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『リトルハンプトンの怪文書』感想(ネタバレ)…家父長制を罵倒しよう

リトルハンプトンの怪文書

思う存分好きなだけ…映画『リトルハンプトンの怪文書』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Wicked Little Letters
製作国:イギリス(2023年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:テア・シャーロック
DV-家庭内暴力-描写
リトルハンプトンの怪文書

りとるはんぷとんのかいぶんしょ
『リトルハンプトンの怪文書』のポスター。

『リトルハンプトンの怪文書』物語 簡単紹介

1920年代、イギリスの海辺の町。地元で生まれ育ったイーディス・スワンに汚らしい罵詈雑言ばかりの匿名の手紙がいくつも届くようになっていた。イーディスの父はそのことに激怒し、無礼な犯人を捜そうと警察を巻き込んでいく。そして容疑者として浮かび上がったのは、隣に暮らすアイルランド出身の口が悪いローズ・グッディングだった。ところがその騒動は予想外の真実を明るみにしていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『リトルハンプトンの怪文書』の感想です。

『リトルハンプトンの怪文書』感想(ネタバレなし)

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1920年の誹謗中傷メール?

しつこく相手につきまとったり、わざと名指しで相手の印象を損なう曲解した情報を流したり、人格を傷つける酷い言葉を浴びせたり…。こうした行為は現在のインターネットでは蔓延してしまっています。現実社会では普段は絶対に他者にやらないようなことでも、ネット上だと何の躊躇もなく安易にできてしまう…それがこのネット空間の恐ろしいところです。

今はオンライン・ハラスメントというかたちで悪化の一途をたどっている社会問題ですが、こうした匿名で誹謗中傷を他者にぶつける行為はインターネットがない時代でも起きていました。「手紙」という手段があるのでね…。

例えば、アメリカ合衆国第16代大統領の“エイブラハム・リンカーン”も1861年に南部の州の有権者から不人気すぎてボロクソに暴言を吐かれた手紙を受け取ったことがあります。その内容は…ちょっとあまりに下品なのでここには書けませんが…。

いつの時代でも繰り返されている、虚しい人間の醜態…。

今回紹介する映画は、1920年代のイギリスで起きた”誹謗中傷手紙”事件の実話に着想を得た一作です。

それが本作『リトルハンプトンの怪文書』。原題は「Wicked Little Letters」。

主人公はイギリスの小さな町で暮らす行儀のいい独身女性。両親と生活していたその女性のもとに、差出人不明の手紙が何通も届きます。しかも、その内容はどれも読み上げるのも憚られるほどに汚らしい言葉の数々ばかりで…。明らかにそこには親しみも愛情もひとかけらもなく、徹底して侮辱しまくっていました。

さてこの正体不明の手紙の送り主は一体誰で、何が目的でこんなことをしているのか…? 真相解明に熱意を燃やす警官が近隣住民を巻き込んで独自に捜査を開始していきます。

いかにもイギリスらしいこじんまりしたミステリーであり、コメディにもなり、そして主軸には女性中心で展開されるということもあってフェミニズムが腰を据えています。あまり詳細はネタバレできませんけど、いろいろな紆余曲折がありつつ、ラストは気持ちよくなれるんじゃないかなと思います。

『リトルハンプトンの怪文書』で主人公を演じるのは、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー主演女優賞を受賞し、その才能は誰しもが認める”オリヴィア・コールマン”。今回は何の変哲もなさそうな一般女性の役ですが、しっかりそのキャラクターが秘める繊細な複雑さを捉え、見事な演技を披露しています。

共演は、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』“ジェシー・バックリー”、ドラマ『絶叫パンクス レディパーツ!』“アンジャナ・ワサン”『ほの蒼き瞳』“ティモシー・スポール”『アンモナイトの目覚め』“ジェマ・ジョーンズ”『スモール・アックス』“マラカイ・カービー”『アビゲイル』“アリーシャ・ウィアー”など。

『リトルハンプトンの怪文書』を監督するのは、舞台劇のキャリアで非常に高く評価されてきた“テア・シャーロック”。2016年に『世界一キライなあなたに』で長編映画監督デビューを果たし、2020年には『ゴリラのアイヴァン』、2024年には『ビューティフル・ゲーム』も手がけました。

脚本は、ドラマ『Together』を執筆して主演もしたコメディアンの“ジョニー・スウィート”

日本でも一部の人には心をガシっと掴む特別な一作になりうるポテンシャルを持った『リトルハンプトンの怪文書』だと思うのですけども、残念ながら日本では劇場未公開で配信スルー。もったいないです。良い映画なのに…。

