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『ハースメル Her Smell』感想(ネタバレ)…主演のエリザベス・モスと共鳴する物語

ハースメル

主演のエリザベス・モスと共鳴する物語…映画『ハースメル』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Her Smell
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年9月25日
監督:アレックス・ロス・ペリー

ハースメル

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『ハースメル』あらすじ

女性3人組パンクバンドの「サムシング・シー」は大人気でファンからも愛されていた。しかし、メインボーカルのベッキー・サムシングは過激な言動が多く、見るからに心身のバランスをボロボロに崩していた。アルコールやドラッグにおぼれ、怪しい呪術師にも心酔するようになったベッキーとバンドメンバーの間には亀裂が生じ、バンドの活動は危機に陥る。

『ハースメル』感想(ネタバレなし)

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エリザベス・モスを知っていますか

あの俳優、この俳優、そんな彼ら彼女らについて知っているようで案外と知らないことも多いです。

例えば、“エリザベス・モス”という女優がいます。

私がこの俳優のことを明確に認識したのは、その衝撃的な内容から話題沸騰となって多くの賞に輝いたドラマ『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』でした。このドラマシリーズで主演を務めた“エリザベス・モス”はその中で怪演&熱演を連発しまくり、観れば必ず脳裏に焼き付かれる存在感を発揮していたので、認識するなという方が無理な話です。

おそらく日本の人ならばこの『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』で“エリザベス・モス”を知ったという人も多いのではないでしょうか。最近はリブートにして革新的な傑作と評された『透明人間』にも主演し、またもや名演を披露してましたから、これでドラマを観ない層にも認知は広まったかなと思います。今後も有名監督の映画に続々出演が決まっているそうで、どんどん目にする機会も増えるでしょう。

その“エリザベス・モス”ですが、以前からも有名で2007年のドラマ『マッドメン』でも脚光を浴びていますし、もっと遡ればそもそも子役から活動しているキャリアの長い人なんですね。だいたい8歳のときから仕事しているようです。映画だと1995年の『多重人格』などに出演しており、このときはいかにも子役という感じの初々しさです。

それがあんなね…カルト的なコミュニティに蹂躙されたり、変態狂人野郎に付きまとわれたりする役を演じまくるんですから、人生、何が起こるかわからないものだ…。

とにかくこの“エリザベス・モス”、30代後半に突入してもますます勢いがうなぎ登りであり、今やノリに乗っている感じです。

その絶好調な“エリザベス・モス”が主演&製作を兼任した映画が日本でも公開されました。それが本作『ハースメル』です。なんかいきなりイオンエンターテイメント配給で劇場公開が決まった感じでしたけど、なんなんだ…(嬉しいけど)。

『ハースメル』は架空のロックバンドのボーカル女性を主人公にした物語なのですが、ベタな音楽アーティスト映画とは少し毛色が違います。観れば一発でわかるのですが、かなりクセが強いです。ドラッギーなスタイルといいますが、全編を通して不安定さが漂い、観客を落ち着かない気分にさせます。音楽パフォーマンスにエモーショナルに浸るような需要には答えられないでしょう。

私はこの『ハースメル』は“エリザベス・モス”自身を投影した映画なんじゃないかと観ていて思いました。そもそも“エリザベス・モス”の両親はミュージシャンで音楽業界に通じており、おそらく彼女自身もそういう世界を見て育ってきたはずです。他にもネタバレになるので後半の感想で説明しますが、“エリザベス・モス”とシンクロする部分が多数あり、これまでの作品の中でも『ハースメル』は“エリザベス・モス”に最もピッタリな一作と言えるかもしれません。

監督は“アレックス・ロス・ペリー”という人で、あまり聞きなれないかもしれないですが、2009年の『Impolex』で映画監督デビューをし、独創的な作品を連発してきました。“エリザベス・モス”とは2015年の監督作『Queen of Earth』で一緒に仕事をしており、その縁で今回の『ハースメル』の制作にいたったようです。“アレックス・ロス・ペリー”は「くまのプーさん」の実写版として話題にもなった『プーと大人になった僕』の脚本も手がけており、その実力は認められています。

あと、他の共演陣もなかなかに見どころです。『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』でも活躍した“カーラ・デルヴィーニュ”、『ピクセル』の“アシュレイ・ベンソン”が揃い、この2人は本作がきっかけで一時交際していたそうです。モデルとして活動する“アギネス・ディーン”も出ており、そっち系の業界からの出演が多い感じですね。また『アクアマン』の“アンバー・ハード”も出演しています。

それに実写版『美女と野獣』のビースト役の“ダン・スティーヴンス”も。この人、なんかどこにでもいるなぁ…。

相当に作品のクセが強いので観る人を選びますが、俳優ファンなら鑑賞の価値はじゅうぶんにあるのではないでしょうか。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(俳優ファンは要注目)
友人 ◯(一般ウケはしにくいけど)
恋人 ◯(相手の好みしだい)
キッズ △(大人のドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ハースメル』感想(ネタバレあり)

