あらゆる期待を裏切った実業家エリザベス・ホームズを描く…「Disney+」ドラマシリーズ『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信(日本)
原案:エリザベス・メリウェザー
性描写 恋愛描写
ドロップアウト シリコンバレーを騙した女
どろっぷあうと しりこんばれーをだましたおんな
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』あらすじ
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』感想(ネタバレなし)
注射はもう要らなくなります!
皆さんは新型コロナウイルス(COVID‑19)のワクチンは打ったでしょうか。3回目のワクチン接種(ブースター接種)も行きわたり始めていますが、その接種率は2022年4月1日時点で約42%。打つのを様子見している人もいるようです。3度目の接種で抗体量は激増することは研究で証明済みですし、とくに3度目の接種をしたからといってデメリットらしいリスクが増加することもないので、打てる人は打っておけば得はないのですが…。今なら無料で接種できますしね(いつまで無料なのかは不透明)。
ワクチン接種の注射はそんなに痛くもないので注射自体は気楽にできます(注射を打つ人もこのコロナ禍ですっかり注射を打つのに手慣れたのではないかな)。一方で採血の注射は少し時間がかかりますし、何より見た目的にどっぷり血を抜かれていくのがわかるので、なんかちょっと不快感がある…という人もいると思います。普段から献血している人は慣れっこでしょうけど…。
でも健康状態を調べるのにどうしても採血が必要な場合はよくあります。人生において採血を避けるのは難しいです。
しかし、もしそんな採血が必要なくなるとしたらどうですか? 注射もいらない。たった1滴の血だけであらゆる病気の有無を含む健康状態の把握ができる…そんな技術が開発されたら…? どうでしょう、注射嫌いの人には夢のような話じゃないでしょうか。
朗報です。そんな待望のテクノロジーを実現させた人物が登場していました。その名は“エリザベス・ホームズ”。この若き女性実業家がCEOを務める医療ベンチャー企業「セラノス」が2003年に創業し、医療界に革命を起こしたのです。2014年には同社の時価総額は9000億円となり、その躍進っぷりから“エリザベス・ホームズ”は「第2のスティーブ・ジョブズ」だと盛んにもてはやされました。世界は新しい女性リーダーの登場に沸き立ち、成功を夢見る女の子のモデルケースだと讃えました。
はい、ネタバレ。嘘でした。そんな発明、全くのデタラメでした。この“エリザベス・ホームズ”、端的に言ってしまえばやっていることは詐欺そのものだったのです。1滴の血だけでOK? そんなわけない。完全に世間を騙していました。
「そんなアホな!」と世界が唖然とした茶番劇を見事にスタートアップさせてみせたこの“エリザベス・ホームズ”とは一体何者なのか。どうやってその騙しを成し遂げたのか。その全容に迫る伝記モノのドラマシリーズが2022年に公開されました。
それが本作『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』です。
本作は“レベッカ・ジャービス”というジャーナリストの制作したポッドキャストを原作としており、例の事件に至るまでの経緯と顛末が詳細に映像化されています。
ドラマ版の原案は、ドラマ『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』で高く評価され、『Single Parents』や『Bless This Mess』を手がけてきた“エリザベス・メリウェザー”。
エピソード監督には、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』『タミー・フェイの瞳』の“マイケル・ショウォルター”、『The Truth About Emanuel』の“フランチェスカ・グレゴリーニ”、ドラマ『スノーピアサー』の“エリカ・ワトソン”が抜擢されています。
俳優陣は、主人公であるエリザベス・ホームズを熱演するのは、『Mank マンク』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた“アマンダ・サイフリッド”。ドラマでここまで堂々と主役を務めたのは今回が初なのかな。『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』は“アマンダ・サイフリッド”のフィルモグラフィーの中ではベストアクトのひとつです。
共演は、ドラマ『LOST』『インスティンクト -異常犯罪捜査-』の“ナヴィーン・アンドリュース”、『君が生きた証』の“ウィリアム・H・メイシー”、『奇蹟がくれた数式』の“スティーヴン・フライ”、『キリング・フィールド』の“サム・ウォーターストン”、ドラマ『13の理由』の“ディラン・ミネット”、『フリー・ガイ』の“ウトカルシュ・アンベードカル”、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の“ジェームズ・ヒロユキ・リャオ”など。
