でも何もできない…映画『GOOD BOY/グッド・ボーイ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2026年7月10日
監督:ベン・レオンバーグ
ぐっどぼーい

『GOOD BOY グッド・ボーイ』物語 簡単紹介
『GOOD BOY グッド・ボーイ』感想(ネタバレなし)
犬ホラー(怖い犬の話ではない)
古代アステカ文明では、「ショロトル」という神がおり、頭は犬のような見た目でした。関連して、古くから犬は、亡くなった魂を冥界へと道案内する役割があったそうです。そのため、飼い主と一緒に犬も埋葬されていたのだとか。
なんだか可哀想な話ですけどね。いくら犬が死者を導くからといって、そんな生贄みたいにされるのは…。犬好きとしては心苦しい…。犬は犬で幸せになっていってほしいですよ。
今回紹介する映画は、そんな人間の死と向き合う犬の、それこそ正真正銘の犬の目線の作品です。
それが本作『GOOD BOY グッド・ボーイ』。
この映画は、先ほども説明したとおり、犬が主人公で、犬の目線で物語全編が進行します。人間は脇役で、ほぼ顔も映りません。『野性の呼び声』みたいに犬と人間のパートナーシップが対等に描かれる…わけでもなく、本当に犬映画です。
だからと言って、『スラムドッグス』みたいにリアルな犬が擬人化されてコミカルに喋ることもなく、演出としてもそのまんまの犬(喋りもしない)を映しています。
それでいてジャンルはスーパーナチュラル(超自然現象)のホラーになっており、飼い主に恐怖が迫っていく中、犬の視点でそれが描かれていくことになります。決して「怖い犬がでてくる」わけではないですからね…。
いかにもこれぞインディーズ映画!と言える挑戦的なアプローチなのですが、この2025年に『GOOD BOY グッド・ボーイ』を監督したのは、これが長編映画監督デビュー作となったアメリカ人の“ベン・レオンバーグ”。
“ベン・レオンバーグ”監督は作家性がハッキリしており、非常に抑制的で静かなストーリーテリングと演出を好み、その中で老いや死など曖昧な概念に向き合わせるテーマを映し出します。例えば、2015年の短編『Bears Discover Fire』は火を使える熊が現れ、人間が人生に向き合う一作です。また、2016年の短編『The Fisherman’s Wife』は行方不明になった漁師の夫を探す女性が海で未知なるものと対峙します。いずれも不可思議な超自然的存在を通して恐怖と接触しつつ、その奥にある人生の啓示に辿り着く流れです。
なので『GOOD BOY グッド・ボーイ』はわかりやすいエンターテインメントではないです。変わり種な映画なのは間違いないでしょう。
アメリカ本国で配給したのはホラー界のインディーズをサポートすることに定評のある「Shudder」です。
ひとつ先に欠点を挙げるなら、約70分の短い映画ですが、じ~っと集中して暗い映像を見つめないといけないので、わりと疲れます。『シェルビー・オークス』なんかと同様の目の疲労感ですね。
なので鑑賞前は目の調子を万全に整え(体調もしっかりケアし)、落ち着いた環境でスクリーンに臨むことを強くオススメします。
なお、どうしても気になるであろう犬の安否。今回の映画『GOOD BOY グッド・ボーイ』では、犬は…死にません。でも悲しいことを経験する悲劇であることには変わりないので、まあ、楽しい気分で映画館を出ることはできないと思います。でも犬(と飼い主の関係性)をすごく大切にしている映画なのは断言できます。
『GOOD BOY グッド・ボーイ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 死別が描かれます。 |
| キッズ | やや怖い演出が多いので注意です。 |
『GOOD BOY グッド・ボーイ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーのインディは、飼い主のトッドと穏やかに暮らしていました。子犬の頃から一緒です。いつものように部屋で飼い主と過ごしているとインディは何かを感じ、あたりをきょろきょろ見渡します。背後の証明がゆっくりチカチカと明暗し、トッドも何か苦しそうにじっと動かず悶えます。
