良質な作品を生み出すことに定評のある韓国映画界でもまだ下手なことがある…映画『ただ悪より救いたまえ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2020年)
日本公開日:2021年12月24日
監督:ホン・ウォンチャン
児童虐待描写 交通事故描写(車) LGBTQ差別描写
ただ悪より救いたまえ
ただあくよりすくいたまえ
『ただ悪より救いたまえ』あらすじ
『ただ悪より救いたまえ』感想(ネタバレなし)
コロナ禍を吹き飛ばしたノワールアクション
韓国映画界もコロナ禍で大打撃を受け、その本格的なパンデミックの始まりの年である2020年は低調でした。観客動員数も500万を超える大ヒット作は無し。せっかく『パラサイト 半地下の家族』のアカデミー作品賞受賞で世界的に韓国映画の注目がかつてないほどに高まっていたのに、この機運をこうも流してしまうなんて…。
そんな2020年の韓国における映画の興行収入ランキングでトップに立ったのは『KCIA 南山の部長たち』でした。ただこの映画は韓国での公開が2020年1月22日だったのでコロナ禍の影響をそれほど直撃して受けていません。
そう考えるとコロナ禍で最も頑張って観客を集めた作品は興行収入ランキングで2位となったこの映画でしょう。
それが本作『ただ悪より救いたまえ』です。
『ただ悪より救いたまえ』は韓国では2020年8月5日に公開。閑散とした映画館に先陣を切って突き進んだ話題作『新感染半島 ファイナル・ステージ』(7月15日公開)の後に続いたかたちです。そして『ただ悪より救いたまえ』は381万人以上の観客の心を鷲掴みにする大好評となりました。
やはり人気の俳優陣が揃っていたことも大きいのかな。
主人公を演じるのは、『新しき世界』では裏社会組織のボス、『国際市場で逢いましょう』では激動の時代を生きた人情溢れる父親、『ベテラン』では行動派の熱血刑事、『コクソン 哭声』では得体の知れない怪しい祈祷師、『アシュラ』ではぶっとびすぎている極悪市長、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』では苦渋の決断を迫られる工作員…とにかく幅広い役柄を演じられる“ファン・ジョンミン”。今作では複雑な葛藤を抱える暗殺者を熱演し、その深みある演技が堪能できます。
その“ファン・ジョンミン”と並ぶのが、『新しき世界』でも共演したことのある、こちらも韓国映画界で熟練の演技力に定評のある“イ・ジョンジェ”。『神と共に』シリーズでは閻魔大王を演じたり、『サバハ』ではカルトに挑んだりと、毎度強烈な印象がある俳優でしたが、2021年はやはり何と言ってもドラマ『イカゲーム』で世界的に話題の人になっちゃいましたから…。『ただ悪より救いたまえ』ではその後の『イカゲーム』フィーバーが訪れるとは知らず、こちらこちらで凄まじくイカレた役で登場して印象をかっさらっていきます。
“ファン・ジョンミン”と“イ・ジョンジェ”が対決するだけで最高じゃないですか…。
他の共演は、『狩りの時間』『スタートアップ!』などの“パク・ジョンミン”も活躍。まあ、この今回の“パク・ジョンミン”の役柄・演技に関してはいろいろ言いたいこともあるし、それについては後半の感想で書くけど…。
本作は日本やタイなど韓国以外の国も舞台になり、そういうわけで日本からは『ヤクザと家族 The Family』などの“豊原功補”が出演しています。
また、あんまり出番はないのですけど、『金子文子と朴烈』で主役の座を飾った“チェ・ヒソ”も出演。
『ただ悪より救いたまえ』の監督は“ホン・ウォンチャン”という人で、『チェイサー』『哀しき獣』『殺人の告白』などの脚本に携わり、2015年に監督デビュー作『オフィス 檻の中の群狼』を手がけています。『ただ悪より救いたまえ』の大ヒットで“ホン・ウォンチャン”監督のキャリアにも火がついたはず。
“ホン・ウォンチャン”監督はノワールが得意なのか、今回も濃密なノワールが充満する映画になっているのですが、『ただ悪より救いたまえ』は瞬間的に「あれ、ワイルドスピードなのかな?」というくらいのド派手アクションが炸裂してノワールが吹き飛ぶ勢いを見せるのが特徴。ここ最近の韓国映画はアクションがハリウッド的な爆発力へとステージアップしている気がする…。
それにしても日本では本作をクリスマスイヴに公開したんですよね。同日には『レイジング・ファイア』も公開していたし、なんかイヴにはそういう映画を上映する流れができてるの?
