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『PIGGY ピギー』感想(ネタバレ)…豚の復讐はお前のためじゃない

PIGGY ピギー

豚の復讐はお前のためじゃない…映画『PIGGY ピギー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Piggy
製作国:スペイン(2022年)
日本公開日:2023年9月22日
監督:カルロタ・ペレダ
セクハラ描写 イジメ描写 ゴア描写 性描写

PIGGY ピギー

ぴぎー
PIGGY ピギー

『PIGGY ピギー』あらすじ

スペインの田舎町で暮らす10代の少女サラは、その体型ゆえにクラスメイトから執拗なイジメを受けていた。ある日、あまりの暑さに耐えきれず1人で地元のプールへ出かけた彼女は、そこで明らかに怪しげな男と、いつもの意地悪なイジメっ子たちに遭遇する。最悪の経験をしてボロボロになりながらの帰り道、サラは血まみれになったイジメっ子たちが男の車で拉致されるところを目撃してしまい…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『PIGGY ピギー』の感想です。

『PIGGY ピギー』感想(ネタバレなし)

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スペインのブタ映画は強烈!

スペインと言えば縁深い関係があり、その象徴が「イベリコ豚」です。

イベリコ豚というのはスペインがあるイベリア半島で放牧された豚を原点とするもので、一般的な養豚と区別され、その始まりは新石器時代にまで遡ることができると言われています。現在、スペイン政府の認証を得ることができた豚のみイベリコ豚を称することができ、その存在は大切に守られています。

スペインは2021年にはEU最大の豚肉生産国になっており、日本でもたくさんの豚肉がスペインから輸入されています。もちろんスペイン人も豚肉は大好きな人が多く、消費量もたくさん。スペインの豚が全てイベリコ豚ではないのですが、とにかく豚は食べられまくっているのは間違いありません。

そんな文化的に豚と深い関係にあるスペインで、こんな映画が作られるのはなんともそれだけでシュールな話です。

それが本作『PIGGY ピギー』

タイトルの「piggy」とは、豚を意味するくだけた表現ですが、別にこの映画は豚そのものを題材にしているわけではありません。『GUNDA グンダ』みたいな豚のドキュメンタリーでもないですし、『ベイブ』みたいな豚が主人公の物語でもないです。

『PIGGY ピギー』は「piggy(豚)」と誹謗中傷されるひとりの10代の女性を主人公にしています。なぜそんな酷い言葉をぶつけられるのかと言えば、ただ単にその主人公が「太った体型」をしている(そして肉屋の家の生まれである)という、それだけの理由です。

体型が大柄であれば「ブタ」と罵られるというのは世界共通なのか…(まあ、ブタも世界中にいるからなぁ…)。本作もそんな陰惨なイジメが生々しく描かれるので、経験ある人にはちょっと見るのが辛い映画かもしれません。

もちろんイジメられているだけで終わりではなく、ここからがこの映画の面白いところ。

同年代の子たちからそうやって嘲笑され続けている主人公は、ある日、その普段からイジメてくる子たちがとんでもない事件の被害に遭ったことを知ります。そしてその唯一の目撃者となった主人公はどう行動にでるか…。そんな異色のクライム・サスペンススラッシャー・スリラーとなっています。

特異な主人公といくつかのジャンルを組み合わせて、新しいタッチの映画を生み出すという、品種改良型の作品といった感じです。

私なりの言葉で評するなら、『悪魔のいけにえ』に“クレール・ドゥニ”監督の作家性を混ぜ込んでミンチにしてソーセージにしたような、そんな完成度かな…。このソーセージ、これまで食べたことがない味がするのも納得ですよ。

『PIGGY ピギー』を監督するのは、ドラマシリーズで活躍してきたスペイン人の”カルロタ・ペレダ”。本作が長編映画監督デビュー作ですが、短編『Cerdita』を長編映画化したものです。

この映画は10代の女の子の「青春」というものに対する恐怖と渇望がスラッシャーの形で巧みに表現されているのが素晴らしいなと思うのですが、このスラッシャーのジャンルはとくにまだまだ男性中心的な業界構造になっている中で、”カルロタ・ペレダ”監督の切り開いた道はかなり大きいのではないでしょうか。

近年は『TITANE チタン』“ジュリア・デュクルノー”『キャンディマン』“ニア・ダコスタ”『フレッシュ』“ミミ・ケイヴ”『バービー』“グレタ・ガーウィグ”など、マニアックなジャンルで見事に才能を発揮している女性監督が続々と現れていて、本当に嬉しい光景です。

『PIGGY ピギー』はゴヤ賞で最優秀脚色賞などにノミネートされ、新人女優賞を受賞しました。

その受賞に輝いた新人にして本作の主役である“ラウラ・ガラン”。2018年の『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』で長編映画デビューしているのですが、それ以前は演劇でキャリアを積んでおり、すでに実力じゅうぶん。今作では繊細な感情表現の塩梅がとても味わい深く、魅力的でした。