そのとき、ちょうどトッドの妹ヴェラがアパートを訪れ、状況に気づいて急いで病院に運びました。その間もインディは何かを見つめます。
トッドは慢性肺疾患を患っており、ヴェラはその症状が悪化したものだと考えていました。体調は悪いままですが、トッドは自分の好きなように生活をしたいようです。
そしてニューヨーク・シティから、トッドの亡き祖父が暮らしていた家に引っ越すことになりました。車で移動中もトッドは助手席から車の後ろの窓を見つめます。その家は森の中にあり、到着した日は土砂降りの夜。あたりに人影はない、真っ暗闇です。
ヴェラはその家をあまり快く思っておらず、祖父の死もその家のせいではないかと疑っていました。トッドは気にせず、インディさえいれば孤独でもいいと考えています。
玄関のドアを開けると、インディは地下戸から何かを感じます。トッドは気づいていません。家の中はごちゃごちゃしており、トッドは手持ちのランプだけで下に降りていきます。
取り残されたインディは周囲を探索。窓からは稲光。その明かりを見つめていると、下から声が聞こえます。悪戦苦闘するトッドの声。そして家の電気が復旧し、明かりがつきます。
トッドが電話に夢中になっている間、インディは廊下の奥に人影のようなものを見ます。ここには他に誰もいないはずです。インディは歩き回って家をあちこち確認。結局、ここでも何も確かなものは発見はできません。
翌日、トッドに連れられて近所の森を散歩することになりますが…。

ここから『GOOD BOY グッド・ボーイ』のネタバレありの感想本文です。
犬のクレショフ効果
『GOOD BOY グッド・ボーイ』はそこまでトリッキーな演出はないです。『ポルターガイスト』(1982年)など過去のジャンル作品が発明した演出の応用と言えます。
最も多用されるのは、いわゆる「クレショフ効果」です。
ソビエト連邦の映画理論家の“レフ・クレショフ”が1922年に提唱した認知バイアスの一種で、モンタージュの前後の組み合わせでその映像を見た人の印象や解釈は大きく変わるというもの。例を挙げると、ある人の顔のアップの映像があったとして、その映像の前に食べ物を映した映像を加えれば、その人は「お腹が空いている」ように見える…。でも、その同じ人の顔のアップの映像の前に、棺を映した映像を加えれば、その人は「悲しんでいる」ように見える…。こういう認知心理学的な指摘です。
『GOOD BOY グッド・ボーイ』でも主人公の犬であるインディの顔のアップが非常に頻繁に使われます。たいていその前後には、どこか全体像がつかめない暗がりの家の一角などが映され、観客は「もしかしてそこに“何か”いるのか」と勘繰ってしまいます。
この不安心理は、たぶん犬や猫を飼っている人なら経験あるものでしょう。飼い犬や猫がなぜかじっと何もないはずの部屋の一部を凝視してたりする場面に出くわすのはそう珍しくありません。実際は人間には聞こえないような音や感じ取れない匂いを察知しているだけの行動であったとしても、私たち人間はその動物の様子と何もない空間に頭の中で勝手にセルフ・モンタージュを作り上げ、疑似的なクレショフ効果が生じます。「そこに幽霊でもいるのではないか…私の犬には視えているのではないか…」と思い込んでしまう…。
『GOOD BOY グッド・ボーイ』はまさにその現実体験を映像でクレショフ効果そのものに変えて届けてくれます。なのでやっていることはそのまんまです。
しかし、言うは易く行うは難しというやつで、これを本物の犬を使って映像作品にするのは想像以上に大変です。
本作の主人公の犬は“ベン・レオンバーグ”監督の本当に飼っている愛犬で、インディという名も実際の名前のとおりだそうです(「インディ・ジョーンズ」からとったらしい)。