ノワールアクションが好きならとりあえずは面白いことは間違いないですし、昨今の韓国映画のアクションの切れ味に驚きながら、男と男のセクシーな衝突が拝める、贅沢なフルコースです。
『ただ悪より救いたまえ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ノワールアクション好きなら |
友人 | :俳優のファンとしても |
恋人 | :ジャンル好き同士で |
キッズ | :拷問など残酷な描写あり |
『ただ悪より救いたまえ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):追う男、その男をさらに追う男
「仕事が入った。大きい案件だ。最後にもう1件やる約束だろ」
「ターゲットは?」
「コレエダ・ダイスケ。関東組織の東京支部長だ。女を何人も殺している。悪党中の悪党だ」
日本の東京。裏社会を仕切るコレエダはとある建物にいました。しかし、部下を呼ぶものの返事はなく、みんな床で事切れていました。異常を察して焦ったコレエダはカーテンを閉め、銃を構えて、次に起こることに神経をとがらせます。その瞬間、背後から首を絞められ、コレエダは静かになり…。
息絶えたコレエダを前に、暗殺を終えたインナムはひと息つきます。
これで終わり。もう仕事をするつもりはありません。ブローカーから「まだ1件仕事をしないか」と持ちかけられますが、それを拒否。報酬の札束を口座に振り込みます。
居酒屋でひとり飲んでいると、壁に飾ってあったパナマの海の写真に目をとめます。パナマで残りの人生を過ごすのもいいのかもしれない…。
一方、タイのバンコクでは、ヨンジュという女性が幼い娘のユミンを学校に送っていました。ユミンは学校の帰り、知らない人に車に乗せられます。
パナマについて調べていたインナムに連絡があります。バンコクにいるヨンジュから連絡があったそうで、詳細は言わないそうですが会いたいようです。「俺は死んだと伝えてください」と断り、無視をすることにするインナム。
その頃、ヨンジュは困り果てていました。誘拐されたかもしれない娘の身を案じますが、警察は頼りなく、その警察署には子どもの行方不明の張り紙がたくさん貼ってあって…。もうひとりで行動するしかない…。
和室で休んでいたインナムにまた電話。ソ・ヨンジュが死亡したというもので、インナムの表情は衝撃で固まります。
8年前。インナムはヨンジュと交際していました。しかし、裏社会での仕事のせいもあって出国しないといけなくなり、もう戻らないかもしれないとヨンジュに告げたのでした。2人の縁はそこまで。それ以来は関係を絶っていました。危険な目に遭わせないためにも…。
仁川でインナムはヨンジュの遺体と対面。酷い損傷で、明らかに残忍な手口です。遺品は子どもの写真だけで、子どもの行方は不明だそうでした。子どもがいたなんて知らなかったインナムは困惑します。
またもや電話。今度はコレエダの葬式にレイが来たという知らせでした。その凶暴性で悪名高いレイは実はコレエダの弟であり、つまりこちらに復讐しに来る可能性が非常に高い…。「今すぐそこを離れろ」と警告を受けたインナムですが、身を隠している場合ではありません。残された娘を探さなくては…。
バンコクに飛び立ち、現地に詳しい者から組織的な児童誘拐があると聞きます。ハン・ジョンスという自称不動産業者がヨンジュに接近していたそうで、そいつを捕まえて指を切って拷問。すると「リンリンが殺したんだ」と娘の死亡を聞かされます。
しかし、そのリンリンに今度は尋問すると、誘拐した娘は生きていてチャオポに売ったと吐きます。チャオポは麻薬の元締めで子どもの売買を副業にしているそうです。
そんなバンコクの地に、憎き敵の痕跡を嗅ぎ分けるように行動するレイも到着。
インナムとレイ。恐るべき殺傷能力を持った手が付けられない男が2人もこの異国に出現してしまったら、現地はどうなってしまうのか…。
武器を持った韓国人が急に現れたんです…
『ただ悪より救いたまえ』の見どころは、“ファン・ジョンミン”演じるインナムと、“イ・ジョンジェ”演じるレイの怒涛の対決。これだけで映画8割のバンコクのパートが費やされていきます。
面白いのはこの2人、なんか別に因縁があるというわけでもない、詳細は語られませんが察するに2人とも裏業界では相当な有名人ながら互いに明確には顔を合わせずに対峙してこなかった存在なのでしょう。それがコレエダ殺害を契機に事情が変わってしまい、壮絶な復讐劇が開幕。「俺はお前を殺す。以上!」という、ほぼ言葉も無しなバトルが勃発するわけです。
インナムもレイも単独行動しており、組織的に追い詰められることもないので、普通だったらもっと穏便にどこか暗がりでひっそり殺りあって死んでいくはずです。
