ウサギの糞を食べてハイになろうぜ!…映画『ゲット・デュークト!』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:ニニアン・ドフ
ゲット・デュークト!
げっとでゅーくと
『ゲット・デュークト!』あらすじ
日頃の行いが悪すぎた問題児3人と真面目すぎる1人の少年。この4人が参加することになったのは由緒ある伝統行事。大自然広がる平原で、地図を頼りに目的地までたどり着く課題が与えられる。先行き早々に不安になる中、謎のハンターに追われることになった彼らは恐怖を体験し、さらには不思議なトリップが始まり、もはや何が何だかわからなくなっていく。
『ゲット・デュークト!』感想(ネタバレなし)
ようこそ、ハイランド地方へ
スコットランドは大雑把に分けると「ハイランド地方」と「ローランド地方」があります。
ハイランド地方はスコットランドの北側と西側を占める地域であり、人口密度はとっても少ないです。では、何があるのか。それは山、山、山です。いわゆる高地が一帯に広がっており、いかにも「スコットランド!」という風景はおなじみですね。
自然地理だけでなく、文化も独特で、イギリスには属していますが、どちらかといえばアイルランドに通じる文化面を持っています。ゲール語だったり、ケルト音楽だったり…。なのでイギリス人にとっても異国の田舎感があるのかもしれません。
今回紹介する映画はそんな喧騒なんで無縁そうなのどかなハイランド地方で天地をひっくり返したような大暴れをするコメディ映画です。それが『ゲット・デュークト!』。
『ゲット・デュークト!』は劇場公開されることなく、日本も含めてAmazonプライムビデオで配信されるだけになってしまった、ちょっと可哀想なインディーズ映画なのです。なので全然話題にもなっておらず、映画ファンですら視界に入っていない人も大多数なはず。
でもこれがまた面白い。思わぬ掘り出し物というか、社会に疲れた心を馬鹿馬鹿しいノリで吹き飛ばしてくれる愉快な映画です。
監督はこれまでアーティストのミュージックビデオを手がけてきた“ニニアン・ドフ”という人で、この『ゲット・デュークト!』が長編映画デビュー作。監督はもちろん脚本も手がけています。またもや異才が現れてしまいました。個人的には『ジョジョ・ラビット』や『マイティ・ソー バトルロイヤル』ですっかり映画ファンに愛される存在となった監督“タイカ・ワイティティ”を思い出させます。あまりにアホっぽいテンションで突き進みながら、それほど嫌な気分にさせないコメディを提供してくれる感じが似ています。今後の活躍が楽しみだ…。
物語はスコットランドのハイランド地方で、とある行事に参加することになった若者4人が主人公。何もないサバイバル必須な大自然の中で、特定の課題をクリアするという企画の中で4人のチームワークなどが試される…のですが、この4人がもう個性的。まず3人はどうしようもないバカで、残り1人は真面目すぎる。こんな課題どころか、そのへんのコンビニで買い物させるのさえも危なっかしい奴らなのです。その4人が本当に団結できるのか。ところが予想以上にぶっとんだトラブルが連発してしまい…。
ちょっと作品のノリとしては先ほども名を挙げた“タイカ・ワイティティ”監督の『ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル』に近い部分があります。
風土を織り交ぜながら舞台となった地域(『ゲット・デュークト!』はハイランド地方)を絶妙に小馬鹿にしている感じとかもそっくりですし…。
しかし、この『ゲット・デュークト!』。ほんと、マヌケにもほどがある事態の連発。どんなことが起きるのかはネタバレになるので書けないですけど、とにかく「ありえないだろ!」という珍事が続きます。その点において、拒否反応を示す人がいるかもしれません。確かに人を選びます(まあ、コメディなんてみんなそうですが…)。
けれどもこのテンションの波に乗っかってしまうとなぜかクセになってくる。不謹慎に人を殺傷する酷い内容なのですが、でもなぜか許せちゃう不思議。“ニニアン・ドフ”監督の妙技にノリノリになればもう何も怖くありません。
“ニニアン・ドフ”監督、変な人ですよね…。この人の公式サイトを見るとプロフィールに「ニニアン・ドフは、冷酷無慈悲な殺戮マシーンとして作られた軍事ロボットです」って書いてあるし…。基本がこんな調子なのかな。
出演陣は、メインの若者4人はあまりキャリアのない俳優たちなのですが、その周りにいる大人勢が案外と面白いです。とくにイギリスのコメディアンで有名な“エディー・イザード”がぶっとんだ大暴れをする役柄で登場してくるので期待してください。