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ベッキーは暴走中

「サムシング・シー」というガールズ・ロックバンドがステージに立ちます。観客はすでに大熱狂です。ボルテージは最高潮でいまかいまかとパフォーマンスを待ちわびています。ボーカルのベッキーは観客に「愛してるよ」と言葉をかけ、さっそく歌いだすのでした。

この「サムシング・シー」は以前から注目を集めてブレイクしたバンドです。しかし、年月の経過によって彼女たちもフレッシュとは言えなくなり、少しずつ陰りが見え始めていました。このままでは競争の激しい音楽の世界では一瞬にして2番手、3番手になり、やがては忘れられてしまいます。アルバムを作り、自分たちの軌跡をしっかり残したいとメンバーも思っていました。

しかし、問題がひとつあります。それはボーカルのベッキーです。ステージが終わり、裏に引っ込んだ「サムシング・シー」のメンバー。テンションはまだ高く、興奮冷めやらぬと言った感じです。けれどもベッキーの状態はそれとはまた少し異なるものでした。

ベッキーは自分の赤ん坊(タマ)を受け取り、母親らしく可愛がります。そこへいきなり場違いなシャーマンが登場し、なにやら不明ですが合間合間に呪いめいた言葉をかけられています。赤ん坊を椅子に座らせ、あやしつつも、シャーマンから謎の儀式を受けるベッキー。彼女はとにかく不安定で落ち着きがありません。周りがなだめるも全く効果はないようです。

すると元夫のダニーがやってきて赤ん坊を抱き、マネージャーのハワードが入ってきたりと、人の往来が激しくなります。それでもベッキーのテンションはクールダウンすることなく、突発的に動き回るばかり。調子よく仲間とはしゃぎ、ドラッグはやっているわ、タバコは吸っているわ、アルコールを飲んでいるわと、赤ん坊がいる場としても不安です。

音楽ライバルのゼルダが登場し、ベッキーは容赦なく絡んでいきます。そうこうしているうちに赤ん坊を抱えたまま転倒してしまい、周囲にサポートされるベッキー。でもやはりその手を跳ね除けてひとりでまた暴走。ダニーを突き飛ばし、赤ん坊を連れていき、部屋から消えてしまいました。

その数秒後に、そう遠くない距離でゴトンと物音がし、みんながかけつけるとベッキーが転んでおり、そばでは泣き叫ぶ赤ん坊が無造作にいました。周囲が彼女を慌てて介抱します。

ずっとこんな調子でした。

ところかわって、収録室。ギターの弾き語りをひとりでするベッキーを、メンバーとマネージャーは心配そうに見つめていました。今やベッキーの不安さは手が付けられません。このままではバンドどころではなく、大問題に繋がりかねない。そんな周囲の懸念もベッキーは知ってか知らずか、自由気ままです。

そして、メンバーでドラム担当のアリはベッキーに愛想をつかして出ていってしまいます。それでもあんな奴知るかと言わんばかりに自分でドラムをがむしゃらに叩き始めるベッキーは暴走を続けます。今度はマリエルも一旦出ていき、トイレで怒りを爆発させ、戻ってきます。

マネージャーのハワードは今後売り出すことになる新しいバンド「Aker girls(エイカーガールズ)」をベッキーに紹介。怪訝な顔で初々しい若い顔ぶれを見つめるベッキー。やたらとベタベタ接すると、マリエルと激しく衝突し、ベッキーも涙を流しつつも関係性は消え去った瞬間が訪れたようでした。

ベッキーは陽気に収録ルームに入り、新バンドのセッションをかき回し、どうやら若い彼女たちを気にいったようです。

これでもまだベッキーの波乱は終わりません。歯止めの効かなくなった彼女に待っていたのは大きな代償でした。ついに最悪の失態を衆目に晒すことになり…。

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シャーマンには意味がある

『ハースメル』はホームビデオ映像を間に挿入しながら時期の異なる5つのパートに分かれています。なので構成としてはとてもわかりやすいです。

そのぶん主人公のベッキー・サムシングは凄まじくわかりにくい人物なのですが。

パンクロックスターなんてこんなものだ…というのはいささか雑すぎますし、ベッキーのこの状態は完全にクレイジーな領域です。最初の第1パートからそれは如実に表れています。

ドラッグやアルコールに溺れていくならまだTPOをわきまえてほしいのですが、その状態で赤ん坊を抱えているものだから、観ているこっちも不安でしょうがありません。いつ何時、大惨事になるかもわからない、動き回る爆弾みたいです。ベッキーがいろいろなドアから神出鬼没に飛び出してくるのとかも、ドキッとさせる怖さがありました。部屋が暗いのでベッキーモンスターが出てくるお化け屋敷みたい…。

そして極めつけは謎のシャーマン(呪術師とか霊媒師のこと)です。あの、私、よく知らないのですけど、シャーマンってそんなに簡単にレンタルとかできるものなんですか? ともかくベッキーのそばにはなぜかシャーマンがいて、よくわからない呪いっぽい言葉を唱えているわけで、それがベッキーには良い効果をもたらすらしいのですが…。でも実際は全然改善になっているとは思えない。それどころか余計に精神的に不安定さを増大させているのではないかとさえも思ってしまう。現場のカオス度を強化してしまっていますよね。

