その前にトイレに行ってきていいですか?…Netflix映画『ドント・ルック・アップ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:アダム・マッケイ
ドント・ルック・アップ
どんとるっくあっぷ
『ドント・ルック・アップ』あらすじ
天文学者の教授とその教え子である大学院生は、ある日、偶然に天体望遠鏡で大発見をする。それは未知の彗星だった。しかし、科学的な発見に浮かれていられたのはほんの一瞬。その彗星が半年後に地球に衝突することが判明する。それが起きれば地球の生命は壊滅する。この人類史上最大の危機の発覚に、すぐに政府に知らせようと慌てふためくが、世間は全く研究者の警告を信じようともせず、小馬鹿にしてくる…。
『ドント・ルック・アップ』感想(ネタバレなし)
いつまで見ないふりしているの?
みなさん、日本の将来に不安を感じていませんか?
…大丈夫です! 安心してください!
日本の危機対応力は完璧です。どれくらいの体制が整っているのかって? 例えば、布マスク8000万枚を年間3億円の保管費をかけて貯蓄できるほどです。この布マスクは感染症予防の効果はほぼありませんが、飲み物をこぼしたときに拭く雑巾として活用できるなど、多角的な応用ができます。もし経済面で不安を感じているとしたら? お任せください。クーポンを配る準備はいつでもできています。それでもおカネが心配の人には、宇宙旅行した億万長者の人が送金アプリでおカネをばらまいてくれるという手厚いサポートもあります。少子化はどうするのって? 経口中絶薬の費用を10万円に設定しておいたのでこれで妊娠・出産させやすくなります。たくさん働かないと生きられないという社会があるかぎり労働力が不足することはないです。使えない外国人労働者は出入国在留管理局でお仕置きするので管理は万全。これらの体制に反対する声があがったら? 憲法改正による緊急事態条項によって反政府デモなどはいくらでも規制できますし、これならSNSで蔓延るツイフェミも黙らせられます。オタク文化は日本の誇りです。これからもアニメーターを働かせまくって愛国心が高まるアニメを量産します。表現の自由は国家のもの。これからも中立なノンポリでいきましょう!
…そんなわけないだろう(怒)。でも上記はそんなに誇張していない今の日本の現実。ただ、恐ろしいのは国民はあまりその実態を直視しようとはしないということ。大衆は本当に危機に陥ったとき、その危機を“見なかったことにする”・“聞かなかったことにする”という行動をとることがあり、これは「正常性バイアス」と呼ばれています。さらにここに「自分は中立だ」などという冷笑主義が加わるともう手が付けられません。問題を一切認識しなくなるからです。常に他人事になり、「ふ~ん、大変そうだね。で、今日のバズってる動画はどれかな」と平然とスルーします。
私も新型コロナウイルスによるパンデミックを経験してこの大衆心理の恐ろしさをまざまざと痛感しました。自分が思っているよりも簡単に人類って滅ぶのだろうな…と。抵抗すらもしない。スマホのSNS画面をスクロールしている間に人間は絶滅しますよ。
そんなあまりに生存本能が欠片もない私たちを嘲笑いつつ、「本当にそれでいいのか!?」と大声で怒鳴りつけてくる映画が2021年も終わるこの時期に登場しました。
それが本作『ドント・ルック・アップ』です。
本作の監督は、2015年の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』では金融業界の醜態を暴露し、2018年の『バイス』では政治の残酷さを浮き彫りにし、ドラマ『サクセッション』では企業財閥の人間関係を明け透けに露呈させてきた、もはや誰にも止められない“アダム・マッケイ”。
最近の“アダム・マッケイ”監督は“笑えるけど笑えない”社会派ダークコメディ映画の先頭に立っていましたが、『バイス』で一線を越えたなと思ったのですけど、今回の『ドント・ルック・アップ』はもっと一線を越えてきました。これ以上越える線があったのか…。
今作では彗星衝突で壊滅の危機に立たされた地球を描くというSFディザスター映画の形式を表向きはとっているのですけど、中身はあらゆる風刺満載。全方位をネタにしてきたのです。ほんと、全部ですよ。“アダム・マッケイ”監督版の『アベンジャーズ エンドゲーム』だというくらいにてんこ盛りです。そしてこの映画をコロナ禍の渦中に公開するという運命力の引きの良さ。やっぱり持ってるな…。
また、本作『ドント・ルック・アップ』は異様に豪華なキャスト陣が際立っています。“レオナルド・ディカプリオ”、“ジェニファー・ローレンス”、“メリル・ストリープ”、“ケイト・ブランシェット”、“ジョナ・ヒル”、”マーク・ライアンス”、“ティモシー・シャラメ”、“ロン・パールマン”、さらには“アリアナ・グランデ”ですよ。でもこの無駄に贅沢な俳優陣もちゃんと意味があって、本作のバカバカしさをこれ以上ないほどに盛り上げます。“アダム・マッケイ”監督は基本的にずっとアメリカの白人社会の愚かさを描くのに徹してきたこともあって、キャストも白人多めですね。本作に出演しようと思った白人俳優の人たち、よくこんな軽薄な自虐に全力をだせるなと思いますよ。
政治的な映画は嫌だとほざいている…そんな人も日本にはいるかもしれませんが、この『ドント・ルック・アップ』はそんなあなたも逃さずにあられもなく風刺しています。
まだ見ないふりをするつもりですか?
