猫と漂流したい人は集まれ…映画『Flow』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:ラトビア・フランス・ベルギー(2024年)
日本公開日:2025年3月14日
監督:ギンツ・ジルバロディス
自然災害描写(津波)
ふろう
『Flow』物語 簡単紹介
『Flow』感想(ネタバレなし)
猫と漂流するアニメーション
世界地図を用意して「ラトビアを指差してください」と言われて、ビシっと位置を理解して示せる人はあんまりいないと思います。正直、日本における認知度は低く、マイナーな扱いです。ニュースでも滅多にその国名はでてきません。
ラトビアは北ヨーロッパに位置しますが、どうしても北欧と言うと、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドばかりが注目されます。ラトビアは北ヨーロッパでもそれほど北ではない、バルト海の東にある国です。北隣のエストニア、南隣のリトアニアと合わせて「バルト三国」と呼ばれます。
ラトビアの歴史はいろいろあって、1940年にソビエト連邦に占領・併合されましたが、ソ連崩壊によって1990年に独立の回復を宣言しました。近年はウクライナへの侵攻など強硬姿勢を強めるロシアがすぐそこに迫っているため、緊張が緩められない状況にありますが…。
そんなラトビアですが、2024年のアニメーション映画界隈では大きな話題となりました。
それはこの映画のおかげ。『Flow』です。
まず“ギンツ・ジルバロディス”というクリエイターの紹介から。ラトビアの首都リガの出身である“ギンツ・ジルバロディス”は1994年生まれでまだ若いのですが、2019年に『Away』というアニメーション映画を制作し、長編映画監督デビューを果たします。
この『Away』、何が凄いのかって監督のみならず脚本・編集・音楽、もちろんアニメーション自体も全部ひとりで手がけて完成させているということです。実際に映画を観ると超短い一瞬のスタッフクレジットが最後に目に焼き付きます。本当に正真正銘の自主製作映画。独りで作り上げた作品なんですね。
その労力も称賛に値しますが、独特なセンスで構築された世界も観た者を引き込み、“ギンツ・ジルバロディス”監督の『Away』は世界のアニメーション映画界で高評価で迎えられ、一気に大注目のクリエイターになりました。
そうして素晴らしい船出となった“ギンツ・ジルバロディス”監督の2作目がこの『Flow』なのですが、さすがに今回ばかりは単独制作ではなく、複数のチームで作り上げています。といっても大手のスタジオのようなスケールとは比較にならない小規模なものですけども…。専門学校をでたばかりの若いアニメーターを集めての、非常にフレッシュな制作体制でした。
しかし、蓋を開けてみれば今作も大絶賛。ハリウッドの巨大スタジオがひしめきあう中、この『Flow』はそれら強豪を押しのけて賞ステージに駆け上がりました。
やはりアニメーション界隈もこういうエネルギッシュな挑戦者ポジションの作品を推したくなるものなのでしょうね。
『Flow』は前作『Away』と同じく、一切の人語のセリフのない作品ですが、ストーリーテリングは力強く、前作以上に映像表現の質感が数十倍はグっと増しており、心を揺さぶられる世界観と物語になっています。
そして『Flow』は1匹の猫で、他のさまざまな動物たちと交流しながら、世界を旅していく姿が描かれます。
この猫の描写がとてもリアルで、猫好きにはたまらない作品だと思います。「これ、これ、これが猫だよ!」と何度も頷きたくなる猫の仕草や愛嬌がたっぷりです。前作が謎の人物が主人公だったので、それと比べると格段に愛着を抱きやすいキャラクターになっているのではないかな、と。たぶん今作は子どもが観ても楽しいと思います。セリフはないですけど、そんなに難しい内容ではありません。
なお、猫が主人公となってくると、杞憂が生じる人もいるでしょう。「この猫、酷い目に遭わないかな…。そんな猫の姿は見てられない…」とか。
安心してください。多少の大変な経験はしていきますが、猫が死んだり、生々しく傷つけられたりする描写はないです。猫は最後まで無事で元気です。
猫と一緒に漂流したい人は『Flow』に集まってください。
『Flow』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 洪水の描写があります。 |
キッズ | 子どもでも安心して観れます。動物好きな子にオススメです。 |
『Flow』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
