ディズニーは誰に世界を届けるのか…映画『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年11月23日
監督:ドン・ホール
恋愛描写
ストレンジ・ワールド もうひとつの世界
すとれんじわーるど もうひとつのせかい
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』あらすじ
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』感想(ネタバレなし)
100年の歴史で初の快挙
「ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ」は1923年に誕生したので、2023年で生誕100周年という節目を迎えます。ということでいつものディズニーのあのお城ロゴも100周年を祝うバージョンとなり、2022年後半公開のディズニー本家映画から使用されています。
そんなディズニー・アニメーションの100年の歴史の中で初めてとなる出来事が2022年後半に起きました。それはディズニーで初のオープンリーなゲイの主人公がアニメーション映画にて登場したのです。
それが本作『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』。
これは歴史的な快挙です。というのも子ども向けのアニメーション作品はLGBTQの表象が全く浸透してこなかった経緯があるからです。この理由は保守的な保護者の反発が強いからで、アメリカでは宗教原理主義的な母体を持つ保護者団体が「LGBTQのキャラクターが登場したアニメーション作品」に猛烈なクレームを入れるということが日常茶飯事。現在も図書館からLGBTQ関連本を排除したり、学校でLGBTQについて教えられなくしたり、保守層の強い地域ではそれはそれは激しいバックラッシュが起きています。
2022年3月にはフロリダ州で可決された「Don’t Say Gay」法案が話題になったのも記憶に新しいです。これについてディズニーは当初は法案を黙認するどころか法案を支持する議員に献金をしていたことが明らかになり、厳しい批判に晒されました(詳細は『アウルハウス』の感想も参照)。これが原因なのか、ディズニーの代表兼CEOの“ボブ・チャペック”は同年11月に急遽異例の退任をし、以前同役におさまっていた“ボブ・アイガー”を復帰させるという人事も起きました。
そんな圧倒的劣勢に立たされる「子ども向けアニメにおけるLGBTQ表象」ですが、それでも2010年代から少しずつ作品数が増えてもいます。これは業界の中で頑張っているクリエイターのおかげです。組織のトップや保護者層が保守的であろうとも、クリエイターは自身の作りたいものを純粋に追いかけ、ファンはそれを愛してくれる。そうやって「子ども向けアニメにおけるLGBTQ表象」は不利な環境でも挫けずに育まれてきました。どんな作品があるのかの具体例は「海外のクィア・アニメーション作品」をまとめている以下の記事を参考にしてください。
そしてついにディズニー長編アニメーション映画という最も本家の舞台で、LGBTQキャラクターが登場する機会が生まれました。劇場公開された子ども向け長編アニメーション映画としては他の大手スタジオに先んじてディズニーが先陣を切ったかたちとなり、やっとやってくれたかという感じです。もちろんこれは出発点にすぎないですけどね。
そんな『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』ですが、主人公のひとりはオープンリーゲイなのですが、一方で別に「カミングアウトする話」でもありません。あくまで普通に性的少数者であるというだけのこと。キャラクター設定の一部というそれだけです。こうやって自然に描かれることが何よりも大切なんだと思います。
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』はタイトルからしてどことなくクィアっぽいですけどね。なにせ「ストレンジ・ワールド(奇妙な世界)」ですからね。ちなみにこのシンプルなタイトル、権利面でよく通ったなと思ったら、以前に「Avon Comics」という今のマーベルコミックの前身となる会社で「Strange Worlds」という漫画が作られています。マーベルは現在はディズニーの傘下なので、その関係で商標権をクリアしやすかったのかもしれませんね。
物語の方はというと、『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』は超王道の秘境冒険モノ(ロスト・ワールドもの)です。ディズニーだったら『海底二万里』と同系統ですね。
なのでつべこべ考えることなく楽しめるハードルの低さです。摩訶不思議な世界観と生き物がわらわらと登場するので子どもでも楽しいでしょう(怖い描写は無い)。
