ポン・ジュノに寄生されたい…映画『パラサイト 半地下の家族』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2019年12月27日(先行公開)2020年1月10日(一般公開)
監督:ポン・ジュノ
性描写
パラサイト 半地下の家族
ぱらさいと はんちかのかぞく
『パラサイト 半地下の家族』あらすじ
キム一家は家族全員が失業中で、その日暮らしの貧しい生活を送っていた。そんなある日、長男ギウが大企業のCEOであるパク氏の豪邸へ家庭教師の面接を受けに行くことになる。そしてある計画のもと、妹ギジョンも兄に続いてその裕福な家に足を踏み入れる。正反対の2つの家族の出会いは、想像を超える顛末に向けて動き出す…。
『パラサイト 半地下の家族』感想(ネタバレなし)
傑作なのは知っていた
「何かオススメの映画はありますか?」と聞かれることは映画をオープンに趣味にしている人ならよくあるシーンですが、そういう時に「この映画はいいよ。なぜなら~~~~で~~~~~だから」と得意げに説明できるならまだ何も困りません。でも世の中には「とにかく観ろ!」…この一言しか言えない映画というのがあるんですよね。
映画ファンなら激しく同意すると思いますけど、言葉にできないことがあるじゃないですか。ネタバレできないからそうなってしまうのではなく、面白さを言語化できないからそうなってしまう…そういう映画が。
もしそんな映画に遭遇してしまったら嬉しさも最高潮なのですが、同時に頭の中では「うわ~、最高に面白いけど言葉にできない~!」とモヤモヤするという、非常に難解な状況に陥ります。なんか生まれて始めて大好物に巡り会えた赤ちゃんみたいですよ。
そして2019年の終わり。私はそんな言語化不可の傑作に出会ってしまったのです。
それが本作『パラサイト 半地下の家族』。
いや、予想はしていました。自分の歩く道の前方に“それ”があることはわかっていました。ナビもいらない、目視できていたのです。
なぜかってこの『パラサイト 半地下の家族』。監督は“ポン・ジュノ”です。
私は韓国映画もそれなりに観ますが、その枠を外しても好きな監督のひとりがこの“ポン・ジュノ”なのです。私がこの監督作品とファーストコンタクトしたのは『殺人の追憶』(2003年)でしたが、もうそれはそれはハートを射抜かれました。この人はなんて凄いんだ…と畏怖の念しか感じないほどに。
それから長編監督デビュー作『ほえる犬は噛まない』(2000年)も鑑賞し、『グエムル 漢江の怪物』(2006年)、『母なる証明』(2009年)、『スノーピアサー』(2013年)とどれも魅了され続け、2017年にNetflixオリジナル作品として配信された『オクジャ okja』はその年の自分のベスト10映画に入れるほど。別に贔屓するつもりはないのですけど、毎回自分の琴線に触れるというか、ダイレクトアタックを決めてくるんですよね。“ポン・ジュノ”監督作のスパムメールがあったらうっかり開いちゃうんじゃないか…。
その“ポン・ジュノ”の最新作である『パラサイト 半地下の家族』ですから、当然の帰結でお気に入りの映画になるのだろうと、それは世界がひっくり返っても変わらない不変の事実です。
ただ、今回の『パラサイト 半地下の家族』、世界の評価が桁違いに違いました。“ポン・ジュノ”監督はもともと国際的に評価の高い人です。でも今作の評価はちょっと臨界点を超えましたね。
まずカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。2018年は是枝監督の『万引き家族』でしたから2年連続でアジア作品が最高賞に輝く…これも素直に嬉しい話題です。しかし、『パラサイト 半地下の家族』はそれで評価がピークで終息はしなかったのでした。世界中の映画祭を総なめにし、批評家のベスト10に選出され、今やアカデミー賞にすらもノミネートされそうな勢いです。アメリカの映画賞で韓国映画がここまで躍進するなんて異例中の異例です。
正直、“ポン・ジュノ”監督作好きの私ですらも若干ひくレベルでの絶賛一色。なんか魔法でも使ったのか…。
ともかくこの異常事態なパラサイト・フィーバーでもあくまで私は冷静になろうと思いつつ、鑑賞後に決めました。これが私の2019年の映画ベストだと(全然冷静じゃない)。