水面を見つめる1匹の猫。ここは森です。木漏れ日が草地を照らしています。猫はそこにただ佇んでいました。そのとき、犬種もバラバラな犬の群れが吠えながら疾走し、猫は怯えて木陰に隠れます。
その後は猫は廃墟の家にテクテクと歩いて向かいます。この森の中にポツンと建っている家に今は住人はいません。家の周りには木で彫られた猫の彫像が点在しています。
この家の2階の窓の割れ目に猫はスルリと入っていき、ベッドの上で安心したように眠ります。猫にとってはここは馴染みの居場所です。
また、森へ歩いていき、川の水を飲んでいると、あの犬の群れが出現。猫が隠れている傍で、1頭が魚を捕まえますが、他の犬と喧嘩になってしまいます。その間にこぼれ落ちてしまった魚を猫は横取りしますが、犬にすぐに見つかりました。
そして犬に追いかけられます。魚を手放すも犬はなおも追跡をやめません。鬱蒼とした森を駆け回り、懸命に逃げる猫。
ようやく草陰に身を隠してやりすごすことができました。しかし、犬の群れはなぜか戻ってきて、猫を気にすることもなく通り過ぎてしまいます。
その直後に鹿の群れが押し寄せ、猫は震えてその場に縮こまってしまいます。そのさらに背後からおびただしい量の水流が押し寄せてきました。
猫はなすすべもなく一瞬にして水に流されます。木の枝に登るも、あの犬の群れの1頭であったラブラドール・レトリバーが流れ着いて枝が折れてしまいます。
なんとか水から這い上がれましたが、水流はなおも森を流れています。ラブラドール・レトリバーも一緒で、犬の群れとは離れてしまったようです。
猫の後をラブラドール・レトリバーがついてきて、猫の家の前で時間を潰しています。猫は犬を無視し、また2階へ。ラブラドール・レトリバーはまだ家の前にいますが、気にしません。
ところが水位が急速に上昇していることに気づきます。すぐそこまで水が迫ってきます。このままでは何もかも沈んでしまいます。
ラブラドール・レトリバーは他の犬たちとボートに乗って行ってしまいました。
身の危険を感じた猫は近くにある家よりも高い位置にあるひときわ巨大な猫の像の上に登り、避難します。見渡す限り、水でした。いつもの森の風景は消えています。そう時間もかからずに家も完全に水没し、猫の像の頭まで水が迫ります。
水位はまだ上昇中です。いずれはこの猫の像すらも沈んでしまいそうです。耳の先端まで逃げますが、そこも完全に水没しかけ、周りには何もないです。
そのとき、1隻の帆船がゆっくり近づいてきて、もはやそこしか逃げる場所もなく、猫は飛び乗ることにします。
猫がそこで出会ったのは…。
過度な擬人化なんてしなくても

ここから『Flow』のネタバレありの感想本文です。
たった85分の短い映画である『Flow』でしたが、すごく語りがいのある濃密な表現に浸れる極上体験であり、格別でした。
個人的には直近の映画であれば、ディズニーの大作アニメーション映画『ライオン・キング:ムファサ』と対極にあるような作品だったのではないかなと思います。
2作とも似通った点も多いです。まずネコ科の動物が主人公ですし、洪水で流されて孤立し、仲間を見つけながら野生でサバイバルしていく旅が描かれますし…。
逆に決定的に違うのは、『Flow』は主役の動物たちを一切「擬人化」していないことです。ヒトの言葉を流暢に喋ったりもしません。メロディに乗って歌ったりもしません。愛や友情を口で語ったりもしません。
でも『Flow』の表現が地味だとは全く感じません。それどころか目を離せないぐらいに豊かなキャラクターを映し出しています。喋っていないけども何か喋っているような感じが伝わってくる…。感情が見えてこないはずなのに怒ったり、悲しんだり、笑ったりしている感じも伝わってくる…。
『Flow』はわかりやすい擬人化に頼らずに、キャラクター化できています。
しかも、この『Flow』は確かに“ギンツ・ジルバロディス”監督の前作である『Away』と比べると映像の質感が大きく増しましたが、それでも超大作の実写と見間違えるようなCGIとは雲泥の差はあります。
けれども、フォトリアルにするだけがアニメーションの追求ではないということをこの1本の映画で証明するようなものでした。
あえて表現が抽象化されているからこそ、完璧でないリアルだからこそ、その表現の余白に私たち観客は創造力を刺激されるという体験。これが何よりも最高なんですね。
写実的なものを観たかったわけじゃなかったのです。感情を揺さぶる映像はリアルであることが必須条件ではない。『Flow』は「こういうのを観たかった!」という欲求を満たしてくれました。
『Flow』のキャラたちは会話もなければ名前もないのですが、それでもキャラクターが織りなすドラマがあり、間違いなく個性を感じさせます。
