家政婦は見るだけじゃない…映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2022年)
日本公開日:2022年11月18日
監督:アンソニー・ファビアン
恋愛描写
ミセス・ハリス、パリへ行く
みせすはりす ぱりへいく
『ミセス・ハリス、パリへ行く』あらすじ
『ミセス・ハリス、パリへ行く』感想(ネタバレなし)
ディオールに“おばさん”訪問
フランスを代表する世界的なファッションブランド「ディオール(Dior)」。オートクチュール(高級注文服)を始め、今やそのブランドは幅広く展開され、世界中の人を虜にし続けています。
そんな「ディオール」誕生の歴史は不思議な経緯があります。「ディオール」を築くことになる“クリスチャン・ディオール”は1905年にノルマンディー地方のマンシュ県・グランヴィルで生まれました。この時点ですでにディオール家は財を成しており、ただ、その基盤は肥料製造でした。全然ファッションと微塵も関係ないんですね。なのでこの当時の「ディオール」の名は「肥料」を意味するブランドです。
クリスチャン・ディオールは芸術に興味を持ち、建築デザイナーとしてキャリアを進みだしていました。しかし、第二次世界大戦が始まり、クリスチャン・ディオールも兵役に召集されます。その後、1942年、流行の高級服を作る会社であるファッションハウスで働く機会を得て、”ルシアン・ルロン”という人に従事。この人物がなかなかに手練れのクチュリエ(裁断師)で、そこで腕を磨き、クリスチャン・ディオールは「次は自分も起業するぞ」と決心。1946年に創業し、これがファッションブランド「ディオール」の出発点となります。
なお、肥料の方の「ディオール」は世界恐慌で事業は傾いてしまいました。でも結果オーライですよね。さすがに肥料と高級ファッションでは食い合わせが悪すぎですから…。
クリスチャン・ディオールの生み出したファッションは戦後の暗い質素な雰囲気に華やかさをもたらし、とくに当時の女性たちを魅了しました。服が変われば人も変わると言いますが、おそらくこの時代の女性たちの生き方にも大きな影響を与えたでしょうね。
今回紹介する映画はそんな「ディオール」誕生の秘話を描いた作品…では全くないです。今回は「おばさん」の話。ファッションブランドのことはたいしてわからない、富裕層ですらもない「おばさん」が「ディオール」の世界に正面突破で上がり込んでいく…そんな物語です。
それが本作『ミセス・ハリス、パリへ行く』。
この映画はもともと原作があって、“ポール・ギャリコ”というアメリカの作家が1958年に始めた「ハリスおばさん」シリーズです。“ポール・ギャリコ”は映画にもなった「ポセイドン・アドベンチャー」を執筆したり、初期はスポーツ記者だったみたいですけど、こんな「ハリスおばさん」シリーズみたいな作風の作品もあったり、なかなかバラエティ豊かな作家だったんですね。
今回の『ミセス・ハリス、パリへ行く』は原作1作目を映画化したもので、すでに何度かテレビ映画にもなっているようです(私は観たことがない)。2016年には舞台ミュージカル化しており、こちらは好評だったとか。
『ミセス・ハリス、パリへ行く』の内容は、タイトルどおり、ごく普通のおばさんがパリに行く話なのですが、映画ではユーモラスながら心温まる人間模様が魅力的で、多幸感に包まれる居心地の良さがあります。
とくに人の善意が積み重なって穏やかなストーリーの推進力を生んでいくというスタイルで、これは『パディントン』なんかと一緒です。クマがイギリスに来てみんなを幸せにする話じゃなくて、人間のおばさんがパリに来てみんなを幸せにする話なんです。
この『ミセス・ハリス、パリへ行く』を監督したのは、2008年に『Skin』という映画で長編デビューしたイギリス人の“アンソニー・ファビアン”。この『Skin』は白人の両親から生まれるも肌が濃くて「有色人種」に分類された南アフリカの女性を描いています。
主演するのは、『ファントム・スレッド』や『すべてが変わった日』などの“レスリー・マンヴィル”。
共演は、『エル ELLE』の“イザベル・ユペール”、ドラマ『シスター戦士』の”アルバ・バチスタ”、『ベネデッタ』の“ランベール・ウィルソン”、ドラマ『エミリー、パリへ行く』の“リュカ・ブラヴォー”、ドラマ『ミステリー in パラダイス』の“エレン・トーマス”、『対峙』の“ジェイソン・アイザックス”など。
『ミセス・ハリス、パリへ行く』はキュートでハッピーな気持ちになれる映画ですので、疲れたときこそ、これで元気をもらってみてください。
