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『時の面影 The Dig』感想(ネタバレ)…Netflix;考古学の功労者を掘り起こす

時の面影

考古学の歴史の山に埋もれた功労者を掘り起こす…Netflix映画『時の面影』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Dig
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:サイモン・ストーン

時の面影

ときのおもかげ
時の面影

『時の面影』あらすじ

第二次世界大戦が迫るイギリス。未亡人のエディス・プリティは、所有する土地にある墳丘墓を発掘するべく、アマチュアの考古学者であるバジル・ブラウンを雇う。彼は老齢だったが、知識は一流だった。やがて、その発掘現場である塚に隠された歴史の遺産が姿を現し、平穏だったその土地は注目を集める。しかし、戦争の闇がその発見を覆い尽くし…。

『時の面影』感想(ネタバレなし)

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考古学の発見を名俳優とともに

「考古学」という学問は名前くらいは聞いたことがあると思います。歴史的品々を発掘したりしている、そんな感じのイメージのあれですね。英語では「archeology」と呼ぶのですが、「考古学」という日本語の方がカッコいいと私は思います。“古さ”を“考える”学問ですよ。センスある響きだなぁ…。

その考古学に貢献した有名人物はもちろん多く存在するのですが、そういった学者たちの中には必ずしも学歴がある人間だったわけではない者もいて、当時はそこまで評価されていなかったこともありました。学歴主義な価値観が根強い日本では意外に思えますが、科学の歴史は学歴が成功に結び付くわけではないことを立証しています。

例えば、考古学者の中でも比較的話題となった人物「ハワード・カーター」。彼はあのツタンカーメン王の墓を発見した人ですが、しっかりした高等教育を受けていたわけではなく、そのため学会ではやや下に見られていたようです。それでも考古学の体系的に確立した先駆者であるフリンダーズ・ピートリーから学んだだけあって、知識はじゅうぶんでした。

このように学問の世界ではいろいろな理由で功績を認められず、当時は正当な評価を受けることもできずに、歴史の雑多な山に埋もれてしまった人たちというのはいるものです。考古学だけではない、あらゆる学問において…。

そんなハワード・カーターは1939年に亡くなるのですが、今回紹介する映画はその1939年から始まる物語で、こちらもまた考古学の偉大な発見に貢献したのにきちんと評価されなかった別の人物たちに焦点をあてた一作です。それが本作『時の面影』

原題は「The Dig」。「dig」は「掘る」という意味ですからシンプルですね。

本作は原作として小説があるのですが、実話がベースになっています。登場する人物の多くも実在する者ばかりで、描かれる考古学上の偉大な発見も事実です。もちろん人間関係や発掘過程などは多少の脚色がなされていますが。

具体的にどんな発見があったのかは実際に映画を観て知る方がいいでしょう。それなら発掘者と同じように驚きを共有できるでしょうし。

実在の登場人物の詳細については後半の感想で少し整理しています。ちなみに作中ではちょうどそのタイミングで亡くなったハワード・カーターに言及するシーンもあります。ある意味で考古学を担う存在の世代交代を描くようなものですね。

監督は2015年に『The Daughter』という映画で監督デビューした“サイモン・ストーン”というオーストラリア人。と言いつつも私はこの『The Daughter』をまだ鑑賞したことがないので初めて知りました。デビュー作の評価も高いのですが、もともと劇作家で演劇の世界ではキャリアのある方なのだそうです。映画に転身してきても才能を発揮しているのはやはり本物ということなのか。まだ30代で若いですから、今後ももっと映画業界でも注目を集めるかも。

俳優陣は、まず2009年の『17歳の肖像』でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、そこから多彩なキャリアを開花させ、『ドライヴ』『未来を花束にして』『ワイルドライフ』など幅広く活躍し、最近は『Promising Young Woman』という高評価な映画で名演を見せている“キャリー・マリガン”。こちらも30代ながらすでにベテランの佇まいです。

そしてこっちは名実ともにベテラン中のベテラン、“レイフ・ファインズ”も本作では主演です。『ハリー・ポッター』シリーズでは闇の魔法使い・ヴォルデモートを怪演したり、監督作『エレン・ターナン 〜ディケンズに愛された女〜』では著名な小説家チャールズ・ディケンズになったり、はたまた『俺たちホームズ&ワトソン』ではモリアーティ教授をやったり、とにかく器用に役をこなす名優です。今回は静かに考古学の情熱を燃やす老人という落ち着いた役となります。

他にも『ベイビー・ドライバー』では魅力的なヒロインをつとめ、『ガーンジー島の読書会の秘密』では主演として輝き、最近は名作のリメイク『レベッカ』にも出演した“リリー・ジェームズ”も登場。やっぱり考古学に関係のある役柄です。

