82年生まれ、キム・ジヨン
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Kim Ji-young: Born 1982
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2020年10月9日
監督:キム・ドヨン

82年生まれ、キム・ジヨン

あらすじ

結婚を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨンは、母として妻として生活を続ける中で、時に閉じ込められているような感覚におそわれるようになる。単に疲れているだけと自分に言い聞かせてきたジヨンだったが、ある日から、不思議な言動をするようになってしまう。そんな心が壊れてしまったかのような妻を前に、夫のデヒョンは不安を募らせていくも何もできず…。

『82年生まれ、キム・ジヨン』感想(ネタバレなし)

韓国映画の女性は変わっていく

韓国映画の世界にも大きな革新が起きているのかもしれません。

これまで韓国映画と言えば、バイオレンスや社会派な作品が目立ち、男性的な視点で作られたものが占めていました。つまり、無自覚に「映画=男性のエンターテインメント」という構造が出来あがっていたわけです。もちろん、これは韓国映画界だけでなく、日本もアメリカも同じなのですが。

“女性向け”として作られているものもあるにはありましたが、それこそベタベタなロマンスだったり、アイドルのような女性人気の高い男性芸能人を起用するなど、あからさまなエクスプロイテーションが平然と居座っていました。男の考える「女ってこういうのが好きなんだろ?」という余裕ぶった目線…とでも言うべきか…。

そんな韓国映画界が変わり始めている気配がします。その背景にはハリウッドでのMeToo運動に端を発する第4波フェミニズムの潮流があり、ジェンダー問題に関心の低かった韓国社会も声を上げる人が増え始めました。その声の大きさは日本よりも大きいように思います。もともと韓国は社会不正に異を唱える民主運動が歴史的に成熟していますから、今回の性差別もひとたび火がつけば燃え上がるのは早いのかもしれないですね。

その社会のうねりは当然のように韓国映画にも影響を与え始めています。女性主体の女性映画の登場です。以前からそういう映画がなかったわけではないです。『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)なんかはまさに女性映画ですけど、でも今はもっとハッキリ男性社会に反抗する作品が増えました。もう男の目線など気にする必要がないんだ!ってことです。

『はちどり』(2018年)はまさに韓国映画の歴史を新しく塗り替える一作だと思いましたが、それと並んで2018年に韓国ではもう1作、重要な映画が誕生しました。それが本作『82年生まれ、キム・ジヨン』です。

本作は韓国の作家であるチョ・ナムジュの2016年の小説を映画化したものであり、まずこの原作が特筆されます。フェミニズム界隈ではこの本は刊行時点から話題のまとで、その魅力は口コミで一気に広がり、韓国で130万部以上の販売部数を記録するベストセラーになりました。そして社会現象にまでなっていくほどに…。日本でもいまかいまかと邦訳版を待ちわびる声の中、いざ邦訳版が出版されると大盛況。日本だけなく、他の海外でも高く評価されています。

私も本を読んでその素晴らしさに圧倒されたのですが、どういう内容なのかと言えば、宣伝文句ではよく「女性の生きづらさを描く」と書かれがちです。まあ、確かにそのとおりなのですけど、本作はその描写が生々しく切実で、心にグサグサ刺さるんですね。そして、なんとかこの“痛み”を誰かと共有したくなって人に本を薦める…そんなエネルギーを生む感じで…。なんかあんまり上手く言葉にできないなぁ…。言語化すると陳腐に見える気がする…。でもそれを巧みに文章化してみせたからこそこの本は凄いんですよね。

で、その話題の本が映画化するとどうなるのか。ネタバレなしで言えるのはひとつ。

何より本の時は文章を個人で読んで想像する余地があったのである程度調節できましたけど、映画は問答無用で映像を流しこまれるので、かなり原作本以上に強烈です。視覚的にも辛く、人にとってはトラウマを再発しかねないかも…。私も映画が始まって10分でもう心が息苦しくなりましたから。

ただそれを飲み込んででも観る価値がある“映画の良さ”はやはり俳優陣の名演です。

映画を背負う主演を務めたのは『トガニ 幼き瞳の告発』や『新感染 ファイナル・エクスプレス』の“チョン・ユミ”。本作では大鐘賞映画祭で『パラサイト 半地下の家族』を抑え、主演女優賞を受賞。それも当然の名演技であり、とにかく圧巻です。


そんな“チョン・ユミ”とよく共演している“コン・ユ”が主人公の夫を演じており、こちらも抜群のハマりっぷり。

他にも“キム・ミギョン”、“コン・ミンジョン”、“キム・ソンチョル”、“イ・オル”、“イ・ボンリョン”などが揃い、静かに演技をぶつけ合う姿が見られます。

監督は本作『82年生まれ、キム・ジヨン』が長編デビュー作となる“キム・ドヨン”。百想芸術大賞で新人監督賞を受賞し、間違いなく今後の韓国映画界を引っ張る人物になるでしょうね(そうならないと失望ですが)。

『82年生まれ、キム・ジヨン』を「女性に観てほしい」とか「男性に観てほしい」とか、はたまた「老若男女みんなに観てほしい」と書くのは違和感がある気もしなくはない。「届くべき人に届いてほしい」がしっくりくるかな…と今の私は思うだけです。

オススメ度のチェック
ひとり◎(生き方を見つめ直すきっかけに)
友人◯(語るべきことは多いはず)
恋人◎(関係を構築するうえで必見)
キッズ◯(ティーンになってから観たい)

『82年生まれ、キム・ジヨン』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『82年生まれ、キム・ジヨン』感想(ネタバレあり)

「私の何を知っているの」

韓国のソウル郊外で暮らすキム・ジヨンは33歳の主婦。料理、掃除、子どものおもちゃの片づけと、常に何かしらのやることに追われています。ふとした瞬間、ベランダにひとり立ち、目を閉じます。しかし「ママ」と呼ぶ1歳になる娘アヨンの声に我に返り、部屋に戻っていきます。

ある日、精神科の専門医チェ・ソヨンの前にひとりの男性が座ります。「妻のことで…」と切り出す男。「ご本人でなければ…」と断る医者ですが、「先にお伝えしておこうと思って」とその男デヒョンは食い下がりません。そして、スマホのとある動画を見せます。そこにはジヨンが映っており…。

公園でベビーカーの娘をあやしながらベンチに座っていたジヨン。すると「俺も夫の稼ぎでのんびりしたい」と気楽に語る休憩中のサラリーマン風の男の声が届きます。「仕事がキツイし、結婚しようかな」と同僚らしき女性もごねており、ジヨンは黙って公園から立ち去りました。

家では子どもを風呂にいれていると、「僕がやるよ」と帰ってきた夫が言います。食事になり、「君のがないけど」と気づいたことを口にする夫に「気にしないで」と言い、子どもにご飯をあげるジヨン。

ふと手首を痛めていることに目をとめた夫は指摘しますが、ジヨンは医者に「家電に家事を任せてるのに痛むわけがない」と言われたことを話します。

夫はなおも心配げで、「正月に旅行しようか」「それとも家で休もうか」と言います。しかし、ジヨンは「あなたは昔、私がそれを言ったとき、“我慢しろ”って言ったでしょう。臨月の時も帰省した。帰省せずに責められるのは誰? あなたじゃなくて、この私よ」と言葉を連ね、何も言い返せない夫。

別の日、夫の実家に行ったとき、夫の母は大量の料理をするつもりのようです。洗い物が溜まっていると夫がやろうとすると、すかさずジヨンが割って入りますが、夫はお気楽そうに冗談を飛ばすだけ。

夜、物音で目覚めるジヨン。夫の母がひとりでなにやら台所で作業をしており、ジヨンは手伝おうとします。そこでプレゼントがあると渡されたのはエプロンでした。

日が出て、夫の両親は居間のソファでテレビを見て、夫は娘とおもちゃで遊んでいます。その中で黙々と料理を続けるジヨン。荷物をまとめたから帰ろうとする夫でしたが、そこにさらに親戚がやってきてしまい、にぎやかな空気の中、帰るタイミングを見失います。娘に衣服をあげて大喜びする親戚。それを無表情で見るのを避けるジヨン。「料理を温め直して持ってきて」と夫の母はジヨンに声をかけます。

すると、全然喋らなかったジヨンはエプロンを脱ぎ、おもむろに言い放ちます。

「お母さん、うちのジヨンを実家に帰してください」「お正月に娘さんに会えてうれしいですよね?私も娘に会いたい」

夫の母は「何を言ってるの?」とキョトンとし、夫の父も「一体どうしたんだ」と混乱。

ジヨンは続けます。「娘さんが帰省したなら、うちの娘を帰して義姉の料理まで用意させてジヨンが気の毒です」「旦那さん。私も娘が大事です」

夫は「ジヨンは具合が悪いんだ」と引っ張って家を出ていきました。

休んだ方がいいかと夫は気にかけますが、今度はジヨンの実家に行くことになっており、ジヨンは行きたがります。実家に着くとジヨンは部屋でひとり寝てしまいました。

起きたジヨンは転がっている万年筆を見つけます。それは父・ヨンスがイギリス土産でジヨンの弟・ジソクにだけ買ったものです。ジソクはすっかりそんな万年筆のことも忘れていたような雰囲気。水を注いだコップにその万年筆を無造作に入れるジヨン。