『ドント・ルック・アップ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2021年12月24日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :世界が滅亡する前に鑑賞しよう |
友人 | :友達が陰謀論者だと困るけど |
恋人 | :ロマンスなんて飾りです |
キッズ | :こんな大人にならないで |
『ドント・ルック・アップ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):私たちの言うことわかりませんか!?
ミシガン州立大の研究グループに所属する大学院生のケイトは、すばる望遠鏡をひとり操作していつものように天体を観察。すると“あること”に気づきます。これは…まだ未発見の彗星だ…。
その夜はみんなで集まって大騒ぎ。「ディビアスキー彗星に乾杯!」と指導教授のランドール・ミンディ博士は上機嫌。「きみが見たのはオールト雲の彗星に違いない。前回ここまで太陽に接近したのは文明が始まるずっと前だ」と饒舌。他の学生たちを前に、軌道の算出方法を実演して見せるミンディ博士。ところがホワイトボードに数式結果を書き出していくと、数値は小さくなっていき、0…。ミンディ博士の手が止まり、顔がこわばります。
ケイトだけを残してみんなを帰らせます。ミンディ博士は動揺しながらカルダー博士に電話。
「彗星を発見したのですがその軌道の数値がとても妙で…」
惑星防衛調整局の局長のオグルソープ博士と繋げると言われます。そんな組織、初めて知りました。さっそくそのオグルソープ博士が電話に出て、地球接近天体が観測されたことを報告。その大きさは直径5~10km。そして何度計算しても6カ月と14日後に地球に衝突するとも…。つまり…生命は絶滅する…。
2人はワシントンDCまで来るように命令され、すぐさま空軍基地で軍用機で移動。
ホワイトハウスに到着後、オグルソープことテディ、そしてシームズ中将と大統領執務室前で待機。大統領はまだ来ていません。とんでもない事実を伝えなければならない現実に怯え、緊張でゴミ箱に吐くケイト。
そしてジャニー・オーリアン大統領が到着しました。ところが、最高裁判事候補にスキャンダル問題が起きたそうでドタバタと通り過ぎて執務室に籠ってしまいます。また待ちぼうけ。結局、明日に出直せと言われてしまいました。
翌日。ついに大統領の前に通された2人。大統領の息子で、アメリカ合衆国大統領首席補佐官ジェイソンも一緒です。「20分で話して」と言われます。
ミンディ博士は専門用語を使おうとしますが、簡潔に言い切ります。
「彗星が地球を直撃します。広島の原爆10億個分の威力です」「この彗星は“惑星殺し”と呼ばれています」
それを聞いた大統領は「どのくらい確かなの?」と冷静に尋ね、「100%です」と答えると「100%だなんて」と笑い、「可能性ではなく確実に起きるんです」と熱弁するケイトの学歴を笑います。ミンディ博士は「正確には99.78%の確率で」と言うと「良かった、じゃあ100%じゃない。じゃあ70%ってことにしましょう」と大統領はあっけなくコメント。「国民に100%の確率で死にますなんて言えない」「この件で私に何をしろと言うわけ?」と逆に呆れ顔で言ってきます。
テディは「政府にはNASAの対応策があります。核を搭載したドローンを彗星に向かわせて軌道をそらすものです。今すぐ実行しましょう」と進言。
しかし、大統領は3週間後の中間選挙を気にしており、下した結論はこうでした。
「今のところは静観し精査しましょう」
地球壊滅まであと約半年。とくに日常に変化はなしです。
科学はこんなにも無力なのか
『ドント・ルック・アップ』の冒頭は『アルマゲドン』です。科学者が危機に気づく→政府に伝える→対応策に動き出す…。SFディザスター映画なら開始10分くらいでこの展開が描かれます。
しかし、この『ドント・ルック・アップ』は、科学者が危機に気づく→政府に伝え…られない!という、あまりにも出オチすぎる状況を容赦なく描いており、本作を見ていてひたすらに痛感させられるのは科学の無力さです。
政府がダメならマスメディアだ!と番組出演を決行するのですが、そこでも酷いありさま。「宇宙に生命体はいる?」という場違いでアホな質問に真摯に対応しつつ、危機を訴えてもエンタメの肥やしにされる。