科学へのロマンも詰まった作品ですので考古学に詳しくない人でもその世界を覗けると思います。

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『時の面影』を観る前のQ&A

Q:『時の面影』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年1月29日から配信中です。
日本語吹き替え あり
甲斐田裕子(エディス・プリティ)/ 中博史(バジル・ブラウン)/ 下山田綾華(ペギー・ピゴット)/ 松田修平(ローリー・ローマックス)/ 松本惣己(ロバート・プリティ) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり ◯(俳優ファンも要注目)
友人 ◯(考古学に詳しい人と観るのも)
恋人 ◯(少しロマンス要素あり)
キッズ ◯(静かな大人のドラマですが)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『時の面影』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):歴史を掘り起こす

1939年、イギリスのサフォーク州。

「なにしに、サットン・フーへ?」「発掘の仕事でね」

老齢の男は小舟で自転車とともにこの地にやってきます。たどり着いたのは邸宅。「バジル・ブラウンです。プリティ夫人を」…そう告げると、「お待ちください」と使用人が引っ込んでいきます。

すぐにひとりの女性が出てきて「見に行きましょう」とブラウンを外のある場所に連れていきます。

この周辺の土地は今はエディス・プリティが所有者でした。夫は少し前に亡くなってしまっており、未亡人の身で、この地に残っています。今回はある仕事を頼みたくてブラウンを呼んだのでした。

「こういうことは博物館に頼むものです」とブラウン。「でもイプスウィッチ博物館には戦争が近いという理由で断られました」とプリティ夫人は事情を説明します。

ブラウンは風変わりで学位もない人間でしたが、経験は豊富にあることは自負しており、子どもの頃から父に教わって考古学に詳しいです。「おたくの塚を前々から見てみたいと思っていました」と、今回の依頼にも興味がありました。

到着したのは広大な草原にが点在する場所。プリティ夫人も父の発掘を手伝っていたらしく、ある程度は詳しいようです。プリティ夫人がこれがいいと言った塚について、ブラウンはやめた方がいいと知識に基づきアドバイス。

家で報酬の話をしていると、子どもが駆け込んできます。プリティ夫人の息子、ロバートです。この子は想像力豊かで元気です。

結局、提示された報酬が低いので帰ることにしたブラウン。しかし、帰り道、ふと立ち止まり、塚を見つめます。そこへ車で追いかけてくる使用人。プリティ夫人からの手紙を渡らされ、どうやら夫人はかなり熱心だと痛感し、「月曜から来る」と返事をしました。

助手2人(ジェイコブズとスプーナー)を加え、さっそく発掘に取り掛かります。しばらく後、地元のイプスウィッチ博物館の館長のメイナードが見に来ました。掘り進めていっていますが今のところそこまでたいしたものはなく、木片が見つかったりもしましたが、持ち上げようとすると壊れてしまいます。メイナードはローマ遺跡の発掘を優先させてほしいと重要性を強調し、ブラウンを勧誘しますが、本人は今はこの塚に夢中。

ある日、プリティ夫人はこの塚が墓だとしたら「死者を冒涜することにならない?」と心配を打ち明けます。でも礼儀が必要だとブラウンはなだめます。その瞬間、塚が崩れ、ブラウンは大量の土に埋まって見えなくなりました。急いでみんなが集まり、必死に手で掘り起こします。なんとか土まみれのブラウンを救出。人工呼吸で息を吹き返しました。

ソファで休ませていると、ブラウンは「頭に祖父が浮かんだ」と自分と同じ名前で農民だった祖父に思いを馳せます。そしてたいして休むこともなく、現場に戻り、推測を語ります。「東西に何かが埋まっているかもしれない」…その確信とともに、最初にプリティ夫人が目を付けた塚を掘ろうと決意。

勢いづき、さらに掘る作業に気合が入る一同。その結果、ついに大きな発見が。

イプスウィッチ博物館の館長のメイナードのもとに発掘品を見せに行くブラウン。大興奮です。夫人はロンドンに出かけていましたが、帰ってきてすぐに「ぜひ見せたいものがあるんです」と現場に連れ出します。

かつては塚だった場所は大きく掘り起こされ、そこに埋まっていたものが露わになっていました。それはです。ここは墓のようでした。それも位の高い人、戦士とか王様とかの墓。

一同は大喜び。ブラウンは「バイキングではない、アングロ・サクソン時代のものでは」と独自の仮説を導いていました。

そしてこの発見は世紀の大発見に繋がっていき…。

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地道な努力は評価されず…

『時の面影』は前述したとおり、考古学の偉大な発見に貢献したのにきちんと評価されなかった人物たちを掘り起こすような物語です。考古学というのは物理的に埋もれた歴史を再び表に出し、過去の人物の評価を見直すことでもある学問。それなのにその学問の世界で、現在進行形で功労者の功績や歴史を埋もれさせてしまっているのですから、皮肉な話です。ミイラ取りがミイラになる…みたいな(それもちょっと違うか)。

本作にて掘り起こされる実在の人物は複数います。

まずはそのひとり、“レイフ・ファインズ”演じる「バジル・ブラウン」。彼は1888年生まれでサフォーク州出身。農家の家系だったこともあり、生活は決して裕福ではありません。考古学や天文学に詳しくなっていきますが、その多くは独学によるものだったそうです。作中ではアマチュアのように扱われていますが、発掘調査員として30年以上も経験を重ねています。こういう下手なプロよりも実力があるアマチュアというのはどこの世界にもいるものですね。

