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『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』感想(ネタバレ)…LGBTQの理想の公園だったのに

デンジャー&エッグ

LGBTQ当事者参加型の制作体制の本気を見る…アニメシリーズ『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Danger & Eggs
製作国:アメリカ(2017年)
シーズン1:2017年にAmazonビデオで配信
原案:マイク・オーウェンズ、シャディ・ペトスキー

デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険

でんじゃーあんどえっぐ なかよしふたりのおかしなだいぼうけん
デンジャー&エッグ

『デンジャー&エッグ』あらすじ

怖いもの知らずでアクティブすぎる少女のD・D・デンジャーは、友達の用心深い性格でよく喋る手足の生えた大きな卵のフィリップと一緒にいつもおなじみの公園を探索している。そこは庶民にとっての憩いの場だが、この2人にとっては大冒険の世界。今日も新しい発見の連続で、刺激と興奮が飽きることなくやってくる。あとはもう思うがままに前に進むだけ。

『デンジャー&エッグ』感想(ネタバレなし)

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「シャディ・ペトスキー」を知っていますか

アニメに限った話ではないですが、原案を手がける人の影響力はその作品にとって大事なことです。ある意味ではその作品の脳みそであり、心臓でもあり、顔そのものでもあります。作品を背負っているのは間違いないその人ですし、その人の作りたいものが反映されていると考えるのが自然です。

昨今、凄まじい発展を見せているLGBTQを題材にした海外の子ども向けアニメーション(クィア・アニメーション)においても、原案のクリエイターの存在感は特筆されます。

とくにLGBTQ当事者がアニメを生み出しているという事実は重要で無視できることではないでしょう。例えば、『スティーブン・ユニバース』の原案であるレベッカ・シュガーはノンバイナリーを公言していますし、『アウルハウス』の原案であるダナ・テラスはバイセクシュアルを自認しています。

もちろんLGBTQ当事者じゃなくてもLGBTQを題材にした作品は作れると思います。事実、『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』のようにLGBTQの専門組織にアドバイスをもらったりすれば、優れた作品を生み出せることは証明済みです。

しかし、やはり当事者の存在は大きいです。なぜならその人が人生で感じてきたことをそのまま作品に投入できるのですから。これは当事者が自信を持って誇れる武器になるべきですし、そういう立場のクリエイターが自分を隠して仕事しているなんて、根本的におかしいですからね。

今回はそんなLGBTQ当事者が原案に携わっている海外の子ども向けアニメーションの作品のひとつを紹介します。それが本作『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』というアニメシリーズです。

本作の日本での知名度はそこまで高くないと思います。海外カートゥーン好きの界隈でもそこまで熱心に語られることも少ないです。その理由としてそもそも本作は2017年にAmazon Prime Videoでオリジナル作品として配信開始されたものの、シーズン1までで制作はキャンセルされてしまった…というのもあるでしょう。語るにも続いてくれないと困ります。

けれども『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』はカートゥーンを愛するLGBTQ界隈では熱狂的に祝福されて迎えられました

本作の企画原案の中心にいるひとりが“シャディ・ペトスキー”という人物。“シャディ・ペトスキー”は1974年にアメリカのモンタナ州の農村地域で生まれ、漫画や映画が大好きな子ども時代を過ごしていました。そんな中で“シャディ・ペトスキー”は自分の性別に違和感を感じ始め、やがてトランスジェンダー女性として生きるようになります。

しかし、“シャディ・ペトスキー”の人生は多くのトランスジェンダー当事者が経験したように社会から好意的に受け止められたとは言えないものでした。ある時は空港のX線スキャンでペニスがあると判断され何十分も勾留されたり、またある時はAirbnbでの宿泊を拒絶されたりもしたそうです。

その“シャディ・ペトスキー”はアニメスタジオで仕事をしていたのですが、自身がエグゼクティブプロデューサーとしてある企画を立ち上げます。それが『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』です。

本作の特徴はLGBTQを主題にしていることなのですが、ベタにLGBTQ的なロマンチックな恋愛を描くことには手を付けません。他のアプローチでもってLGBTQの存在を高らかに訴える子ども向けアニメのストーリーを各エピソードで打ち出しています。これらのLGBTQの心の悩みに向き合うような寄り添った物語を提供するという取り組み方はまさに当事者ならではのことだと思います。

また、本作はLGBTQのキャラクターに対して当事者の人に声を担当してもらっているのも大きな特徴です(詳細は後半の感想で)。

『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』は『アドベンチャー・タイム』のようなバディもののドタバタ劇なのですが、LGBTQのストーリーを包括的にクルっとまとめた作品として子ども向けアニメではなかなか珍しいものです。本作を子どもが観れば、自分の心の内にある親にも言えないモヤモヤをスッと解きほぐしてくれるかもしれません。もちろん大人になった当事者にも観てほしい作品でもありますし、カートゥーンなんて視界に入っていなかった人こそ、どうですか?

