90日のはずが15年も動いた!…ドキュメンタリー映画『おやすみ オポチュニティ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にAmazonで配信
監督:ライアン・ホワイト
おやすみ オポチュニティ
おやすみおぽちゅにてぃ
『おやすみ オポチュニティ』あらすじ
『おやすみ オポチュニティ』感想(ネタバレなし)
耐用年数は目安です
家電製品にはたいていは耐用年数というものがあります。その製品がどれくらい本来の機能を発揮でき続けるのか、その目安です。その期間を過ぎたら必ず壊れるわけではないですし、耐用年数に至る前に壊れることもありますが、製品がどれくらい持つのかの判断材料になります。それ以外にも寿命という言い方でその製品がどれくらい持つのかを数値で示すこともあります。
耐用年数や寿命は、冷蔵庫では6年、炊飯器では6年、洗濯機では6~7年、テレビでは10年…。
私が以前に家で使っていた電子レンジは寿命が10年と一般には言われていましたが、20年以上も使用していました。とくに壊れていませんでした。不思議なものです。ほんと、なんで壊れなかったのだろう…。
まあ、でも壊れていないからといってずっと古い家電製品を酷使し続けるのはあまりオススメできませんけどね。急な発火などの深刻なリスクも考えられますし、機会を見計らって買い替えるのが安全ではあります。
今回の紹介するドキュメンタリーは「90日」の想定耐用年数だったはずが、なんと「15年」も機能することになった”とある機械”の実話を追いかけたものです。
それが本作『おやすみ オポチュニティ』。
すごいですよね。90日が15年になるって…。単純計算で約60倍も長持ちしてしまったわけですから。テレビで考えたら、買ってから600年も使えたってことですよ。一生のうちに買い替える必要ゼロです。
しかも、そのとてつもなく長持ちで機能した”とある機械”というのが、地球からはるか遠く、最接近時でも7528万kmも離れている火星を探査するために送り込まれた「探査車(ローバー)」というロボットなのです。
探査車(ローバー)は宇宙モノの作品でも見たことがあると思います。タイヤがついていてその星の地表を走行して画像を撮ったり、鉱物を調査したりします。基本的に自律的に動き、地球の管制センターはバックアップでサポートし、送られてくるデータを分析します。
月面で活用された探査車(ローバー)は人も乗車できるタイプでしたが、火星にはまだ人類は一歩を踏み出していないので、探査車(ローバー)だけが火星の表面を調査している段階です。
本作は『おやすみ オポチュニティ』は2003年に打ち上げられた2つの探査車(ローバー)である「スピリット」と「オポチュニティ」を主題としており、その活動の成果を取り上げています。そのうちのひとつであるオポチュニティという探査車(ローバー)が15年も活動できてしまったんですね。
邦画風にサブタイトルを考えるなら「90日のはずが15年も活動できちゃった火星探査ロボットの実話」って感じかな。
そもそもなぜそんなに長持ちしたのか、その想定外の長期間活動によってどんな成果を得られたのか、そんなことが整理されているのですが、これはただの宇宙科学ドキュメンタリーにおさまりません。
NASAの技術者などの関係者たちがこの探査車(ローバー)をただの機械以上の存在…愛しい家族のように大切にしている姿がたっぷり映し出されており、ロボット愛溢れるドキュメンタリーにもなっています。ロボット好きなら感動で涙が止まりません。
火星に取り残されたひとりの男を描く『オデッセイ』と、荒廃した地球にポツンと残って活動を続けるロボットを描く『ウォーリー』を、合体したような実話ですけど、私は“マット・デイモン”よりも探査車(ローバー)の方に感情移入しちゃうかな…(ごめんよ、マット・デイモン…)。
『おやすみ オポチュニティ』の監督は、『ジェンダー・マリアージュ 全米を揺るがした同性婚裁判』(2014年)、『おしえて!ドクター・ルース』(2019年)、『わたしは金正男を殺してない』(2020年)、『アラバマ州対ブリタニー・スミス 正当防衛法とは何か?』(2022年)と、性から実録事件モノまで多岐にわたる題材をドキュメンタリーで取り上げてきた“ライアン・ホワイト”。今回はまた新しい領域を開拓しましたね。
『おやすみ オポチュニティ』は劇場公開はなくて、Amazonプライムビデオでの独占配信にとどまっているため、少し目立たないのですが、童話のように心温まる物語なのでぜひどうぞ。
本当に絵本にして子どもたちに読み聞かせたいくらいですよ…。
