自由に踊れる場所を求めて!…ドラマシリーズ『踊る!ワック・ガールズ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:インド(2024年)
シーズン1:2024年にAmazonで配信
原案:スーニー・ターラープルワーラー
交通事故描写(車) LGBTQ差別描写 恋愛描写
おどるわっくがーるず
『踊る!ワック・ガールズ』物語 簡単紹介
『踊る!ワック・ガールズ』感想(ネタバレなし)
インドの踊りはそれだけじゃない
「インド映画=踊る」という印象はいまだに根強いですが、それこそ無声映画の時代の頃からインド映画には踊りの要素がありました。原点はインドの古典舞踊であり、それが年月を経て多くの振付師のアレンジによって変化し、多彩に。そして、映画産業が巨大になると、踊りはエンターテインメントのメインとなり、派手さが増しました。1980年代から1990年代にかけては、ヒップホップ、ジャズ、コンテンポラリーダンスなど西洋のダンス・スタイルを取り入れて、よりダイナミックな変化を遂げました。2000年代以降は、CGIの導入で踊りのパートは表現力を増し、あり得ない映像も届けてくれるようになっています。
“S・S・ラージャマウリ”監督作の『RRR』が2023年に米アカデミー賞で歌曲賞を受賞したのは、やはり「インド映画と言えばダンスだね!」とインド国外でも評価されるほどに認知が確定したからでしょう。
インドではお祝いのときにも踊るなど、ダンスは日常社会にも浸透しています。
しかし、インドにはそれ以外のダンスもあります。どうしても映画のイメージばかりが強烈にインド国内外の人々に植え付けられてしまっている中、今回紹介するドラマシリーズは新しいインドの踊りの一面を見せてくれます。
それが本作『踊る!ワック・ガールズ』です。
本作で主題になっているダンスは「ワッキング(Waacking)」と呼ばれるものです。
ダンスを専門に習ったことがある人くらいしか知らない用語だと思いますが、これの原点は1970年代初頭にアメリカのロサンゼルスのアンダーグラウンドのLGBTQコミュニティ(当時は「LGBT」という言葉は無く「ゲイ」という言葉で当事者はまとまっていた)で生まれたストリートダンスにあり、当時は「パンキング(punking)」と呼ばれていました。
しかし、その時代では「punk」はゲイに対する侮蔑的な言葉でもあったので、「ワック(Waack)」という代替の言葉が浸透しました。これがワッキングの始まりです。
ワッキングは、音楽に合わせて腕を回転させるように自在に動かし、ポーズをとって動きを止める…というのを繰り返すダンスで、性的マイノリティが集うクラブなどの集まりの場で楽しまれました。
ドラマ『POSE ポーズ』で描かれた「ボール(Ball )」という文化も、このワッキングの影響を多大に受けており、ボールは「ワッキング+仮装大会」みたいな感じですね。
そのワッキングのダンスグループを作って世間を見返してやろうと奮闘するインドの若い女性たちを主役にしているのがこの『踊る!ワック・ガールズ』です。表向きのノリは『ピッチ・パーフェクト』のような感じで、女性主体のエネルギッシュなパワーに溢れていますが、現代のインドの女性が受けている抑圧を生々しくも描いており、これはまさしくエンパワーメントのダンスです。
昨今はインド映画でもフェミニズムの要素を取り入れているものが目立ち始めていますが、それと比べてこの『踊る!ワック・ガールズ』は頭ひとつ飛びぬけて前進しています。
主役のひとりには、レズビアンの女性もいたりと、インドにおける同性愛嫌悪の現実に抗おうとする当事者の苦悩も映し出されますし、ボディ・シェイミングの問題も描かれたり、女性を取り巻く射程の範囲は広いです。
ドラマシリーズ『絶叫パンクス レディパーツ!』に近いものもありますね。
