トランスジェンダーを描く子ども向けアニメをお探しですか…Netflixアニメ『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ジョー・マレー、コズモ・セグルソン
ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀
ろっこーのもだんらいふ はいてくなにじゅういっせいき
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』あらすじ
20年ぶりの地球で待っていたのは、90年代とは全く違う21世紀の世界。みんなはハイテクなアイテムを普通に駆使しているし、常識も色々変わってしまっている。そんな変化にとまどうロッコーの新たな使命は、大好きなあの番組を復活させること。いろいろとその実現のためにトライをしていると、鍵となる人物がいることを突き止める。しかし、その人は…。
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』感想(ネタバレなし)
トランスジェンダーも忘れていない
LGBTQを題材にした海外の子ども向けアニメーションが2010年代後半に一気に増え始めている…という話はこのサイトでも頻繁にピックアップしてきました。
『シーラとプリンセス戦士』ではレズビアンが真正面から描かれ、『キポとワンダービーストの冒険』ではゲイが爽やかに描かれ、『アウルハウス』ではバイセクシュアルが堂々と描かれ…。
しかし、どうでしょうか。トランスジェンダーを題材にした作品はないのだろうか…そんなことを思った人もいるかもしれません。
子ども向けアニメの中でトランスジェンダーを描くのは同性愛を描くのとは少し違ったハードルがあるとも言えます。同性愛なら視覚的にわかりやすくそれを提示できます。デートやキスといった描写で子ども向けの範囲内でセクシュアリティを映し出すことは可能です。
一方、トランスジェンダーはそれと比べたらやや複雑でしょう。トランスジェンダーとシスジェンダーを区別してわかるように描こうとすると、「性別が変わる(正確には“性別の違和”)」ということにフォーカスしないといけないことも多いです。その描写は『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』でも説明されているように歴史的に偏見を助長してきたこともあり、センシティブにならざるを得ず、作り手は躊躇しがち。ましてや性的なネタを控える子ども向けアニメの世界では遠ざけられるのも確かにわかります。
ゆえに「ボーイッシュな女の子」みたいにフンワリした表現だったり、「ステレオタイプなオカマ」みたいに露骨に偏見に満ちていたり、トランスジェンダー当事者には腑に落ちないものばかりだったりしました。
じゃあ、トランスジェンダーを真正面から描く子ども向けアニメはないのか…。
いいえ、気を落とさないでください。ちゃんと登場してくれています。ここに。
そうです、それが本作『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』です。
本作を語る前にまず『ロッコーのモダンライフ』というアニメシリーズをご存知でしょうか。これはアメリカの幼児・児童向け番組を専門とするケーブルテレビチャンネルとして有名な「ニコロデオン」で、1993年から1996年の間に放映されたテレビアニメシリーズです。
オーストラリアからアメリカの架空の街「O-Town(オー・タウン)」に移住してきたワラビーの「ロッコー」というキャラクターが主人公。そのロッコーが仲間たちとドタバタ劇を繰り広げるという、『ルーニー・テューンズ』に近い雰囲気もあるコメディです。
ただ、その内容は子ども向けにしてはキワドイものもあって(例えばラブホテルに見える建物が出てくるとか)、なので視聴者からクレームもきたりする、ハチャメチャな攻め具合の作品でもありました。そのせいなのか、『ロッコーのモダンライフ』は一部ではカルト的な人気を集めたりもしました。
この子ども向けにしては痛快すぎる『ロッコーのモダンライフ』を生み出したのは“ジョー・マレー”という人で、昔は新聞の風刺漫画家だったそうです(だから攻めまくりなんですね)。2018年からは『Let’s Go Luna!』というアニメシリーズを手がけています。
そのかつて大人気だったアニメシリーズがスペシャル版として実に20年ぶりに新作で帰ってきたのが本作『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』です。Netflixでの配信になってしまったのですが、それでもあの懐かしいキャラにまた会えるのですからファンには感慨深いもの。
しかし、さすが『ロッコーのモダンライフ』製作陣、単なる「また会えたね」的な懐かしさありきの作品にはしませんでした。そこにしっかり現代風刺をガツンと入れてきており、そのひとつの要素がトランスジェンダーなんですね。それがどう描かれるのかはお楽しみに。
少なくともトランスジェンダーをここまでしっかり描く海外子ども向けアニメは珍しく、結果的に『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』は批評家からもLGBTQ当事者からも高い評価を受けました。
家庭によっては、うちの子は実はトランスジェンダーで、勇気づけるためにもどんな作品を見せればいいのかわからない…などという状況かもしれません。そうでなくとも子どもにジェンダーの多様性を教えたいと思っている親もいるでしょう。
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』はその期待に応えてくれるのは間違いないです。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(大人の当事者もぜひ) |
友人 | ◯(海外アニメファン同士で) |
恋人 | ◯(ちょっとした暇つぶしに) |
キッズ | ◎(子どもに見せてあげたい) |
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』予告動画
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』感想(ネタバレあり)
こんな変化に耐えられない!?
