言いたいのはそれだけだ!…映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2025年1月17日
監督:ラリー・チャールズ
性描写 恋愛描写
でぃっくす ざみゅーじかる
『ディックス!! ザ・ミュージカル』物語 簡単紹介
『ディックス!! ザ・ミュージカル』感想(ネタバレなし)
神はゲイだと歌いまくる
キリスト教において聖書は同性愛を認めているのか。そもそも神は同性愛者を創造したのか。
この論題はクリスチャン・コミュニティにとって常に物議を醸すものになってきました。
双方であれこれと主張は飛び交っています。もちろん聖書でも同性愛は否定されていないし、人間の堕落でも何でもないと、肯定的に解釈している人たちも宗教活動家の中にさえいます。
一方で、保守派のキリスト教信者層は、そうした同性愛肯定派である「Gay Gospel」を警戒し、聖書を歪めていると頑なに非難し続けています。
よく「アメリカは同性結婚もできるのだし、もう同性愛は論点にすらなっておらずに受け入れられているのだろう」と思われがちですが、実情から言えば全くそんなことはなく、宗教右派は現在も同性愛を不道徳としてみなすことを社会規範化しようと常に隙を窺っています。槍玉にあげられやすいのはトランスジェンダーですが、それを足掛かりに同性愛の権利を後退させたいという思惑はすぐそこで待機しています。
だからこそ「そうはさせないぞ!」とアメリカのLGBTQコミュニティは徹底抗戦の構えを解かないわけで…。油断すれば何をされるかわからないので、いつも闘っていく気持ちでいく。それが当事者のファイティング・ポーズ。
ではどうやって闘いますか? そうですね…陽気な歌を武器にしましょうか。
ということで本作『ディックス!! ザ・ミュージカル』の感想です。
本作は“ジョシュ・シャープ”と“アーロン・ジャクソン”という2人が原案&主演したオフ・ブロードウェイのミュージカル舞台を映画化したものです。
“ジョシュ・シャープ”と“アーロン・ジャクソン”はコメディアンで、これまで多数の著名なコメディアンを輩出してきたアップライト・シチズン・ブリゲード劇場で『Fucking Identical Twins』というミュージカル舞台をやり続け、それが好評となって映画会社の目にとまり、映画化の話が進みだします。2016年頃から企画はあったらしいですが、結局、「A24」が映画製作を主導し、2023年にお披露目となりました。
日本では2025年1月にやっと劇場公開。正直、日本の客層に届けるにしても、これは明らかにクィア・コミュニティに向けた作品なのでね。配給はそこのところをわかってちゃんと宣伝できるのか、不安ではある…(そして案の定できていない気がする)。
そうです、『ディックス!! ザ・ミュージカル』はクィア映画です。それもおバカなクィア映画です。
最近はおバカ系のクィア映画もハリウッドでは盛況で、2023年は『ボトムス ~最底で最強?な私たち~』があったのですが、こちらは日本では劇場公開されず…。まさか『ディックス!! ザ・ミュージカル』のほうが劇場公開されるとは思いませんでしたよ。
『ディックス!! ザ・ミュージカル』の中身は、下品で猥褻なエンターテインメント・ショーです。LGBTQコミュニティにとっては伝説となっている『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)の魂を受け継ぐ、キャンプな大袈裟が詰まったエンタメですから。もしくは悪趣味なゲイ・コメディの開拓者である”ジョン・ウォーターズ”流ともいうべきか。
物語は、互いに双子だと知らなかった2人の男がひょんなことから出会い、家族をひとつにしよう(その最中で社会までひとつにしてしまう)とするコメディとなっています。『ファミリー・ゲーム/双子の天使』(1998年)みたいなありきたりの図ですが、ものすっごくゲイらしさを全開にしています。
これはわかったうえで観ないといけないのですけど、作品のスタンスとして“わざと”ステレオタイプな表象をやりまくったりしながら、ゲイをコメディにしています。かといって差別になるような嘲笑的な感触を与えず、クィアな観客の喜ばせ方をわかっている。そこは“ジョシュ・シャープ”と“アーロン・ジャクソン”がゲイ当事者のクリエイターだからというのはもちろんありますよね。
監督は『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』の“ラリー・チャールズ”です。