『踊る!ワック・ガールズ』を手がけたのは、『バレエ: 未来への扉』(2020年)の”スーニー・ターラープルワーラー”。
ワッキングなんて知らなくても大丈夫です。作中で丁寧に説明してくれますし、何よりもダンス・パフォーマンスを眺めているだけでも楽しいですから。王道のストーリーなので敷居は低いです。
『踊る!ワック・ガールズ』は「Amazonプライムビデオ」で独占配信中。全9話で1話あたり約30分。踊って(もしくは踊ったような気分で)、ストレスを発散しましょう。
『踊る!ワック・ガールズ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 親の無理解、体型批判、同性愛嫌悪など、女性差別的な社会抑圧がよく描かれます。生々しい交通事故描写があるので注意。 |
キッズ | ダンス好きな子にはオススメ。 |
『踊る!ワック・ガールズ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
インドのコルカタ。大学生の23歳のイシャニ・センは自分がかっこよく踊っている姿を妄想してベッドに横たわっていましたが、祖父スブロトに音楽を変えられて気分台無し。それに税金の滞納といい、悩みの種は尽きません。この広い家は今や負担にしかなっていませんでした。とりあえず安い食料品で命だけは維持するので精一杯。一緒に同居している唯一の家族である祖父は呑気です。
一方、アメリカの大学への進学を考えているロパ・メタは親の期待にうんざりしていました、そこに恋人の女性リーナが訪れます。彼女はアメリカ行きが決まっており、ロパはそんなガールフレンドと新天地で楽しく過ごすという未来もありました。両親は同性愛者の娘を快く思っておらず、気まずそうな表情を浮かべています。
しかし、ロパにはこのインドでやりたいことがありました。才能あるパフォーマーを導くブレーンとなるマネージャーに憧れているのです。なので今日はタレント発掘ショーを見に行きます。
同じ頃、イシャニは隣に住む友人のマニクのスクーターの後ろに乗って家を出ます。向かったのはタレント発掘ショーの会場。イシャニは意を決して席へつきます。
そして名前を呼ばれ、ステージに立つイシャニ。ぎこちなく「ワックダンスをします」と宣言。会場の誰もワックなんて言葉を知らないようです。イシャニは、1970年代のロサンゼルスのゲイクラブで生まれたもので、LGBTQコミュニティで広まった…と歴史を簡単に説明。
同じく聴衆席にいたロパも思わずスマホでワックについて検索します。「抑圧から生まれたダンス」だとイシャニは説明し終えると、機敏な動きで踊り出します。
大多数の聴衆も審査委員もあまり見ない踊りに困惑。しかし、ロパはそのダンスに輝く原石を感じました。終わって拍手していたのはロパだけ。イシャニはトイレに閉じこもり、落ち込みます。でもすぐにロパが追いかけてきます。
「すごい才能だよ」と興奮気味のロパは「連絡先を教えて」としつこいです。それどころではないイシャニは追い払い、職場のブティックに帰ってしまいます。
別の場所、マニクは同僚で好意を持っているテスを家に送ります。テスの家は貧しく、賭け事に夢中の母と口論の毎日でした。
その夜、カピーズというクラブにいつものように入っていったイシャニ。彼女はここで有名なダンサーでした。ノリノリで会場を沸かせます。次に踊るのは知り合いのLPで、こちらも上手いです。
またもや尾行してその場にいたロパは、マニクとイシャニの前に現れ、「ワックのグループを作りたい」と提案。イシャニは「この街にワッカーは私ひとりしかないし、無理だ」と消極的です。
ところが帰宅すると、祖父がおらず、祖父は道端でひとり演劇して大衆の注目を集めていました。認知症の悪化が進行しており、イシャニはすぐに新しい職を探しますが、見つかりません。
そこでイシャニは条件付きでロパの案を受け入れることに…。果たしてワッキングのダンスで有名になれるのか…。
誰の邪魔も許さない!