撮影は実際の家に監督とインディが一緒に住んで行い、3年間かけて400日以上の撮影日数がかかったとのこと。1日に1、2ショットしか撮影できないことも頻繁にあったそうで、映画以上に撮影はもっとはるかにスローペースだったようです。まさにインディーズ映画らしい撮りかたですね。大手スタジオなら絶対に「CGにしろ」って言うでしょうから。
インディも自分が映画の主人公になっているなんて夢にも思わないでしょうね。
もちろんこれだけ面倒なことをするのは、“ベン・レオンバーグ”監督の本物へのこだわりと、犬への愛着ゆえでしょう。そのおかげで、犬の繊細な表情がしっかり撮られ、それが効果的なシーンに繋がっていました。やはり本物の犬の顔はいいですね。
ペット視点での飼い主との死別
『GOOD BOY グッド・ボーイ』は、私は観る前は、「犬版の『死霊館』」みたいなもので、犬が悪魔とか悪霊に立ち向かうのかなと思っていましたが、実際のところはペット視点での飼い主との死別を誠実に描く物語でしたね。
面白いのは、犬が死ぬ側ではなく、人間が死ぬ側だということです。
犬が亡くなってそのペットロスの喪失感をいろいろな手段で描く作品はたくさんあります。犬が転生してくる『僕のワンダフル・ライフ』とか、たいていは飼い主である人間が感動するための物語です。犬が死ぬ側で人間が看取る側になるのは、犬のほうが寿命が短いので当然そちらのほうが現実でも起きやすいからです。
しかし、この『GOOD BOY グッド・ボーイ』は、犬が死期の迫る飼い主を前になすすべもなく、ただ看取るしかできない物語です。これも起きうる話ではあります。
そう考えると、本作は別に本当に呪いとかを描いているわけではないとも解釈できます。つまり、あの暗い影や不穏な描写のすべては、犬から視た「死」そのものである、と。ごく当たり前にみんなが最期は直面する死を独特に映し出しているだけ。
トッドもあの家に移り住んだのも、ここを最期の場所にしようと心に決めていたと推察できます。明らかに療養とは程遠い生活です。愛犬の傍で静かにこの世を去りたいという気持ちはわかります。
けれども精神的に追い詰められ、健康が大幅に悪化する中で、愛犬との暮らしは平穏とはいきません。インディにはその飼い主のトッドの真意がどこまで理解できているのかはわかりません。その表情からは不安そうな気持ちしか感じません。それもそのはず。人間にだって死が不可解なものであるように、犬にだって死は不可解なものなのでしょう。
現実の犬が死をどう理解し(はたまた理解していないのか)、ましてやそれをどう表現するのかはわかりませんよ。犬に死を表現したいという欲求があるのかも怪しいし…。
でも“ベン・レオンバーグ”監督は「犬はこうやって死を認知している」と想像してこの映画で表現してみせています。犬の代わりに犬の気持ちで映画作りする感じでしょうか。
そういうプロットの狙いがあると思われるので、本作は人間側にとってのカタルシスみたいなものは全然ないんですね。死を乗り越えて人間も犬もハッピーエンド…なんてことはない。死は避けられない。その死を前に犬はどうするのか。本当に犬のために作っている犬映画みたいなものですから。この映画を犬が観ることはあまりないでしょうけど…。
なのでこの映画の最終的なオチを含め、スローテンポな物語の結果が人間にとって報われるものじゃないので、そこに不満を持つ人間の観客がいるのもわかります。
私はここまで犬側に振り切って映画を作るなんてむしろ潔いなと思ったので、その犬への献身に高評価をあげたい一作でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『GOOD BOY グッド・ボーイ』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Whats Wrong With Your Dog, LLC. All Rights Reserved. グッドボーイ グットボーイ
Good Boy (2025) [Japanese Review] 『GOOD BOY グッド・ボーイ』考察・評価レビュー
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