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『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』感想(ネタバレ)…君は天才だけど君の物語には穴がある

ザ・ブック・オブ・ヘンリー

君は天才だけど、それでいいのかな…映画『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Book of Henry
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:コリン・トレヴォロウ

ザ・ブック・オブ・ヘンリー

ざぶっくおぶへんりー
ザ・ブック・オブ・ヘンリー

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』あらすじ

少年ながら非常に賢く聡明なヘンリーは、母親のスーザンと弟のピーターとともに暮らしていた。彼の家の隣にはクリスティーナという同じ学校に通う少女が継父と住んでおり、彼女はある問題を抱えていることをヘンリーは見抜いていた。何とかしてクリスティーナを救いたいと思ったヘンリーは、そのための作戦を一冊のノートにまとめ、家族を巻き込むことになる。

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』感想(ネタバレなし)

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不評でも学びは得られる

残念ながら映画が酷評されることはあります。批評家にボロクソに批判されてしまっているときは何とも悲しいものです。それが最初から批判上等のネタ作品なら全然笑えますけど、真面目に作った映画が作り手の想いとは裏腹に低評価になるというのは、そんなに見たい光景ではありません。

ましてやその映画を私は気に入ったんだけど…という人にとって「なんでこんなに批判されるんだ!」と怒り心頭になることもあるでしょう。きっと映画ファンなら1度や2度ではない、あるあるな経験のはず。ゆえに批評家に敵意を剥き出しにしてしまっている人もたまに見かけます。

まあ、一般観客の評判はさておき、批評家というのは批評するのが仕事であり、たとえ酷評であっても作品を嫌みで咎めているわけではなく、誠意をもって向き合った結果の判定なので、そこにイラついてもしょうがないのですけどね。どうしても不愉快ならそういう低い評価は最初から視界にいれない方が健康には良いです。

私は作品を批評家が全体的に低く判断していることに遭遇した場合、なぜ低評価なのかを学ぶ良い機会だとポジティブに考えるようにしています。そうすることで自己中心的な感想どまりでは得られない、深く広い映画観察眼を養うことができるからです。そうやって身についた見識は次に映画を鑑賞するときにも役立っていますし、この感想ブログもそんな学びの蓄積に支えられています。

今回紹介する映画も話題の新鋭監督の次作として注目されながら思わぬ不評に沈んだ一作です。それが本作『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』

2017年にアメリカで公開された本作は監督への関心が当時は集まっていました。本作の監督は“コリン・トレヴォロウ”です。2012年に『彼女はパートタイムトラベラー』というインディーズ映画で長編映画監督デビューを果たした彼ですが、なんと次なる監督作があの大人気シリーズの新展開を決定づける大事な一作『ジュラシック・ワールド』(2015年)でした。いきなりの大抜擢ですが、これを上手く成功させ、さらに次は『スター・ウォーズ』の新三部作の最終作の監督に選出!というニュースが報じられ、一体この“コリン・トレヴォロウ”はどこまで急速キャリアアップするんだと思ったものです。

ところがどっこい、“コリン・トレヴォロウ”監督が大作の合間に手がけた久々の小規模作であるこの『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』がまさかの大コケ。とくに批評家からは厳しい意見が相次ぐ結果に。それが原因ではないのですが、『スター・ウォーズ』からも降板してしまい、なんだかキャリアに陰りができてしまったような感じになりました。とはいっても一作くらい不評だったからといって気にすることでもないのですけどね。

そうなってくるとなぜ『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』は評判が悪かったのか?と疑問が出てくるものです。私の後半の感想ではそのあたりも含めて書いていきたいと思います。

ひと言いえば物語自体は普通であり、批評家以外の一般観客の評判はそんなに悪くはないので、気にしすぎなければ楽しめる人は支障なく満足できると思います。ちょっとジャンルを説明しづらい映画なのですが、ジュブナイル&クライムサスペンスの合体…みたいなものと表現すればいいのかな?

俳優陣は、子ども勢としてはまず『IT イット』2部作でも大活躍した“ジェイデン・マーテル”。そして『ワンダー 君は太陽』や『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』などで名演を披露し、今や天才子役の代表になっている“ジェイコブ・トレンブレイ”。今作でも“ジェイコブ・トレンブレイ”は頭ひとつ飛びぬけた仕事をしており、“この子、将来どんな大物になるんだ”と底知れない存在感にドキドキです。あと、リメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』にも出演する“マディー・ジーグラー”もでています。

大人勢は、『オフィーリア 奪われた王国』などの“ナオミ・ワッツ”、『シュガー・ラッシュ』のヴァネロペの声でおなじみの“サラ・シルバーマン”、ドラマ『ブレイキング・バッド』でおなじみの“ディーン・ノリス”など。案外と大人たちの出番もあります。