共演には『抱擁のかけら』『私が生きる肌』“カルメン・マチ”が参加し、ベテラン勢らしい貫禄のある演技で圧倒してくれます。血塗れで盛沢山な映画ですが、“カルメン・マチ”演じる母親が映像に登場すると目が離せません。

ゴア含む残酷な描写も多いので、なかなか幅広くオススメしづらいところはある『PIGGY ピギー』なのですが、でも斬新でステレオタイプを覆す威力がある映画なのも事実なので、ぜひ普段はこういうジャンルを観ない人にも観てほしい一作です。

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『PIGGY ピギー』を観る前のQ&A

✔『PIGGY ピギー』の見どころ
★主人公のジレンマに釘付けになる。
★青春への恐怖と渇望を混ぜ込んだ物語。
✔『PIGGY ピギー』の欠点
☆犯罪およびゴア描写があるので注意。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:隠れた良作
友人 4.0:関心ある者同士で
恋人 3.0:デート気分ではない
キッズ 2.0:残酷描写が多め
↓ここからネタバレが含まれます↓

『PIGGY ピギー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):私をブタと呼んだあの子たちが…

サラはヘッドホンで音楽を聴きながら、父親の経営する肉屋で店番をしていました。外には同じ10代の子たちが楽しそうに戯れているのを、少し羨ましそうに見つめます。

そのうちのひとりのクラウディアが肉を買うために店に入ってきます。実はサラとクラウディアは昔は仲良かったのですが、今は疎遠です。

悪意の笑みを浮かべたマカも同行し、こっそりとサラの写真をスマホで撮影。外ではマカがその写真を友人にみせて、意地悪く爆笑している様子で…。

サラがスマホでSNSを確認すると、その自分と両親が並んで映っている写真がアップされており、あろうことか「三匹の豚」とタグまでつけられていました。サラは無言で悔しさを噛みしめますが、うっかり“いいね”してしまい、さらにフラストレーションを溜め込みます。そんな姉をよそに弟は肉を保管しているところで呑気に寝そべっています。

家での食事。口うるさい母はサラの髪を注意。「お腹空いてないの?」と言われますが、無言のサラ。母はそんな態度にますます厳しくなるばかり。

どうしても水浴びしたいのでサラはもう人がいない時間帯を見計らってプールに出かけます。トイレに入ってこっそりと水着に着替え、プールへ近づきますが、中にがひとりいて驚きます。見知らぬ男ですが何もしてはきませんでした。

そこへロシとマカとクラウディアの3人がすぐ近くの橋に現れ、サラを発見し、マカとロシは「ピギー」だと揶揄って嘲笑います。必死に耐えるサラ。水中に飛び込み、声が聴こえないようにしますが、ずっとは潜れません。

それだけでは飽き足らずマカとロシは網を使ってサラを押し付け、サラは溺れかけます。クラウディアは横で何もできずに立っているだけ。

しかも、マカとロシはサラの服も含めた荷物を持ち去ってしまいました。スマホもその中です。サラはクラウディアの名を叫びますが、助けてはくれません。

サラは他にどうしようもなくその水着姿でとぼとぼと歩いていると、地元の不良少年たちが「ピギー」とバカにして追いかけてきます。辛くてその場でむせび泣くサラ。

小さな道を歩いていると、が1台停車しています。また何かをされるのではないかとゆっくり近づきますが、何もないようで通り過ぎます。

その後ろで血塗れになりながら這いつくばっているロシには気づかず…。そのロシは男に車に押し込められ、車は発進。後ろの窓から人の手が見えて、それがクラウディアだとわかります。怖くて失禁するサラ。

助けを呼んでおり、さっきプールで見た運転手の男がこちらを睨み、タオルを置いていきます。

急いで家に帰るサラ。シャワーを浴び、気持ちを落ち着かせます。あのクラウディアの必死の悲鳴が耳に残っている…。

隠していた食べ物を頬張って、これでいいと自分に言い聞かせるように全てを飲み込みます。

それが町を揺るがす大事件になっているとも知らずに…。

この『PIGGY ピギー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/02/05に更新されています。
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人生最大のジレンマ

ここから『PIGGY ピギー』のネタバレありの感想本文です。

『PIGGY ピギー』では主人公のサラは、自分をイジメていた子たちが男に誘拐されたことを目撃して把握します。この事件はこれだけでなく、地元では次々と人が失踪し、遺体で発見されており、これは連続殺人事件であることがわかります。

そしてサラは犯人の男の顔も見ました。犯人逮捕に繋がる最大の手がかりはサラが握っています。

ここでサラは人生最大のジレンマに直面します。自分はどの選択肢をとればいいのか…。

①親や警察に素直に犯人目撃情報を話す

これは最も無難で倫理的にも正しい選択肢です。一見するとリスクもありませんし、町にとっての功労者にもなれます。でもそれを話すということは必然的に自分が酷いイジメを受けていたということも打ち明けないといけません。それは事実であってもサラにとっては己の尊厳を傷つけられる、半強制的な告白になってしまいます。

作中では母や警官がしきりにサラに事情を問いただしますが、この「聞く」という行為がイジメ被害者にとって何よりも辛く心をえぐられるということ。イジメ自体も酷いですが、聞くことは追い打ちになってしまう…。そんな実態を突きつけるものでした。

