して見られるでしょう。
第88回アカデミー賞で作品賞にノミネートされた作品のなかでは、日本では後発ということもあってか注目度は低めですが、見逃すのはもったいない一作です。むしろこういう作品こそ押していきたくなりますね。
これから新しい場所に移り住み、生活・仕事をしようとする人は必見。あなたの背中をしっかりと押してくれる大切な映画になるでしょう。
『ブルックリン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):私は新しい地で再スタートする
まだ真っ暗な町。エイリシュ・レイシーは外に出て、教会で大人しく耳を傾けます。欠伸をこらえつつ…。
エイリシュはこのアイルランドの田舎町で食料雑貨店で働いていました。今日もお客さんでいっぱいです。店主のミス・ケリーにエイリシュは思い切って切り出します。
「アメリカに行きます」
ニューヨークにいるフラッド神父が仕事を見つけてくれており、ビザも取れています。エイリシュはこの町での退屈な毎日に飽き飽きしており、新鮮な経験がしたかったのです。
ミス・ケリーは「姉が哀れね。母親はこの国に残るでしょ。あなたが去ればローズはおしまい。母親の面倒を見ないといけないから」と冷たく告げます。
家族との食事。母は気候が厳しいらしいと心配してくれます。気分転換に友人で美人なナンシーと出かけてダンス会場へ。ナンシーは男性と楽しそうに踊り、エイリシュはひっそりと去ります。
荷物を用意。といってもたいして持っていける衣服も持ち合わせていません。「姉さんも自分の人生をね」とエイリシュはローズに向かって声を詰まらせながら口にします。
こうして船で出発。母と姉は不安そうに見つめており、エイリシュはすでに寂しい気持ちが押し寄せます。
アメリカ行きの客船の中をキョロキョロと見渡しつつ、狭いベッドで横になります。同じ部屋にひとりの赤い服の女性が入ってきます。船には乗ったことがあるようです。
食事をしているとウェイターに「天気が崩れるのに食べるんだね。これから揺れるからみんな食べない」と言われます。よくわかりませんでしたが、すぐに体感できました。豪快に揺れまくる客室に、エイリシュは最悪の気分。トイレは誰かが鍵をかけており、やむを得ずにバケツに排泄し、嘔吐します。
同室の女性は心配してくれて、隣の部屋が占拠したトイレを奪い返してくれます。
その後もその女性と会話し、不安を打ち明けます。「全くの他人と話すのもいいものよ」
その女性は顔色が悪いエイリシュのために化粧をして、服までくれます。なぜここまで優しくしてくれるのか、エイリシュにはわかりませんが、とりあえずありがたいです。
こうしてアメリカの地に到着し、入国管理局での検査。女性のアドバイスどおりに落ち着いて振る舞います。
ドアを開けるとそこはニューヨークの街並み。エイリシュはここで暮らすのです。ブルックリンに…。
色で伝わる心の変化
本作『ブルックリン』はファッション(とくに服装の色)に注目しながら見ると、主人公エイリシュの心情がよくわかります。
緑色はアイルランドを象徴する色らしく、随所で緑色が使われています。
映画序盤のアイルランドの場面では、彼女は地味な緑色の服です。アメリカに船で渡る日のエイリシュは全身緑色のコートで守られており、故郷の色で不安な気持ちを必死に抑えているのでしょう。ブルックリンに着いてからホームシック状態になるなか、彼女を支えてくれる人が何人か登場しますが、その人も緑色を身につけていました(例えば、寮母のおばあさん、そして恋人となるトミー)。エイリシュがアメリカ慣れしだすと、黄色や赤、青といったカラフルな装いが目立ち、以前から見られた緑色も華やかになります(水着が印象的でした)。姉ローズの訃報を聞きアイルランドに戻ってからは、カラフルな衣装が浮いてしまい、映画を見てる観客側にも故郷なのに「彼女が定着できていない」感じが伝わってきます。そして、ポスターにも使われている映画ラストシーン…塀によりかかってトミーを待つエイリシュの衣装は緑色を合わせながらも落ち着いた雰囲気に戻っており、彼女の「いるべきところにいる」安定感がしっかり表れていました。
でもあのメガネは似合ってない気がする…。あの時代はあれが流行ってたのですかね…。
