バスクの民話を映画化…Netflix映画『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:スペイン(2017年)
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信
監督:パウル・ウルキホ・アリホ
エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女
えれめんたり かじやとあくまとしょうじょ
『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』あらすじ
ある町に人目につかない外れでひっそりと暮らす孤独な鍛冶屋がいた。その男は、自らの不幸を嘆き悲しむだけでなく、とんでもない秘密の存在を隠していた。そこへひとりの少女が迷い込んだとき、運命の歯車が動き出す。
『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』感想(ネタバレなし)
バスク・ファンタジー
日本語は世界的にみればとても身につけるのが難しい言語らしいです。そう言われても、自慢げに喜ぶような気分になれないのはなぜなのでしょうか。世界最難の言語をマスターしているからって、他の比較的簡易的とされる言語を学びやすいわけじゃないし…。そもそもそれって、英語圏の人の主観じゃないのかと思わなくもないですし…。
とりあえず日本語は難しいということにしておきましょう。本題はそっちじゃなく、その日本語と並んでもうひとつ難解だとされる言語があるのです。それが「バスク語」です。
「バスク」なんて聞いたことがないという人も大半だと思いますが、これは「バスク地方」という地域でしか使われていない言語です。バスク地方というのは、フランスとスペインの両国にまたがっている一帯のことで、歴史的に独立した文化を持ち、最近まで過激な暴力をともなった独立運動も盛んでした。この地方で話されるバスク語は孤立した言語と呼ばれるほど、周辺の国々の言語とは全く違うらしいです。まあ、語学に疎い私にはさっぱりなので、これ以上何も説明できないですが…。
そんなバスク地方は映画もあります。有名なのは過激化した独立運動の歴史を描く、民族独立とテロリズムをテーマにした社会派な作品。国際的な映画祭でも注目を集めた映画は多数存在します。また、それを題材にした『となりのテロリスト』なんていうコメディもありました。
しかし、独立運動だけがバスク映画の手札ではないようで…。今回紹介するのはNetflixで配信された、バスク地方に伝わる民話を映画化したという『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』です。
邦題がすごくそのままなのですが、そのとおり鍛冶屋と悪魔と少女が出てくる話です。メインキャラはその3人(2人と1匹?)。えっ、悪魔?と思うのでしょうが、本当に悪魔です。ジャンルとしては、ゴシック・ホラー・ファンタジーですね。個人的な見方としては、ギレルモ・デル・トロ監督の作風に近いところがある映画といってもいいのではないでしょうか。そういうのが好きな人はハマると思います。悪魔が元気そうに登場する映画は「良い映画」の証拠です(勝手にそう思っているだけ)。
ホラーと言いましたが、確かに怖い演出もあって、ショッキングなグロいシーンもあります。でも、それとは真逆のコミカルなシーンも挟まれます。「ん? これは笑っていいのか…?」という展開になったりして、顔がコロコロ変わる映画です。
そして、何よりもエンディングがインパクト大です。ネタバレしないようにちょこっと語るなら、「どうなっちゃうんだー!?」という観客の関心を最大に惹きつけてきます。こういうトーンで終わる話だとは予想もつかないオチです。そこまで難しい話ではないし、重苦しいトーンでもないので、気軽に視聴できるのではないでしょうか。