ここから『踊る!ワック・ガールズ』のネタバレありの感想本文です。
『踊る!ワック・ガールズ』は群像劇で、「ワック・ガールズ」を結成する若い女性たちはみんなそれぞれの事情を抱えています。
イシャニは、祖父以外の家族を交通事故で失い、孤独と家計の苦しさの両方に追い詰められています。そのうえ、祖父も認知症の悪化で介護が必要になり、ただの学生ひとりの身にしては背負いきれない重荷です。イシャニにとってワッキングは事故で自分だけが生き残ったときに、絶望のどん底から這い上がる希望の欠片となったものであり、重体の健康からリハビリして今に至っています。なのでイシャニが感じているワッキングは趣味という域を超えている、生命の動力源みたいなものです。マニクと異性同士の友情が誠実に描かれるのも好印象でした。
テスは、おそらく平均的な経済状況の家庭だったのでしょうが、元教師の母親が父の駆け落ちのショックのせいなのか、ギャンブル依存に陥り、他の兄弟姉妹も母を見放して家を離れてしまいました。テスはまだ母を見捨てられず、毎日賭け事しか考えられない母に辟易しています。
LPは、メンバーの中では一番に自立していますが、偽ブランドを作って売るというわりと危うい綱を渡る自営業をしているので、どことなくいつ転落してもおかしくない状況です。ダンスはもちろん服飾の才能もじゅうぶんにあるのですが、それを活かすチャンスがありません。
ミチケは、うるさい母親から痩せるようにと日々ボディ・シェイミングを受けている日常にあり、強気な性格で毎回反抗しているものの、ストレスは溜まる一方です。そのせいで過食に陥るのでしょうが、母の干渉は余計に増すという悪循環です。
アヌミタは、メンバーの中で最年少。寮生活ですが、親に言われて嫌々体操をやっているも、鬼コーチに従うだけでつまらない日々でした。中盤で停学処分を受け、ミチケの家に転がり込み、自分らしい生き方を模索していきます。
そしてロパ。父が不動産実業家という家柄ということで最も裕福で豪邸に住んでいます。こういうお金持ちメンバーというのはよく都合のいい資金提供役になりがちですが、本作のロパはそうはいきません。なぜなら親はロパの同性愛という性的指向を受け入れておらず、父に至っては転向療法までさりげなく仕向ける始末。ロパもマネージャーになりたいという夢を追いかけ続けており、それは恋人よりもときに大事で、恋愛ありきではないレズビアンの描写としても良かったです。
この6人がワッキングで結束していき、「誰の邪魔も許さない!」の掛け声と共に、自分を見下してきた世間を見返してやろうと奮起する。そりゃあ応援したくなるというものです。
私たちには私たちの文化がある
『踊る!ワック・ガールズ』はこれら個性豊かなメンバーの表象が良いというのが大きな魅力のひとつですが、話運びは王道そのもの。
経験値も実力も性格もバラバラな5人がどう団結してひとつのパフォーマンスを完成させるか、はたまたマネージャーとのコントロールをめぐる対立…。
それでも6人がひとつになれるのは、世間に対する共通の怒りがあるからで…。結婚前夜祭でまずダンサー5人がまとまり、ダンス対決で達成感を経て全員の連帯が深まり…。
それだけでなく、この連帯によって個々で抱えていた事情も解決の手助けを果たしていく。シスターフッドのお手本のような流れでした。イシャニの祖父の裁判での反撃も痛快です。
また、ダンス・パフォーマンスをじっくり見せてくれるのも嬉しいです。あのチェコのグループとのダンス対決は本当に見ごたえがあり、テンションが上がります。演じている俳優もプロのダンス経験があるメンツが揃ってますので、嘘偽りない本物のワッキングの凄さを披露してくれるんですよね。「ワッキングってマジでカッコいい!」というこれ以上ない説得力を観客に与えてくれます。
MV制作の過程も丁寧に描いており、地道に頑張っている感じがそのまま伝わってきます。
そして最終話の第9話が意外な展開でした。MV「チャップ・デ・ベナ」はバズりにバズりまくり、インド国内で大好評。テレビ出演や広告にもでて、「ワック・ガールズ」は一躍有名になれました。
ほぼ目的達成という感じなのですが、ここでボリウッドへの出演依頼が舞い込んできます。ところがいざ期待を胸に行ってみると、撮影現場で待ちぼうけにされ、有名男優のわがままに付き合わされる現場を眺め、シーンがカットされ、出番はなくなるという…。有害な職場環境という現実をこれでもかと体験することになります。
この終盤は”スーニー・ターラープルワーラー”監督によるインドのエンタメ業界批判が痛烈に刺さってきましたね。要するにインド国内外では「ボリウッドこそ最高峰」と散々持て囃すけど、その内側はかなり酷いし、エンタメの在り方は画一的な型どおりだ…という指摘。家父長的で保守的なのは各家庭や学校だけでない、映画産業も同じなのです。
それでも「ワック・ガールズ」にはクラブなどの居場所がある。インドのエンタメは巨大映画産業だけじゃないですよね?という片隅の文化に光をあてるストーリーでもありました。
一難去ってまた一難。イシャニの家はロパの父の策略で危険物件扱いになり、ロパの父の存在やマニクの追い出しの件がバレて、ロパとダンサー陣の結束が水の泡に。それでも最大手芸能プロダクションからイシャニに声がかかっても、イシャニはロパが必要だと断ります。一方のロパは父と交渉し、大学の面接を受けることを妥協し、イシャニの家を守ります。
あの6人が保守的な糞野郎に再び勝って見せる姿をまた描いてほしいものです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
作品ポスター・画像 (C)Amazon 踊るワックガールズ
以上、『踊る!ワック・ガールズ』の感想でした。
Waack Girls (2024) [Japanese Review] 『踊る!ワック・ガールズ』考察・評価レビュー
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