監督目当てで観るのも良し、俳優目当てで観るのも良し、評判への好奇心から観るのも良し。

日本では長らく劇場公開も配信もされていませんでしたが、2020年5月になって急にNetflixで配信されました。ただ、Netflixオリジナル作品ではないので目立ちませんし、ある日、スッと配信が終了する可能性は高いです。でも、日本語の吹き替えまでつけてくれるあたり、Netflixさん、親切じゃないですか…。

気になったらなるべくさっさと視聴するのが確実です。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(マイナー作品を観たいなら)
友人 ◯(暇つぶしには良い)
恋人 ◯(感動する人は感動する)
キッズ △(子どもへの犯罪が題材)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』感想(ネタバレあり)

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天才の残した課題は…

「たいていの人はまともだけどクズもいる」

そう世の中を論じてみせるのは、人生の酸いも甘いも嚙み分けた老人でもなければ、挫折を味わってここまで生きてきた中年でもないです。もうすぐ12歳になる少年、ヘンリー・カーペンターです。

小学校の授業でそれぞれが抱負を発表することになり、ヘンリーは前に立つと、「抱負は現実逃避の夢物語だ」「目を覚ますべきだ」とクラスメイトに平然とダメ出し、「誰と過ごし何を与えられるか」「現実をみてベストを尽くそう」と締めくくるのでした。

明らかに他の同年齢の子どもと比べても浮いているヘンリー。彼は卓越した才能を持ち、知能が大人以上に抜きんでて高い子ども。一応、今は普通の学校に通っていますが、その気になれば大学にだって行ける学力です。どこどこの株を買うように電話で指示し、すでに相当額の資産運用をしています

ヘンリーは同じ学校に通う弟のピーター(こっちは平凡)とシングルマザーのスーザンと3人暮らし。家自体は一軒家で、車は古いままですが、ヘンリーの優秀なマネー・マネジメントのおかげで不自由なく暮らせています。母は子どもが風呂に入っている間にTVゲームをしており、そんな母に「もう働かなくていいのに」と告げるなど、ヘンリーは完全に一家を支える大黒柱です。ピーターもそんな頭のいい兄に憧れ、頼りっぱなし。

ある日、お隣から庭の手入れに関して苦情が来ます。お隣の家にはグレン・シックルマンという男が住んでいて、一緒にクリスティーナという少女も暮らしています。継父の関係なようです。ヘンリーの母スーザンはクリスティーナは可愛いから引き取りたいと気軽にこぼしていました。

そのクリスティーナをヘンリーは気にかけていました。ピーターがモリスにいじめられているのも忘れてしまうくらいに意識が向きます。それは…恋? いいえ、もっと深刻な事情がありました。

クリスティーナは継父グレンに虐待を受けていたのです。夜に窓からたびたび怯えるクリスティーナを目撃したヘンリーは危機感を持っていました。もちろん何もしなかったわけではありません。例えば、ヘンリーは校長先生をジャニスと呼び捨てにしながら訴えたこともあります。体に痣があって、「鬱状態で、成績の低下もある…明らかに虐待の疑いがあり、それに対処するのが教育者の倫理でしょう」ともっともな正論をまくしたてるも「シックルマンさんは地域にも貢献している」「証拠なく嫌疑はかけられません」と一蹴されます。被害者相談窓口に匿名で電話してケースワーカーに来てもらうも、顔がきくグレンは愛想よく挨拶してそれで終わりです。警察とのパイプも持つので攻める手段がありませんでした。

そうこうしている間にもクリスティーナは人知れず傷つていく…。「最悪なのは暴力ではなく無関心」…そう正義感に燃えるヘンリーは自分で行動することにしました。それはグレンの殺害計画です。

ところがヘンリーがベッドから落ちて痙攣を起こしてしまいます。すぐさま病院に搬送され、発作の原因が手術で判明。頭に腫瘍があり、ただ全部は取れなかったので、厳しい状態だと医者は宣告。賢いヘンリーは自分の死期を悟ります

ヘンリーは泣きじゃくるピーターに「お前を世界で一番信頼している」と言い、「自分が死んだら赤いノートをママに渡して」と頼みます。それはグレン殺害計画の詳細が記されたノートです。

そしてヘンリーは母の腕の中で息を引き取るのでした。助けたい人を残して…。

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理想化しすぎるキャラクター

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』の物語は前半と後半でガラッと変わってくるのですけど、まず前半部分。ヘンリーの視点で進むパートです。

ここでまず言及したいのはヘンリーのキャラクター性でしょう。何よりここに本作の不評の原因の根本があると思うのですが、本作のヘンリーは言ってしまえば典型的な「Mary Sue」です。「Mary Sue」というのは過度に理想化されたキャラクターを揶揄する言葉で、願望の具現化すぎて味気ないと批判されがちなもの。例えば、若く、美形で、誰からも愛され、卓越した能力を持ち、悩める孤独性を抱え、悲劇的な死を遂げる…などの属性の山盛りがその象徴です。