キャリア初期の頃、作中でも登場する「ガイ・メイナード」と知り合い、考古学の世界へとどんどんハマっていきます。しかし、この頃は収入も低く、苦労したようです。だから本作の冒頭でブラウンは報酬の低さを理由にプリティ夫人の仕事の依頼を一旦は断るんですね。

そのブラウンの低調なキャリアにおいて激震となるのがサットン・フーでの発掘調査。大きな働きをしたのは彼でしたが、結果的にその発見の顔となったのは「チャールズ・フィリップス」という男です。後に王立地理学会からビクトリア勲章をもらったり、それはもう評価を獲得します。

なぜブラウンではなくフィリップスが功労者として世間的に認識されたのか、結局のところ、その理由は学歴と家柄なんでしょう。このへんは階級社会であるイギリスらしい一面でもありますが。

ブラウンの実績が公に認められたのは2009年ぐらいだそうで、趣味を仕事にするとは言え、さすがにこれは酷い話ですね。

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女性はもっと埋もれている

『時の面影』は科学の陰に追いやられる女性にも光をあてています。

そのひとり、「エディス・プリティ」。彼女は裕福な家系で教育もしっかり受けているのですが、そんなエディスを追い詰めていくのがまずは戦争です。第1次世界大戦では病院に従事。戦争の悲惨さをまざまざと目撃します。その後に両親は死亡。フランクと結婚しますが、息子を産んだ後に夫は他界。こうやってざっくり振り返るとかなり不幸な人生です。作中の物語開始時点から3年後の1942年に亡くなります。

そのエディスも作中で語るとおり、考古学に興味を持っていました。でも彼女はアマチュアとしてブラウンのように地道に経験を積み重ねることすらできません。それはやはり女性だからでしょう。女は家に所属し、主たる男に尽くす。そのイギリス上流階級の規律に逆らうことはできません。

そして本作には別の女性も登場します。それが“リリー・ジェームズ”演じる「マーガレット」。彼女は後に「ペギー」という名で知られることになり、考古学者として大きなキャリアの成功をおさめます。1936年に「スチュアート・ピゴット」と結婚するも、そこで女性として型にハマるつもりはありませんでした。発掘現場に積極的に通い、作中のサットン・フーでの発掘調査でも発見に貢献。その後に独自の発掘手法を確立するまでに至ります。

そんなペギーですが、作中では「体重が軽いから」という雑な理由で発掘メンバーに参加させたとフィリップスに言われたり、かなり屈辱的な経験を受けている姿が描かれます。女性が考古学に加わるのはその程度としか思われていない。そんな業界の女性蔑視の中でも挫けなかったペギーの存在は、埋没したどんな偉大な王様よりも称賛したくなるものです。

科学を描くなら当然のようにジェンダーについても言及する。そういう視点が当たり前になっているのは嬉しいかぎりです。

まあ、ペギーのドラマ部分にロマンスが入り込んでしまうのは若干のノイズだなとは思ったのですが…。

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今もいつか考古学の対象に

『時の面影』は演出もシンプルながら良かったです。

冒頭、小舟でやってくるブラウンの場面は、後に船葬墓が発掘されることへの伏線であると同時に、彼こそが真の功労者であると暗示するものであり、印象的。ブラウンが序盤で土砂に埋もれてしまうのも、ある種の考古学に付き物の「呪い」的なフラグに見えてくる仕掛けですね。

また、主軸になるのは偉大な歴史的発見ですが、物語のトーン自体は暗めです。これはもちろん第2次世界大戦が迫っているからなのですが、エンディングでも戦争突入の発表で終わり、非常に重苦しいです。戦争は人類の歴史を最も埋もれさせるもの…という本質を突いてくるような…。

実際、作中では戦闘機が墜落。それは残骸とともに水底に沈みます。もしかしたらこれらもいつかの未来に掘り起こされる日がくるのかもしれません。人間の愚かな歴史を証明する出土品として。

不思議なものです。戦争によって形作られた品々でも時が経てば歴史的発見になり、そこには当時の戦争真っただ中にはなかった意味合いが加わるのですから。今の人類の1日1日が100年後の考古学の発掘対象になるというのは実感が湧きづらいことですけどね。

それでも作中で唯一の純粋なロマンを象徴するのがロバートという少年。あの子が宇宙を夢見ているのはまさに次なるロマンの舞台になるからでしょう。やはり学問を根底で支えるものはそういうロマンであり、そして倫理的な正しさでもある。それは埋めてなかったことにはできません。

考古学を通して人間社会の戦争やジェンダーの影を映す、静かな良作でした。

『時の面影』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 87%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
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科学史において活躍した人物を描く映画の感想記事です。

・『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』

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作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『時の面影』の感想でした。

The Dig (2021) [Japanese Review] 『時の面影』考察・評価レビュー