オススメ度のチェック

ひとり ◯(LGBTQ当事者は要注目)
友人 ◯(海外カートゥーン好き同士で)
恋人 ◯(暇つぶし感覚で)
キッズ ◎(子どもにぜひ見せたい)
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『デンジャー&エッグ』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『デンジャー&エッグ』感想(ネタバレあり)

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やること全部がハチャメチャ

トリノアンヨ公園は市民の憩いの場。そんな場所で元気いっぱいに遊ぶ子どもがいました。それがD・D・デンジャーです。父親は巷では有名なスタントマンであるロイ・デンジャーですが、怪我で全身重体でフガフガとしか喋れない状態に。その寝たきりで動けない父に構ってもらえなくなったDDですが、じっとしていられる性格ではありません。

彼女には昔から相棒がいました。それがフィリップです。彼は二足歩行で歩いて喋ることもできる卵です。この公園にいつからかいる巨大なニワトリから生まれたらしく、普段はこのニワトリの羽毛に隠れて寝泊まりしています。そして日が昇ればDDと公園をところせましと遊びまくるのです。

2人の性格は正反対。DDは好奇心旺盛で常にアクティブ。考えるよりも動くタイプで、運動神経も親譲り。一方のフィリップはとにかくルールが大事で几帳面。「これをしていいのか」「あれは問題ないか」とそんなことばかり考えつつ、たまに偉人の言葉を引用してDDを諭そうとします。フィリップは発明も得意で、独自の開発アイテムでDDを楽しませることも。

ある日は障害物コースを作る妄想をしたり、ある日はアライグマを追いかけたり、ある日は音楽で大盛り上がりをしたり…。

DDはブロッコリーが嫌いで、フィリップは蝶々が苦手。でも2人揃えばたいていのことはなんとかなります。

この2人の生活の中心にある公園は一見すると普通の場所ですが、実は地下には謎の異空間が広がっています。2人は偶然にその入り口を見つけてしまい、ヘンテコな生物に追いかけられたりもしました。

それでも公園は公園。みんなの大切な居場所です。

今日もこの公園は多様な人々を受け入れるところとして愛されています。今回は何が起こるのでしょうか。

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あの人この人、当事者いっぱい

『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』ではLGBTQキャラクターが登場するのですが、あまりこれ見よがしに強調しながら出てくるわけでもないので、作品を流し見しているだけだと気づかないかもしれません。まあ、それくらい自然に世界観に溶け込んでいるのですが。

第2話前半「Ren Faire」に登場する茶色の肌を持つ少女・レイナレズビアンです。定期的に何かしらの催し物をしている公園で中世が舞台のルネサンス・フェアが開催。レイナはそこでお姫様の役を楽しくなりきっています。けれども王子の役の少年が、お約束通りの王子が姫を迎えに行くという展開をやろうと必死になるも、当のレイナはDDとなんだか一緒の時間を満喫。王子少年の「なぜみんな伝統を軽んじるんだ」という叫びにも「新たな伝統を作ろう」と物語は訴えかけます。もちろんこれは異性愛規範に憑りつかれたストーリーから脱しようというメタファーなわけです。

このレイナの声を演じているのは“ジェシカ・ニコール”という俳優兼イラストレーター。彼女はクリエイティブなデザインの仕事を多彩に手がけていることもあってか、作中のレイナもかなりデザインセンスに凝った人物像になっていましたね。“ジェシカ・ニコール”はクィアを自認しており、同性パートナーと結婚しています。

第5話後半「The Trio」ではDDとフィリップが音楽祭でセッションする相手としてマイロが登場。3人でセッションしてノリノリですが、マイロがおもむろにバンドを脱退すると寂しそうに発言。ニューヨークに帰ることになっており、そのせいでDDとフィリップとの関係もこじれてしまいます。それでも最後は仲直り。「君はトリオの3人目なんだ」と絆を確かめました。

マイロはノンバイナリーという設定になっているそうです。そう考えると、マイロを3人目として受け入れるあのセリフもしっかり意味があるものだとわかります。性別は男と女の2つじゃない。トリオだっていい…そういうことですね。

このマイロの声を担当しているのは“タイラー・フォード”で、トランスジェンダーやノンバイナリーを支援する活動をしている人で、本人はアジェンダーを自認しています。

そして極めつけは最終話。公園で行われているのはレインボーなど多彩な色が賑わうプライド・パレードです。キャラクターが総出演している中で、あのいっつも電話しているビジネスマンのマイケルには2人の男性の両親がいたりと、意外な当事者が浮き彫りになったりも。

その祭りムードの中で、スペシャルゲストとしてステージに登壇し、歌を歌うゼイディー。「初登校の私、でも転校生じゃないの」「これが本当の自分」…そんな自分のリアルな経験をそのまま素直に歌で表現するゼイディーはもちろんトランスジェンダーです。