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』は本国では「Hulu」で配信でしたが、日本では「Disney+(ディズニープラス)」で独占配信となりました。全8話(1話あたり約45~55分)です。
シリコンバレーで巻き起こるテック業界の起業モノ、人生の成功と転落を描くドラマ、歪な夫婦・カップルのストーリー…こういうジャンルが好きなら鑑賞してみるといいと思います。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは要注目 |
友人 | :起業ドラマが好き同士で |
恋人 | :一緒にビジネスはしたくなくなる |
キッズ | :やや性描写あり |
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):これは画期的な前進です
2017年7月11日。とある宣誓証言が行われます。対象はアメリカで最年少の女性ビリオネアとして話題をさらったエリザベス・ホームズ。500名の従業員を雇用し、企業価値は90億ドル。200種類の血液検査を提供し、注射器を使わない。1滴の血液で70種類の検査が可能…そんな画期的なバイオテクノロジー企業「セラノス(Theranos)」を起業したエリザベスでしたが、今の顔は険しいです。
「これらの主張は真実ですか?」…そう問い詰められ、自信など吹き飛んだ狼狽した表情で佇むエリザベスに何があったのか。
始まりは1995年のヒューストン。エリザベスはビリでも必死に運動場を走る女の子でした。2001年12月、エリザベスは弟を隣に乗せて運転して家に帰ると、なぜ日中なのに父のクリスが家にいました。父が副社長を務める会社が倒産で失職したらしいです。未来が見えなくなり、家族は不安に包まれます。
やむを得ず、ホームズ家は母の友人の夫リチャード・フースの家に行き、経済的支援を頼むことにしました。リチャードは特許で儲けており、そのやり口をエリザベスは気に入っていません。エリザベスはスタンフォード大学に行くことになっており、そこで医療生体工学を学び、卒業したら起業するつもりでした。
2002年、エリザベスは研修で北京に行きます。しかし、他の同年代は真面目に外国語を学ぶ気はないようです。そんなとき、サニー・バルワニという年上の男に北京語で話しかけられます。彼はヒンドゥー教でパキスタンを離れてカリフォルニアへ来たそうで、中国語を真剣に学びたい者同士、意気投合します。「ジョブズみたいな億万長者になる」とエリザベスは意気込みます。
大学に通い始めるも人間関係は退屈。まだ1年生でしたが研究室に潜り込み、そこで実力を示して研究に関わらせてもらうチャンスを得ます。そんな中、自身の発明アイディアを持つエリザベスは教授のフィリス・ガードナーに血液に投与するウェアラブルデバイスの構想を持ちかけますが、「実現は不可能だ。ステップを省かないで。科学は試行なのよ」「19歳でしょ、それでじゅうぶん」と諭され、相手にしてもらえませんでした。
ある日、キャンパスでのレイプ被害を訴えるも大学側は信用できないと一蹴され、エリザベスは退学することを決意。新しい研究アイディアがあるのです。「私の学費を会社に投資して」と両親に懇願し、エリザベスは独自に道を切り開き始めます。
2006年、エドモンド・クー、ラケシュ・デュワン、イアン・ギボンズといった開発メンバーを集めて試作機の実現を急ぐエリザベス。
全ては自分の夢のために…。
アメリカ社会は病的なのかもしれない
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』はエリザベス・ホームズというひとりのカリスマ性が築き上げられ、そして崩落していく姿を描く実話モノ。「Facebook」のマーク・ザッカーバーグを描く『ソーシャル・ネットワーク』や、「WeWork」の起業を描く『WeCrashed ~スタートアップ狂騒曲~』など、この手のスタートアップ界隈を題材にした作品は増加傾向にありますし、今後も増えるでしょうが、今作『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』は異色です。
誰しもが思う「なぜこんな無茶苦茶な詐欺が成立してしまったのか」という疑問。一応、大手企業から投資だって受けている。普通であればそういう信頼と実力を兼ね備えないとこのスタートアップ界隈では競争に生き残れないのではなかったのか…。本作は新しいアメリカン・ドリームを象徴していたスタートアップ界隈の意外な脆弱性を明らかにしていきます。
まずエリザベス・ホームズ本人はさておき、アメリカ社会全体の弱点が浮き彫りになるのが印象的だったなと思います。その弱点を上手い具合に突くことでこの「セラノス」の成功のハリボテは成り立っている…。