でもそうはならないのがこの映画。バンコクには迷惑すぎるくらいの大激戦が街中で平然と勃発します。「武器を持った韓国人が急に現れたんです…」と茫然と報告するバンコクの人たちが可哀想になってくる…。喧嘩ならよそでやってくださいよ状態です。
中盤のカーチェイス&銃撃戦は、なんであんだけ撃って致命傷になるほど当たってないんだとツッコミたいくらいの『ワイルド・スピード』シチュエーション。そこからSWATが駆け付けてからの、やたら撃ちまくりでも2人は止まらない。だからなんで(以下略)。
韓国国内だとこんなに銃火器はだせないですし、まさにバンコクの持ち味を生かしまくっていました。まあ、とは言え過剰に極端な描き方ですけどね。実際のタイは確かに銃の購入は簡単だそうですけど、アサルトライフルみたいな銃はさすがに一般人は買えないようですし、アメリカほど銃社会ではないでしょうし…。でもレイならどんな手段を使ってでもどんな銃でも強奪しそうではあるけどね…。下手したら軍に突入して戦車とかを奪ってきそうな勢いすらあったもん…。
終盤は、ダイナミック乗車(フロントガラス)からのダイナミック横転(ユミン、いくらケースに入っているとはいえ死ぬだろ)。そして、全てを見届けてインナムはレイごと自爆。
2人とも怖いくらいに強いですが、なんだかんだで同類の匂いがする。そしてそれは互いにわかっている。言葉を交わさずに絡み合える男たちのランデブー。ここが大切な人を失った男2人の終着地だったのかな。
バンコクの皆さん、ご迷惑をおかけしました…。
韓国映画もトランスジェンダー表象はイマイチ
上記のノワールアクションというジャンル面ではこってりとした味を私も楽しめた『ただ悪より救いたまえ』なのですが、やっぱりあそこは「うむむ…」と引っかかる部分でもあって…。
それは“パク・ジョンミン”演じる、バンコクに性別適合手術(翻訳では性転換手術になっているけどその訳は不適切です)を受けに5年前にやって来たというトランスジェンダー女性のユイというキャラクター。インナムを助けるサポートの役割を果たし、異様な男と男の争いに巻き込まれた庶民ポジションの目線を提供してもくれます。
このユイというキャラが、まあ、良くも悪くも、いや悪い面が際立つのですが、いかにもステレオタイプそのまんまな描かれ方なのが問題です。トランスジェンダーというか、いわゆる軽蔑的な意味での「おかま」キャラという昔からありがちな枠にハマっています。お茶らけた存在で、血生臭い殺伐とした世界観における、息抜きになるギャグキャラとして。もっと言えば、男と男の対立の中で、女々しい奴として浮いた存在にすらも思えてくる…。
たぶん作り手としては今作のヒロイン・ポジションはこの“パク・ジョンミン”演じるユイなのでしょう。
しかし、それが男優によってミスジェンダリングそのままで演じられることによる「高度な女装」という偏見の助長(『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』参照)、留置場で男たちと一緒に入れられてからかわれるトランスフォビアな描写がそのままギャグとして消費されるだけということ…そういう諸々な描写は看過できるものじゃないかな、と。
しかも、ユイは最終的にはユミンを任せられ、パナマで自由を手にしますが、これも母的な存在にならないと女として認められないというジェンダー構造の問題を強く感じさせるし…(これは『ミッドナイトスワン』と同じ)。
もうちょっとキャスティングを考えるべきですし、ステレオタイプな役から脱するキャラクター造形も作り込めたはず。アクションサスペンスだったら『ジョン・ウィック パラベラム』でノンバイナリーのキャラクターが当事者俳優が演じて登場していましたが、あれくらい普通の活躍でいいんじゃないですか。
良質な作品を生み出すと評価されがちな韓国映画界と言ってもやはりトランスジェンダー表象はまだまだ苦手なんだなということがよくわかった映画でもありました。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 77%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2020 CJ ENM CORPORATION, HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED
以上、『ただ悪より救いたまえ』の感想でした。
Deliver Us from Evil (2020) [Japanese Review] 『ただ悪より救いたまえ』考察・評価レビュー