『おやすみ オポチュニティ』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2022年11月23日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :宇宙開発に関心あるなら |
友人 | :題材に関心あるもの同士で |
恋人 | :題材で話が合うなら |
キッズ | :ロボット好きな子に |
『おやすみ オポチュニティ』予告動画
『おやすみ オポチュニティ』感想(ネタバレあり)
ローバーを作ろう、そしてぶっ飛ばそう
カリフォルニア州パサデナにあるジェット推進研究所(JPL)のNASA火星探査計画管制センター。火星探査のプロジェクトはここから始まりました。
目的は火星に生命の根源である「水」が存在したのかを確かめること。地球から観測できる画像データからは分析できる範囲に限界があります。やはり実際に現地に行って、火星の表面を調べないと…。
そこで持ち上がったのが探査車(ローバー)を送り込む計画です。以前には1996年にNASAは「マーズ・パスファインダー」という探査車を火星に送り込み、着陸に成功させ、調査分析をしたことがあります。そのときは約3カ月程度で通信が途絶えてしまいました。
このノウハウを活かして設計されることになった新たな探査車が「スピリット」と「オポチュニティ」です。
本作『おやすみ オポチュニティ』を観ているとあらためてわかりますが、なんとなくNASAと言われると科学の英知を結集させた最新技術を用いていると思い込みがちですが、実際のところは期限も予算も限られているせいか、ものすごく突貫工事のDIYで探査車を開発している様子が窺えます。
スピリットとオポチュニティも「双子」として扱っているくらい、開発時から同じ設計のわりには、パフォーマンスが全然違っていて、どうもスピリットの方が不調が多かったりするのも、いかにも初期開発段階にありがちな完成度のムラです。
打ち上げタイミングは惑星の配列で決まるので、それを逃せば20数カ月後に延期になり、プロジェクトそのものが成り立たなくなってしまいます。
こうしてエンジニアたちに必死の努力もあって、2003年6月10日にスピリットを打ち上げ、7月7日にオポチュニティを打ち上げることに成功。
打ち上げの感動はドキュメンタリー『リターン・トゥ・スペース』とかで何度も味わったベタなやつですね。今回は探査車しか乗っていないですし、『アポロ11 完全版』みたいな興奮は起きないだろうと思っていたけど、私は人間よりロボットの方が好きだから、結局は打ち上げは感動してしまうという…。
次は6カ月半後の着陸です。この火星着陸の仕方もなんとも原始的というか、大雑把なスタイルですよね。シュっと着地するんじゃなくて、全体がエアバックみたいな球体になり、ポーンとバウンドしながら地表を転がっていくんですから。「ホールインワン」なんて言及されていましたけど、本当に地球からゴルフのスイングみたいにショットを放たれて火星というエリアに落としているみたいです。
それにしてもNASAが以前に着陸に失敗した原因が「ヤード・ポンド法とメートル法を勘違いしたコミュニケーション・ミス」だと説明されていて、やっぱりヤード・ポンド法は滅ぶべしだと思いました。人類の宇宙進出にまで水を差しているんですよ。あいつら、有害でしかないよ…。
ロボット見守りゲームから、看取る家族愛に…
『おやすみ オポチュニティ』は火星着陸後は実質は「ロボット見守り」がミッションとなります。
スピリットとオポチュニティの探査車(ローバー)は、基本は自律的に行動するのですが、管制センターからプログラムを更新して、行動をある程度コントロールすることができます。
この「リアルタイムに自由自在に操作できないけど、プログラムで行動パターンを変えていって、その結果を見守る」という関係性…なんかこういうゲームありそうですよね? というかこういうゲームを作ったら面白いような…。
けれどもこのミッションはとんでもなく壮大です。なにせ舞台は前人未踏の火星ですよ。
ここで耐用年数の問題が浮上します。当初の想定では「90日」を考えていました。この理由は太陽光小パネルに体積する砂ぼこり。バッテリーが充電できないのであれば動きようもありません。おそらく以前のマーズ・パスファインダーも約90日で通信が途絶えたので、NASAとしてはそれくらいの稼働が期待できる感じだろうと見積もっていたのだと思います。
ところがここで嬉しい予想外の出来事が…。火星で不定期に発生する砂嵐が太陽光パネルの砂ぼこりを綺麗に吹き飛ばしてくれたのでした。まるで洗車ですよ。火星で砂嵐が洗車の役割を果たすとは…。