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』の監督は『ベイマックス』や『ラーヤと龍の王国』の“ドン・ホール”。脚本は『ラーヤと龍の王国』の“クイ・グエン”です。
酷い言葉が飛び交う現実に疲れたら不思議な映画の世界に冒険に行きましょう。
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :冒険モノが好きなら |
友人 | :海外アニメ好き同士で |
恋人 | :気楽に見れる |
キッズ | :子どもが楽しめる |
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):まだ冒険は続く
イェーガーとサーチャーのクレイド親子は冒険家として有名でした。今回もアヴァロニアの険しい雪山を探検隊とともに冒険しています。
足場の悪い雪道を進んでいると突然足元が崩れ、若い息子のサーチャーは落下。しかし、熟練の父イェーガーは飛び込んでキャッチし、間一髪で助かりました。
冒険がそんなに好きじゃないサーチャーはこの雪山に不釣り合いな植物を発見。イェーガーは探検を続けるべきと主張し、口論となります。サーチャーと残りのチームは、この珍しい植物だけでもじゅうぶんな発見になると納得しますが、イェーガーは怒ってひとり雪山の奥に消えてしまいました。待ってという呼びかけも無視して…。
25年後。サーチャーはあの珍しい植物「パンド」を収穫し、それがエネルギー資源に変えられることを発見し、有名になっていました。現在のクレイド農場の敷地はその植物パンドでいっぱいです。
サーチャーは冒険から退き、メリディアンと結婚。イーサンという名前の息子と犬のレジェンドと幸せに暮らしています。家族総出で収穫作業をし、メリディアンは上空から飛行機で農薬を散布。
イーサンは同年代の仲間たちと会話。実はイーサンはディアゾという男子に片想いしていました。
イーサンは父サーチャーと街へ出かけます。ここでもパンドを利用したエネルギーで浮遊した乗り物がたくさん。イェーガーとサーチャーの銅像があり、行方不明となった父にコンプレックスをまだ引きずるサーチャーは表情を曇らせます。
その夜、家で楽しく料理していると、激しい揺れ。アヴァロニア探査のリーダーであるカリストが、ベンチャー号と呼ばれる巨大飛行船に乗って現れたのでした。なんでもパンドが力を失いつつあり、その原因を探るミッションにサーチャーの手が必要であるとのこと。
やむを得ず承諾したサーチャーは向かうことに。でもイーサンも行きたがりますがダメだと拒絶します。
サーチャーはひとり乗り込んで出発。新しい遠征チームに加わり、パンドの巨大な根が見つかった陥没穴に移動するという説明を受けます。
さっそく飛行船ごと下降。ところがメリディアンは軽飛行機で追いかけてきました。なんとイーサンと犬が乗り込んでいたのです。
揉めているとピンク色の謎の飛行生物が大量に襲ってきます。飛行船は操縦士を失い、急降下。メリディアンは軽飛行機から飛び乗り、飛行船の舵を握ります。
複雑に入り組んだ場所を抜け、途中でサーチャーと犬は落下。飛行船はなおも止まらず変な世界に不時着しました。
途方に暮れるサーチャー。でもその光景に目を奪われます。ヘンテコな生き物だらけです。そんな中で巨大生物に襲われそうになったところを、謎の存在に助けられます。
それは…すっかり変わり果てた父、イェーガーでした。
一体ここで何をしているのか…。
生き物は最高。でも宣伝は残念…
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』はジャンルは秘境冒険モノです。かなり昔からある人気のジャンルで、『地底探検』(1959年)など1950年代がその全盛を極める始まりの時代と言えるかもしれません。映画の原点と言えばやはり『キングコング』(1933年)ですけどね。
この『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』も定番どおりで、特に目新しい展開みたいのはありません。何か斬新さを期待していると肩透かしを食らうでしょう。
基本的に子ども向けなので、人が怪物に襲われて殺されまくるとか、そんなホラー展開が起きません。登場する秘境の生き物たちはどれも可愛いです。
この「可愛い」の範囲でおさまるように生き物を魅力的にデザインする…ここが『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』の職人的なクリエイティビティが詰まっているところです。
本作の生き物はなんだか触手というかポヨポヨしたボディで成り立っており、こうなんというかビーズクッションみたいな安心感や居心地の良さがあります。触っても平気どころか楽しそうですし、なんだったら触りたくなる。不愉快さがでないようにデザインされているんですね。作中ではサーチャーとか飲み込まれてもいましたけど、あっさり脱出できますし、本当に無害です。
