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『友情にSOS(Emergency)』感想(ネタバレ)…緊急事態になるほど人種差別の構造がよくわかる

友情にSOS

緊急事態になるほど人種差別の構造がよくわかる…映画『友情にSOS』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Emergency
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にAmazonで配信
監督:キャリー・ウィリアムズ
人種差別描写

友情にSOS

ゆうじょうにえすおーえす
友情にSOS

『友情にSOS』あらすじ

大学生で同じ家でルームメイトとして過ごしている3人の男たち。パーティをハシゴする全制覇ツアーを目論み、あわよくば元カノと寄りを戻せるかもと張り切る奴。生真面目で研究に熱心に取り組みながら、どこかその真面目さが危なっかしい奴。快楽に身を委ねて家でゲームばかりをしているぐうたらな奴。そんな3人は予期せぬ事態に直面する。この緊急事態にどう対処するかで揉める3人だったが、状況は悪くなるばかり…。

『友情にSOS』感想(ネタバレなし)

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あなたに差別構造は見えているか?

差別という問題を議論するとき、「被害者」「加害者」という言葉を避けたがる人がいます。「そうやって極端に分けるのは二項対立で、分断を煽るだけだ」と言って、対立ありきではない建設的な向き合い方で将来を考えようとする…。それはそれで確かに間違ってはいないような気もしてきます。

しかし、この世に「被害者」と「加害者」が存在することは紛れもない事実であり、それを見てみぬふりをすることで、健全な将来は築けるのか…。「被害者」と「加害者」を可視化しないことにはスタートラインにすらも立てないのではないか…。そうも思います。

ところが厄介なことに「被害者」と「加害者」を可視化するといっても、人によって何が見えているか、その光景は全然違います。私たちは同じ場所に居ても同じ光景を見ているわけではないのです。ある人には加害性がハッキリ見えている、ある人には被害性がずっと実感してきている、また別の人はそれを加害性があるものだと考えたこともない、はたまた別の人は自分が被害を受けていると自覚できない…。そういうチグハグな個人の感覚の違いがこの差別の議論をより一層難しくさせます。

そういう違いを説明するのは大変です。それだけで疲れてきたりします。言葉や文章で伝えるって労力がほんとキツイ…。

今回紹介する映画は、そんな差別意識に対する個人の感覚や経験の違いというものを、周到に練られた脚本で浮き彫りにさせる良質な作品。それが本作『友情にSOS』です。

邦題はなんだか間の抜けた感じになっていますけど、原題は「Emergency」。「緊急」という意味ですね。

物語は3人の男子大学生が主人公です。このうち2人はアフリカ系、1人はラテン系です。3人ともどちらかと言えばイケてない感じのグループなのですが、パーティをハシゴして伝説を作っちゃおうぜ!と意気込んでいます。いわゆるアメリカの大学に特有の各フラタニティが開催しているパーティです。参加することでイケてるやつとしてのステータスになるような、あれ。そのパーティに一夜で連続して参加しまくれば、自分たちも一目置かれるに違いない。そういう魂胆です。

しかし、この3人は思わぬ事態に直面。それこそ緊急です。この状況にどうすればいいのかと3人でオロオロしながら、なんとか考えた行動が、しだいにどんどんと悪い方向に転がっていく…。

『友情にSOS』は最初はコメディのように思えるテイストで始まるのですが、物語はいつのまにかサスペンス・スリラーのジャンルへと移行し、最終的にはこれ以上ないほどにハッキリと差別の構造を観客に突きつけます。ひとつの物語でこれほど多くの側面の差別構造をきっちり非説明的ながらもわかりやすく見せていくという点で、よく考えられたプロットだなと感心してしまいます。

その優れたシナリオのおかげで『友情にSOS』はサンダンス映画祭で高評価を受けました。

この『友情にSOS』を監督したのは“キャリー・ウィリアムズ”という人で、自身が2018年に手がけた短編を長編映画化したものです。この“キャリー・ウィリアムズ”監督は2021年にシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を現代風にアレンジした『R#J』で長編映画監督デビューしているそうですけど、私はその作品を観ていないので初めまして状態です。

脚本は、ドラマ『マザーランド:フォート・セーラム』やドラマ『サルベーション 地球の終焉』を手がけた“K・D・ダビラ”。これほどの才能を見せたのですから、“キャリー・ウィリアムズ”と共に今後もキャリアが楽しみです。

出演陣は、主人公の3人を演じるのが、『パワーレンジャー』や『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール 報復の荒野』で活躍した“RJ・サイラー”、そしてドラマ『地下鉄道 自由への旅路』の“ドナルド・ワトキンス”、さらにドラマ『POSE ポーズ』の“セバスティアン・チャコン”

