ごく普通の小学校を取材しました…「Disney+」ドラマシリーズ『アボット・エレメンタリー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信(日本)
原案:クインタ・ブランソン
恋愛描写
アボット・エレメンタリー
あぼっとえれめんたりー
『アボット・エレメンタリー』あらすじ
『アボット・エレメンタリー』感想(ネタバレなし)
アメリカの小学校はこんなところ
アメリカの映画やドラマを観ていると「高校(high school)」はよく舞台に登場します。青春学園ドラマにとってマストな世界であり、これだけ高校を描く作品を観まくっていると、アメリカの高校に通ったこともないくせに、なんだかアメリカのハイスクール・ライフを味わった気分です。
一方で「小学校(elementary school)」はあまり舞台として見かけないのではないでしょうか。大人が小学校に子どもを送り迎えするシーンはよく映し出されても、小学校の内部をじっくり舞台にしていることは少ないです。
この背景にはおそらく複数の理由があるのでしょう。まずアメリカでは小学校よりも高校の方がはるかに重要視され、人生のドラマがあるとみなされるので、映像化もそこに集中するということ。また、高校生を演じられる俳優よりも、小学生を演じられる低年齢の子どもを大量に雇う方が労働契約上難しくなってしまうこと。
何はともあれアメリカの小学校を舞台にした作品が乏しいせいで、アメリカの小学校の実態がイマイチよくわかっていない人も多いのではないでしょうか。
アメリカの教育制度は日本と共通している部分もあれば違う部分もあります。アメリカの「小学校(elementary school)」は6歳から11歳(1年ズレて5歳から12歳となる場合も)の子が通います。この小学校から義務教育の始まりというわけではなく、アメリカではこの下に1年間だけ「Kindergarten」という学年があります。日本でいうところの幼稚園ですが、義務教育で1年しかない点が特徴です。小学校の後は「中学校(middle school)」と「高校(high school)」が続き、小学校と合わせて12年生まである計算になります。この12年生と「Kindergarten」がセットで義務教育なので、アメリカでは「K-12」と表記されたりします。
そんなアメリカの小学校の姿が垣間見える話題のドラマシリーズが今回紹介する作品です。
それが本作『アボット・エレメンタリー』。
『アボット・エレメンタリー』は、アメリカのとある小学校を舞台にしたドラマシリーズで、主にその小学校に勤める教師たちを主人公にしています。
そして本作の特徴はモキュメンタリーだということ。架空のドキュメンタリー製作班がこの架空の小学校を取材しに来てカメラで撮影しているという体裁でドラマは構成されています。なので登場人物の教師たちがチラチラとカメラに目線を向けたりしますし、対面で応答している場面もあります。
『アボット・エレメンタリー』自体はモキュメンタリー風のシットコムなので、肩の力を抜いた気楽なコメディとして満喫できますし、小学校教師の“あるある”な悩みやトラブル体験を通して、小学校の現場の諸々が笑いに包まれてこちらに届けられます。基本は大人が笑うコメディですね。
また、この舞台となっている小学校はアフリカ系の子が大多数通っているエリアで、そうした人種的な背景もユーモアのネタとしてふんだんに盛り込まれているのも本作の個性です。
『アボット・エレメンタリー』の原案で、製作総指揮・脚本、さらには主演も兼任しているのが、『A Black Lady Sketch Show』の“クインタ・ブランソン”。なんでも母親が小学校の教師をしていたそうで、その経験を基に本作を製作し、これが大ヒット。エミー賞にノミネートされて称賛の嵐となった『アボット・エレメンタリー』の実績によって今最も有望なクリエイターのひとりとなりました。
共演は、『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』の“タイラー・ジェームズ・ウィリアムズ”、コメディアンで『セントラル・パーク』で声の出演もしている“ジャネル・ジェームズ”、ドラマ『マザーランド:フォート・セーラム』の“シェリル・リー・ラルフ”、ドラマ『ブレイキング・ニュース』の“リサ・アン・ウォルター”、ドラマ『イン・ザ・ダーク』の“クリス・ペルフェティ”、ドラマ『レイ・ドノヴァン ザ・フィクサー』の“ウィリアム・スタンフォード・デイヴィス”など。
『アボット・エレメンタリー』はアメリカでは「ABC」で放送されたのですが、日本では「Disney+(ディズニープラス)」での配信となっています。シーズン1は全13話で、1話あたり約22分程度と見やすいので、気軽にこの小学校を見学できます。
どうぞ学校見学はご自由に。やんちゃな子どもたちと、それにやや疲弊する大人たちが眺められますよ。
『アボット・エレメンタリー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に見れる |
友人 | :緩い空気でまったりと |
恋人 | :ややロマンスあり |
キッズ | :子どもでも見れるけど |
『アボット・エレメンタリー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):先生、忙しいですか?