SXSW映画祭2019でミッドナイト観客賞を獲得するなど、その観客のウケ具合からもわかるように、盛り上がりに最適な一作。配信作なので家で観れますし、大勢で集まって観るのもいいのではないでしょうか。残酷描写もあるにはあるし、ドラッグ描写もあるのだけど、なんとなく子どもに見せてもいいかなという気分にもなれる…かも。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(隠れた傑作…かも) |
友人 | ◎(愉快に盛り上がる) |
恋人 | ◎(愉快に盛り上がる) |
キッズ | ◯(残酷描写もあるがバカっぽい) |
『ゲット・デュークト!』感想(ネタバレあり)
「とにかくノリでいこう」
「デューク・オブ・エディンバラ・アワード」。これは女王エリザベス2世の夫であるエディンバラ公が考案した都会の者たちに田舎で冒険させる企画。課題は3つ。チームワーク、食料調達、オリエンテーリング。達成すると公爵としての賞状がもらえ、それに何よりも誇りが得られます。
そのプレゼンを学校の教室で受ける3人の若者たち。明らかにつまらなさそう、というか興味なさそうです。
その3人が車で連れられ、辺鄙なところにやってきます。草原、何もないです。その3人、いや、もうひとりいました。4人目が現れ、びっくりする3人。乗ってたことにも気づきませんでした。
この4人、それぞれの紹介はこんな感じ。
ディーン・ギブソン。問題児でトイレを爆破しました。
ダンカン・マクドナルド。自由奔放で不潔でヤバいです。
DJビートルート(本名はウィリアム・ドボーヴォワール)。ヒップホップ馬鹿です。
3人とも度重なる非行ゆえにその処罰としてこの「デューク・オブ・エディンバラ・アワード」に嫌々強制参加となりました。
そして影に隠れていた4人目、イアン・ハリス。繊細で真面目。彼だけは進学に有利だと考えて、自分で申し込んだらしいですが、友人はこれといっていない様子。
4人は引率のカーライル先生から説明を受けます。「午後6時までにキャンプに来い」「電波は届かないぞ」…地図を頼りにするしかないようです。「危険だらけだが頑張れ、迷子になるな、ここでは毎年行方不明者が出るからな」
さらっとそんな危ないことを言いつつ、先生は合流地点に車で先回りしに行ってしまいました。4人が立っていた後ろの掲示板には行方不明のチラシが無数にありましたが誰も気に留めておらず…。そんな4人をスコープで覗く誰かがいることにも…。
しょうがなく歩き出す4人。ダンカンは電気柵にむやみに触れて感電したり、大麻を吸おうとしだす3人だったり、もうやる気も何もなし。
しかも、地図の端っこを千切ってしまい、それは折りたたまれているので地図の中央部分で、結果、位置さえもわからなくなってしまいました。でも3人は全然気にしておらず、イアンだけがパニックです。
偶然、トラクターを運転する農場の男に出会い、話を聞くイアン。北に行きたいと説明すると「ハイランドで迷ったら大ごとだ」と心配してくれます。DJビートルートは自分のCDを渡し、農場仲間に教えてあげてと普及活動に余念がありません。
「とにかくノリでいこう」と全くノープランな中、「エディンバラ公なんて架空の人だろ」と言いだす始末の3人。ところが、DJビートルートが猟銃を持ったおじさんを発見。遠くにいますが、こっちを視認しています。あれはもしかして公爵じゃないか…。
するとそのハンター公爵男は「今年は数が増えすぎてしまってね。最も弱い個体を処分する」と意味不明なことを呟きながら、なんと4人めがけて平然と撃ってきます。
逃げる4人。ろくな武器はありません。そこでディーンは爆弾を作ると言いだします。ダンカンの家で作り方をダウンロードしたから大丈夫となぜか自慢げ。お手製爆弾は不発でしたが、タール&CDを投げ飛ばすという機転で、ハンター公爵男の足を火傷させる程度のダメージは与えられました。
スマホの電波が1本たったので急いで警察に電話するダンカン。「サイコ野郎に追われています。ペドです!」と勢い余って通報。
それをそのまま受け取ったハイランド地方の警察署では、爆弾の作り方をダウンロードした怪しいテロリストの情報と並び、ペドフィリアが逮捕優先事項に。地元を騒がせていたパン泥棒はどうでもよくなりました。
キャンプ場に到着し、先生が待っていましたが、こちらが謎の襲撃者に会った話はまともに聞いてくれません。それになぜか足に火傷を負っているようです。あれ、これはもしかして…。嫌な予感がする4人。相談の結果、殺そうかという話になり、ダンカンの暴走で車で轢き殺してしまいます。やむを得ないので遺体を車に乗せて、自殺に見せかけますが、車は坂をバックで下がっていき、勝手に消えました。
とりあえずこれで安心。そう思ったのも束の間。さらに4人の前にハンター公爵男が妻を連れて登場。先生は無実だった…。若者たち、ハンター公爵夫婦、警察…3つの追いつ追われつなサバイバルが始まります。
無事、アワードを手にすることはできるのか…。
全員バカだ!そこがいい!