こうした服装で物語の展開やキャラの心情を魅せる手法は、女性を主人公にした映画ではわりと定番ですが、本作では非常にハマっていました。
その色の演出は普遍的なわかりやすさもつながっているとも思います。とくに移民というのはそれぞれ固有の文化や歴史を抱えているもので、それを説明的に示すのはどうしてもクドイです。そこで素直に色という誰でも見ればわかるキーポイントで代替えして表すのは上手いですね。
もちろん主人公を演じたシアーシャ・ローナンの魅力あってこそだとは思います。彼女はアイルランド人の両親を持ち、ニューヨーク生まれで、アイルランド育ちという、まさにこの映画にぴったりな逸材。彼女のためのような映画でもありました。2007年に公開されたジョー・ライト監督の『つぐない』で13歳という脅威の若さでアカデミー助演女優賞にノミネート。その後もピーター・ジャクソン監督の『ラブリーボーン』で高評価を獲得し、一時はアクションをして見たりと冒険もしましたが、やっぱり本作のような落ち着いた役柄が合ってますね。まだ若いのにこの堂々たる主演っぷりですよ…凄いなぁ。邦画もエンタメじゃなくて、こういう静かなドラマでも若手女優をひとりで主演させてあげてほしいですね…というのはズレた話。
ホームシックを治すには
見知らぬアメリカに来てホームシックになったエイリシュは、苦しいのは他の移民も同じということを知ります。むしろ家も仕事もある今の自分の立場は裕福なほうでした。神父に誘われて教会で高齢者に食糧を供給するボランティアに参加する場面…エイリシュと同じアイルランド移民の高齢者たちの支えは故郷の歌でした。
悩みを共有することが彼女の緊張した心をほぐします。また、この場面はエイリシュが移民を助ける側にまわった初めての瞬間でもあります。この歌のシーンは、私のような日本人には歌詞の意味も全然理解できないのに、なぜか感情を刺激されるというのが不思議。
イタリア系移民のトミーも、国は違えど移民としての悩みを持っていました。だからこそ、惹かれたのでしょうか。
この移民としてエイリシュの成長(ホームシックの完治)に、映画ではちゃんと原作にはないオリジナルなオチをつくってあって、そこがベストなシーンでした。それは終盤のエイリシュが2度目に船でアメリカへ渡る場面。そこでこれからブルックリンへ向かうらしい不安そうな若い女性に出会い、質問されるわけです。その質問にエイリシュははっきり答えます。
思えば、エイリシュは最初の頃は会話もまともに続かないくらいでしたから、大きな成長です。
そうやって考えると、エイリシュが初めてアメリカに渡った船で、船旅に慣れないエイリシュを助けてくれたあの女性にも、きっとホームシックな時期があったんだなと感慨深くなります。
まさに移民を救えるのはやはり移民なのだと実感できる映画です。憎み合ってる場合ではないですね。
他にも本作の良いところは挙げだしらきりがないほどたくさんありました。ところどころ流れるアイルランド音楽、トミーの恋愛にウブな言動の可愛らしさ、トミー兄弟末っ子のクソガキ先生っぷり…。キャラの愛らしさだけでも夢中になってしまう、良い映画です。
マイナスとまで言わないですが気になったところを強いて挙げるなら、エイリシュがアイルランドに一度帰省したあとにまたブルックリンに戻る際、アイルランド側の人々(母やジム、友人)に後腐れが残りすぎている感じもします。でもエイリシュがブルックリンに戻ることを決意する展開は、原作ではもう少し一波乱があるそうで、映画ではスッキリまとめたほうだと思いますが、もうちょっとフォローがほしかったかも…。
慣れない土地で頑張る人を見かけたら、優しくしてあげたくなる…そんな映画でした。この映画を観て、世界中の移民たちがほんの少しでも優しくし合うことができたらと、願うばかりです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 87%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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以上、『ブルックリン』の感想でした。
Brooklyn (2015) [Japanese Review] 『ブルックリン』考察・評価レビュー