気になる人は要チェックです。

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『リトルハンプトンの怪文書』を観る前のQ&A

✔『リトルハンプトンの怪文書』の見どころ
★俳優たちの名演のアンサンブル。
★女性にエンパワーメントを与える物語。
✔『リトルハンプトンの怪文書』の欠点
☆史実に正確に基づいているわけではないので注意。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:隠れた良作
友人 3.5:気晴らしにもなる
恋人 3.5:安心できる相手と
キッズ 3.5:大人のドラマだけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『リトルハンプトンの怪文書』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

1920年代、イギリスのサセックス州の海辺の町であるリトルハンプトン。この地元で生まれ育ったイーディス・スワンは、敬虔なクリスチャンであり、父エドワードと母ヴィクトリアと暮らしながら慎ましく生きていました。結婚はしておらず、独身です。

しかし、イーディスはあることに悩んでいました。それは自分に送られてくる手紙です。もう19通目になります。その手紙は普通ではありませんでした。冒涜的な言葉が書かれているのです。あまりの罵詈雑言で、軽々しく口にできないほど…。1通で終わるかと思っていましたが、ここまで連発して送られてくるまでに悪化するとは…。

両親もこの手紙を把握しており、その酷く失礼な内容に困惑。とくに父は娘をバカにされて怒り心頭でした。

屈辱に耐えられない父エドワードは、地元警察に怒りをぶつけます。無理やり警官を引っ張りだし、家で今までに送られてきた大量の手紙をみせます。読み上げていく警官もさすがに酷すぎる言葉に躊躇します。エドワードは代わりにどんどん読み上げ、その場にいたイーディスと母は気まずくなります。

犯人は誰なのか。父や警察が真っ先に思いつくのは、あの人物でした。今も隣から汚い言葉が聞こえてくる…シングルマザーでアイルランド移民のローズ・グッディングです。娘のナンシーと住んでおり、パートナーのビルと仲が良く、自由気ままに過ごしています。

ローズはイーディスの隣人で、普段から口の悪さは有名なので、ローズが送り主であるというのはすぐに納得がいきます。パブでもがさつに騒ぎまくり、男たちに混ざっています。

エドワードはローズに決まっていると声を荒げ、ひとまず警察もローズを捕まえることにします。警官が突然やって来たローズは「冗談でしょ」と容疑を否定します。署内で対応する警官のグラディス・モスを前にしても、ローズは強気な態度を崩しません。不満げに勾留されます。

ローズは過去を思い出します。イーディスも昔を語ります。実は以前は2人は仲が良かったのです。性格は違えど、友情を育んでいました。

それが決定的に変化したきっかけは、ローズがエドワードの誕生日パーティーで来客であったエドワードの知り合いの男に頭突きをした事件でした。いきなりの出来事でしたが、それでは終わらず、その後、ローズのもとに児童保護サービスが通報を受けて訪問。不意の嫌がらせにローズはイーディスがやったのではないかと疑心暗鬼になり、関係が消失してしまいました。

ローズは保釈金を払えないため、2か月半後に予定されている裁判を前に、拘留が続き、それまで何の弁解もできずに刑務所に置かれます。

ところが、警察官のグラディス・モスはローズ自身の筆跡と問題の手紙の筆跡の違いに気づき、ローズが犯人ではない可能性を考えだします。それでも警察署長は相手にせず、再捜査をする気もありません。

しょうがないのでグラディスはイーディスの友人であるアンメイベルケイトに会い、事情を聞き出していきます。きっとどこかに見逃している手がかりがあるに違いない。そう信じて…。

その一方、イーディスも内心では人に言えない気持ちを抱え込んでいて…。

この『リトルハンプトンの怪文書』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/09/20に更新されています。
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1920年代の女性と手紙の関係性

ここから『リトルハンプトンの怪文書』のネタバレありの感想本文です。

『リトルハンプトンの怪文書』は実話に着想を得ており、イギリスの歴史家である
エミリー・コケイン”が著作『Cheek by Jowl: A History of Neighbours』『Penning Poison: A History of Anonymous Letters』でまとめています。『Penning Poison』ではさまざまな匿名の手紙の事件を取り上げ、それが何をもたらしたのか、その背景に何があるのかを深く探っています。

『リトルハンプトンの怪文書』で題材になった事件も、その書籍で扱われています。

しかし、映画で描かれることと実際に起きた事件はだいぶ違っています

イーディス・スワンに執拗に送られていた謎の手紙。その犯人はイーディス本人の自作自演でした。これは共通です。

ただし、史実では、イーディス・スワンはローズ・グッディングを意図的に犯人に仕立て上げるために行動していたようで、手紙の署名にも「RG」とわざわざ書いていたくらいです。つまり、2人の確執として世間には認識されました。