“ポン・ジュノ”監督最高傑作かどうかは知りません(私の中では全部傑作なので)。間違いなく言えるのは『パラサイト 半地下の家族』は“ポン・ジュノ”監督の凄まじさを世界に知らしめました。こんなの嫉妬するでしょうし、尊敬もするでしょう。ほんと、どこまで進化するんだ、この人は…。
“ポン・ジュノ”監督作品を知らない? 韓国映画を観たこともない? だったらこれが最初の一作になるなんて羨ましすぎる…。
明日は友達と出かける約束がある? 仕事? 受験? 結婚式? 葬式? それはそんなに大事ですか(恐怖の断言)。
『パラサイト 半地下の家族』は鑑賞すれば、きっとあなたの人生に寄生してきます。それはもう離れられない一蓮托生。好きか嫌いかの問題ではない。それが“家族”であり“社会”であり、そして“映画”なのです。
なおネタバレ厳禁の映画です。以降の感想後半では物語展開に触れるネタバレをしています。必ず鑑賞後に読んでください。鑑賞前にチラっとでも見てしまった人は、グエムルの怪物に襲われます。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(観てください) |
友人 | ◎(観なさい) |
恋人 | ◎(観ろ) |
キッズ | ◯(ややアレなシーンはあるが) |
『パラサイト 半地下の家族』感想(ネタバレあり)
始まりは、2つの家族の出会い
『パラサイト 半地下の家族』はとにかく序盤から伏線の連続で、その何の変哲もなさそうなアイテムやセリフが終盤にかけてズバズバ効いているので、よそ見できません。冒頭を見ないで途中入場してきた観客とか、もう1回鑑賞料金を払って次回分を観た方がいいですよ(お節介)。
映画は窓から外を映す映像で始まります。その窓は地面近くにあり、ここはまさに邦題にあるとおり「半地下」の部屋です。そこで暮らしているのが4人家族のキム・ギテク一家。父キムは事業に何度か挑戦するも失敗し、今は無職。母チュンスクは威勢だけが取り柄。息子ギウは、大学受験に落ち続けて人生を持て余している若者。娘ギジョンも美大を目指すが上手くいかず以下同文。
どうやって生計を立てているのかと言えば、ピザの箱を作る内職とか。スマホで参考になりそうな動画を見つけてきて、素早く組み立てることに精を出す家族一同(そういう問題じゃないだろうに…)。
そんなある日、ギウの友人で現在大学生のミニョクから留学中に自分の代わりで家庭教師をやってくれないかと言われます。教えるのは英語。受験の経験なら確かにいっぱいある(結果は…)。謙遜するも最終的には承諾したギウは、妹ギジョンにフォトショで書類を偽造してもらい、これで一流大学出身ということに。彼には“計画”がありました。ミニョクから貰った奇妙な石は一族に富を運ぶご利益があるらしいですが、まさにそのギウの計画は家族をどん底から救いあげるもの。
さっそく身なりを整えてIT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸へ向かいます。それは本当に広々とした庭を持ついかにもお金持ちが住みそうな家で、なんでも有名建築家のデザインだとか。室内には4人の家族の写真があり、その妻であるヨンギョに挨拶。ギウは「ケビン」という偽名です。
そのドンイク一家の娘ダヘに英語を教えることになるケビン(ギウ)。「動揺するな」ともっともらしいことを言って凄い見識を持っている風な態度で見事に親と娘を掌握。ダヘの心まで射止めてしまいます。
流れるように今度はインディアン遊びに夢中で落ち着きのないドンイク一家の息子ダソンにターゲットを変更。芸術の才能があるから伸ばしたいという話に、「ジェシカ」という美大にいた最適の人をレコメンド。何食わぬ顔でジェシカになった妹ギジョンを連れてやってくるのでした。そしてジェシカ(ギジョン)もまたダソンを完全にコントロール。
これで終わりません。ドンイク一家の主パクの足となっている運転手ユンに不埒な噂を偽装し、巧妙に追い出し、そこでジェシカがキムという信頼できる年配の運転手をオススメ。やってきたのは父キムです。軽妙なトークで一気に打ち解けます。
そこで最後の一手。このドンイク一家に長年仕えてきた家政婦のムングァン。家を熟知している彼女をどう追いだすか。なんと桃アレルギーを利用して結核に見せかけるという荒業で、ヨンギョの不安を煽り、まんまとクビにさせます。無論、新しくやってきた家政婦は「THE CARE」という専門サービスを介して派遣された母チュンスクでした。