ひとつは「注射嫌悪」です。これは現在も猛威を振るっている「反ワクチン」の根源でもあります。要するに自分の身体に他人の手で針を刺されて血を抜かれるのが根本的に嫌だという心理的嫌悪感を示す人はアメリカに一定数いるわけです。しかも、そこには宗教的な譲れない信仰もあり、保守的なアメリカ庶民では珍しいことではない。その保守的なニーズに対して見事にジャストフィットしたのがこのエリザベスのアイディアだったんですね。注射はもう要りませんよ…という救世主です。
そしてもうひとつは「福祉への鈍感さ」。アメリカは政治主導で福祉が整備されておらず、大衆の間に福祉の価値や意義というものがイマイチ浸透していません。作中でも「wellness」の意味を、それも高学歴の人間が理解していなかったりする。「オバマケア」とか盛んに言われていても、それがどういう利益になるのか、そもそも把握していない。そんな状況ですからエリザベスの提案する「ウェルネスセンター」をどう評価すればいいのかわからないのも当然。「なんだかよくわからんけどすごそう」という漠然とした新規性への期待ばかりが勝手に膨らんでいくのでした。
こうやって整理すると、エリザベスのあのビジネス詐欺は、アメリカという病的ともいえる特異な環境だから達成できたという感じもします。変な国ですよ、アメリカは…。
「私は失敗したけど犯罪じゃない」
『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』の序盤で描かれるエリザベスはとても真面目です。熱心に外国語を学び、純粋にテクノロジーに憧れ、科学に忠実であろうとする。どこにでもいる初心な科学者の卵の姿。最初は医療における誤診を無くし、データでその欠点を塗り替える…そういう真っ当なビジョンを持っていました。
しかし、そのエリザベスがドットコム・バブルのノリがまだ残るシリコンバレーのスタートアップ界隈にもみくちゃにされていく中で、しだいに当初のビジョンを放り出し、完全に表面上だけの野心に燃えていくようになる。その変貌っぷりが丁寧に描かれていました。
ドン・ルーカスの紹介でラリー・エリソンに船で会うシーンからネジが外れていきます。あの「GTFM(カネを掴むんだ)」と叫びまくる空気は、大学のフラタニティみたいな狂乱のノリであり、エリザベスは大学を中退しましたけど、結局はそういうものに染まってしまっていくんですね。
そして資金を手に入れることが全てになり、身なりも全然気にしていなかったはずのエリザベスが自分をアピールの道具として最大限に利用し始める。もうテクノロジーを売りにするのではなく、革新的なリーダーであるという自分を売り込むことだけに熱中し、そこでは女性差別の突破という理想的なストーリーさえも我が物として利用する。非常に狡猾で、独善的で、短絡的な人物へと変身。どんなに純真な人間でもここまで落ちぶれてしまうのだということがよくわかります。
書籍「LEAN IN」で話題となって同時に批判もされたフェイスブックのCOOである“シェリル・サンドバーグ”とも重なりますね。
『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』にも通じる、暴走するビジョナリーの底なしの怖さが身に染みて実感できる典型的な事例です。
それにしても社外取締役にジョージ・シュルツまで関与しているのが凄いですね。ロナルド・レーガン大統領時代に国務長官だった人ですよ。あの幾千もの国家間の修羅場を潜り抜けてきた大物さえも、この若い女性の事業にコロっと乗せられている。アメリカの滑稽さがここにもでています。
そんなエリザベスに異を唱える人はでてくるのですが、エドモンドやラケシュは辞職し、イアンは自殺に追い込まれ、リチャードは訴えられ、ジョン・キャリールーはルパート・マードックに潰されそうになり、予想以上に強敵です。そのエリザベスへのトドメとなる「CMS(Centers for Medicare & Medicaid Services)」の調査を起こすきっかけとなったのが、エリザベスに憧れて入社した若き女性研究員だったエリカ・チャンだった…というのも皮肉な話。お役所仕事で詐欺に終止符が打たれるというオチもなんだかアメリカらしい虚しさですけど。第3者の監査の大切さですよ。
「私は失敗したけど犯罪じゃない」と言い切るエリザベス。倫理観と公正さを一度見失ってしまうと人生の再スタートアップは試作機を作るよりも大変です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 74%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 Disney
以上、『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』の感想でした。
The Dropout (2022) [Japanese Review] 『ドロップアウト シリコンバレーを騙した女』考察・評価レビュー