コミック店で働いていたワラビーのロッコー、その親友でオオカミに育てられた黄色のウシのヘッファー、またまた親友でメガネをかけたカメのフィルバート。この3人はうっかり地球から宇宙の果てへと飛んでいってしまい、かれこれ20年間、宇宙を漂っていました。
唯一の楽しみはお気に入りのテレビ番組「ファットヘッド家」のビデオを観ること。ラルフ・ビックヘッド原作のこの作品は1000回観ても飽きません。
「変わらないってサイコーだなぁ」「大好きな番組を大好きな友達と観るって」
しかし、ビデオテープがついに故障。途方に暮れます。そこでたまたまヘッファーのお尻に地球に帰るロケット再突入ボタンがあることに気づきます。ポチっと。
あっという間に地元のオー・タウンに到着。帰ってきた喜びをかみしめていると、その世界は一変していました。もう90年代ではありません。ボタンのないオーフォンという電話が当たり前に、映画はリアルに飛び出し、ロッコーは変化についていけずに家でビクビク。21世紀って危険…。
そこにお隣さんのベブ・ビッグヘッドが訪ねてきます。気を取り直して「ファットヘッド家」の新エピソードを観ようとテレビをつけますが、あの番組は放送が終了したと教えられ、ショックを受けます。
一方、コングロモ社で重役として働くエド・ビッグヘッドは会社が倒産したと判明し、企業に支えられていたオータウンの経済は崩壊。エドはクビを宣告されます。家も立ち退き。絶望。
そこにやってきたロッコーはエドの息子ラルフが作った「ファットヘッド家」を再開してほしいとお願いします。しかし、ラルフは自分探しの旅に出ており、この場にいません。番組が復活すれば経済効果があるとロッコーは訴え、エドはその気に。
会社のトップであるデュペットにロッコーとエドは番組復活を提案。あっけなく制作再開を決定。ラルフに作ってもらいたいロッコーでしたが、デュペットは今はパソコンでちゃちゃっとリブートできると豪語。ロッコーは納得いきません。オリジナルの原作者であるラルフでないと台無しになる…。
90年代のアニメが会社や地域を救うのか…。
ロッコーとヘッファーとフィルバートはラルフを探しに行きます。絵葉書によれば世界中を旅しているらしく、愛犬のスパンキーの案でドローンで各地を巡ることに。
しかし、いくら探しても見つからずドローンごと墜落。ところがそこにアイスクリームトラックを発見。アイスを売っていたのはあのラルフでした。これは幸運。さっそく番組をまた作ってほしいと熱望します。スペシャル版とか…。
最初はラルフは断ります。けれども両親の家が無くなると聞いてOKします。
ところが親に最後に会ったときから自分は変わったと言って、車から降りて全身を見せます。ハイヒールを履いたその姿。
「ラルフじゃない。今はレイチェルだよ」
ロッコーはとくに気にせずレイチェルを連れて帰途へ。
会社へ到着し、エドのもとへ。でもエドは息子ではなく娘になってしまった愛する我が子に驚愕。「息子はどこだ?」「こんなのあり得ない」「受け入れないぞ」「私に娘なんかいない!」
エドは立ち去ってしまいます。
番組を観たいだけなのに…ロッコーはこのピンチを乗り越えられるのか…。
トランスジェンダー描写のお手本
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』のテーマは「変化」です。
20年ぶりの地元への再訪。当然、キャラクターも変わっていることがあります。生活、仕事、人間関係。でも「性別」だって変わっていてもおかしくないじゃないか!という発想はなかなか出てこないのではないでしょうか。
アニメなどが久しぶりに続編が作られるということは他でもたびたびありますけど、キャラクターの性別が変わったという事例はそんなに見かけるものではありません。それだけ「性別は不変なものである」という認識が固定化しています。
でも『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』はそんなお約束は軽々と吹き飛ばしてしまいました。
オリジナルのシリーズでラルフとして登場したキャラクターがレイチェルに性別変化している。さらっと描きましたけどこれはアニメ史では異例です。
しかし、そのトランスジェンダー描写はオーソドックスながらとても誠実で正しいものです。なんでも映像業界におけるLGBTQのモニタリングをしている組織「GLAAD」とストーリーの企画段階で協力して作ったそうで、そのトランスジェンダー描写はしっかり当事者の納得させるものになっています。
レイチェルの性別移行に対するロッコーたちの「うわ~クールだ」という自然な受け入れ。一方での父親の無理解にも直面します(ちなみにエドはオリジナルの頃からドナルド・トランプのパロディにもなっていました)。それでもレイチェルはアニメ制作という生きがいに戻り、自分らしく仕事をして最後はハッピーエンドを迎える。