監督は“パウル・ウルキホ・アリホ”という人で、バスク地方出身で、まだ比較的若い人物。本作の前は短編を複数撮っているだけであり、本作は長編初監督っぽいですね。
Netflixオリジナル作品として配信中。オリジナル言語はバスク語なので、できたら難解とされるバスク語で鑑賞してみると雰囲気が一番でてくると思います。
『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』感想(ネタバレあり)
前半は得体のしれないホラー
ある町にやってきたオルティスという男。宿を探してザラの店にやってきた彼は、地元の人たちに、自分は州政府の者で、調査でこの町にいる鍛冶屋を探していると説明します。地元の人間はその男をパチと呼び、皆一様に凶暴でイカレた奴だからやめておけと言いますが、オルティスは譲りません。結局、オルティスは単独でその鍛冶場に向かいますが、そこは異様な棘が張り巡らされた背丈を超える柵で囲まれて施錠されていたため、入れませんでした。そこでオルティスは地元の男たちに助けを依頼します。そのうちの一人があの場所には黄金が隠されているという噂を語ります。しかし、戦時中に金目のものは全て消えたのでそんなモノは存在しないと、店主のサンティは否定。それでも結局、3人の男を連れて鍛冶場にやってきたオルティスですが、3人に探索を任せます。それぞれ武装して鍛冶場の入る3人。ところが扉ができた重武装の男に驚いた拍子に、一人が仕掛けられていたトラバサミに頭ごと倒れ、即死。パニックのまま、一行は退散するのでした。
この一連のシーンでは結構後に重要となる伏線が話のあちこちに隠されているので、2回目の鑑賞で気づくことも多いです。オルティスの態度、サンティの態度、鍛冶屋の噂話、戦争の話…どれもが意外に結びついています。案外、丁寧に作りこまれたシナリオなんですね。
ただ、何も知らない初見の観客としては、鍛冶場に入り込んでからの“お化け屋敷”的な体験が一番楽しいところ。明らかに雰囲気が異なる世界であり、とくに執拗に設置されたトラバサミなどが恐怖を増長。しかも、そのトラバサミに首がザシュっといく衝撃シーンで、これは相当ダークな民話なのではと襟を正してしまいます。
一方、町で暮らすウスエという少女のエピソードも同時並行で進みます。この子は両親がいないようで、孤独な生活をおくっていることが序盤の生々しいおままごとからわかるとおり。他の子どもからはなかなか酷い言葉で虐められているのですが、ウスエは即座に鉄拳制裁を下すので、あまり暗い気分を引きずらないのがこの物語の面白いところ。このアグレッシブな性格が後の物語を大きく動かす原動力になるのですが。
そんなウスエが、同じく地元の子であるベニートにからかわれて、大事な人形を鍛冶場の敷地内に捨てらてしまいます。意を決して取りに行くことに決めたウスエ。観客はさっきトラバサミのショッキングシーンを見ているので、トラップギリギリを歩く少女の姿にハラハラ。途中で死体処分をする鍛冶屋に遭遇し、逃げ隠れしているうちに、建物の奥へ。そこで見たのは檻に閉じ込められた同年代風の子ども。鍵を手に入れてくれと言われたので、隙を見て鍵を入手し、拘束を解いてあげると、その少年は悪魔のような異形の姿に変身。鍛冶屋を殺そうとするのでした。
ここまでが全体の3分の1くらい。王道のゴシック・ホラーを進んでいる感じがします。ところが、様子が変わってくるのが本作の面白い部分で…。
後半は悪魔ギャグ・コメディ
普通、いよいよ悪魔が出てきたら、さらにスリルが増すと考えるもの。しかし、この映画。悪魔が出てくる後半から、なぜかコミカル度が増すのです。
悪魔と鍛冶屋の火花散るバトルの後、ウスエを人質にとった悪魔はいかにも仰々しい捨て台詞を吐いて逃げます。が、ここでトラバサミ発動。お前もかかるんかい!というツッコミが観客から聞こえてきそうな展開です。数十メートルも歩かないうちに、足止めを喰らう悪魔。トラバサミって悪魔にも効くんですね…。
そうです、このサルタエルという名の悪魔、ギャグ要員なのでした。口だけは達者というのがますます小物臭を強めていますね。