こうして手際よくこの豪邸と関係をもったギテク一家。ドンイク一家がキャンプに行ったので誰もいない広々とした家で、4人は飲み食いして贅沢を満喫するのでした。この日が運命の日になるとも知らずに…。
そこへチャイムが鳴ります。それは始まりの合図…。
半地下vs上層…だと思ったら
言語化できないと言った以上、感想を書けるのかという話なのですが、頑張って書こう…。
『パラサイト 半地下の家族』は貧富の差という格差社会を扱った映画です。それは“ポン・ジュノ”監督のフィルモグラフィーにおける定番のテーマでもあります。その社会批判を痛烈なアイディアで映像化&物語化するのがいつもの手口。ゆえに“ポン・ジュノ”監督は朴槿恵政権の「文化芸術界のブラックリスト」に入れられたわけですが…(そんな“ポン・ジュノ”監督作である本作がここまで世界的に評価されたのは皮肉な話)。
今作ではその格差をまさに高低差で表現するという超シンプルなアプローチです。
ギテク一家は労働者層の貧しい人が暮らし下町にあるのですが、家自体はさらに半地下にあります。それこそWi-Fiが弱いのはもちろん、水圧が低いゆえにトイレが家の一番高い位置に鎮座しているという、滅茶苦茶な作りの家です。つまりこのギテク一家は“下の下”な家族なんですね。
そんなギテク一家が高台にあるドンイク一家の家庭を“乗っ取る”。この前半のパートは、いわゆるチームミッションものになっていて非常にテンポのよいサスペンスでワクワクしてきます。観客もこの下克上をノリノリで見物でき、作中の言葉どおり“騙されやすい”・“金持ちで善良”なドンイク一家に対して“ざまあみろ”な気分です。
ところが例のキャンプの日。あのチャイムとともに土砂降りの雨の中やってきた元家政婦。ここから急転直下の事態が勃発。
なんとこのドンイク一家の豪邸には秘密の地下室があったのです。しかもそこには元家政婦の夫で高利貸しに追われて身を潜めるしかない男がずっと暮らしていました。
つまりここでシンプルだった「ギテク一家vsドンイク一家」の単純な上下構造が崩れます。ギテク一家とはまた別のスタイルで超惨めな生活をする一家がいたのか、と。“ざまあみろ”なんて思っている自分たちの足元をひっくり返されます。
この戦争に備えたシェルター(掩体壕)という着想が良いです。忘れ去られた場所であり、富裕層の愛国心の空虚さを象徴します。WiFiもつながるし、地下だけどちょっとアメニティの良い地下…みたいな貧困層から見たときの複雑な評価もクスリと笑いになるし(まあ惨めなのですが)。このシェルターが本当に必要としている人に使われていないという皮肉が後のツイストになっているのも…。巧妙すぎる…。
街全体がディストピア
そして言わばネズミの縄張り争いのような争いに発展。まあ、戦争です。北と南ではない、下と下の戦争が。
しかし、ドンイク一家がまさかの帰宅。ステルス脱出ミッションに様変わりして、家政婦であるチュンスクを除く3人はなんとか家を出ます。
ここでさらなる捻りが追加。雨です。異常気象の豪雨によって下の町が水没。ギテク一家の家なんて半地下なので完全浸水。そして観客は「あ、この街全体が上下関係を表す舞台装置だったのか」と気づけるわけです。
こんなふうに『パラサイト 半地下の家族』はこのロケーションの有効活用がフル発揮されています。私は『ほえる犬は噛まない』に通じるなと思いました。あれも団地という上下のある舞台を活かした格差を描く話ですが、『パラサイト 半地下の家族』はそれを街全体に拡充させたような。それ自体が極めてストーリーテリング上よく出来過ぎているので一種のディストピアとして設計された舞台のようにすら思います。でも『スノーピアサー』ほど露骨じゃない。すごくリアル社会に擬態したディストピア。それが今の私たちの暮らす社会だよ、と。
雨によってハッキリする“持つ者”と“持たざる者”。生活基盤を奪われた人たちは避難場所の体育館で“同じ高さで”寝るしかない。一方の高台の富裕層は悠々自適にパーティをしている。その広い庭やシェルターに今まさに困窮している人を迎えるという発想は微塵もない。同時に気候変動のような問題に関心がない人たちへの風刺にもなっている。
やっている発想としては『天気の子』に極めて近いのに、どうですか、この“ポン・ジュノ”監督に手にかかればご覧のとおり。
街全体を網羅して使い尽くす。こんな芸当ができる“ポン・ジュノ”監督が尊敬を通り越してちょっと恐ろしいです。
あの家族にも自尊心がある
『パラサイト 半地下の家族』は貧困を描く他の作品と同様に「どんなに貧しくても人は“自尊心”がある」という無視できない人間の本質を描きます。
冒頭からあのギテク一家は貧しさを開き直ってそれなりに楽しく生きているように見えます。害虫駆除の煙がモクモクと室内に入ってくるのをこれ幸いと受け入れている姿なんかはその象徴です。
でもそんなギテク一家にも自尊心…他者に踏み込まれたくはない一線となるものがある。それがあの運命の1日、元家政婦とのバトルの後に居間のテーブルの下に3人で隠れるシーン。そこで決定的に突きつけられます。「臭い」というかたちで。
なんだかんだでやっぱりあのドンイク一家は自分たちを“下”に見ているのだ、と。どんなにこの豪邸に介入しようともそれは家に棲みつく害虫・ゴキブリと変わらないのだ、と。皮肉にも冒頭でキムは家にいるカマドウマみたいな虫を指で弾いていましたが、まさにそんな虫に過ぎないという事実。パラサイト(寄生)です。
貧しい人間たちは自分よりもさらに“下”にいる人間を見つけて、自尊心を満たすことしかできないわけです。それこそあの元家政婦だって北朝鮮のアナウンサーのモノマネで独裁国家に従うしかない同じ民族を嘲笑してたように。でも“上”には絶対に敵わない。だって寄生者は宿主無しでは生きられないのですから。
最終的にキムは誕生日パーティ中の大混乱の現場でパクを刺します。少し前の家主のいない豪邸で飲み明かそうとしていた場面とは打って変わって、このシーンはカタルシスのあるものではないです。虚しさしかない。
そしてこの後に非常に寓話的な展開が起こります。地下から這いだせる時は、“下”にいた者が本当の意味で“上”に上がれた瞬間だけ。でもそんなことって訪れるのだろうか。
“ポン・ジュノ”監督は毎度エンディングの後味がたまらなく良いのですが、今回も最高でした。
笑っていいの?
他にも言いたいことが山ほどあるのに感想にまとまらない。
シリアスなテーマなのに、思いっきり笑いのネタをぶっこむのも本当に最高。豪邸の地下世界発覚という怒涛の展開の開幕の見せ方が本当に上手く、あの地下室の入り口となる棚を元家政婦が壁を足で踏んで真横に踏ん張っている姿とか、あれですよ、登場人物と観客が一致して「え?」と目が点になる感じ。ギャグ? ギャグなの? ホラーなの? …と脳内整理が追い付かないです。
テーブル下に隠れるシーンでの最後に出てくるキムの這いつくばりステルスもね。あれは自分が虫だと自覚する自尊心ブレイクが起きた後で、そのままのとおり虫みたいになるしかないという、これまた笑っていいのか困る映像で…。
イチイチ絶妙に笑わせてくるのが“ポン・ジュノ”味。ほんと、好き。
そんな中でも電気モールス信号のアイディアとか、韓国文化における自然崇拝を感じさせる「寿石(スソク)」のアイテム使いとか…いや~、よく考える…。
俳優陣も言うことなしです。『タクシー運転手 約束は海を越えて』や『麻薬王』など常に名演を保障する“ソン・ガンホ”はもう完璧なのは当然として、どうしてこんなみんないい顔しているんですか!と百回は褒めちぎりたい、素晴らしいこれしかないキャスティングで織りなされるあの2つの家族。
ただの格差社会を描く映画ではない、あらゆる方向に棘を飛ばす『パラサイト 半地下の家族』。観客がどこまで気づけるかで、あなたが“下”か“上”か、自覚しているか、無自覚かをテストする。とてつもない不気味でゾッとするけどユーモラスな傑作でした。
私は“ポン・ジュノ”監督の下で寄生していたい…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 93%
IMDb
8.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 10/10 ★★★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
以上、『パラサイト 半地下の家族』の感想でした。
Parasite (2019) [Japanese Review] 『パラサイト 半地下の家族』考察・評価レビュー