『ミセス・ハリス、パリへ行く』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :心を癒して |
友人 | :のんびり一緒に |
恋人 | :温かい関係で |
キッズ | :やや大人のドラマ |
『ミセス・ハリス、パリへ行く』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あのドレスを着てみたい
1957年のイギリス、ロンドン。ミセス・ハリスは夜にアルバート橋の上をひとり歩いていました。途中で立ち止まり、第2次世界大戦から帰らない夫のエディーのことを思い浮かべます。
実は英国空軍からは夫の生死に関すると思われる小包が届いていました。でもそれを開ける決心がつきません。コインを投げて占うも、そのコインは手すり部分にあたって、落下するだけ。
翌日、バスに乗り、同じく家政婦として働いているヴァイと雑談。小包はまだ決めかねているものの持ち歩いています。
ハリスの働き場である家のうち、そのひとつが女優のパメラの家。今日もテキパキと仕事をこなします。パメラはかなりおっちょこちょいで何かと悩んでいます。
仕事を終え、ヴァイとパーティに。小包を開けるべきだと促され、覚悟を決めて中を確認。指輪が入っており、一通の手紙も。それをヴァイに読ませます。内容は…エディーの死を知らせるものでした。茫然とするハリス。でもこれが現実。受け止めるしかできません。
ハリスは夫の指輪に愛情深くキスをしながら、寂しさを噛みしめます。
ハリスはダントの家で働き、そこは未払いの給与がありましたが、けれども何も強気には言えません。そのある部屋で一着のドレスを見つけ、目を奪われます。そっと触れ、こんな美しいものは見たことがないと感嘆するばかり。ダントいわく、クリスチャン・ディオールのドレスだそうで、夫に内緒で買ったもので、500ポンドというもの凄い高額にハリスも驚きます。
しかし、そのドレスの印象はハリスに刻まれ、寂しかった気持ちが和らぐかのようでした。あのクリスチャン・ディオールのドレスを思い浮かべながら忘れることもできないハリス。でも自分ではとても手が届きません。
ところが思わぬチャンスが到来します。いつもの日課でやっているサッカーくじがなんと当選。大金を手にし、これを足掛かりにディオールのドレスを買えるんじゃないかと考えます。気分はノリノリ、仕事もいつもより陽気になります。旅行コストを計算し、必要金額を把握。
さらに友人のアーチーが招待してくれた犬のレースがハリスをさらに前向きにさせます。そこでオートクチュールという名前の犬を見つけ、これぞ運命だと考え、あの当選金を全部賭けるという大胆な手にでます。単発で賭けるのは危険だと売り場の人にも言われますが、ハリスは高揚していました。
いざレース開始。順調に走りだしたハリスの賭けた犬は途中で停止。完全に大失敗で全額失います。誰もいなくなった観衆席で意気消沈のハリス。もうこれは諦めるしかないのか…。
しかし、またも運が次々とめぐってきます。英国空軍の訪問を受け、その担当者はハリスに戦争未亡人への多額の寡婦年金を払うと言うのです。続いて、警察に届けた指輪の持ち主が現れ、ハリスにお礼をくれます。さらに、アーチーがあのレースは実は手違いがあったと言い、高額の配当金が手元に舞い込んできます。ついにまとまった資金が溜まりました。
心躍るハリスはあの憧れのディオールのドレスを買いにパリへ行きますが…。。
オシャレしたい!だけでも
ここから『ミセス・ハリス、パリへ行く』のネタバレありの感想本文です。
『ミセス・ハリス、パリへ行く』は、冷静に考えればあまりに都合が良すぎる展開の連続なのですが、これは善意のお話。人の善意が相互作用であらゆる人を幸せにする。その大切さを教えてくれるものです。この方向に脚色しているのが大正解でしたね。
まずハリスは夫の生死の事実を受け止める覚悟が持てないまま、かなりの年数を経過させています。つまり、人生が停滞してしまっていたのでした。
その停止期間が夫の死を知ったことで動き出す。これはこれでかなり残酷な始まり方です。でも本作はこれを「可哀想に…」では終わらせません。
ここでハリスがディオールのドレスに夢中になり、「あれを自分も着てみたい!」という一心に染まります。私はこういう死別を経験した人が、わりと些細に見えることでも活力を取り戻す描写ってステキだなと思います。『メタモルフォーゼの縁側』とかも同様ですね。