『ゲット・デュークト!』で題材になっている「デューク・オブ・エディンバラ・アワード」。これは本当にイギリスで実際に行われている課外活動であり、青少年の自己啓発と健全な育成を目的としています。
それを本作は徹底的に不謹慎にネタにしています。リアルにあるイベントをここまで馬鹿にできるのも凄いですよね。こういう風刺センス、さすがイギリスだなと思いますが…。
その馬鹿の中心にいるのはあの4人(1人は巻き込まれだけど)。
ディーン・ギブソンは、作中ではすっかりハイになってしまい(マジックマッシュルームが大好物でそれが濃縮されているウサギの糞というアホっぽさもいい)、収拾がつかなくなっていきます。
ダンカン・マクドナルドは、カーライル先生が公爵だと疑いが深まる中、殺すしかないという案について多数決をとっているうちに先生を車で轢き殺しちゃうし…(「よっしゃあ!」の嬉しさ爆発の声がいい)。個人的には風貌がすでにいかにもな感じでいいんですけど。
DJビートルートはなぜか全身真っ白で汚れを嫌う自意識過剰アーティストですが、やがては農家たちの間で空前の大ブームを起こしていくことになります(トリップ描写の雑さがまたいい)。
そして一見すると真面目そうに見えるイアンも、そもそもこのアワードを獲れば進学に有利という発想が意味不明であり、素でバカだったりします。
加えて本作は4人の若者だけではない、周りの大人たちもバカです。
とくに警察のアホ描写は抜きんでています。CDを発見=ヒップホップ=都会のギャング=20人ほどのパーカーの黒人少年…という著しい飛躍による推測で事件をどんどん過剰に解釈。暴走が止まりません。なんか田舎の警察権力はマヌケであるというのが定番ですよね。
実はパン泥棒だった先生も踏んだり蹴ったりすぎるのですが(「どっかに落ちるだろう。イギリスは島だし」のオチもいい)、なんとなく同情する気も失せるのは気のせいかな。
あとはあのハンター公爵ども。まあ、ここはお約束。車で潰されても全然OKです。
要するにオール・バカで繰り広げられる、ツッコミ不在のドタバタ劇。ツッコミを入れる役は私たち観客です。それがまた巧みな伏線回収で綺麗にまとまっていくあたりもとても気持ちがいいです。
男は黙って女にフォークを渡そう
とまあこんな感じでバカばっかな『ゲット・デュークト!』なのですが、意外にも不謹慎ネタのオンパレードながら、その芯では「正しさ」も持っているのが良いところ。
例えば、あの4人は人種差別的な展開とかには全然ならず、なんか妙にフェアなんですよね。その理由はあいつらが根本的にバカすぎるからでもあるのですけど…。「オリエンテーション」と「オリエント」の違いもわからないような奴ですから…。
言ってしまえばあいつらは「バカ」という人種で連帯しているようなものです。
その代わり、周りの大人たちがどこか人種差別的でそれをユーモラスに風刺しています。警察の安直すぎる犯人像の想像だったり、はたまたあのハンター公爵の階級社会特有の見下しだったり。『キングスマン』などでも共通するイギリスの風刺力はここでも健在。
ちなみにあのハンター公爵を演じた“エディー・イザード”はトランスジェンダー(ジェンダーフルイド)であり、まさにそんな階級社会的に軽視されてきた属性の人物に演技してもらうことでの皮肉もありますよね。
また、ああやって4人の男が集まればおのずとホモ・ソーシャルっぽくなってしまいがちなのですけど、そうはならないのも印象的です。全然、女をネタにして卑猥な会話で盛り上がるとか、女をくさすトークとかしないんですね。色恋沙汰よりもハイになる方を優先しているので…。
それどころか、ラストはちゃんと女性への目配せがあるわけです。見事にアワードをゲットして満面の笑顔で満たされる4人。自信を獲得して帰ろうとすると、少し離れた場所でおそらく新たにアワードに参加しようとしている4人の(これまた負け組臭が漂う)女子たちがいる。
その女子4人に駆け寄って別にナンパするでもなく、バカ男4人は剣と銃とあとフォークを渡し、「やってやれ」と次を託す。そして自分たちは立ち去る。この『マッドマックス 怒りのデス・ロード』流の「男は黙って立ち去るのみ」スタイル。
つまり、あの最後のバトンタッチをもって、こいつらは「男」として誇れる成長を成し遂げたことを証明しています。なんだかんだでバカ全開だったのに、最終的には「男の成長」の在り方をすごく現代的価値観に基づいて示しているあたり、この映画、バカにできないな、と。
こういう創作物内でコメディを全力でやりながらも「何が正しいのかわかっている」クリエーターというのは本当に信頼できますね。
フォーク(尖っているやつね)を渡せる男でありたい。これからの男のお手本です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 62%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Natasha All Rights Reserved. ゲットデュークト
以上、『ゲット・デュークト!』の感想でした。
Get Duked! (2019) [Japanese Review] 『ゲット・デュークト!』考察・評価レビュー