②自ら行動せずに事件を黙殺する

親や警察に素直に犯人目撃情報を話さないとなると、これは事実上のあのイジメっ子たちを含む被害者を見殺しにすることになります。もしかしたら捜査の結果、無事に発見されるかもしれませんが、もし発見されるとクラウディアはサラが誘拐現場を目にしていたことを知っているので、自分が半ば犯罪を見逃したことが露呈してしまいます。

でももしあのイジメっ子たちが誘拐犯に殺されていたのだとしたら、これは自分の手を汚さずに復讐を果たせます。サラの中には「自業自得だ」という復讐心があるのも当然です。

③自らで犯人を捜し出す

サラは自分のスマホの情報から犯人を捜すという手段があるので、自分の手で犯人を見つけられるかもしれません。これで犯人を捕まえることができれば、自分が犯罪現場を目撃しても何もできなかったことも帳消しになるかもしれません。もちろん自分の恥ずかしいイジメ経験を打ち明けなくてもいいです。リスクはありますが、2番目に無難な手でしょう。

ところがこれもサラは躊躇します。ここからどんどん捻りを加えていくのがこの『PIGGY ピギー』の味の変化です。

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鮮血のシンデレラ・ストーリーの解体

『PIGGY ピギー』の主人公サラの心情をさらに複雑にするのが、犯人である男への想い。サラはイジメっ子たちを懲らしめた犯人男に共感し、あろうことか好意さえ持ってしまいます

もともと本作の出だしからして「シンデレラ・ストーリー」風になっています。サラはあの厳格な母に支配されており、家でも嫌な状況に押し込められています(髪の毛が口に入ってしまうという癖が妙なヒロインっぽさもある)。ただ、洗濯機のシーンとか、微妙なユーモアさありでこの家庭が描かれているのも印象的でしたけど。

そこで出会った犯人男。森で再会して、隠れるために2人で息を潜めるシーンは顔が接近してキスしそうなくらいの距離感になり、サラは明らかにドキドキして、帰ってからは自慰行為にふけります。このあたりはスラッシャー映画ではなくて完全に青春映画の空気です。

サラにとって、あの犯人男はいわばここから出してくれる王子様みたいに映ります。後半は親さえも倒してくれる…。こうなってくると次の選択肢が登場します。

④犯人と一緒に家をでる

この犯人男の新しい人生を歩みだす。それこそサラの理想なのか…。結局は、サラはその人生を歩みません。何よりもそれは男に支配されているという主側が変わっただけで、構造は前と同じ。マインドコントロールです。あの犯人男の真意はわかりませんが、サラのような被害者側にいる女性は、男性にとって支配しやすい対象として見なされやすいです(弱みにつけ込む男ってほんと多い…)。

終盤、あの犯人男を食い殺してみせたサラ。息絶える男を前に動揺して困惑していましたが、サラが幼い「シンデレラ・ストーリー」への憧れを捨てて、大人になった瞬間。これもまた青春らしいですけどね。

⑤新たな殺人鬼として復讐する

しかし、ここで終わらない本作。もうひとつの葛藤が立ちはだかります。

目の前には拘束されて身動きがとれないイジメの加害者と傍観者。自分の手元には猟銃。今度は自分が復讐者として、この絶好の機会に制裁を下すこともできる…。

従来、このスラッシャーのジャンルでは、醜い見た目をしている奴とか、女装など女らしさにそぐわない奴が、もっぱら殺人鬼として描かれてきました。『悪魔のいけにえ』なんかまさにそうです。

なのでサラが新しい殺人鬼になるというのは、いかにもジャンルらしいステレオタイプな展開です。

でもサラはその道も歩みません。拘束された2人の鎖だけをほどき、自分は去っていきます。

つまり、このサラはもう「可哀想なプラスサイズ当事者」というラベルも「イジメの被害者」というラベルも「怒りに燃える復讐者」というラベルも脱ぎ去り、新しい自分の進むべき道を爆走していったわけです。怖い気持ちもあるけど、ついにアクセルを全開に走り出しました。

このラストからしても、やっぱりこの『PIGGY ピギー』、最初から最後まで清々しいほどに青春映画でしたね。

どうしてもこういう見た目のキャラクターは極端な描写がされやすいです。明確に醜悪な存在か、中身が純粋な善の存在か…。けれども本作のサラは複雑な性質を保持し続けており、しかも主体性の確立を描き切っている。このデザインを貫けたことが『PIGGY ピギー』の圧巻の魅力だったと思います。

『PIGGY ピギー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 60%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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関連作品紹介

女性監督のスラッシャー・ホラー映画の感想記事です。

・『TITANE チタン』

・『キャンディマン』

・『フレッシュ』

作品ポスター・画像 (C)MORENA FILMS-BACKUP STUDIO-FRANCESA

以上、『PIGGY ピギー』の感想でした。

Piggy (2022) [Japanese Review] 『PIGGY ピギー』考察・評価レビュー