少女は少年になった…Netflix映画『ブレッドウィナー(生きのびるために)』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アイルランド、カナダ、ルクセンブルク(2017年)
日本:2018年にNetflixで配信、2019年12月20日に劇場公開
監督:ノラ・トゥオメィ
ブレッドウィナー
ぶれっどうぃなー
『ブレッドウィナー』あらすじ
タリバン政権下のアフガニスタン。女性は男性同伴でなければ、一歩も外へ出られないという慣習が当たり前の世界。父をタリバン兵に連れ去られた少女パヴァーナの家族は母と姉、幼子だけになってしまい、困り果てる。食料も尽きて絶体絶命な状況で、最後の手段としてパヴァーナは髪を切り、少年になりすましてカブールの町で働きはじめる。
『ブレッドウィナー』感想(ネタバレなし)
カートゥーン・サルーン、新境地
アニメのアカデミー賞と称される「アニー賞」にて、2017年、長編インディペンデント作品賞に日本から片渕須直監督の『この世界の片隅に』と神山健治監督の『ひるね姫 知らないワタシの物語』がノミネートされて話題になりました。しかし、惜しくもこの2作は賞に輝くことはありませんでした。
では、栄えある賞を手にしたのは? それが本作『ブレッドウィナー(生きのびるために)』です。
制作したのは「カートゥーン・サルーン(Cartoon Saloon)」という、アイルランドのアニメーションスタジオ。世界のアニメーション動向に目を向けている人ならご存知だと思いますが、最近非常に勢いに乗っているスタジオです。
『ブレンダンとケルズの秘密』や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と高評価な作品を連発。今やインディペンデント・アニメ映画のトップを独走しています。
なので『生きのびるために』が評価されたのも当然というか、予想どおりなのですが、本作は過去のその2作とはかなり毛色が違う要素があります。以前の2作は地域の伝承を基にしたかなりファンタジー寄りな世界観でしたが、今作ではタリバン政権下のアフガニスタンで社会的な差別や暴力に苦しむ少女の物語で、最初の印象からしてシリアス全開です。
なので決して子どもが見て楽しい映画ではありません。大人でさえ鑑賞していると精神的に辛くなってきます。だから、日本では劇場公開に誰も興味を示さず、Netflix配信になったのでしょうけど…。
追記:2019年12月20日に劇場公開になりました!
それでもカートゥーン・サルーンらしさは健在で、それは平面的な動きを見せる絵柄のタッチはもちろんなのですが、それよりも伝承というものの尊さや救いを根底に敷いている点が印象的です。フィクションであろうとなかろうと物語を語ることに意味があるというテーマ性は、『KUBO クボ 二本の弦の秘密』にも見受けられましたし、『この世界の片隅に』のすずも同じく物語を想像することで過酷な世界で生きる希望を見出していました。やっぱり定番なんですね。
ということで実質『この世界の片隅に』のアフガニスタン・バージョンと強引に言えなくもない本作。気になる人はぜひチェックしてほしいです。劇場で公開されている大作人気アニメ映画もいいでしょうけど、こういうインディペンデント系も良いものですよ。
『ブレッドウィナー』感想(ネタバレあり)
何重にも積み重なる差別と暴力
事前に作品のあらすじを薄っすらと見聞きしていたことと、イスラム教圏の国の厳しい男尊女卑の社会圧を描いた映画を他にも鑑賞した経験があったので(『サンド・ストーム』など)、ある程度、覚悟はしていましたが、やはり非常に重たい内容です。
実写だとその現実性を生々しく突きつけられてキツイのは当然なのですが、本作はたとえアニメーションであってもその残酷な現実を描くことに対して一切手を緩めることはしていません。
店は女性にモノは売ってくれないし、女性だけで出歩けばそれも禁止だと罵倒され、暴力まで振るわれる。男と女、完全に同じ人間として見られていないという状態は、私のような日本から見れば戦慄しか感じません。ディストピアみたいですがリアルに存在する世界なのです。