このゼイディーに声をあてているのは、Z世代のトランスジェンダーの活動家として最も有名なひとりである“ジャズ・ジェニングス”です。2000年生まれの“ジャズ・ジェニングス”は5歳のときに性別の違和感を感じ、そこからトランスジェンダーとして生きるようになり、その最年少っぷりで注目を集めていました。リアリティ番組『I Am Jazz』でも話題を集め、YouTuberとしても活躍、今や若い子たちにとってのトランスジェンダーのロールモデルです。タイム誌が選んだ「最も影響力のある100の人々」に、トランスジェンダーであるラバーン・コックスが選ばれた際、そのエントリー文章を“ジャズ・ジェニングス”が書いていたりもしました。この若さでもはやパイオニアなんですね。

他にも本作にはいくつもLGBTQ当事者がキャラの声で参加しています。女性市長の声を担当しているのは、俳優でトランスジェンダーである“アンジェリカ・ロス”(ドラマ『POSE ポーズ』にも出ていましたね)。

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ここが私たちの居場所

こうしたハッキリわかるLGBTQキャラクター以外にも、主役であるD・D・デンジャーも忘れてはいけません。彼女のジェンダーやセクシュアリティはよくわかりません。少女に見えますが、世間一般でいうステレオタイプな“女の子”っぽさを一切気にしていません。

トリクスという好きな女優(スタントウーマン)がいて、作中でサラリと母の葬式の過去シーンが流れ、このトリクスが幼い頃の辛い時の支えだったことが示されます。DDにとっての憧れのなりたい存在です。

DDのあの振る舞いや存在感を見ていると、あのキャラクターはクィア(クエスチョニング)的に描かれているとも言えますね。

一方、フィリップは見てわかるとおり卵です。これも暗示的だなと思います。というのも卵は要するにこれから何が生まれるかわからない存在。でもフィリップはもう手足が生えて動き回っている。つまり、人は卵のまま人生をスタートさせており、途中で自分のアイデンティティが生まれるんだと訴えるかのようだな、と。

『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』は何気ないエピソードでもLGBTQ当事者が抱く心の苦悩や葛藤を題材にしています。

例えば、第1話では、大人でも子どもでもない中途半端なリンボイドになってしまうことをフィリップは恐れ、最終的には中途半端などは気にしない自分を見いだします。

第3話では、公園の規則にうるさいフィリップがルール対決を開始。しかし、「昔のルールは廃止しないといけない」「ルールに疑問をもったっていい」と硬直化した考えをあらため「ルールに異議を唱える!」と宣言するまでになります。

第4話では、確証バイアスが取り上げられ、「信じたいものしか信じない、そうじゃないものは否定する」という思考の怖さを教えてくれます。

第6話では、全国の「フィリップ」という名の人が集まるフィリップ祭りが開催。そこで「らしさは絶対ですか?」と疑問が呈され、「名前を変えてもいい」「名前にこだわらなくていい」と参加者は解放されていきます。

第9話では、頭のヒビをDDにばらされて傷つくフィリップ。けれども「秘密に価値があるかは心が決める」と気分を見つめ直し、みんなにヒビをことを堂々と打ち明けるフィリップの姿が。このへんはアウティングとカミングアウトの関係ですね。

第10話では、突然に演劇の助っ人を頼まれ、フィリップは人魚役に。しかし、体型を気にしすぎて人前に出られなくなるという体型差別を扱っていました。

第11話では、政治に関わる重要性を説きます。

そして最終話では、「自分の居場所を決める権利がある」「心の家族を見つけよう」と高らかに宣言。あの公園が常に舞台になっているのも、多様な人々の居場所としての位置づけなんですね。

本作はどのエピソードでもロマンスを主題にしておらず、「LGBTQ=ロマンス」というありがちな定式を覆しており、これはアセクシュアルやアロマンティックの人にも受け入れやすい世界観です。

何より当事者参加型の製作体制は子ども向けアニメというコンテンツを通してできることはいっぱいあると提示してくれたようなものです。

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シーズン2を求む!

『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』が続いていけば間違いなく画期的な作品としてアニメ史に刻まれたでしょう。続いていけば…。

そう、本作はシーズン1どまり。シーズン2はありませんなんでなんだ…。

ある話によれば、Amazon側がLGBTQを積極的に取り上げる本作に難色を示したということも耳にしましたが、こんなにも華々しくLGBTQ当事者が祝える作品を打ち上げておいて、続きは無しだなんてあんまりですよ…。

「デンジャー&エッグ」のシーズン2を求む!と声をあげ続け、当事者の理想の公園を生み出すべく、頑張るしかありませんね。

『デンジャー&エッグ』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer –% Audience –%
IMDb

6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios デンジャー&エッグス

以上、『デンジャー&エッグ』の感想でした。

Danger & Eggs (2017) [Japanese Review] 『デンジャー&エッグ』考察・評価レビュー