他には、『Work It 〜輝けわたし!〜』『クラウズ〜雲の彼方へ〜』などに出演し、マルチに活躍するインフルエンサーでもある“サブリナ・カーペンター”も出演。今回はかなり嫌われ役であり、あえてこういう役でもやってみせるあたりに真面目さを感じます。

そして、“マディー・ニコルズ”、“マディソン・トンプソン”、“ディエゴ・アブラハム”などの若手も他に多数。逆に年配の人はメインでは全然出てこない映画です。

『友情にSOS』は劇場公開されず、Amazonプライムビデオでひっそり独占配信中。あまり目立たない映画かもしれませんが、何度も言いますけど差別構造を物語としてみせるという意味ではよくできた一作なのでぜひ。

ちなみに字幕と吹き替えで見れますが、差別用語のニュアンスなどが重要になってくるシーンもあるので、できれば字幕がオススメです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:差別問題を考える人なら
友人 3.5:サスペンスとして良質
恋人 3.5:ロマンス要素はほぼ無い
キッズ 3.5:やや下ネタあり
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『友情にSOS』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『友情にSOS』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):パーティどころではない

とある大学。ショーンクンレはキャンパスを無駄話しながら歩いていました。あと2ヶ月で卒業であり、思い出を作るなら今しかありません。ショーンは内気なクンレに「ビアンカに告っちゃえよ」と卑猥な単語を連発しつつ急かします。

いつもの講義に出席。白人女性の講師が前に立ち、今日のテーマはヘイトスピーチだと語り、授業前にトリガー警告があったことをあらためて強調します。そして「nigger」とプロジェクターでデカデカと表示し、「なぜこの言葉はパワーを持っているのか」と学生に問いかけます。

それを後ろの席で聞いていた黒人同士のショーンとクンレは心穏やかではありません。ショーンはとくに許せないようで「これはいいのか」とクンレに文句を垂れ、クンレは「講義の内容だし、事前に警告もあったし…」とやはり控えめな意見。「知るか、こんなのアウトだろ、何度も繰り返しているぞ」となおもショーンは息巻きますが、そのとき講師に意見を求められ…。

結局何も言わずに授業を終えた2人。クンレは「あれは差別じゃないかも。森でひとりニガーと呟くもので」と擁護っぽいことを口にし、ショーンは「白人に魂を売るな。そうやって抜け穴を探すもんだ」とクンレを正します。

外でも例の講義についてぶつくさ言いながら歩いていると、学生理事会員の学生でもあるビアンカがやってきて「あの講義はマズかった。問題提起する?」と気を利かせますが、クンレは「考えてみるよ」と言葉を捻りだすのに精いっぱい。「今夜の予定は?」と聞いてみるとパーティに参加予定でした。

実はクンレとショーンは各パーティをはしごする「全制覇ツアー」を狙っていました。黒人学友会にはいろいろな「黒人初」を記録しており、自分たちも初になって歴史になる…それが目的です。実はショーンは元カノのエイサと復縁できるかもと期待していましたが、エイサには「クンレをバカな遊びに巻き込まないで、黒人の期待の星なんだから」と言われる始末。

クンレはラボで熱心に細菌の研究に勤しんでいます。ショーンはそんなクンレを引っ張り、全制覇ツアーの綿密な計画をホワイトボードに書いたものを見せます。最初はブラックアウト。次にグリーンルーム。そしてゼータ・エータ・テータ、オミクロン・ファイ・カッパ、トリファイと続き、イクイノックスに行く。このパーティにエイサもいます。最後はアンダーグラウンドです。

そこでふと気になるクンレ。もうひとりのルームメイトであるカルロスのパスは用意していません。ショーンはアイツはいいだろうと今回は仲間に入れない気のようです。

2人はラボをでます。サンプルの細菌の冷蔵庫に鍵をかけ忘れたまま…。

さっそくパーティだと意気込む2人。しかし、クンレは冷蔵庫の鍵を閉めなかったことを思いだしてパニック。細菌が死んでしまって卒業研究が台無しになります。車で戻ろうとしますが、自分たちの家のドアが開きっぱなしなのが見え、まずはその家に足を向かわせます。

そしてクンレとショーンはあるものを見つけます。家の床にひとりの若い白人女性が倒れている…。

脈を診ると生きているみたいですが意識なし。カルロスは呑気に部屋でゲームをしていて気づかなかったようです。

警察を呼ぶか、どうするべきか…。

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あの場を去ったお前を責められない

『友情にSOS』は大学のキャンパスを舞台に差別構造が明かされていくフィクションの物語です。とくにメインになっているのは「黒人差別」。同様の作品だと『マスター 見えない敵』などが最近はありました。