一方、本作の映画では、イーディスの動機の背景を書き加えています。

中盤でイーディスが隠れて手紙を書くシーンで映し出されるように(”オリヴィア・コールマン”の演技の貫禄がさすが)、作中のイーディスは厳格な父に非常に抑圧されながら暮らしており、その鬱憤があの手紙に込められています。それは家父長制への怒りとして素直に抗議できない自己嫌悪なのか(対するローズは男相手でもハッキリとモノが言える)、とにかくイーディスの悲痛な心情が投影されていました。保守的な家庭で育つ女性によくありそうな事情ですね。

この改変は映画製作者の独自の導入というわけでもありません。というのも、あの基になった書籍の中の他の事件の背景ともクロスオーバーさせており、著者”エミリー・コケイン”の分析を練り込んだものになっているからです。

『Penning Poison』によれば、20世紀初頭に女性の識字率はほぼ男性と同等に飛躍的に上昇したそうで、当然自分で手紙も書けるようになりました。すると匿名で手紙を書く女性も増えたそうです。当時は、「サフラジェット」と呼ばれる女性の社会的平等のための権利運動が盛況となった時期であり、フェミニズムの目覚めの転換点でした。社会に直接的に声を上げづらい女性にとっては、匿名で手紙を書くことがひとつの武器となったのでした。

その結果、20世紀初頭に女性による匿名の手紙が注目を集め、「ポイズンペン(poison pen)」という名称でメディアにも取り上げられるようになったのだとか。この用語は、1911年にアメリカのメリーランド・イブニング・ポストの記事の見出しで初めて使用され、1920年代にイギリスでもこの用語が普及したそうです。

そんな中、女性がときに猥褻で暴力的な言葉を用いて手紙を書くことは、女性特有の犯罪と考えられるようになったとのこと。それはもちろん女性らしい規範に反するからです。

本作はこうした「女性と手紙」のこの時代の関係性、興味深い歴史の一片を巧みに表現したストーリーテリングになっているんですね。

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お咎めなしで堂々と誹謗中傷している奴ら

『リトルハンプトンの怪文書』全体を通して描かれるのは、この小さな町でも家父長制に虐げられる女性たちの怒りです。

イーディスの父エドワードだけでなく、ブロカルチャー(男子寮的な有害な男らしさで成り立つ男の馴れ合い文化のこと)な警察も言わずもがな。

手紙の罵詈雑言を酷いことだと偉そうに断罪する男たちですが、実際のところ、男たちも平然と酷い言葉を使っているんですよね。ただ、男たちは普通に日常でそういう言葉を使えますし、使ってもとくにお咎めなしです。印象が悪くなることもなく、職業にも影響はありません。それがまさにジェンダーの社会的不均衡なのですが…。

女性警官であるグラディス・モスは、そんな警察組織にうんざりしながら、自力で町の女性たちと力を合わせて事件の真相に辿り着いてみせます。このあたりは事件解決モノとしてのミニマムなジャンルの楽しさがあります。

問題はイーディスの件で、イーディスは女性たちの連帯から外れてしまっている状態なので、孤立していて本当に可哀想です。

ドラマ『くたばれケビン!』『バッド・シスターズ』みたいな展開になってしまえと願いながら鑑賞したくなりますよ…。

裁判の場面はかなりツラいのですが(ローズも意外な背景が明らかになり、当時の女性への規範の眼差しの残酷さが表出することに…)、最後の最後はイーディスとローズも和やかな瞬間を共有します。そして何よりも逮捕されて連行される直前、イーディスが父に対して直接的に罵詈雑言をぶつけるシーン。あのエンディングに続くイーディスの下品な高笑いは、これぞカタルシスです。

誹謗中傷は確かに良くないことかもしれません。でもその裏にある社会構造の背景をもっと見つめ直すことで、また違った観点が見えてくるものです。

今の社会問題であるオンライン・ハラスメントだって、社会的に弱い立場にいる人ばかりがその被害を受けやすく、一方で社会的に弱い立場にいる人が真っ当に声を上げる場が用意されていなかったりします。ネット上では「どちらがバズったか」みたいなわけのわからない物差しによるマッチョイズムなパワーゲームに巻き込まれやすく、寄り添って声を拾うという些細ででも大切な行為の価値が疎かにされやすいです。

匿名のテキストじゃなく、堂々と声をあげられる世界にしていきたいですね。

『リトルハンプトンの怪文書』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)2024 StudioCanal SAS and Channel Four Television Corporation. All Rights Reserved. ウィキッド・リトル・レターズ

以上、『リトルハンプトンの怪文書』の感想でした。

Wicked Little Letters (2023) [Japanese Review] 『リトルハンプトンの怪文書』考察・評価レビュー
#オリヴィアコールマン #ミステリー