ここのジェンダー観点での扱いの落差も皮肉でしたね。「みんな100%死んじゃうんだから!」と絶叫して飛び出したケイトはヒステリックな女として嘲笑のネタにされ、一方のミンディ博士はセクシー教授としてなぜか世間でバカウケするという…。この“レオナルド・ディカプリオ”のキャスティングはぴったりだったな…。映画公開前の事前報道ではなんで研究者役で“レオナルド・ディカプリオ”なんだろう?と思っていたのですけど、こういう役なら納得。今回の下手糞すぎるメディア対応力とメンタルの弱さがもう可笑しくて…。
思い返せば“レオナルド・ディカプリオ”本人はとても環境保護に熱心に活動している人物なわけです。でもそんなカリスマ性をもった“レオナルド・ディカプリオ”でさえも環境保護の意義を訴えても聞き入れてもらえないのが現状で…。自虐的な役作りですね。
ミンディ博士の研究室はとても多様性ある学生に囲まれています。でもどんなに多様性に支えられながら素晴らしい研究をしても、聞き入れてもらえないと何の意味もない。この虚しさ…。
この『ドント・ルック・アップ』の科学の扱われ方の酷さを見て「さすがに誇張だろう」と思った人もいるかもですけど、実際こんなものです。私も科学に関わって政府の人ともやりとりしたことがあるのですが、あんな“暖簾に腕押し”みたいな反応の役所なんて日常茶飯事ですよ。
コロナ禍でもその科学の無力さは証明されました。このパンデミックを予期していた研究者の声は届かず、研究者が対策を議論しても政府の都合よい結論に合うように調整され、世間では専門家でも何でもない論者が得意げに感染症について語る。
『ドント・ルック・アップ』を子どもに見せても、これで科学者になろうとは思わないだろうな…。
ドラマ『フォー・オール・マンカインド』とは真逆ですよ…。
アメリカはヒーローになれない
とはいえ、さすがに多くのまともな科学者たちが「これは本当に危機です」と訴えればさすがに政府も動く。よし、じゃあ安心だね…とはいかせないのが『ドント・ルック・アップ』。
核兵器で彗星を破壊するプロジェクトを遠隔操作できるのにあえて人を送り込むことで、アメリカはヒーローを作りたがります。アメリカにとってヒーローは大切。
ここで採用されるベネディクト・ドラスク。保守的な政権さえも呆れるほどに愛国バカなのですが、まあ、だから操りやすくて好都合なんでしょうね。
この政権もとにかくアホ一色ですが、大統領の役柄はきっとサラ・ペイリンとかQアノン信奉のマージョリー・テイラー・グリーン議員などを素材にしているのでしょうか(あの科学検証を飄々とおざなりにする感じは、“アダム・マッケイ”監督が次作で題材にする予定の「Theranos」のエリザベス・ホームズの前振りかもですけど)。大統領首席補佐官のあの男は、『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』のアイツを参考にしているようです。
しかし、ここで“アダム・マッケイ”監督はさらなるネタを投入。それが「BASH」というテック企業のピーター・イッシャーウェル。シリコンバレー界隈の狂騒がこの危機にまで食い込んできて、彗星はいつのまにか資産価値140兆ドルのレアアースの塊扱いに。なぜあの彗星がアメリカのものと決定済みなのかさっぱり謎ですが、もうアメリカはヒーローをポイっと捨てました。アメリカにとってヒーローは大切とついさっき書きましたけど、あれは嘘です。やっぱり世の中、カネです。ここでわざとらしい感動的BGMが流れるのがなんとも…。
『ドント・ルック・アップ』はハリウッドでも稀にみる超露悪的なアンチ・ヒーロー映画ですね。
”アンチ人類”映画
もはや収拾がつかなくなった『ドント・ルック・アップ』の後半戦。
彗星否定派が増大するわ、彗星の雇用で助かると彗星擁護派もでてくるわ、シャベルはバカ売れするわ、支離滅裂に…。ちなみに政治対立にはうんざりだから彗星衝突日に公開される新作映画を観ようと宣伝する主演俳優のデヴィン・ピーターズ。この典型的冷笑主義なノンポリ野郎を演じているのは、あの“クリス・エヴァンス”なのがまた笑っちゃいますが…。
終盤は空に彗星が視認できるようになり、「空を見上げよう(Just Look Up)」と「空を見るな(Don’t Look Up)」の勢力に分かれての大統領選並みの大激戦が勃発。このあたりはもう『サウスパーク』の実写化みたいですよ。