今作では焦点があたる中心にいる黒人は2人。クンレとショーンです。2人とも言ってしまえばこのキャンパスの学生たちの中では下層にいるようなイケてない存在。しかし、この2人には決定的な違いがあります。

その違いは冒頭の白人教師によるヘイトスピーチ授業の反応でもわかるとおり。クンレは裕福な家庭で育ったようで、差別に対する自覚性は薄いです。事を荒立てないようにすることを優先します。一方のショーンは育った環境ゆえか、差別と密接に生きてきたので、差別に自覚的です。もともとの性格も加わってちょっと小うるさく感じるほどです。

この対称的な2人は平凡な大学生活が描かれる序盤はむしろコミカルにすら見えますが、白人の女の子(エマ)の発見で事態は急変。

普通であれば警察や救急車を呼べばいい話。でも自分たちは黒人。黒人にとって警察は必ずしも味方ではない。その警戒心から頑なに警察を拒否するショーン。一方のクンレは医者家系の育ちということもあり、救援を第一に考えようとします。

この前半だけを見ていると「クンレの方が正しいじゃないか」と観客に思わせるもので、ショーンがあまりにもわからずやで足を引っ張っているようにさえ感じます。

しかし、映画の終盤に辿り着いてみればどうですか。他の人たちと違い、自分だけが警察に地面にねじ伏せられるクンレが体験したこと。これこそ紛れもなく差別の可視化(典型的なレイシャル・プロファイリング)。そこには明確な線引きがある。自分がどんなに大人しかろうと、誠実であろうと、正しいことをしていようと、世間は自分を「黒人」としか見なさない。皮肉なことにここであのヘイトスピーチ講義の意味がよくわかるわけです。あれはただの単語じゃなくて、差別なんだ…と。

「あんな絶望を味わいたくない。お前は正しかったよ」「あの場を去ったお前を責められない」と恐怖を泣きながらショーンの前で語るクンレ。この強烈なパンチで観客にも有無を言わせず突きつける現実。

最後はエマも無事に助かってめでたしめでたしな雰囲気もありますが、サイレンの音が恐怖として体に染みついている。クンレのあの表情での閉幕。切れ味鋭い映画でした。

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差別は折り重なって悪化していく

『友情にSOS』は黒人差別がメインではありますが、それだけを描いているわけではありません。

もうひとりの仲間であるカルロスの物語面も良くて、私としてはこのカルロスがとくに好きだったかなと思います。

最初は本当にだらしない奴で、置いていかれるのも無理はないかなと思ってしまうほどなんですが、パスが用意されていなかったと知ったカルロスのあの全てを察した態度とかね…。彼も彼でラテン系としての有色人種の差別を受けているだろうけど、それを可視化する術すらも持っていなく、ルームメイトもあまりわかっていない。

そのカルロスのいとこだと判明するラファエルですが、そこで隣にいたアリスが「え? 白人じゃなかったの?」という顔を素でやってしまうあたりのズキっと刺さるエグさもあって…。あそこはパッシングの残酷さが露骨に出ますね。

また、そもそもこの意識混濁した未成年の女子をどうするかここまで揉める背景には、女性差別、とりわけキャンパス内での性暴力の問題があるというのも忘れてはいけません(ドキュメンタリー『ハンティング・グラウンド』を参照)。姉のマディも白人特権を見せる側にはいましたけど、妹のことは本気で心配していたでしょう。

幸いなことに第1発見者であるあの3人は全く悪意のない人間でエマに加害を直接的にするような奴らではなく、そこは良かったことなのですが、でもどう対応しようかという点で態度は割れます。クンレがあんなにパーティ会場での放置案に反対するのも当然あの子の身を案じるからであり、どこであれ真夜中に未成年女性が泥酔状態でうろつくのは危険です。そんな世の中が間違っていますが、現実はそうなってしまっている。

そういう女性差別の歪のフォローアップとしての結果と責任を背負いこんでしまうのが、別の差別を受けている者(今作ではクンレ)という構図も、いかにも交差性のある差別構造を象徴していたのではないでしょうか。トイレなどの女性空間から排除されるトランスジェンダー女性の問題とかとも通じますよね。背景にある深刻な差別問題に対して本来は批判を浴びる必要がないマイノリティ構造下にいる別の存在が苦しい非難の目に遭ってしまうという点。

『友情にSOS』を鑑賞した後は、自分の見方というものを意識したくなります。自分に見えていないものがきっとあるはずですから。

『友情にSOS』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 91%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Amazon

以上、『友情にSOS』の感想でした。

Emergency (2022) [Japanese Review] 『友情にSOS』考察・評価レビュー