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『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』感想(ネタバレ)…Netflix;賛否両論吹き荒れる理由とは

ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌

批評家から酷評ぎみのワケとは…Netflix映画『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Hillbilly Elegy
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ロン・ハワード

ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌

ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』あらすじ

オハイオ州南部出身の元海兵隊員で、現在はイェール大学ロースクールの学生であるJ・D・ヴァンス は、夢の実現を目前にして、心の奥に追いやった田舎の家族のもとに帰郷せざるを得なくなる。アパラチア山脈の町で彼を待ち受けているのは、薬物依存症に苦しむ母親ベヴや厳格な祖母マモーウとの確執をはじめとする複雑な家族模様。それでもしだいに家族の歴史を受け入れ始めるが…。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』感想(ネタバレなし)

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トランプ支持者もきっと読んだ本

世界が注目した2020年のアメリカ大統領選挙。その白熱の結果はジョー・バイデンの勝利がほぼ確定し、ドナルド・トランプ現大統領は負けました。まあ、本人は敗北宣言していないですし、証拠もないまま不正選挙だと豪語し、ゴルフとツイッターにご執心ですが…(一応、まだ大統領なのだから拗ねてないで仕事してほしいのですけどね)。

メディアではなぜトランプが負けたのか、その分析は盛んに行われています。しっかり投票結果を踏まえて統計的に考察しているところもあり、そうしたデータによれば、トランプは支持基盤だった白人貧困層の票離れが少し確認されています(白人富裕層からの支持は相変わらず熱いようですけど)。

結局、白人貧困層は「アメリカを再びグレートに!」と理想を掲げるトランプを鵜呑みにして支持したものの、4年経っても貧困であることには変わらず…。その失望は陰謀論でも揉み消せないほどに紛れもなく事実であり、確かに心にグサっと刺さったはずです。

今なおアメリカン・ドリームを失ったままの白人貧困層たち。

実はそんな彼ら彼女らにクリティカルヒットするような本がちょうど4年前に出版されて、ベストセラーになっていました。それが“J・D・ヴァンス”という人が自分の人生経験を回顧録として綴った「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」という作品です。

“J・D・ヴァンス”も典型的な没落した白人中流階級の家庭で生まれ、家庭や経済の苦難に遭います。けれども最終的にはキャリアに成功し、そこから抜け出すことができました。つまり、言ってしまえば白人貧困層にとっての理想のロールモデルというか、「こうすれば助かるのか!」という導きみたいなものです。最初から裕福な家庭で育ったトランプよりはよっぽど自分たちに近い存在でしょう。

もしかしたらこの本もあって白人貧困層はトランプを支持して人生の転換を賭けようと思ったのかもしれません。

そんな本がこの大統領選挙のある4年後の2020年に映画化。これは明らかに狙ってますね。それが本作『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』です。

監督は、あの『アポロ13』『ビューティフル・マインド』『ダ・ヴィンチ・コード』でおなじみの巨匠“ロン・ハワード”。制作に紆余曲折あって大変だった『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』を手堅くまとめたことでも最近は記憶に新しいです。ベテラン中のベテランであり、この人に任せておけば問題ないだろうという人選ですね。

脚本は“ヴァネッサ・テイラー”で、最近だと『シェイプ・オブ・ウォーター』の脚本を手がけましたし、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のエグゼクティブ・プロデューサーだったこともある人です。

そして音楽はもはや説明不要の“ハンス・ジマー”

俳優も万全の布陣。『メッセージ』の“エイミー・アダムス”、『天才作家の妻 40年目の真実』の“グレン・クローズ”が主役級で熱演を披露。とくに“グレン・クローズ”の風貌は映画の最後に本人写真が出るのですが、本当にそっくりなので要注目です。ちなみに“エイミー・アダムス”と“グレン・クローズ”はこれまでアカデミー賞に多数ノミネートされてきましたが、今のところどちらも受賞はありません。

他にも『ガール・オン・ザ・トレイン』『悪魔はいつもそこに』の“ヘイリー・ベネット”も脇を固めています。また、本作では主人公男性キャラクター役として“ガブリエル・バッソ”が抜擢されているのですが、聞きなれない俳優かもしれませんが、彼は『キングス・オブ・サマー』(2013年)で印象的に活躍していたあの子ですね。

要するに『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』は賞を獲る気満々の作品だったのです…ですが、事前のメディアの期待もあったにもかかわらず、実は本作は賛否両論、いやそれどころかかなりの低評価を批評家は下しています。“ロン・ハワード”監督のフィルモグラフィーの中でも最低クラスの酷評かもしれないほどに。

なぜここまで本作の評価が芳しくないのか、それにはいろいろ理由があるのですが、そのへんも含めて後半の感想で語っているので興味があればぜひどうぞ。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』はNetflixオリジナル映画として2020年11月24日から配信中です(日本では一部で劇場限定公開)。

オススメ度のチェック

ひとり◯(映画ファンは必見の一作)
友人◯(映画好き同士で語り合う)
恋人◯(恋愛要素はほぼないけど)
キッズ◯(ドラッグ描写が多数)
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『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』予告動画

ロン・ハワード監督、エイミー・アダムス&グレン・クローズ主演『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』予告編 – Netflix
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』感想(ネタバレあり)

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アメリカン・ドリームに手が届かない人たち

1997年、ケンタッキー州のジャクソン。この田舎町で暮らすJ・D・ヴァンスという少年は、自転車で川へ向かっていました。途中で道路を歩くカメを救出してあげるなど、根は優しいです。