『ドント・ルック・アップ』は誰かを救うものでもない。自嘲しているのとも違う。苦痛に叫ぶだけのありさまになっていきます。
ミンディ博士の番組出演の場面がまさに悲痛。「株価を見れば査読も要らないのでは?」とのたまう司会者に「クソ楽しそうに話すな!」とブチギレるミンディ博士。「会話もできなくなったのか!」「ハッキリ物言う科学者はみんな解雇されている!真実を言っているだけなのに!」「大統領はウソつきだ!政権は全員正気を失ってしまった!」と全力で叫んだ後の「家に帰りたい…」の弱々しい本音。この怒鳴りたくなる気持ち、すごいわかる…。
本作が描くのは絶望的なバッドエンドかもしれません。でもこれは自滅です。本来は防げたはずのオウンゴールです。ただし、今は本当にこういう未来があり得なくもない世界になってきているからこそ、こんな映画が作られると思うのです。『ドント・ルック・アップ』もそうですし、『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』でもそうでしたけど、笑わせながらも“ブチギレ”する作品が明らかに突出してきましたよね。
ほんと、ここまでキレないとみんなわかってくれないの!?という現実。
今年だと『エターナルズ』はわりと“アンチ人類”映画に限りなく近いヒーロー映画だったと思いますけど(少なくとも完全にアンチ白人社会映画、アンチ・アメリカ映画だった)、今後は『ドント・ルック・アップ』ぐらいに究極的な“アンチ人類”映画を作っていかないとダメなのかもしれない。この警告が警告として届いているのかは怪しいのですが…。
当事者意識でこの映画を観ているか?
そうです、この『ドント・ルック・アップ』を当事者意識を持って鑑賞した人はどれくらいいるのかという話です。
もしかしたら「アメリカらしい光景だな~」とか「否定論者やQアノンってバカだよね~」とか、そういう他人事として冷笑した気でいるのではないか。実際にそういう感想も目につきます。
でもそれこそこの映画が風刺している実態そのものであって…。私たちは目の前に「これが問題だよ!」と突きつけられても自分の問題としては考えない。どこか自分は“わかっている側”の人間だと思いこんでしまいます。
そもそも本作は地球環境問題をテーマにしたものですが、地球環境問題というのは嘲笑われやすいトピックです。私もこの分野をかじっていた人間なので経験としてわかります。どうも世間は地球環境問題に取り組むことや取り組む人のことを「オシャレ」だとか「意識高い系」みたいな見下しで扱ってくるんですよね。もしくは「慈愛」「慈善」みたいな感情的な活動だとみなしてくる。全然その問題の本質を理解してくれないわけです。ときには「地球環境問題もいいけど貧困に取り組むべきだよ」とか言ってくる人もいるし、ジェンダーやLGBTQには関心があるわりには地球環境問題にはまるで当事者意識のない人もいます。
実際のところ、地球環境問題に取り組む理由は「地球がヤバい(地球上の全生命の危機)」からであってそれ以上もそれ以下の理由もないのですが…。つまり、地球環境問題に取り組まないと貧困もジェンダーもLGBTQもあらゆる人間の前向きな活動も全部が水の泡になる。しかし、人は自分が“目先の問題”として捉えていることにしか関心を持たない。
『ドント・ルック・アップ』を観てどんな感想を抱くかは、その人のこの問題への意識を浮き彫りにさせるリトマス試験紙みたいになっており、そこも含めてこの映画の策略なのかもしれませんね。
本作を観た後はぜひ地球環境問題を扱ったドキュメンタリーを観てほしいです。とくにオーストラリアの山火事を題材にした『炎上する大地』はオススメ(『ドント・ルック・アップ』と状況が似ているので)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 56% Audience 77%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix ドントルックアップ
以上、『ドント・ルック・アップ』の感想でした。
Don’t Look Up (2021) [Japanese Review] 『ドント・ルック・アップ』考察・評価レビュー