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『透明人間(2020)』感想(ネタバレ)…リブートは全部リー・ワネル監督に任せよう

透明人間

リブートは全部リー・ワネル監督に任せよう…映画『透明人間』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Invisible Man
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2020年7月10日
監督:リー・ワネル

透明人間

とうめいにんげん
透明人間

『透明人間』あらすじ

富豪の天才科学者エイドリアンに自由を制限されて支配される生活を送ってきたセシリアは、ある夜、脱出計画を練って、ついに実行に移す。それは何とか成功したが、安全な場所に保護してもらったセシリアの心は大きく傷ついており、まだトラウマが残っていた。やがて彼女の周囲で不可解な出来事が次々と起こり、命まで脅かされるようになる。見えない何かが彼女のそばにいた…。

『透明人間』感想(ネタバレなし)

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だーく・ゆにばーす?なにそれ(記憶喪失)

1912年に設立し、アメリカで2番目に古い大手映画会社である「ユニバーサル」。この企業の躍進に大きく貢献したのが「怪物たち」でした。

『ノートルダムのせむし男』(1923年)に始まり、『魔人ドラキュラ』(1931年)、『フランケンシュタイン』(1931年)、『狼男』(1941年)…他にもとにかく大量の怪物映画が量産され、これらは「ユニバーサル・モンスターズ(Universal Monsters)」と呼ばれるようになります。この怪物頼みな映画ラインナップはユニバーサルの企業体制が変わる1960年代まで続きます。

そんな歴史のあるユニバーサルが2014年に往年の自社のクラシックホラーモンスター映画をまとめてリブートして世界観をシェアしたシリーズにすると発表したとき、きっとそれは並々ならぬ意気込みがあったと思われます。なにせ会社の最重要功労者ともいえる大事な存在ですからね。下手したらどんな経営陣やプロデューサー、監督や俳優よりもVIPだと言えるかもしれません。

ところがこの会社の命運をかけて満を持して送り出した企画、通称「ダーク・ユニバース」は映画第1弾から盛大にズッコケることになりました。2017年にアレックス・カーツマン監督によってトム・クルーズ主演で公開された『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』。原点を辿れば1932年の『ミイラ再生』ですが、そのリブートであった本作は興収も評価も惨敗。

しかも、結果、開始わずか1作目で「ダーク・ユニバース」企画は凍結し、解散となってしまいました。まさに墓に葬られたわけで全然笑えない事態…。

あれはそう、悲しい事件だったね…と遠い目で語る思い出話に終わるのかと思っていましたが、どうやらシリーズにせずに単発のリブートで他の作品の企画は続けるとのこと(最初からそうしなよ…)。

けれどもあのマミー・ショックが鮮明に残っているせいで、どうしても「大丈夫なのか?」と訝し気になってしまうのも事実。不幸は続きがちかもしれないし…。

…大丈夫だった! はい、そうです、「ダーク・ユニバース」解体後の実質2作目となる本作『透明人間』がまさかまさかの大成功。批評家大絶賛の嵐となったのです。正直、これは断言をもって予想はできなかった展開だったと思います。

1933年のジェイムズ・ホエール監督版の『透明人間』が原点ですが、それ以降もこれまで何度も映画化されてきました。1975年のロバート・マイケル・ルイス監督版の『透明人間』、1992年のジョン・カーペンター監督版の『透明人間』、2000年のポール・バーホーベン監督版の『インビジブル』。他にも透明人間を題材にした作品なんて凡百あって、もう見飽きたくらいです。だから絶対にマンネリだよねと大勢が内心では思っていた、それなのに。

このサプライズな『透明人間』リブートの成功を導いたのが、監督・脚本の“リー・ワネル”と製作の“ジェイソン・ブラム”です。とくに“リー・ワネル”監督、この人が凄すぎる。『ソウ』『インシディアス』とホラー映画の良作を次々更新し、最近は『アップグレード』という独特のSFスリラーを監督。とにかく低予算で面白い映画を作ることに関しては天才です。

今回の『透明人間』がどんな映画なのかはネタバレになるので言えませんが、「そうくるか」というスマートなアイディアが光っており、あらためて“リー・ワネル”監督の実力に惚れ惚れします。もうユニバーサル・モンスターズの映画化は全部“リー・ワネル”監督でいいんじゃないか…。

俳優陣は、なんといっても主演にドラマ『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』で圧倒的な怪演を見せて賞を総なめにした“エリザベス・モス”がおり、彼女のパワーで映画が持っている面が非常に強いです。他には、『ドリーム』で印象的に登場した“オルディス・ホッジ”、『リンクル・イン・タイム』やドラマ『ユーフォリア』で活躍した若手女優“ストーム・リード”など。

全編にわたって緊張感が持続する、油断できないスリラーですので、何気ない場面でもスクリーンから目を離さないようにしましょう。途中でトイレなんて行く暇ないですよ。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(ホラー映画ファンでなくても)
友人 ◎(ホラー好き同士で熱狂)
恋人 ◎(スリルを味わいたいなら)
キッズ ◯(残酷表現は多少あるが)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『透明人間』感想(ネタバレあり)

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恐怖は見えない姿でやってくる

ひとりの女性がパチリと目を開けます。ここはベッドの上。横の時計は「3:42」。夜中です。寝れないのか、いえ、あえて“起きている”のでした。布団をめくると、自分の腰に誰かの手があります。隣にはが寝ていました。その手をゆっくりどけ、起き上がり、ベッドの下から薬を取り出します。

「エイドリアン?」と男に呼び掛けますが、反応はありません。彼のそばのコップの水を振ると白く濁ります。薬を盛ったようです。ゆっくりと忍び足でその場を去り、コップの水を捨てました。

隠していた荷物を取り出し、ベットルームを退散します。天井のカメラを動かし、男が寝ているベッドの方を向け、自分のスマホで動画確認できるように設定。

ラボのような場所へたどり着くと、パソコンを操作。各所の監視カメラを切り、アラームも切ります。廊下を歩いていると、犬の餌入れを蹴飛ばしてしまい、音が響きます。スマホの画面ではまだ寝ている男の姿があり、ひと安心。

着替えた後、車庫を抜け、その建物を出ようとします。しかし、ここで振り返るとが1匹。連れていけないと声をかけますが、名残惜しく首輪を取ってあげると、その際に車に触れてけたたましい警報音が鳴り響きます。

マズい。広い庭をダッシュし、壁を乗り越えます。そしてまたダッシュ。道に出ると、「エミリー、どこにいるの?」とあたりをキョロキョロ。ここで待ち合わせの予定だったようです。

そこに光が近づいてきます。車です。すぐさまエミリーの運転する車に乗車。その際、薬の容器を落としてしまいました。「セシリア、どうしたの?」という心配声もよそに乗り込んだ瞬間、森から男が猛然と走り寄り、窓を割ってきます。車は急いで急発進。なんとか事なきを得ました。

2週間後。セシリアは警官でもあるジェームズという男の家で保護されていました。家にはシドニーという少女もいます。しかし、窓の外を心配そうに見ているセシリアの心にはまだトラウマが刻まれており、外へ恐る恐る一歩を踏み出すも、ランニングの人にびびってすぐに家に戻ってきてしまう始末。

そこにエミリーが来訪し、あるニュースを持ってきました。あの男はもう死んだ…と。それは自殺という記事です。茫然と座り込むセシリア。

セシリアは自分の置かれていた状態をポツリポツリと語りだしました。エイドリアンは光学技術の研究者にして実業家であり、富豪でした。そして自分の豪華な家にセシリアを軟禁。何を着るか、食べるか、言うか、考えるか…彼は全てを支配していました。また、子どもを欲しがっていたそうで、避妊薬で何とか誤魔化していましたが、それも限界だったので逃げる計画を実行に移した…とのこと。

やっと自分の人生が再スタートできる。そう思った矢先に自分宛の手紙が来ます。それはなんとエイドリアンの死によって自分に500万ドルの遺産が相続されるという話でした。にわかには信じがたい話でしたが、エイドリアンの兄弟で弁護士であるトムのもとへ行き、エイドリアンの遺灰が置かれている部屋で手続き。セシリアはお世話になったお礼に、シドニーに銀行口座をプレゼントし、毎月1万ドル振り込むことにしました。シドニーとジェームズも大喜びです。

しかし、何かがオカシイ…。日常の中で少しずつ異変を感じ始めるセシリア。まだ過去の恐怖が消えていないせい、そう自分に言い聞かせていましたが、ある日、洗面台にてあの逃走のときに落としたはずの血のついた薬の容器を発見。彼女は確信します。

エイドリアンは生きている。透明になって私を見ている…と。

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スリラーに一点集中

今回の“リー・ワネル”監督版の『透明人間』が従来と比べてどうフレッシュなのか。

これまでは薬や放射線の影響で透明化するのが定番だったのが、今作では光学迷彩スーツに変更され、より科学的な理由付けになりました。これによって「体組織が透明化したら自分の目も視えないのでは?」みたいなそれを言ったらおしまいよ的なツッコミどころが解消され、気持ちよくジャンル映画に徹することができるようになったのはメリットです。

でもこういうギミック的な部分は割と重要ではないのかなとも思います。光学迷彩スーツによる透明化なんてそっちもいくらでも描写されてきましたからね。

本作の魅力その1は、スリラーに完全徹底していることでしょう。

従来の「透明人間」作品群は、透明になるというプロセスや結果がユニークであり、映像的な売りだったので、そこばかりがフューチャーされていました。そして、透明になったことで起きる不都合(着替えはどうする、食事はどうする、移動は、コミュニケーションは…など)、もしくは透明になったことでできてしまうアレコレ(覗きとか)を描くのが毎度のこと。そのため、コミカルかエロティックな方向に転がるのもよくありがち。さらにはヒロインとのロマンスとか…。