ドレスを着たい…それだけ?って感じかもしれませんが、それだけでもじゅうぶんだということ。ましてやハリスは上流階級になりたいわけでもなく、あのドレスを単に着たいというオシャレを楽しむだけに無我夢中になる。人はこんな日常的な欲求から“生”の衝動が生まれるものですよ。「死にたいな」なんて思っていても、コンビニで美味しい新商品スイーツがでていると知れば「まずはそれ食べてからだな」ってなる。それだけでも人間は立派に生きているんです。
ただ、そうとは言え、このハリスが欲しいドレスは高いです。当時の500ポンドは今の日本円に換算すると160万円以上ですからね。
ハリスの職業である家政婦(厳密には「Charwoman」と言って時給のパート)では到底届かない金額。そこでサッカーくじが役に立ち、続いてグレイハウンド・レース(当時のイギリスではほとんどの形態のギャンブルが違法でこれくらいしかないらしい)、そして寡婦年金…。逆に言えば、この時代の中流階級の未亡人女性が大金を手に入れる方法としてはこれらが使える手札の全てなんでしょうね。未亡人の女性はただでさえ孤立しやすいわけですから…(ヴァイの存在は大きいです)。
本作は善意のお話ですけど、随所にこの時代の女性の立ち位置が垣間見える映画でもありました。
ディオールすらも改革するおばさん
ついにハリスは資金を手にして、パリに出発。ちなみに旅客機に乗っていますが、当時は旅客機技術もどんどん発展していて、1950年代にはだいぶ庶民的になってきました。ハリスは長い年数を停滞していましたが、その間に飛行機テクノロジーも進化して海外に行きやすくなったのですから、これも結果オーライ。ここもなんだかポジティブ・シンキングな描写です。
で、パリに行って『ミセス・ハリス、パリへ行く』はめでたしめでたしにはなりません。ここからまたドラマがあります。
右も左もわからないまま、ディオールのファッションショー会場に到着(たどり着いただけでも凄い。ホームレスの人に感謝)。どう考えても顧客の富裕層に見えないがなぜか鞄に札束が入っているおばさんの登場に、ディオール関係者があたふたしているのがシュールです。
ここでハリスはドレスを最終的に手に入れるだけでなく、ディオールの業界改革までしれっとやっています。富裕層思考の偏屈な価値観を変えさせ、労働者の大量解雇も防ぐ。フェミニストというか、もうディオールの経営者やればいいのに…ってくらいです。
この映画の舞台である1957年はクリスチャン・ディオールが亡くなった年でもあり、作中ではハリスが新しいディオールの将来性を切り開く突破口を作ったわけで、こういう史実に食い込むフィクションの面白さが本作にはあります。
そしてロンドンに戻った後、優しいハリスはあのパメラに緑のドレスを貸してしまい、最悪なことにそのドレスは暖炉の火で炎上。たぶんハリスが素質として幸運の能力値が異様に高い代わりに、あのパメラは運の能力値が絶望的に低いんだろうな…(そう考えるとパメラを責められない…頑張れ…ってなる)。
ここから怒涛の善意の伏線回収。新聞に掲載されて意外なかたちで脚光を浴びたパメラ、それを見て未払い金を払ってくれた雇用主、さらにディオールの人たちからのとっておきのプレゼント。それは最初に一番に切望していた赤いドレスで…。
やっぱり善意は人を安らかにし、善意でもって恩返しさせたくなる。善意の好循環の連鎖反応が最後に温かい幸せを運び、ハリスの赤いドレス姿を一層引き立たせてくれます。あれはカネで買ったものでもない、優しさのご褒美として与えられた勲章なのです。
こういうオチにしたおかげで、映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』は寓話としてとても心落ち着くハッピーエンドになりましたね。
まあ、ディオールの経営のピンチを救った影の立役者かもしれませんし、あの赤いドレスくらいではハリスに対する恩返しとして物足りないんじゃないか、毎年1着くらいはあげてよ…と思わなくもないけど、そういう欲張りがよくないんだなぁ(反省)。
これからは私ももっと善意を大事にしようと思います。それに犬レースには賭けないようにしよう…。
あとせっかく素晴らしい映画が出来上がったのですから、ぜひ原作を活かしてさらに続編映画も作ってほしいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 93%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 Universal Studios ミセスハリス パリへ行く
以上、『ミセス・ハリス、パリへ行く』の感想でした。
Mrs Harris Goes to Paris (2022) [Japanese Review] 『ミセス・ハリス、パリへ行く』考察・評価レビュー