夫は言動が変なジヨンを心配し、「同僚の妻も産後鬱になったし、君は大丈夫?」と努めてさりげなく尋ねます。「全然。夕方、憂鬱になったりする。たまにね」と平気そうに答えるジヨン。「精神科にいく?」とそれでも聞く夫に、「私が病んでいるように見える?」とやはり気楽に返答するジヨン。

ジヨンは過去を思い出します。「私が親孝行する」と無邪気に母・ミスクに笑いかけていた幼い子ども時代、塾帰りに同年代男子から恐ろしい体験をした高校生時代、就職が決まったときに家族で喜びあったあの瞬間、職場での憧れの女性上司とのやりとり、夫と出会って暮らし始めた時のこと…。

ジヨンの心を社会は置き去りにしていき、残されたジヨンは何もできず…。

82年生まれ、キム・ジヨン

映像化するポテンシャルを最大限に

『82年生まれ、キム・ジヨン』は前述したとおり、映像化されたことで、作中で描かれるいわゆる「女性差別」(実際はそんなざっくりした言葉で表現すべきものではないのだけど)の描写がより辛辣かつ痛ましく目に飛び込んでくるようになり、映画開始からただただ辛い時間を過ごすことになります。

それに加えて“チョン・ユミ”の演技力がただただ素晴らしくて…。別に“弱々しい”というわけではない、気丈に振る舞っているけど“空虚さ”がフッと表面化してしまうあの心理状態を見事に体現していました。ほんと、観ていると誰でも不安になってきますからね。絶対に良くない状態なんだろうけど、でもこちらの言葉が届くような状況ではもうない…みたいな。

こういうテーマだと一番やってはいけないのは、主人公の女性をヒステリックに描く…ということだと思うのです。そこを『82年生まれ、キム・ジヨン』の“チョン・ユミ”は絶妙に回避する演技バランスを見せています。「あ~はいはい、精神が狂っちゃた感じね」と雑に受け止められることがない存在感というか。そのおかげもあって、終始あのジヨンが次にどうくるかもわからず、ドラマに不穏なサスペンスが加わります。

結構、韓国映画だと憑依する演技って多いじゃないですか。『哭声 コクソン』とかね。実際に本当に何か超次元的な存在に憑りつかれているケースも多いのですけど。そういう韓国映画あるあるに対する、ひとつのアンチテーゼにもなっているんじゃないかな、と。つまり、フィクションでは散々憑依を好き勝手に扱ってきたくせに、いざリアルでそんな事態に直面したら何もできない韓国人の薄っぺらさ…のようなものです。

主人公女性が「女性の生きづらさ」ゆえに精神的に病んでいくリアルを描くと言えば、最近も『タリーと私の秘密の時間』がありましたが、『82年生まれ、キム・ジヨン』は元が小説なだけあって視覚的トリックはなしで、文章のトリックで仕掛けてきます。


夫の大学の同期で先輩の亡くなった妻になったり…
「デヒョン、ジヨンがつらそう。体は楽になっても気持ちが焦る時期よ。“ご苦労様”、“ありがとう”と言ってあげて。そんなに妻の名前を呼ばないで。私はもうあなたに告白したスンヨンじゃない」
祖母になって母に語りかけたり…
「ミスク。やめて」「あなたは花盛りの頃、兄さんたちを支えるために工場でミシンを回してた」「あなたがやつれた顔で給料をもらってくるたびに、胸が張り裂けそうだった」「私の優しい娘。あなたがミシンでケガをした時、母さんは身を切られる思いだった」「あの時、抱き締めてやれず、感謝の言葉すら言えなかった。ごめんね」「ジヨンならつらくても頑張れるはずよ。強い子に育てたでしょ」
映像化するとわざとらしくなるかなと懸念したのですが、全くの杞憂でした。