主人公の猫はその仕草がいかにも猫っぽいですが、好奇心や無邪気さを押し隠せないあたり、まだ生まれて1年以内くらいの若さなのかなという想像ができます。
そんな猫が序盤の絶体絶命のピンチで文字どおりの助け舟で救われるのですが、私が人生で映画で観た中で一番頼もしいカピバラの登場でしたよ。あのカピバラは熟練の人生経験がある大先輩です…絶対にそうだ…。
そしてラブラドール・レトリバー、ワオキツネザル、ヘビクイワシと、どんどん船の同乗者が増えていきます。こちらもみんな個性がハッキリしています。その動きはほぼ実際の動物そのままです。わざとらしくカートゥーンなモーションもしませんし、急に人間の少女化とかするでもない。傍からみると、文脈が全く見えない複数の動物がわらわらと乗っかっている変な船です。
そこを覗くようなかたちで私たち観客はお邪魔しますが、あの動物たちが警戒しながらなんだかんだ協力し合っていく不思議な光景を目撃できます。その「見てしまった」瞬間にマジカルな感覚をこちらは受けます。
昨今のハリウッド映画は兎にも角にも動物を主題にすると「擬人化する」ことが手垢のついたテンプレートになってしまい、そこに創意工夫をもたらす余地がなくなりつつありましたが、この『Flow』は「動物をアニメーションするなら、こっちのほうが面白くない?」という問いかけがあり、多くのアニメーション界隈は大納得したのだろうなと思いました。
謎だけど難解さをきどらない直感的な物語
『Flow』は動物を擬人化はしていませんが、その世界観は極めて異色で、非リアルな没入体験を与えてくれます。
“ギンツ・ジルバロディス”監督は前作である『Away』でも同様でしたが、ポストアポカリプス的な世界を最初にデデンと用意し、そこに観客もキャラクターも放り投げて何もわからないままにスタートさせます。最初の時点で「?」がいっぱい頭に浮かびます。
今作の『Flow』も謎だらけです。なぜ人間はひとりもいないのか。なぜあの洪水は起きてしまったのか。なぜ急に水は引いたのか。あの塔は何なのか。上空の光の正体は何なのか。
答えは出してくれません。ミステリアスな世界を漂わせるのみ。ゆえに観客はずっと注視して「これは次に一体何が起きるのだろう?」とハラハラドキドキしながら見守ることになります。
ノアの方舟の大洪水を思わせる設定であり、どことなく神話的ですらもあるんですね。クジラ並みの巨体の未知の水生生物もでてくるし…。
一方で、世界観を謎にするからといって、むやみに考察ポイントを増設するようなことはせず、とてもシンプルなストーリーラインを維持するのも“ギンツ・ジルバロディス”監督らしいところだと思います。複数の人物視点をクロスさせたり、はたまた意味深な用語を使用したりもしないで難解さをきどることもありません。
この非常に直接的かつ直感的なストーリーテリングがあるので、『Flow』はある意味でゲーム体験に近いものを感じさせます。猫を操作する『Stray』というゲームもありましたが、ああいうものをさらにスケールアップさせたような…。
また、不思議さを追加しているのが動物たちのラインナップです。本作は猫や犬といった飼育動物以外にも、南米原産のカピバラ、マダガスカル原産のワオキツネザル、アフリカ原産のヘビクイワシが加わり、統一性がまるでありません。動物園から逃げ出してきたのかもしれませんけども、地域性は感じず、あえてバラけさせたような意図すら感じます。
そしてこれもまた奇妙なことに、あの船に乗る動物たちは自分と同種の仲間とは折り合えず、他種同士で組むことになるという展開もまた考えさせるものがあります。
ジャンルとしては漂流モノですから『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』のような人生を投影する物語として読み取ってもいいですし、“ギンツ・ジルバロディス”監督の経験した「チームで作品作りをする」という過程の写し鏡なのかもしれません。
「水面を見つめる」と「魚を捕まえる」という動作が印象的に何度か挿入され、繰り返され、最後にあの生き物に繋がるというスケール変化も良かったですね。
『Flow』の素晴らしい余韻に流されながら、次の“ギンツ・ジルバロディス”監督の旅路が待ち遠しいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five. フロウ フロー
以上、『Flow』の感想でした。
Flow (2024) [Japanese Review] 『Flow』考察・評価レビュー
#ラトビア映画 #猫 #犬 #カピバラ #ポストアポカリプス #洪水 #漂流遭難 #アカデミー賞長編アニメ映画賞ノミネート受賞 #アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート