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韓国映画『はちどり』感想(ネタバレ)…少女をリアルに描けるように

はちどり

少女をリアルに描けるようになった韓国映画の成長期…映画『はちどり』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:House of Hummingbird
製作国:韓国(2018年)
日本公開日:2020年6月20日
監督:キム・ボラ

はちどり

はちどり

『はちどり』あらすじ

1994年、空前の経済成長を迎えた韓国。14歳の少女ウニは、両親や姉兄とソウルの集合団地で暮らしている。学校になじめない彼女は、別の学校に通う親友と悪さをしたり、男子生徒や後輩の女子と気ままに過ごしていた。ウニは自分に無関心な大人たちに囲まれ、孤独な思いを抱えていた。ある日、ウニが通う漢文塾に、不思議な雰囲気の女性教師ヨンジがやって来る。

『はちどり』感想(ネタバレなし)

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韓国映画界にまた新たな息吹が

日常的な社会を描く映画を観るとき、ついつい気にしてしまうのが「少女」の描写です。その映画内で「少女」がどう描かれているかを注視すれば、その作品がジェンダーにどこまで真剣に向き合い、リアルを捉えようとしているかがわかる、ほどよい指標になると思います。

例えば、良くないなと感じるのは、少女を過度に“こうあってほしい”という理想を押し付けた存在として描いてしまうこと。単にピュアだったり、献身的だったり、可愛らしさを振る舞う小動物のようだったり…。たいていは男の妄想が入り込んでいるか、社会の規範どおりそのものです。少年だとあまりこういう現象は見られないのは、やはり少女特有の背負わされるジェンダーロールなのでしょう。

私の邦画の感想を書くとき、少女の描写についてよく苦言をたらたらと書いたりします。日本映画は実写でもアニメでもこういう“理想化が施された少女”が多く見られますね。作り手も無自覚にそう描いてしまっているんだと思いますが…。

しかし、最近はそういう“理想化が施された少女”から脱して、ありのままのリアルな少女を取り戻そうとするような作品も生まれています。

今回紹介する映画もそんな作品でした。それが本作『はちどり』です。

本作は韓国映画なのですが、これまでの話題になりがちな韓国映画とはちょっと違います。まず韓国国内でも単館公開規模の作品で、大手は関わっていません。それなのに異例の大ヒットを記録して映画界の注目を浴びました。

監督は“キム・ボラ”という人で、本作が長編映画デビュー作。映画自体は原作があるわけでもなく、監督自身の自叙伝的な内容になっているという、非常にパーソナルな作り。つまり、注目や期待される要素がほぼなかった状態のスタートです。

それにもかかわらず、「はちどり団」などというファン・コミュニティさえも生まれるほどにここまで熱狂的に受け入れられた理由はなぜか。それは当然、この『はちどり』という映画が素晴らしかったからに他ならないのでしょう。

本作の物語は、ひとりの14歳の少女を主役にした青春ドラマです。儚くも繊細で、でも“か弱さ”ではないパワフルさも発露していく独特のタッチ。多くの人が「これは私だ!」と共感できる浸透力を持っており、これまでのコテコテの味付けが強かった韓国映画大作とは一線を画すものです。

同時に『はちどり』はフェミニズムを強く意識した構造にもなっており、それは最近に日本でも映画が公開された『82年生まれ、キム・ジヨン』と同様の立ち位置です。韓国社会では女性差別がかなりクローズアップされるようになっており、映画界にも影響を大きく与え始めています。『はちどり』と『82年生まれ、キム・ジヨン』はその韓国映画界を改善する第1陣となるのでしょうね。

『はちどり』自体は青龍映画賞であの世界をアッと言わせた『パラサイト 半地下の家族』を押さえて脚本賞を受賞しており、何が自分たちの業界に足りないものなのか、韓国映画界もわかっているんだなという感じです。

俳優陣は、本作で大きな関心を集めることになり、今後のキャリアも楽しみな“パク・ジフ”。他にはホン・サンス監督の『それから』などに出演する“キム・セビョク”、『グエムル 漢江の怪物』の“チョン・インギ”、ドラマ 『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』の“イ・スンヨン”など。

韓国が舞台とはいえ、そこに描かれている青春の苦悩や喜びは日本にも通じる普遍なものです。静かに噛みしめたくなる一作になると思います。

オススメ度のチェック

ひとり◎(単独でじっくり味わいたい)
友人◯(青春映画好き同士で)
恋人◯(心を許せる相手と一緒に)
キッズ◯(ティーンなら見てほしい)
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『はちどり』予告動画

6/20(土) 公開!『はちどり』予告編
↓ここからネタバレが含まれます↓

『はちどり』感想(ネタバレあり)

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「人生は不思議で美しい」

「902」のドアのインターホンを鳴らすひとりの少女。何度も何度も繰り返し鳴らしますが、ドアは開きません。ドアノブをガチャガチャとさせて、声を上げても開かない扉。ここは集合団地。そしてここがウニの居場所でした。

14歳のウニは学校に馴染めず、休み時間もひとりです。同級生はウニの雰囲気を見て「大学にも行けない、家政婦になるだけ」とずいぶんとバッサリ切り捨てて陰口を言っています。担任の先生も偉そうに声を張り上げるだけの存在にすぎません。ウニにとって学校は全く楽しくない場所でした。

家に帰るとホッとする…わけでもありません。家は家で最悪です。は家庭では常に大声をあげ、威張り散らしています。はそんな父にやりたいようにさせるだけ。兄のデフンは父からのソウル大学へ進学するべしというプレッシャーに潰されており、そのストレスをウニへの暴力で発散している状態です。姉のスヒはこんな家から逃げるように恋人らしい仲間と夜な夜な連れ立って遊びまくり、夜中に帰って来たりします。その姉を父はしょっちゅう怒鳴りつけます。ウニはそんな家族にも構ってもらえず、このアパートの一室でも孤独しか感じません。

ウニにとっての唯一の親友であり、心をリラックスできる相手は、別の学校に通う同年代のジスクです。彼女とは漢文塾で会うことができ、勉強よりも絵をかいて遊ぶのが日課。何の意味もありませんが、この何の意味もない瞬間がただ楽しいのでした。外でも遊ぶこともあり、ジスクとトランポリンで跳ねたり、大人っぽい地下のディスコではしゃいだり、隠れてタバコを吸ったりしています。

ウニにはジワンという男子の恋人がおり、ぎこちなくはありますが、一緒にいて悪い間柄ではありません。最近はユリという後輩の女子も慕ってきており、なんだか世間と慣れ合わないウニのことをカッコいいと思っているようです。一輪の花をプレゼントしてくれたりと、ずいぶんとウニに夢中です。

ある日、通っていた漢文塾に女性教師のヨンジが新たにやってきます。この塾はウニとジスクと2人しか基本はいないような小さな小さな塾なのですが、ヨンジは熱心に教えてくれます。何よりもウニのことをしっかり見てくれる、初めての大人でした。

別の日、家に帰ると父の怒鳴り声が凄まじく響き渡り、どうやら母と揉めていることがわかります。姉は泣き叫び、兄は隅っこでこの嵐が過ぎ去るのを待つかのように小さくなっていました。耐えきれなくなった母は思わず近くにあった瓶を振りかざし、父は腕から血を流すという流血の事態になってしまいます。しかし、翌朝、仲良く並んでテレビを見ている両親の姿があり、ウニには意味不明で仕方ありません。

あげくにウニは唯一の心を許せる相手であるジスクとも口論してしまい、完全に孤立。塾でひとり泣くしかない状況に。そこにヨンジが優しく語りかけてくれて、烏龍茶を入れてくれます。それで少し気分が良くなるウニ。

ウニにはストレスからできたらしい耳裏のしこりがあり、治療のために入院しないといけなくなります。病室は家族とも学校とも離れた世界であり、ウニにとっては新鮮でした。

そして世間を震撼させるある事故が起き、それはこの小さなウニの青春にも無関係ではなく…。

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1994年の韓国の背景

『はちどり』は1994年の韓国を舞台にしており、まずはこの時代の韓国の社会的背景を知っておきたいところです。

その前に1980年代の韓国の話。この年代の韓国は、軍事政権下による恐怖政治が行われ、それはもう恐ろしい社会に人々は怯えていました。その恐怖の歴史は『タクシー運転手 約束は海を越えて』『1987、ある闘いの真実』といった韓国映画で描かれているので、そちらもまだ観ていない人はぜひ鑑賞してみてください。

自由はなく、力が支配し、人々は蹂躙される、そんな地獄の1980年代です。韓国にとっての暗黒な時代のひとつです。

しかし、1987年6月に民主化宣言が出されて韓国は変化します。生まれ変わりました。1988年にはオリンピック開催も果たし、その勢いはそれまででは考えられないほどに急速。経済成長はもちろん、国民の価値観の変化も大きく変貌します。

こう説明すると、じゃあ良くなったんだね…と思いますが、そう単純な話ではなく…。

1990年代の韓国は決して良好一辺倒だったわけではありませんでした。『はちどり』の映画内ではそこまで大きく取り上げられませんが、1994年は北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)からの脱退を宣言し、核戦争の危機があるのではないかと周辺国にも緊張が走るほど、かなり危うい状態が裏で起きていました。

そして人々の日常生活に目を向けて見せてくれるのがこの『はちどり』。そのサンプルとなるウニの家庭は、そこまで何か特殊でもない平凡な家族ではあるのですが、傍から見ればこちらにも危機が勃発しています。

それは家父長制という名のもとに行われる力による支配と抑圧。母も兄も姉も、そしてウニもそれには逆らえません。男尊女卑で、権威主義。これは家庭だけでなく学校でも同じで、ウニの担任も威圧的な教師でした。