すっかり知り合ったウスエと鍛冶屋のパチ。ウスエは鍛冶屋に教えられるままに、悪魔サルタエルをいじめていきます。とくにひよこ豆を数えさせるという、酷いんだか笑えるんだかわからない斬新な虐待手法はシュール(しかもこれがラストの伏線になるのだからびっくり)。契約した悪魔は逆らえないという掟にやむなく従い、一心不乱で豆を数える悪魔。その豆をぐちゃぐちゃにするウスエ。発狂してまた数え直す悪魔。ウスエ、序盤から薄々わかっていましたが、相当なドSです。ただ、ベルを鳴らして苦しむ悪魔にはさすがに可哀想と思ったのか謝るウスエは良心は捨てていません。
そんな悪魔サルタエルにさらなる追い打ちが。檻に閉じ込められたサルタエルの前に現れた州政府のオルティス。実は彼の正体はアラストルという悪魔なのでした。仕事のできないお前に変わって、鍛冶屋の魂を取りに来たと告げるアラストル。“地獄の恥さらし”なので5階級降格で「悲哀と抑圧の沸騰釜203の担当」だと言われ、凹むサルタエル。うん、どんまい。悪魔も大変なんですね。本作、この悪魔業界の設定が異様に細かいのも魅力のひとつ。なんなんですかね、この設定。どうなってるんだ、バスク地方は。
で、窮地に追い込まれたサルタエルは再びウスエを言葉巧み?に勧誘。檻から出してもらう代わりに、鍛冶屋を救出。しかし、サルタエルはまたもや脱走。そして、トラバサミ発動。…たぶんウスエはどうせまた罠にかかるだろうとわかってたんじゃないですかね。策士ですよ、あの子は。それにしてもあの悪魔ももう少し学べないものか。野生動物だってトラバサミを回避するのに…。
豆を数えろ、権力者ども!
誰かのせいですっかりコメディ色に染まってきましたが、鍛冶屋とウスエが地獄に行くという超展開が終盤に待っていました。悪魔と契約したウスエは、それを逆手に取って巨大悪魔に豆数えを要求。律儀に数え始める悪魔。少女、強い。
鍛冶屋のパチの妻は実はウスエの母でもあることが判明し、疑似家族的に絆を堅くする二人。最初は憎しみの対象だった、自分が戦争に出ている間に妻が他の男と作った子どもであるウスエ。その彼女のために、お前の母は探すと約束。ウスエを元の世界に戻し、ひとり聖なる鐘楼を持って進むパチ。地獄を進軍する彼は悪魔業界を壊滅させるのか!? そんなところで終わりの映画でした。
サルタエルはなんか人間界でやっていくみたいな雰囲気でしたけど、絶対に打ち首レベルの大失態をしてしまった気がする。まあ、いいか。
と、こんな感じで、最後は大スペクタクルなファンタジー展開を見せる本作。凄いジャンルの進化っぷりで、結構満喫できました。残酷なシーンもありますけど、子どもでも楽しめそうですね。とくにサルタエルは大人気キャラになりますよ。
ちなみにもう少し歴史的な背景を説明すると、冒頭で「第1次カルリスタ戦争」と出ていましたが、これは1833年には社会経済の現状維持を唱えるカルロス5世と、新しい自由主義を標榜するイサベル2世との間での王位継承問題を発端とする戦争のこと。スペイン・バスクは旧体制を支持して自由主義勢力と激突したのですが、敗北しました。その後も第2次、第3次と続くのですが、ちょうど本作の物語はその間。つかの間の平穏の時代なんですね。なので、戦争の名残があったり、政府の人間が嫌われていたりするのはそのためなのでしょう。
そう考えると、あの鍛冶屋パチのラストは、戦争に負けてしまい伝統を失っていくバスクという地域の最後の意地をかけた悪あがきともとれ、熱いものがあります。
地域の誇りが垣間見えたファンタジー大作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 95%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』の感想でした。
Errementari: The Blacksmith and the Devil (2017) [Japanese Review] 『エレメンタリ 鍛冶屋と悪魔と少女』考察・評価レビュー