フィラデルフィアのウィラード・R・アボット公立学校は今日も子どもたちでいっぱいです。
この学校で働いている教師のひとり、ジャニーン・ティーグスは2年生の担当。まだ経験の浅い教師ですが、熱意だけはじゅうぶんで、子どもへの教育に懸命に取り組んでおり、この職場を愛しています。
最もベテランの教師であるバーバラ・ハワードは30年の現場経験によって常に何事にも動じません。子どもの扱いも手慣れており、まだあどけない1年生でもしっかりしつけています。
メリッサ・シェメンティやジェイコブ・ヒルといった教師も普段よくジャニーンやバーバラと一緒にいます。教員同士の憩いの部屋では愚痴も飛び出します。
この学区の問題は予算不足。イーグルスの球技場の改築費用はあるくせに、小学校に与えられる予算はわずかでした。教室にあるラグマットに児童がおしっこをしてしまい、そのラグを買い替えたくても、そのおカネさえも工面できません。
辞めていく教師もいますが、みんな頑張っています。問題は校長です。この小学校の今の校長は新しく赴任してきたエヴァ・コールマンです。このエヴァはとにかく陽気な性格で、教育に関する知識はなく、教師陣からは無能と思われていました。今も小学校に来ているドキュメンタリー撮影班との雰囲気はどうかと聞くばかりで、学校が抱える問題に対処する気はありません。
ある日、ティナという教師が児童と猫の喧嘩みたいな出来事を起こし、児童を蹴ったとしてティナはクビになってしまいます。臨時でやや陰謀論者傾向の用務員のジョンソンを教室に入れて子どもの相手をさせていますが、これでは話にはなりません。エヴァは「教育委員会への報告はちょっと…」と躊躇するばかり。
そうこうしているうちにグレゴリー・エディという代理の先生が来て、なんとか事なきをえます。グレゴリーは真面目そうな教師ですが、実は校長になりたいという願望があるようでした。とは言え、グレゴリーは子どもの扱いがそんなに得意ではなく、教室では悪戦苦闘しています。
緊急で予算をもらえたとエヴァは言い、これでまともな備品が購入できると思いきや、エヴァの絵つきの新しい学校名の看板に全額費やしてしまいます。
こんな校長ではこの小学校の未来はないとジャニーンは憤慨し、抗議のメールを送ろうとしますが、それもこのエヴァには通用しませんでした。
ジャニーンはエヴァに反抗心を気づかれてしまい、一時的にピンチに陥りますが、他の教師も味方をしてくれてキャリアを失うことはありませんでした。ジャニーンにとって小学校の教師は天職です。
子どもに喜んでもらうために頑張ろう。やっぱりおカネはいるけどね…。
シーズン1:この教師、取材しがいがある
『アボット・エレメンタリー』は教師の目線を主体にしています。児童はたぶん製作上の都合もあるのでしょうけど、あまり人数が映らないようにプロット上で考慮している感じです。
主役である教師たちを主とする大人勢は、みんなが愛嬌があって、妙に目が離せない魅力があるのがたまりません。こんな人たちなら取材しがいがありますよ。
ジャニーンは典型的な“やりがい”に夢を抱く教師という立ち位置で、頑張りすぎなところがあり、同僚も家族同然に扱いたいと考える理想主義的な性分です。でもときどき冷めた目をしている瞬間があり、それをカメラがおさえているのがまた笑えます。“クインタ・ブランソン”も自身の企画なだけあって、さすがのハマりっぷりです。
そんなジャニーンが先輩としてメンターとして慕っているのがバーバラ。この2人はジェネレーション・ギャップのネタで笑わせてくれます。学校に新しい教育コンピューターソフトが導入された際は、デジタルネイティブ世代としてバーバラに教えようとジャニーンが張り切ったり、なんだかんだでいい関係性です。
メリッサはバーバラとは違った熟練の教師であり、こちらは恋愛面でも奮闘しており、いくつになっても教師であろうともロマンスくらいはしていいだろうという雰囲気があります。
対するジェイコブはオチになりがちですが、やはりあの黒人優勢の空間では白人の若造先生は児童にもバカにされる宿命なんですかね(デスキングのブームを終焉させるのは可哀想な役目だ…)。でも彼の恋愛面はわりと順調で、しかもボーイフレンドのザックは黒人で、相当に面白い奴という、その予想外のカップルっぷりに爆笑してしまいます。