そんな世界で髪を切って少年になりすまして外に出ることにしたパヴァーナが、初めて女性という外側を脱ぎ捨てて世界に出た時の、あの世界が180度変わる感じ。いとも簡単に商品を買えるだけでなく、周囲のパヴァーナに対する接し方が根本から違っていて、これがまたこの世界の歪みを強調します。
こういう地域や社会に根深く内在する理不尽を描くことに対して、「それはその地域の伝統や文化なのだから他人がとやかく言うことではない」と言い放つ人も一部ではいますが、それは都合のいい思考停止だと私は思いますし、本作でも劇中でそれに触れるような内容がありました。パヴァーナの父が語る昔の話などです。そもそも勘違いしてはいけないのですが、今作で描かれるような厳しい男尊女卑は別にイスラム教の共通ルールというわけではありません。程度の差はあるし、なんなら日本だって性差別は今もあるわけで、要するにその差を正当化する社会があるかないかの違いです。そしてそれを決めるのはたいてい権力者なんですね。本作のパヴァーナの世界ではタリバンが「何が正しくて何が悪いのか」を決めていただけです。
一方で、本作は搾取する側(暴力をする側)をただ敵視するだけの作品でもなく、搾取する側も状況が変われば一瞬にして“搾取される側”に転じてしまう怖さも描いていたように思えます。とくにパヴァーナの父を逮捕する引き金をひくイドリースの最後の退場シーンや、終盤の刑務所の男性たちの駆け引きは、女性たち以上に切なさもありました。
“物語にする”ということのパワー
ここまでの内容であれば、実写でも表現できる物語なのですが、本作『ブレッドウィナー』はさらに実写では表現できないアニメーションならではのアプローチも用意しているのが、さすがカートゥーン・サルーン。結果的に、本作はアニメーションでなければならない必然性がちゃんとあります。
パヴァーナは読み書きができるという能力もあるせいか、物語を語るのが得意で、劇中でも何度か家族に語り聞かせます。
その内容はただの寓話的なおとぎ話なのかなと観客は最初は思っていると、なんとなくリアルでパヴァーナが経験していくこととシンクロしていくかと思えば、最終的にそれは兄のスリマンの物語にすり替わっていきます。このパヴァーナの語る話の主人公が最初から兄だったわけでは当然ありません。途中で兄にしてしまっているんですね。それはまるでパヴァーナが少年になりすますかのように。
こうやって考えると、本作はいくつかの虚構が潜んでいるわけです。まず、パヴァーナが少年になりすますということ。そして、パヴァーナの語る話の主人公が兄になること。
さらに、本作は、“兄の物語を語る”パヴァーナの物語が語られているという、メタ的な多層構造が通貫しています。
ここから、作品を創造することの価値を私は強く感じました。女性に迫りくる暴力が蔓延する社会。路上でおもちゃを拾って爆発したことでこの世を去った兄。差別と戦争という過酷な世界で生きるには「物語」の力に頼るしかない。それは世界中の誰でも持っている唯一の武器。
この『生きのびるために』は実際に原作の作者がパキスタンのアフガン難民キャンプで聞いたことを物語にしたものだそうです。物語にすることで遠く離れた人にも時代の技術の後押しもあって届けられる。これってあらためて考えるまでもなく凄い魔法じゃないですか。
「怒りではなく言葉で伝えて。花は雷ではなく雨で育つ」
作品の最後の言葉が響きます。
映画はただの娯楽や商品ではない、苦難を乗り越える活力にもなるんですね。もちろん差別と戦争がなくなって、物語を純粋に楽しめるようになるのが一番いいのですが。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 86%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
(C)Cartoon Saloon
以上、『ブレッドウィナー』の感想でした。
The Breadwinner (2017) [Japanese Review] 『ブレッドウィナー』考察・評価レビュー