ヘンリーはまさに「Mary Sue」に合致します。モテるかどうかは言及ないですが、白人の美少年で、家族からもこのうえなく愛されています。知能は圧倒的に高く、しかも株運用で11歳にして大金持ち状態です。周囲の子とは馴染めない孤独さも抱えていますが、それは自分の中に閉じ込めています。さらに虐待されている同級生の少女を助けねばという“正義の王子様”気質も備わっています。そして極めつけは難病設定で、医療では助けられず、悲劇的な最期を迎えます。お手本どおりすぎて他に言うことがないくらいです。

一応、ヘンリーはいわゆる「ギフテッド(先天的に類まれなる才能を持って生まれた子)」なのですが、そういう子をこうやってコテコテの理想化で描くのはやっぱり偏見でしかないのではと思わなくもない…。あの株運用もそんな都合のいい能力じゃないだろうという話ですし…。私はてっきり物語が進めばヘンリーの弱さや未熟さが浮き彫りになるのかと思ったのですが、そうもならず…。それにしてもイマドキあんなわざとらしい切ない死の演出をやる映画があるなんてなぁ…。

一方、ヘンリーが過度に理想化されているゆえに、その反発で母親のスーザンは過度に幼く描かれています。TVゲームしていたり(これは後半の伏線にしているつもりなのでしょうけど)、家計すら頼りっきりで、何も決断できなかったり…。これはもう実際のギフテッドの親は怒るんじゃないでしょうか。これじゃあギフテッドの親たちはラクして暮らせる良い御身分みたいに思われるでしょう。スーザンは虐待はしていないけどあれはあれで徹頭徹尾ダメな親だし、養子なんて迎える資格はないのでは…。

物語上の都合のいい万能キャラを出すにしても、もう少しなんとかならなかったものか、と。しかもギフテッドの才能がいきつくのは殺人…というのはさすがに擁護できない…。

それこそ『gifted ギフテッド』という映画のようにそういう子やその家庭にもリアルな苦悩があるということを等身大の目線で示せればよかったのですけどね…。

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そのオチは台無しだった

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』の後半はタイトルどおり、ヘンリーのノートをもとに母スーザンがグレン殺害計画に取り組んでいくパートになります。

この犯罪計画がまたもツッコミどころ満載で、まあ、計画の全容がわからないので詳細はあやふやなのですが(そこもズルいですけど)、描かれている範囲でも変な部分はいくらでも指摘できます。

グレンを殺すのにどういう手段をとるのかと思ったら、発表会中に森で独りのグレンを狙撃する…という、どう考えてもそこまでする必要がある?というオーバーキルな方法なんですね。ピストルじゃダメなの?と思うし、もっとこう穏便に事故死に見せかける方法も天才なら思いつけるだろうに…。

ヘンリーの正気を疑うのですが、それ以前に殺しを母にさせるという時点でだいぶクレイジーです。精神的なトラウマ(PTSD)とか、そういう心配は頭に浮かばなかったのだろうか…。それともヘンリーによるセラピー講座まであのテープには用意されていたのだろうか…。

結局、スーザンは射撃を直前で辞めてしまいます。小屋にあった謎の仕掛けが作動して昔の写真が目の前に現れるという、意味不明な展開で…。

で、この後にもびっくりだったのですが、なんだかんだで校長が虐待を通報して警察が来るんですね。あれ、グレンは地域の権力者だから手出しできない(だから殺害計画を立てる禁じ手にでる)という前提はどうなったんだ…。警察が対応するなら映画の4分の3くらいはいらないじゃないか…。

しかもグレンは自殺。一般的にこういう権力者はそう簡単に自殺しないし、それこそあらゆる手段で有利になるように画策し、裁判で無罪を勝ち取ろうとするものじゃないのか…。本来の戦いはこれからだろうに…。完全に尺の都合で自滅したとしか思えない悪役のおかげで、スーザンはクリスティーナを養子にしてハッピーエンドです。めでたしめでたし。うん?

まあ、でも本作を観て思ったのは“コリン・トレヴォロウ”監督はどんなに雑なプロットでもとりあえず綺麗にそれっぽくまとめるのが上手いなと。ちなみに本作の脚本は“コリン・トレヴォロウ”ではなくアメコミのライターを手がけてもいる“グレッグ・ハーウィッツ”です。“コリン・トレヴォロウ”監督は『ジュラシック・ワールド』でも考えてみると無理やりな面も多いシナリオをぐいっと力押しで結んでいたし、そういう才能があるのかも。とにかく“コリン・トレヴォロウ”監督は『スター・ウォーズ』の最終作を任せられていたとしても風呂敷を畳めたのではないかと思えてきた(評判はどうなるかは知りませんが)。

皆さんも殺人の計画をノートにまとめる子どもがいたら、とりあえず倫理を教えるのが大人の役割なので、その子がどういう知能であれ丁寧に教示してあげてください。

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 21% Audience 63%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 3/10 ★★★

作品ポスター・画像 (C)Focus Features ザブックオブヘンリー

以上、『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』の感想でした。

The Book of Henry (2017) [Japanese Review] 『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』考察・評価レビュー