『ディックス!! ザ・ミュージカル』を観て、アホみたいな幸せをもぎとるパワーを手に入れてください。絶望に飲まれる前に。今日からあなたの一卵性双生児になってあげましょう。
『ディックス!! ザ・ミュージカル』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 不謹慎で下品なトーンです。 |
キッズ | 性行為の描写があります。 |
『ディックス!! ザ・ミュージカル』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
クレイグとトレヴァーという男がそれぞれ別のところで暮らしていました。今もまさに女にまたがられてベッドの上で楽しんでいる、それはもう女好き(でも女性に敬意の無い)のストレート野郎でした。
そして2人は一卵性双生児の関係でもありました。それを知るのは神のみ。神の代名詞は「he/him」。最も偉大なストーリーテラーです。ベストセラーの本も書いてます。
何も知らないクレイグとトレヴァーは、セールスマンであり、今日もスーツでビシっときめて出勤します。会社が合併する日でしたが、そんなのは気にしていません。マイペースでウキウキです。美女に出会えば声をかけていくらでも淫らなことをしたくなります。
その2人は会社で初めて出会います。さっそく対抗心を燃やし、ぶつかりまくる2人の男。なんだか妙に無視できない相手な気がする…。
新しい上司はグロリアという女性でした。2人に稼ぐようにと競争心を煽ります。とにかく今は目の前のライバルをビジネスの実績で打ち倒さないと気が済みません。カネです。カネだけが自分の凄さを証明できるのです。
クレイグとトレヴァーは、夜遅くになっても丁々発止で罵り合っていましたが、心の内に抱え隠している家族体験の寂しさがこぼれだします。というか、なんだか境遇が似ている気がする…。誕生日も同じ?
お互いのネックレスのペンダントがくっついてひとつになるという衝撃の事実が発覚。双子だとわかって2人は腑に落ちます。自分は双子だったのか…。急に孤独が消えました。
翌日もこの奇跡をどう受け止めるかで2人は話が止まりません。母と父は何を思っているのだろうか…。母と父を再び引き合わせたら家族を取り戻せて人生は充実するのでは?
そこでクレイグはトレヴァーになりすまして母に会いに行きます。母は風変わりな生活をしていますが、本人は満足しているようです。そして足を恥ずかしげもなく広げて股をみせ、外性器がないことを平然と息子の目の前で公にします。
一方、トレヴァーはクレイグになりすまして父に会いに行きます。オシャレな生活をしていましたが、急に「私はゲイだ」とカミングアウトしてきました。しかし、そんなカミングアウトが吹き飛ぶくらいのとんでもないことを続けて話だします。自宅の檻の中に小さな人型のヘンテコ生物を飼っているのです。口移しでご飯まであげています。
この両親は奇妙(クィア)すぎる…。それも手が付けられないレベルで…。
双子はそれでもこの家族をまとめることはできるのか…。
クィアな観客の喜ばせ方
ここから『ディックス!! ザ・ミュージカル』のネタバレありの感想本文です。
よく日本ではLGBTQをコメディ的に扱おうとして大失敗している事例を見かけますが、そういうのはたいていクィアなコメディの文化を何も理解していないシスヘテロの製作者がやらかすものです。「これって面白いだろう」と製作者本人は浮かれていても、当のクィアな客層からは総スカンを食らう。当たり前ではあるんですが…。
対するこの『ディックス!! ザ・ミュージカル』は『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』でもまとめられていたような脈々と歴史のあるクィアなコメディ・カルチャーに連なる一作であり、やっていることはどうしようもなくアホですが、ちゃんとセオリーをなぞっています。なのでそのエンタメをわかっているクィアな客層にとっては「はいはい、これね」とどう楽しめばいいのかもすぐに察せます。そして適度にクィアを喜ばせるツボをついてきます。
もちろん「本作は全てのクィア当事者が楽しめるはずだ」とかそういうことが言いたいわけではなく、どういうメニューでどんな味なのか想定しやすいってことです。
そのエンタメ的な気配りの中には、どれほどクィアを滑稽に描こうとも、やはり一定のコミュニティのルールを守っています。どこまでやれば受け入れがたいホモフォビアやトランスフォビアになってしまうのかという境界を熟知して製作者は遊んでいます。
