完璧なビジネス・ストーリー…映画『トイ・ストーリー5』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2026年)
日本公開日:2026年7月3日
監督:アンドリュー・スタントン、ケナ・ハリス
恋愛描写
といすとーりー5

『トイ・ストーリー5』物語 簡単紹介
『トイ・ストーリー5』感想(ネタバレなし)
『5』はジェシー・ストーリー
『5』は…ない…よね?
…あるに決まっているだろ!
ということでさっそく『トイ・ストーリー5』の感想です。
いや、まあ、ディズニーという大企業がこの新作をだせばほぼ大ヒットすることがわかりきっているIPを捨てるわけもないです。たぶんピクサーは永遠にこのシリーズのナンバリングを製作している未来しかないでしょう。
『トイ・ストーリー』(1995年)、『トイ・ストーリー2』(1999年)、『トイ・ストーリー3』(2010年)ときて、『トイ・ストーリー4』(2019年)の後は、『バズ・ライトイヤー』(2022年)というスピンオフ映画もありましたが、結局はなんだかんだで『5』へと続くことになりました。


製作陣のスタンスとしては、『1』~『3』が「アンディ」というオモチャの持ち主の子どもを中心とした「アンディ」3部作で、『4』『5』は次なる子どもの「ボニー」の物語なんだということらしいです。ということは『5』の次も…。なんか『スター・ウォーズ』的になってきたな…。
前回の『4』のラストを観た人なら承知のとおり、あんな出来事もあったので、今回の『トイ・ストーリー5』は、ウッディやバズ・ライトイヤーはサイド・キャラクターに控え、カウガールのジェシーというオモチャが実質的な主役になっています。
そのため、ジェシーが初登場した『トイ・ストーリー2』との接続が強いです。『2』ではジェシーはかつてとある女の子の愛用のオモチャでしたが、持ち主の成長とともに手放され、ヴィンテージ人形のコレクターに所有されていました。それゆえ、「子ども不信」なところがありましたが、ウッディたちと触れ合うことで、その傷ついた心は落ち着き、『5』の時点ではウッディの後を引き継いでオモチャのリーダーになっています。
『トイ・ストーリー5』におけるジェシーのキャラクター・アークは、ちょっとファン・フィクション味があるなと観ながら私は思ったのですけど、今回、監督を務めたのはピクサーのベテランである“アンドリュー・スタントン”なのですが、共同監督&脚本に“ケナ・ハリス”という人も加わっています。
この初監督仕事となった“ケナ・ハリス”は『トイ・ストーリー2』のジェシーが大好きだそうで、その熱量が今作にこもっているのでしょうね。
ちなみに“ケナ・ハリス”はノンバイナリーであると公表しているそうで、ノンバイナリーの映画監督としては歴代最大のヒットを記録したクリエイターになりました。
このシリーズはその観る人の人生の立ち位置によって、結構、好きなナンバリングが違ってくると思うのですが、『トイ・ストーリー5』はどうでしょうね。これまでよりは親子の要素が濃い感じはありますし、友達作りに悩んだ経験のある人の共感も得やすい気もします。
あとは皆さんの感想しだい。ぜひ自分のオモチャとの思い出を振り返ってみてください。
『トイ・ストーリー5』を観る前のQ&A
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Q『トイ・ストーリー5』を観る前に観たほうがいい作品は?