作中でイーサンたちの仲間になる青い生き物(スプラット)は、手足はなんとか判断できますが、顔もないし、体がどうなっているのかも不明です。それでもあれだけ感情豊かに愛嬌ある動きをさせることができるというのはやはりアニメーションというものの醍醐味です。
モノを擬人化させるよりも、モノをなんだかよくわからないけどアニメーションさせて命を吹き込むという方向性はとても才能が必要になると思いますが、こういうことをサラっと実現できてしまうのも、ディズニーの100年の創作力の積み重ねがあってこそでしょう。
ただ、宣伝のしかたが下手糞だなと思う面もあって…。明らかに本作の見どころはこのユーモラスな生き物たちです。なのにあまりそのマスコット的な訴求力を活かして押し出していないんですね。本作のポテンシャルを台無しにしていますよ。
CMなどもこのスプラットをメインに映して「なんだこれ?」と思わせながら観客を引っ張るべきだろうに…。ポスターでもスプラットが隅っこにちょこんと映っているだけですからね…。
田舎にだって未来はある
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』の主人公のひとりであるイーサンはディアゾという男子に片想い中なのですが、恋愛面はそんなに物語の主軸になりません(ラストで2人は仲をさらに深めたように見えるだけ)。いかにもクィアっぽいストーリーラインも見当たりません。
ただ、本作は「人にはその個人に合った世界がある」というメッセージ性が土台にあり、それはイェーガーは冒険好きだけど、サーチャーは冒険は性に合わないというような対比でも描かれています。サーチャーは息子イーサンのセクシュアリティには何の疑問もなくすんなり受け入れているのに、父との間には確執を抱えています。二者の意識の違いを無理に変えたり、どちらかに合わせようとすると失敗してしまいます。
これはこの世界観全体にも通じる話です。本作が『DUNE デューン 砂の惑星』と同様にガイア論的な世界観の構造があり、あの摩訶不思議な広大に見えた世界はそれよりもさらに巨大な生物によって成り立っており、生態系というものをスケールを持って示してくれます。
イーサンたち人間には有用に見えたパンドは実は生態系にとっては有害な存在で、本作ではそれをエネルギー問題に絡めています。最終的にはイーサンはパンド・エネルギーの利用をやめ、風力を活用することにしたようです。
これもまた「人にはその個人に合った世界がある」という最良を考慮した結果です。本作のタイトルは「世界」とついていますが、それはあの摩訶不思議な未知の世界を単純に示しているわけでもない。私たちにはまだもっと理想的な世界があり、それを目指していけるはずだという未来志向の精神を意味しているんじゃないでしょうか。
そう考えるとこの『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』は、オープンリーゲイの主人公がいたり、人種構成が多彩だったりと、先駆的な面が目立ちますが、実際はかなり保守層へのアピールが透けてみえる気もします。
サーチャーも農家なわけで、つまり一次産業ですからね。現代においては旧態依然の産業として厳しい立場に追い込まれ、保守性を増していってしまっているこの一次産業周辺の世帯に対して、「いや、あなたたちにはまだまだ希望がある。明るい世界があるよ」と未来像を提示する。そんな映画なのかもしれません。
“ドン・ホール”監督もアイオワ州の一次産業豊かな昔ながらの地域出身で、親は農家だったそうで、本作はそういうクリエイター自身の人生経験も反映されているのでしょう。最近のディズニーは『ズートピア』や『ベイマックス』など超近未来な都市を舞台にしていたものが多く、それとはかなり対極です。発展著しい都市部だけでなく田舎にだって未来はあると示すことは今のアメリカ、さらには世界全体にとっても一番必要なことかな…。
『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』はディズニーの長編アニメーション映画としては小粒であり、そこまでのゴージャスなインパクトは乏しいですが、これから何十年後にひとつの転換点として語られ続けることになる作品だと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 60%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ディズニーの長編アニメーション映画の感想記事です。
・『ミラベルと魔法だらけの家』
・『アナと雪の女王2』
・『シュガー・ラッシュ:オンライン』
作品ポスター・画像 (C)2022 Disney. All Rights Reserved. ストレンジワールド
以上、『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』の感想でした。
Strange World (2022) [Japanese Review] 『ストレンジ・ワールド もうひとつの世界』考察・評価レビュー