これによって火星のSOL90を超えてもスピリットとオポチュニティは動作し続けます。
ここでNASAのチームが「じゃあ、もっとあんなところにも行かせてみよう!」と好奇心を剥き出しにして、すっかり冒険する子どもみたいにワクワクしているのが微笑ましいです。
ちょこちょこと広大な火星の大地を動き回り、分析調査を繰り返して前進していく探査車。可愛い。NASAの人たちが愛着を持つのもわかります。
たまに無理させすぎて斜面から滑り落ちたり、砂にタイヤがハマって動けなくなるのですが、それでも頑張って起動し続ける探査車の2機。保護欲をくすぐられる…。
しかし、いくらエネルギー問題を解決できたとはいえ、機械は機械。使えばしだいにガタがきます。アームや車輪が壊れ始めたり、動きが悪くなったり、さらにはメモリ不調で記憶できなくなったり…。
こうした探査車の姿を「老化」として捉えながらその一生に寄り添うNASAチーム。もうこれは完全に寿命を迎えようとする家族を看取る光景と同じなんですね。ちょうど探査車の寿命は10年ちょっととなってくると犬や猫のペットと同じですもんね。感情移入するなという方が無理な話です。
ここまでくるとこのミッションは「科学」を超えて、「生命」との向き合い方になってきます。もともとは火星に生命の源となる水がないかを調べるためのものだったのに、いつの間にか地球の人間たちは火星で働く探査車に生命を見い出すようになっている。すごく示唆に富む寓話だと思うのです。
目覚ましソングを流す意味
『おやすみ オポチュニティ』は探査車に焦点をあてたドキュメンタリーでしたが、もうひとつ印象的だったのは人間側です。
今のNASAは本当に働いている人のダイバーシティが上がっており、『アポロ11 完全版』のときはほぼ男ばかりで、わずかに女性が混ざっていました。でも今作では非常に男女混合で、人種も多様です。しかも、探査車の稼働期間である15年という歳月の間にもどんどん改善されているのが、映像としてよくわかります。
ミッション・マネージャーのジェニファー・トロスパーという女性リーダーのもとでプロジェクトが動き、ローバー・ドライバーのアシュリー・ストロープやヴァンディ・ヴェルマといった女性陣が探査車をサポートします。
15年もあればエンジニアの世代交代も起きており、打ち上げ時に高校生として参加していた人も、今ではすっかり中核メンバーになっていたり…。
こうやって科学の世界は広がっているんだなと実感させてくれます。
そして本作のまさかの音楽ドキュメンタリー的な要素が鑑賞者の涙腺を刺激してくるとは…。
NASAではその調査対象の惑星時間をベースにスタッフが働いており、他の星や宇宙空間に人がいるときは時間間隔が乏しくなるからなのでしょうけど、NASA側から目覚ましソングをかけるのが伝統とのこと。今回の探査車にも目覚ましソングをかけてあげるんですね。
その目覚ましソングの選曲で泣かせてくるとは思わないじゃないですか…。スピリットからの信号が途絶えた時はABBAの「SOS」、オポチュニティの通信が巨大砂嵐以降に消えた時はWham!の「Wake Me Up Before You Go-Go」、そしてオポチュニティの最期にはビリー・ホリデイの「I’ll Be Seeing You」。
曲を流す意味は科学的には全く無いんですよ。でも流す。自撮りさせるのもそうですけど、このローバー・ミッションが関係者にとってどれほどの意味を持っているものなのか…それを暗示するシーンです。
こういう科学には「それ必要なんですか?」という元も子もない質問をぶつけられることも多いでしょうし、実際に当事者は一番よく経験していることのひとつなんだと思います。その疑問に科学的に回答することはできます。でもときにはこうやって感傷的な気分でしか到達しえない瞬間があり、それは説明不可能ですし、他者に説明する必要もないのでしょう。
火星探査はまだ続行しています。2022年時点の今は「キュリオシティ」と「パーサヴィアランス」という、より多くの分析機器を搭載した探査車が火星をちょろちょろ走っています。
もしかしたら私たち人類が火星に足を踏み入れる頃には、複数のローバーたちが「ようこそ! 案内してあげようか?」と火星でお出迎えしてくれるかもですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 100%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon
以上、『おやすみ オポチュニティ』の感想でした。
Good Night Oppy (2022) [Japanese Review] 『おやすみ オポチュニティ』考察・評価レビュー