それはそれで楽しいのですが、いかんせん話が脱線しがちで、肝心の恐怖は減退します。そもそも1933年のジェイムズ・ホエール監督版の『透明人間』は当時の映像技術のレベルもあって、透明な存在が出てくるだけで観客はビビったわけです。でも今は違います。それだけで目の肥えた客の恐怖を煽れません。

そこでこの“リー・ワネル”監督版の『透明人間』は、そういうコミカルさやエロティックさみたいな要素は一切廃棄したんですね。そして、スリラーに集中しています。つまり、「透明な得体のしれない何か」が襲ってくる恐怖です。

冒頭から説明なしで緊迫の脱出シーンを描くことで、今回の透明人間になる相手はヤバい奴だと観客に無言で植え付けてくるのも巧み。その後の前半は「これは透明人間が実在するのか、それともセシリアの思い込みなのか」というサスペンスを用意してきます。

演出もお見事で、わざとカメラを固定にして広い空間をじっと映すシーンを挿入。観客に「え?なんかあるの?」と不安にさせる効果を引き出す。このあたりは完全に心霊ホラーと同様の見せ方ですね(シーツを引っ張る場面なんかはもろに)。

そして天井裏でスマホを発見して以降、映画のジャンルは一気にマンハント系のスリラーアクションへと変貌。室内でのもみ合いシーンの見せ方とか、本当に上手いです。エミリーまさかの殺害からはバイオレンス度もどんどん増して、病院での大虐殺へと発展。

透明人間という素材を絞り尽くしてジャンル映画に変える、器用で多才な“リー・ワネル”監督だからこその七変化を堪能できました。

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主人公のあだ名の意味

“リー・ワネル”監督版の『透明人間』の魅力その2は、主人公を透明人間にしなかったことです。

透明人間の映画なんだから透明人間を主役にしないと…という発想を捨て、あえて敵に据えることで、得体の知れない恐怖を倍増させていますし、最終的なトリックにも活かしています。

ただそれ以上に主人公を女性にしたこと、とくに男性に暴力を受けた女性に設定したことで、現実に実在するリアルな恐怖が土台になりました。おそらく本作を実際にDVなど男性暴力のサバイバーに見せたら、トラウマを思い出させてしまうくらいに、本作の描写の心理的恐怖は生々しいと思います。

その現実の心理的恐怖を「透明人間」という一種の空想のモンスターに置き換える物語でもあるわけです。サバイバーの人なら個人差あれど多くが経験したことです。何気なく日常を生きていても、またあの加害者がフッと現れて襲ってくるのではないかという不安。すぐそばに潜んでいるのではないかという強迫観念。そうやって自分だけが苦しんでいき、それを周囲に理解されずに孤立していくあの絶望感。

本作は女性を安直なヒロインにせず、リアリティある女性像のひとつにしています。そこに貢献しているのは当然主人公セシリアを演じた“エリザベス・モス”。代表的主演作『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』がまさに男性支配を描く作品でしたから、その地続きとしてやはり“エリザベス・モス”の演技は迫真のものがありますね。やっぱりホラーは俳優の顔力が大事です。

ちなみにセシリアのあだ名は「シー」で、これは「see(見る)」ともダブる言葉遊びになっているのでしょうが、「she(彼女)」とも受け取れ、つまりセシリアは女性一般を代表するキャラクターだとも推察できなくもないと思います。本作の物語は暴力に苦しむ全ての女性に向けられている、と。

それだけでなく終盤で判明する「透明人間はひとりじゃなかった!」というオチも、単なるサプライズなだけにとどまらず、そういう暴力を振るう加害者は世の中にはたくさんいるんだという普遍的な警句とも重なります。本作のタイトルも「透明人間」というよりは「透明男」ですよね。

ラストは透明人間トムを倒し、エイドリアンは監禁されていたことになり、納得いかないセシリアが彼のもとへ。そしてあのかつての軟禁住居で食事をとり(ここでステーキを選択するのがさりげなく伏線)、セシリアが透明人間となって彼を殺害。自殺として処理させます。

終わりは典型的なレイプリベンジものとして幕を閉じ、ここでセシリアは初めて自分のトラウマを克服することができました。最後の表情は清々しく、そして少し不気味で、素晴らしい後味を残す幕引きでした。

どんなに古典的な作品でもいくらでも切り口はあるし、どうリニューアルするかは才能しだいということをまざまざと見せつける一作。『透明人間』の成功は今後もホラーのリブートの後押しになるかもしれませんが、勢いに乗りすぎて屍が増えないことを祈るばかり。映画の失敗は透明になって隠すことはできませんからね。

『透明人間』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 88%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2020 Universal Pictures

以上、『透明人間』の感想でした。

The Invisible Man (2020) [Japanese Review] 『透明人間』考察・評価レビュー