リアリティがあるのかどうかは知りませんが、このシャーマンという要素の登場は“エリザベス・モス”と少し関係があるように思います。というのも、“エリザベス・モス”は実はサイエントロジー信者なのです。サイエントロジーというのは世間的にはカルト団体のように認知されており(団体当事者はそうは思ってませんが)、まあ、結構俳優の中にも信者がいることで有名です(トム・クルーズも昔はそうでしたね)。サイエントロジー信者でありながら“エリザベス・モス”は『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』に出演していたのかと思うとなんだか度肝を抜かれますが…。

とにかく『ハースメル』のベッキーは誰がなんと言おうとシャーマンに頼らないとやっていけないと思っており、そこに善悪とか真実とかはどうでもいいです。この瞬間を生きるための要なんですね。その刹那刹那で息をしているベッキーの心情がよくわかる存在だったのではないでしょうか。

また、“アンバー・ハード”演じるゼルダや、“カーラ・デルヴィーニュ”演じる「Aker girls(エイカーガールズ)」のカリスマ性も印象的で、なるほどこれは確かにベッキーには眩しく映るかもしれないという存在があり、それが彼女をますますじわじわと追い込んでいるのでしょうね。なんかあの成功ロード爆走している女性たちは“エリザベス・モス”と雰囲気違うじゃないですか(少なくともサイエントロジー信者じゃなさそうだ…)。私とは違う、勝ち組っぽさの余裕感がベッキーの壊れやすい心に突き刺さるのです。

第3パートではついに仲間すらももう面倒を見ることさえも諦めている感じで、しかもなぜかカメラ撮影隊がついて回っており、やっぱりシャーマンもいるしで、カオス度がMAX級に。私ならあの場に絶対にいたくはない…。支離滅裂でステージで暴れて大変なことになるベッキー。

“エリザベス・モス”、これこそ怪演!という頂点を見せるパフォーマンスで、ちょっと心配になってくるくらいです。

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あの映画との共通点

ところが第4パートになると、先ほどの滅茶苦茶な状況からガラっと変わっていきなりの静のシーン

ずいぶん落ち着いているベッキーがそこに佇んでおり、別の映画が始まったのかなと思ってしまうほどに別人です。娘のタマの成長具合を見ることで「あ、数年経ったんだな」とわかります。

すっかり自制心を取り戻すも怖くなってしまい、外には出られなくなったベッキー。そんな彼女が娘の隣でピアノを弾き、マリエルとも仲直りをし、少しずつ自分を回復させていきます。

正直、このパートだけでベッキーの人生の修復を描くにはちょっと不足すぎる部分も多いかなと思うのですが、“エリザベス・モス”の緩急凄まじい演技力のおかげで素晴らしい説得力をもって見入ってしまうパワーがあったと思います。

そして、ついに第5パートの突入で、ベッキーは完全復活なるかどうかが問われることに。

この『ハースメル』は“アレックス・ロス・ペリー”監督いわく、監督ダニー・ボイル&脚本アーロン・ソーキンの『スティーブ・ジョブズ』(2015年)のストーリー構成からインスピレーションを得たそうです。ひとりの問題性のある人物の半生を部分的にトリミングしながら、パートごとにその心理的な成長変化を見せていく構成が確かにそっくりですし、子どもが軸になっているのも一緒。こうやって比較するとほぼ『スティーブ・ジョブズ』と同じですね。

『スティーブ・ジョブズ』の場合はその構成がそのままスティーブ・ジョブズのプレゼン構成に一致することに意味がありましたが、今回『ハースメル』はとくに5つに分けるだけの説得力のある理屈はないので、ちょっと惜しいというか、もう少し独自の捻りで補強してほしかったのもありますが。

それでもいいなと思ったのは、どんな状況下でもやっぱり支え合おうとする女性たちの絆でしょうか。衝突もしたし、傷つけられたりもしたけど、でも辛い時はサポートする。女の敵は女…みたいなステレオタイプな(そして蔑視な偏見に満ちた)関係性ではない、連帯の頼もしさをさりげなく描いてくれているのは良かったです。

“エリザベス・モス”の演技力に大きく依存している映画ではありますが、“アレックス・ロス・ペリー”監督の誠実な脚本力と眼差しも確認できましたし、何より“エリザベス・モス”らしさがネガティブもポジティブも混ぜ合わさって炸裂していたので、なんだか唯一無二の作品を観た気持ちよさが残る一作でした。

“エリザベス・モス”というひとりの俳優人生における、ひとつの総まとめになる映画になったのかなと思います。

『ハースメル』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 49%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018, Something She LLC

以上、『ハースメル』の感想でした。

Her Smell (2018) [Japanese Review] 『ハースメル』考察・評価レビュー