とにかく全体的に映像化することのポテンシャルを最大限に活かしており、俳優とその演技を引き出した“キム・ドヨン”監督には称賛しかないですね。

これは男が手軽に反省するための映画ではない

俳優と言えば、夫のデヒョンを演じた“コン・ユ”も良かったです。いや、このキャスティングはベストだったのではないか、と。

『82年生まれ、キム・ジヨン』はテーマを描くだけなら、別に夫はもっとあからさまに女性の気持ちなんて1ミリも理解していない嫌な奴にすればいいのですけど、そうはしていません。それはすごく効果的だったなと思います。

この手のテーマの作品は他にもありますが、それを観た男性の感想でありがちなのは、「女性差別は良くないですよ」と知った顔で語るか、「良い夫(男)にならないとな~」といかにも“反省してます”雰囲気を出すかです。それを悪いと断罪するつもりはないですが、やっぱりそれはまさに作中で幾度となく描かれる“男の白々しさ”そのものじゃないですか。

しかし、本作では夫を“コン・ユ”という、これまで“善人”の象徴的存在だったような男優が演じているのです。その“コン・ユ”(演じる夫)さえも、まだ力不足なんですよ。あの夫はロールモデルではありません。

妻のことを心配はしている。でも何をすればいいのかわからず、しまいには墓穴を掘るように失言してしまったりして、さらに困惑していく。会社の男性同僚たちとの間でもそうです。セクハラ講習後に「なぜこんな講習を受けなきゃいけないんだ」「朝鮮時代に行きたかった。窮屈な世の中だ。時代の流れに合わせないとな」とのたまう男たちに合わせるしかない(飲み物をかける程度の反撃ならできる)。育児休暇をとろうにもそれができない。

要するに「“ちょっと善良な男になった程度では”この問題は解決できませんよ」と本作は突きつけています。それは同時に「この映画を観ることで“女性差別を理解した男”にはなれませんよ」と言っているも同じであり、本作を男性が罪滅ぼしな気分になる都合のいい映画に矮小化しないための明確な宣言でもあると思います。

“コン・ユ”になろうとするな、女性を踏みつける足をどけて、社会そのものを変えろ…そうきつく叱りつけるものです。“コン・ユ”だけに「僕が君をここまで追い詰めた気がして…」と言わせるだけでは終われません。

映画業界も無縁ではない

映画版『82年生まれ、キム・ジヨン』は原作小説と比べて映像上のショック度も大きいぶん、最終的な希望の提示もよりポジティブにしてバランスをとった感じでした。

夫にモノ言うジヨンの母・ミスクも頼もしかったですし、私はあのジヨンの姉・ウニョンもジェンダー規範を超えた未来像として可能性を感じるものになっていて、映画でさらに良いなと思いました。あと、チーム長ですね。彼女は後に起業してその社名が「春風」で、これは本作の製作会社と同名であり、まさに“キム・ドヨン”監督と重ねるんですね。この映画が作られたことと結びつく、メタ的な希望を見せてくれます。精神科に通うということを全肯定してくれるのも安心します。

「キム・ジヨン」は韓国における平凡な名前。この物語は誰でも綴ることができるもの。同じ境遇の人は世界に大勢いるのは当然のこと。そして、不公平を“しょうがないもの”として受け入れてしまっている人もたくさんいる

この映画が、理不尽な社会のせいで閉じ込められている人に届くことを願うばかりです。声を上げる人が増えるように。

映画産業も本作のテーマに無関係ではいられません。ネット配信ではなく映画は映画館で!なんて言う人は、家事や育児で劇場に行けない人、性被害のトラウマのせいで公共交通機関に乗れない人、スクリーンの席の暗がりで起きる性犯罪、そういったことについて考えたことはあるのか。女性の進出が全く進まない映画製作の現場をどうするのか。批評やファンコミュニティでさえ男だけが相変わらず優勢となる状況をどうするのか。考えることは山ほどあります。

とか思ってましたが、本作を紹介した日本のテレビ番組にて、「男もつらい」だとか「スカートが短い方も悪い」とか「女を咎めているのは女だ」とか、そんな厚顔無恥な番組出演者のコメントが垂れ流されたと耳にし、ハァ~…と深くため息をつくしかないのでした…。日本、いろいろ論外すぎるよ…。

『82年生まれ、キム・ジヨン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer --% Audience --%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★


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↑「82年生まれ、キム・ジヨン」…原作小説。映画版と違っている部分も多いので、見比べるのも興味深いです。
作品ポスター・画像 (C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.  82年生まれキムジヨン

以上、『82年生まれ、キム・ジヨン』の感想でした。