トランスジェンダーだからといって悲劇の象徴にはしないし、性別転換をリスクのある禁断の行為のようにも描かないし、何かの責任を負うわけでもなく、影に隠れて暮らすわけでもない。ただ真っ当に好きなように生きる。たまたまトランスジェンダーだったというだけ。
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』は子ども向けアニメですけど、実際は大人向けの実写映画ですらもなかなかにできない、正しいトランスジェンダー描写をサクッと成立させており、地味に凄いです。
もう本作をトランスジェンダー描写のお手本の土台にしてもいいくらいです。
ちなみにビッグヘッド家はカエルがモチーフです。カエルという生き物は実は性別が転換することがしばしば確認されています。以前は環境汚染が原因などと言われていましたが、最近の研究ではそうでもないようで、要するに性別なんて変わることはたいして珍しいことでもないということですね。逆にどうして人は性別は変わらないものだと頭にこびりついてしまっているのでしょうね。
「変化もいいよね」
そして『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』が面白いのは、そのトランスジェンダーのキャラクターをただ出しましたというだけでなく、アニメ制作の業界と絡めた、メタ的な風刺にしていること。
アニメ業界風刺作品としてもノリノリな一作であり、昔のアニメのリブートが安易にCG化してつまらなかったり、劣悪な労働環境でクリエイターが働かせられていたり、相変わらず飛ばしまくっています。アニメ業界なんて昔も今も酷いよ…っていう“ジョー・マレー”の声が聞こえる…。
その中でレイチェルのもとでいよいよ完成した新作「ファットヘッド家」を観たロッコーは新キャラ登場にひとり文句を言います。
「こんなのいつものファットヘッド家じゃない」「好きになれない」「変わりすぎだ!」
でも世間では大好評。ひとりふてくされるロッコーは大声で不満を列挙。しかし、みんなからいろいろ諭された結果、それを受け入れることに納得。
「変化もいいよね」
これは子ども向けアニメでLGBTQが描かれることに反発する人へのメッセージともとれます。アメリカでは保守系の保護者団体などがLGBTQを子ども向けアニメが描こうものなら猛烈に苦情を入れてくることがありますし、反ポリコレを掲げる人たちもうるさく嫌みを言ってきます。そのせいでクィア・アニメーションはなかなか花が開きません。
もちろんそれに限らず私たちは何かの作品が数年ぶりなどにリブートやリメイクされると「こんなの全然違う」と拒絶することは多々あるでしょう(私だって心当たりあります)。当然、感想は人それぞれ。必ず絶賛しろとは言いません。
でもそれでも現代的なアップデートにともなう変化なら受け入れてもいいじゃないかという本作の温かくも棘のある風刺です。そもそもその変化には何かしらの理由があるものです。観客にはバックグラウンドが見えなくても、変化には意味があります。それを自分が理解できないからといって片っ端から拒絶していたら、それはあまりにも自己中心的すぎる見方でしかないわけで…。
作品でLGBTQが描かれるのは視聴者の中に当事者がいるからです。たったそれだけのこと。世間にわかってもらえるまで繰り返し何度も言いますが別にポリコレに配慮したからではないのです。
あのレイチェルの作った「ファットヘッド家」の新作に赤ん坊が登場したのも、レイチェルが親との確執を経験してその人生を作品に反映させたからです。
変化をなんでもかんでもケチつけるのではなく、ちょっと寄り添ってみませんかというささやかなご案内。そして大企業の皆さん、資本主義で儲けたおカネを庶民に分け与えましょうという至極当然な話。
『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』は業界に対しても視聴者に対しても、21世紀になってもキレキレの風刺を届ける、見事なセンスを持っていました。
このセンスだけは不変でありたいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 67%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
関連作品紹介
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・『シーラとプリンセス戦士』
・『キポとワンダービーストの冒険』
・『スティーブン・ユニバース』
作品ポスター・画像 (C)Nickelodeon Animation Studio
以上、『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』の感想でした。
Rocko’s Modern Life: Static Cling (2019) [Japanese Review] 『ロッコーのモダンライフ ハイテクな21世紀』考察・評価レビュー