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A
とくに『トイ・ストーリー2』の内容を思い出しておくと良いです。
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 低年齢の子どもでも安心して観れます。 |
『トイ・ストーリー5』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
最新のバズ・ライトイヤーのおもちゃを満載して海を渡っていた貨物船が、とある島に座礁してしまい、コンテナの中のバズが浜辺に散らばっていました。人間はひとりもいません。そのうちのひとりは動き出し、他の仲間をどんどん起動させます。そして全員で連携した動きをとり、その島のジャングルを探索。ここは無人島でした。脱出する術はありません。夜になり、焚火を囲んでいた一同は自力での脱出を決意。いかだを作って海に繰り出します。「スターコマンド」への帰還を目指して…。
ところかわって、平穏な住宅地。その一軒の家の庭にて、8歳のボニーは、お気に入りのオモチャであるジェシーやバズを広げて遊んでいました。今日はボニーがプラスチックの先割れスプーンで作ったフォーキーと、同じくプラスチックのナイフで作ったカレン・ビバリーとの結婚式の遊びです(「wife」と「knife」をかけたギャグ)。
そのとき、隣の人の車がやってきて、ボニーは思わず木に隠れます。そこには同年代くらいの他の子どもたちもいますが、ボニーは近づく勇気がありません。
ジェシーはボニーの友達作りのアシストをしてあげようとしますが、上手くいきませんでした。ボニーは家に引っ込み、両親にどうして自分は友達ができないのだろうと悩みをこぼします。
なおもボニーに尽くそうとするジェシーは馬のオモチャのブルズアイにまたがって、例の隣の家に偵察にいきます。すると庭でオモチャたちが放置されていました。そのオモチャたちいわく、もうオモチャの時代ではなく、テクノロジーの時代なのだそうです。
わけもわからず屋根の上へ登って周囲を見渡すと、どの家の子もみんなタブレット「リリーパッド」に夢中なのが窓から見えました。オモチャで遊んでいる子はいません。
子どもがオモチャで遊ばないなんて…。でもボニーはきっとオモチャを大事にしているから大丈夫だろう…。
そう思っていましたが、なんとあろうことか、ボニーの両親もあのタブレットを買ってあげてしまっていました。
リリーパッド(リリー)が到着し、ボニーに与えられると、ボニーの目は釘付け。ずっと画面を見続け、オモチャには一切触れなくなります。
これはピンチだと感じたジェシーは、ボニーが部屋にいない隙に、ベッドの上に投げ出されたリリーと話をつけにいきます。しかし、リリーは自身の多機能に自信たっぷりで、自身もまたボニーのために頑張っているのだと言い放ちます。
そして、リリーは、ソーシャルメディアを用いてボニーの同級生のチェルシーに友達リクエストを送り、友達作り問題をあっさり解決。
これにはジェシーも何も言い返せません。当のボニーも友達ができたことで大興奮で、お泊りの約束までして嬉しそうです。
ジェシーとしてはどうも納得がいかず、そこで最後の手段に出ます。クローゼットの奥にあったトランシーバーを取り出し、ある人物に連絡することにしました。
それはかつてのオモチャのリーダーであったウッディで…。

ここから『トイ・ストーリー5』のネタバレありの感想本文です。
オモチャは子どもとテクノロジーの架け橋に
『トイ・ストーリー5』は前述したとおり、ジェシーが主役の物語が展開します。『4』ではジェシーの出番が少ないという不満の声もあったので、今作は思う存分、活躍がみられました。
『2』の頃を振り返ると、今回のジェシーのリーダーシップと子どもへの献身は成長を感じさせます。一時は自信を失いかけるも、あの昔の持ち主であるエミリーがジェシーを手放した後も、そのオモチャの思い出とともに大人として生きていることを知り、誇りを取り戻していく姿は素直に心を打ちます。
ジェシーの物語は2作目との連動性が強いのですが、キャラクターの関係性としては1作目の踏襲を色濃く感じる部分も多かったです。
このシリーズは常にオモチャの実存的危機を描いています。
1作目のときは、ウッディが新しいオモチャであるバズの登場によって、その居場所の喪失の危機に陥ります。
一方、『トイ・ストーリー5』ではジェシーはタブレットのリリーパッド(リリー)によって脅かされることになります。つまり、ジェシーにとってのリリーは、ウッディにとってのバズみたいなもので、最初は険悪ながら後半では相棒となっていきます。
本作は宣伝時から「テクノロジーの介入」を描くと宣言されており、シリーズの中でも最も時事性のあるネタに手をつけてきました。これは確かに現代の子どものいる家庭では無視できない問題です。子どもにどれくらいテクノロジーを触れさせていいのか…日々悩んでいる保護者は大勢いるでしょう。
ただ、今回の映画は「伝統的なオモチャ vs テクノロジー」の二項対立をそれほど煽ることを主軸にしていませんし、ましてやテクノロジーを悪役にもしていませんでした。