要するに韓国社会は表面上は民主化しても本質は全然変わっていないということ。

その醜い事実が世間に暴露されることになるショッキングな事件として、作中では「聖水大橋崩落事件」が描かれます。この橋は1979年に完成したもので比較的まだ新しいにもかかわらず、およそ50メートルにわたって突然崩壊。32人が死亡する大惨事となりました。その原因は手抜き工事。

この事件がまさに劣悪な問題性を隠し持ち続けている韓国社会の実態と重なり、それはウニにも襲ってくることに…。

『はちどり』はこうやって青春ドラマの装いをしつつも、しっかり根底には社会派なテイストも持っている作品です。

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少女は上手く言い表しづらいもの

『はちどり』の青春ドラマ部分で言えば、前述したように、ウニが“理想化が施された少女”になっていないのが良さだと思います。

韓国映画の少女は、よくありがちだと妙にユーモア全開だったり、やたらとキャラづけが濃かったりしていましたが、本作のウニは上手く言い表しづらいですが、そういう味付けがないのがいいです。「上手く言い表しづらい」っていうのが特徴かもしれません。韓国映画らしくない女子ですよね。でもそれが等身大のリアルさで…。

確かにツラい家庭の中にいるのですが、そこまでの悲劇と絶望のどん底にいるような感じには描写されません。一方で、ウニには男子の恋人がいて、そういう意味では充実してそうですが、そこを極端に持ち上げてキラキラした感じにもしていません。恋人の有無やセックスの有無で勝ち組かどうかをジャッジする単純すぎる見方をする人はいまだにいますけど、ウニにそんな雑な物差しは通用しません。映画自体も恋愛至上主義な安易な着地になっておらず、日本の青春映画とは全然違うな、と。

ちなみにウニは男子と交際しているだけでなく、特定の女子にもかなりの熱意で慕われており(ウニもまんざらではない反応)、自分自身もちょっと女子相手にキス(頬だけど)をしたります。でもこれだけでは両性愛どころかクィアとすら言えないほどにフワっとしたセクシュアリティであり、このまた何とも上手く言い表しづらいのが良かったり。この感覚は邦画で言えば『少女邂逅』や岩井俊二監督作品などに近いかも。

“キム・ボラ”監督いわく、本作はエドワード・ヤン監督作品っぽさを意識しているそうで確かに撮影の仕方も似ています(『ヤンヤン 夏の思い出』とかに近い)。

その世界全てに追い詰められながらなんとか必死に立っているウニですが、彼女が病院で入院すると少し明るくなるのがまた皮肉的なシーンです。あくまで身体的治療のためなのですが、心も治ったようになっています。あの病室にいるのがおばちゃんなど女性だけになっており、自然な女性社会という構成も無視できないところ。

言ってしまえば、こんな些細な環境の変化でウニはいくらでも人生に希望を見いだせるようになるのです。民主化とかそんな大仰なことをしなくても。

で、家に帰るとまた絶望が押し寄せるのですが、そこであの「聖水大橋崩落事件」が起き、確かに欠点だらけの家族でもこうやって食事を同じテーブルを囲んでとれるということの奇跡を実感する。そこがまた切ないです。

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女性から女性へと渡される想い

『はちどり』で忘れてはならないもうひとりの影の主人公が漢文塾の女性教師のヨンジ。

彼女は監督いわく年齢は20代半ばくらいだそうで、つまりあの1980年代の韓国で青春を過ごしたことになります。

おそらくヨンジはヨンジで相当にキツイ青春を過ごしたのかもしれません。そんな彼女だからこそ未来の世代を生きるウニへの励ましを送ることができます。「人生は不思議で美しい」という言葉も含めて。

そしてそのヨンジが「聖水大橋崩落事件」とともに終わりを迎えるのも、ひとつの時代の終焉を決定づけるようで意味深いです。

そのヨンジの母が終盤にサラっと登場するのも大事なシーン。そのヨンジの母はもっと前の時代を生きてきた女性であり、事実上の3世代の交錯です。

ヨンジの母を演じているのが『息もできない』でおなじみの“キル・ヘヨン”で、彼女は実人生では夫と死別したりしていて、そういう役者の背景まで考えてしまうともっと染み入るものもあります。佇まいがすごくいいですね。

ウニの人生はウニのものですが、そこにはいろいろな女性たちの見えないバトンが渡されているのかもしれませんね。

素晴らしい作品だった『はちどり』もきっと次の世代の女性監督に何かを渡せたのではないでしょうか。

『はちどり』が上映された2018年の釜山国際映画祭に出品された女性監督による作品数は50%を占めたそうです。これは釜山国際映画祭でも初のこと。時代は変わっています。

日本も2020年の東京国際映画祭にて大九明子監督が業界の女性差別を指摘していました(この年の東京国際映画祭の女性監督作品の比率は16.7%だったとか…)。

もういい加減、日本はフェミニストを冷笑している場合ではありません。『はちどり』のような名作が生まれる機会を逃すだけです。

『はちどり』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 65%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

以上、『はちどり』の感想でした。