そのあたりは『ズーランダー』や『オースティン・パワーズ』のようにアホではあるのだけどもどこか境界まで踏みにじってしまっている感じもあるコメディ映画とは違うところ。
例えば、『ディックス!! ザ・ミュージカル』の冒頭、「これは勇敢なる2人のホモセクシュアルの書いた映画である。そして勇敢にもヘテロセクシュアルな男を演じた」とこれ見よがしにわざとらしい説明があるのですが、そこで「homosexual」という言葉が使われます。これは一般的には現在は蔑視的な単語なので使用は避けられます。でもこの映画の冒頭ではあえて使っている。この時点で肩の力を抜いてくださいねというウィンクです。
そして映し出される主人公の男2人がどうしたって表面上は「女が大好き、イェ~イ!」みたいな看板を掲げつつ、作中のあらゆる描写にゲイネスが満ち溢れていますからね。「双子っていうか、ゲイなんでしょ。というか2人はくっつくんでしょ」と察しながら観客は観ていくことになりますし、実際にそのとおりの展開が待っています。常にサービス精神豊富です。
いわゆる「内面化された同性愛嫌悪(Internalized homophobia)」があっけらかんと看破されて吹っ切れていく展開というのは、やっぱりクィアな客層には好まれますね。
「クィア陣営&神」vs「アメリカ」
『ディックス!! ザ・ミュージカル』は主人公のクレイグとトレヴァーの2名以外も、軒並み揃ってキャンプ(LGBTQ表象の文脈において誇張された表現技法)な奴らばかりです。
双子の母親は、目がついていてパタパタと蝶のように飛び回る自分の「プッシー」をバックに隠しながら、人生を謳歌しています。ああやって適度に身体から離脱してくれると、これはこれで便利そうだな…。入れ歯みたいなものだもん…。
演じているのは、クラシックなゲイ・シットコムとして有名な『ふたりは友達? ウィル&グレイス』にも出演した“メーガン・ムラーリー”。LGBTQの権利を支持する姿勢でも知られています。
双子の父親は、ゲイのカミングアウトはもはやどうでもよく、それよりも謎のヒューマノイドを大事に飼育していることの衝撃さ。ほら、ゲイは可愛くて不気味な生き物が大好きだからさ…。
演じているのは、ゲイ当事者であり、「Broadway Cares/Equity Fights AIDS」を引っ張っていることでも有名な”ネイサン・レイン”です。
この両親の座組でもすでにクィアな観客には安心感がありますよね。
さらにしょっちゅうでてくるやけに派手でラフな神を演じるのが、中国系アメリカ人でゲイ当事者であり、最近も『ファイアー・アイランド』などクィア映画に出演を重ねている“ボウエン・ヤン”(ボーウェン・ヤン)。今作でもコメディアンの才能を活かして絶好調です。
そしておまけに”メーガン・ザ・スタリオン”までぶっこむ豪華なゲスト枠。ちょっと”メーガン・ザ・スタリオン”がインパクト強すぎて、あのパフォーマンス・シーンだけ、完全に”メーガン・ザ・スタリオン”に主導権を握られるほどに濃かったけども。
ラストはこれほど強力なクィア陣営を勢揃いさせたうえで、クレイグとトレヴァーの結婚式を邪魔しに来るなんだかいかにも保守的なアメリカの有象無象な人たちを「神はゲイを祝福している!」のひと言で論破。まあ、普段から宗教右派からはハチャメチャな理屈をぶつけられているので、たまにはこちらもハチャメチャな強引さで押し切ったっていいじゃないですか。
「All love is love, all love is gross. God is a faggot」の大合唱のフィナーレは、愛を讃えながら神を褒めてるのか侮辱しているのかわからないハイテンション(「faggot」は本来は同性愛者に対する最も酷い侮辱言葉です)。しかし、そんなのどうでもいい。これからの未来も高慢(pride)な生き方で一緒に進んでいきましょう!…とこの映画は誘ってくれたので、私もついていくことにします。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
作品ポスター・画像 (C)2023 SEWER BOYS RIGHTS LLC. All Rights Reserved.
以上、『ディックス!! ザ・ミュージカル』の感想でした。
Dicks:The Musical (2023) [Japanese Review] 『ディックス!! ザ・ミュージカル』考察・評価レビュー
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