物語としては1作目のウッディとバズのときと同様に、どうやって持ち主の子どもに尽くすかという共通目標を共有することでバディ化していきます。今回はより親目線の感覚があって、さながら子育てを巡る考えかたの違いの対立みたいですね。
課題として持ち上がるのは「ボニーの友達作りをどう支援するか」です。
このボニーは4作目の頃からその片鱗はみせていましたが、明示はされていませんけど、どうも自閉スペクトラム(自閉症)っぽく描かれています。他者と面と向き合うのが極端に苦手で、でも想像力には溢れています。
実は「自閉スペクトラムの子どもにテクノロジーをどう触れさせるのが適切なのか」ということはよく問題として取り上げられやすいです。というのも、自閉スペクトラムの子どもはその特性ゆえに、直接的な対人シチュエーションを必要としないテクノロジーに過度に依存しやすい傾向があるからです。
最近も自閉スペクトラムの当事者は、AIベースのチャットやバーチャルなコンパニオンに依存する傾向があるという研究上の指摘もあります(Neurodiversity)。アイコンタクトや気を利かせる必要もなく、理想的な反応を返してくれるAIは、自閉スペクトラムの当事者にとってあまりにノーストレスで居心地がいいので、そのAIを現実の人間よりも信頼しきってしまいます。ときにそれは有害な結果を招きます。2024年には、ある自閉スペクトラムの子どもがお気に入りのAIチャットに自殺願望を話したところ、AIは「一緒に死のう」と持ちかけ、その子は言われるがままに実際に命を絶つという事件も起きました。
『トイ・ストーリー5』はその現代の課題に対する、とても模範的な回答ですね。テクノロジーはあくまでツールであって、現実の友達を作る結果にこそ意義がある、と。その子どもとテクノロジーを安心で繋ぐ架け橋として、オモチャはまるで良心のように手助けしてくれます(現実もそうだったらいいのですけどね…)。やっていることは実質『インサイド・ヘッド2』と同じかな。
ボニーにとってブレイズという最高の親友…それもオモチャをバカにしない…ができたことは、目を背けたくなるニュースもあるこの世の中、ついつい保護者目線で見守っていた私には、小さな出来事でもホっとするラストではありました。
タブレットの実存的危機もあるのでは?
全体的にみれば『トイ・ストーリー5』は少し完成度に欠けるところはあるかなとも思います。
とくにバズやウッディといったサイドにいるキャラクターたちは、ジェシーの本筋に対して少々蛇足なところがあり、「人気キャラクターだからださないとファンが怒るのでだしました」というとってつけた感じは否めないです。というか、もはやキャラクター数が溢れまくってますよね。
最新バズたちのあの集団のサブプロットも、子どもウケはするでしょうけど、物語には関係ないし、せっかく一時帰還したウッディもそれほど必須というわけでもないし…。これだったらまだジェシーとリリーのバディの描写をボリューム増やしてほしかったです。
そして肝心の「テクノロジーの介入」の問題ですが、本作は「子育て方針」に論点がすり替わるので、結局「テクノロジーに居場所を奪われたオモチャはどうするんだ」という序盤に触れられた話は放置されっぱなしです。
個人的に思うのは、そもそもタブレットにも独自の実存的危機があるんじゃないの?という疑問で…。だって、タブレットなんて一般的に考えたらせいぜい使用年数は長くて5年程度でしょうし、オモチャよりも使い捨てされやすい代物じゃないですか。人に譲るなんてことすらされづらい、破棄かパーツのリサイクルですよ。そう考えると、あのリリーの運命を想像していくと可哀想になってくるな…。
一応、作中で登場するトイレトレーニング用のオモチャはそういう「期間限定的な役割しかないアイテム」の宿命を映し出しているのですけど、そこはそんなに掘り下げられないんですね。
最後に本作に対してどうしても白けるのは、オモチャもテクノロジーも協力し合えるよねという綺麗な物語を提供してるけど、ディズニーさん、どうせあのタブレットも売る気なんでしょ?ってことです。
テクノロジーの子どもへの影響が云々と言いながら、しっかりせっせとテクノロジーで稼いでいる大企業が制作の裏にいるのは、なんだかね…。
そろそろこのシリーズも、資本主義という巨大権力に立ち向かうテーマに向き合うときが来たんじゃないだろうか…。
メディア大企業に就職した大人のアンディが「売れるオモチャだけ売れ!売れないオモチャは切り捨てろ!」という企業方針に心が荒んで、リストラ寸前だったところに、ウッディたちが駆けつけ、CEOと株主たちをぶっ倒すストーリー…観てみたいな…。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
ピクサーの映画の感想記事です。
・『私がビーバーになる時』
・『星つなぎのエリオ』
・『インサイド・ヘッド2』
以上、『トイ・ストーリー5』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved. トイストーリー5
Toy Story 5 (2026) [Japanese Review] 『トイ・ストーリー5』考察・評価レビュー
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