そして本作のクイーン(闇の女王かもしれない)、それが校長のエヴァ。間違いなく職場においては邪魔だけど、面白すぎるだろう…というキャラです。教育長の不倫をネタにしてこの職に就いたというパワープレイと、児童にミシェル・オバマの本を読ませようとしたりと、やりたい放題なスタイル。例えが悪いですけど、だらしのないミシェル・オバマみたいですよ。これはこれで黒人女性のキャリアのモデルケースなのかも…。
そのエヴァに校長の座を奪われて失望を隠せないグレゴリーも不憫ながら、でもこの彼も彼で不安な面が多いキャラ。子どもの心を全然理解できていない一面がありつつ、ギフテッド・プログラムの件でわかるように児童の平等な教育への目配せを忘れていなかったり、応援はしたくなります。最終話あたりではバーバラの娘のテイラーと良い関係になり、正教員になっていましたが、理想は叶うのかな…。
シーズン1:用務員もヒーローです
『アボット・エレメンタリー』はモキュメンタリーというのが最大の特徴ですが、モキュメンタリーのシットコムは『パークス・アンド・レクリエーション』(2009年~)などがこれまでもあったように、アメリカのシットコムではひとつの型として定着しています。
『アボット・エレメンタリー』はモキュメンタリー形式の活用が上手いのがいいですね。
例えば、ドキュメンタリー取材班が撮影しているからこそ、各教師陣が今の小学校の抱える課題などを自然に説明してくれて、それを観客も整理しやすく、同時にそれは全然解決できていないという笑いに繋げることもできる。この構成自体がエンタメ的でありながら、わかりやすい教材にもなってくれます。「小学校ってこういう問題に苦労しているんだね」と視聴者もサクっと理解できるでしょう。
慢性的な予算不足、教育の平等、子や親とのコミュニケーションなどさまざまな問題がピックアップされていて、そんなに深刻にならない程度のバランスで見やすいです。そう言えば、フィラデルフィアのスラングを教える描写があったけど、本当にあんな風に教えることあるのかな…?
ちょこちょこ入るカメラ目線で無言のツッコミが入るのも楽しいです。とくにグレゴリーは顔芸要員だったな…。
一方で、表向きは取材撮影を受けながら普段どおりの仕事をしている風景が映されるわけですが、その最中にプライベートなドラマもひっそり展開されます。この“ひっそり”感がまた控えめでいいんじゃないでしょうか。例を挙げるなら、グレゴリーは当初はジャニーンに好意があることが窺えますが、だからといって通常のドラマにありがちな露骨な恋愛描写には突入しません。常識的に考えて取材班の目の前で情熱的なキスとかしないですしね。でもなんとなく大人たちの私的な感情がこぼれている瞬間がある。そこがクスリとした笑いをもたらしてくれます。
シーズン1の最終話では、登場人物総出演の動物園遠足の中で、ジャニーンは大きな決断をします。学生時代から付き合っていたタリクがニューヨークで仕事を得たことで別れる決心をします。ジャニーンはこの小学校教師の仕事にもっと身を捧げることにしました。キャリアをとるか、男をとるか…という若い女性のお仕事モノにありがちな葛藤ですが、そんなジャニーンに次はどんな課題が待っているのやら…。
『アボット・エレメンタリー』のシーズン2では、個人的には用務員のジョンソンの出番が増えるといいなと思います。シーズン1ラストでもまさかのゴミ箱オチを見せてくれましたからね。本当のヒーローは用務員ですよ。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 98% Audience 89%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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学校を題材にした作品の感想記事です。
・『スクールライフ パリの空の下で』
作品ポスター・画像 (C)20th Television アボットエレメンタリー
以上、『アボット・エレメンタリー』の感想でした。
Abbott Elementary (2022) [Japanese Review] 『アボット・エレメンタリー』考察・評価レビュー