川でプカプカと浮いていると他の少年たちが「オハイオに帰れ」といじめてきます。JDはやられっぱなしではいません。思い切って反撃するも多勢に無勢でおさえられることに。そこに家族が助けてくれて事なきを得ます。

顔に怪我をしましたがJDは誇らしげです。母・ベヴは「誰にやられたの? 殺してやる!」と凄い剣幕ですし、祖母のマモーウは「よくやった」と嬉しそうに褒めるのでした。

JDの家族はこの地を離れて引っ越す予定でした。オハイオ州のミドルタウン。そこが家族の新天地。どこに行っても家族は一緒。そう思っていました。

14年後。イェール大学ロースクールの学生となったJDは進路に悩んでいました。2万1390ドルの奨学金の負担は大きく、バイト3つの掛け持ちでも払えない状況。大学に相談すると「インターンは?」と提案されますが、「採用されないのでは?」と不安が残ります。でも、恋人のウシャに背中を押され、頑張ってみることにしました。

一流事務所の招待で、慣れないスーツでディナーパーティに参加。経験したことのない雰囲気にキョロキョロと落ち着きがなく、テーブルマナーもさっぱりわからないので恋人に電話をして聞く始末。そんな大事なときに姉のリンジーから電話がかかってきます。最初は無視していましたが、仕方なく出ると母がまた薬物に手をつけ、ヘロイン過剰摂取で病院にいるという内容でした。

動揺しつつも食事に戻るJD。同じテーブルの参加者から家族や地元について聞かれ、正直に答えると、そのひとりが「レッドネック」と口走ります。その単語に「侮蔑です」と不機嫌な顔をするJD。

ここで上手くコネを作っていかないと将来はない。地元に帰るわけにはいかない。面接を逃がせない。それはわかっていましたがどうしても故郷の家族が頭をよぎります。そして昔の記憶が蘇ることに。

薬物依存症を抱えていた母は気性が荒く、いつも子どもの自分は翻弄されていました。

ある日、家に連れ込んできた犬を上手く捕まえられなかったJDに対して母は「なんでそうドジなのよ!」ときつくあたります。その後に母が申し訳なさそうにやってきて、一緒に店へ。その店内でJDの欲しかったカードを万引きしてくれる母。

と思ったら車の中で、突然アクセルを全開で踏んで加速する母。自分の人生への不満を口にしながら「衝突してやる」と自暴自棄に。パニックになったJDは「ママはビッチだ」と言い放ち、それを聞いた母は殴ってきます。たまらず車をおり、民家に逃げ込むJD。警察を呼び、そのまま大混乱。

それでもJDにとっては母は母でした。母は警察に連れていかれそうになり、「殴られたか」と警官に聞かれたJDは「いいえ」と否定。母はその場で釈放されました。

母の奇行はそれだけではありません。ある日、家に帰ると祖父・ジミーが椅子に座って死亡しており、家族は悲しみに包まれます。そんな中、発狂している母によって近所は騒然となる事態が起きました。母は手首から血を流しており、なんとか止めようとするリンジーを叩いて喚き散らしています。

こういうことが何度もあり、耐えられなくなったリンジーは家族のもとを離れました。

一方、JDは不良少年の仲間と非行にはしるようになり、自分もまた自堕落に沈んでしまいます。祖母の車で事故も起こしました。

けれども今のJDがあるのも家族がいたからこそ。未来の岐路に立つJDは家族と向き合います。

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実は原作からして賛否両論だった

さっそく『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』がなぜ批評家から低評価を受けるのか、その話です。

別にトランプ支持層を描いているから評価が低いなんて安直なことはありません。

まずそもそも本作は白人貧困層を主題に描いています。そういう映画自体は珍しくありません。例えば、最近だと『ガラスの城の約束』『ワイルドライフ』などもそうですし、アカデミー賞で高い評価を受けた『スリー・ビルボード』もまさにそうです。むしろ高評価を得やすい映画の筆頭題材でしょう。

その中で『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』はその名のとおり「ヒルビリー」を題材にしています。これは簡単に説明すると「山で暮らす白人」のことで、本来はアパラチア山脈あたりに住み着いている白人層を指しています。この白人層は非常に閉鎖的なコミュニティの中で生活し、排他的ですし、宗教に根差した価値観を重視して生きています。こうした白人層のことを田舎者として揶揄する意味合いもあるのが「ヒルビリー」です。作中では「レッドネック」という言葉も浴びせられていましたし、他にも「ホワイトトラッシュ」なんて呼び方もあります。

このヒルビリーを主題にした映画もこれまでいくつかあって、例を挙げると『ウィンターズ・ボーン』『穢れと祈り』『悪魔はいつもそこに』などはそうでした。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』も題材自体は何も変ではなく、それどころか正攻法な賞レース作品となりうるものです。

しかし、実は本作は根本的に言うと原作自体が賛否両論だったんですね。その理由はいくつもあります。

原作は“J・D・ヴァンス”の回顧録であり、実話です。でも、彼は今やベンチャーキャピタルで成功をおさめ、政治のパイプもあり、もはやハッキリ言えばリッチなのです。そんな“J・D・ヴァンス”がわざわざ本のタイトルに「ヒルビリーの哀歌」を堂々と銘打ち、さも自分はヒルビリーの代表ですという顔をするのはどうなんだという批判がありました。これでは「自分は裕福だと思われているけど、実はこんな不幸な生い立ちがあったんだよ」と同情をひきたいみたいじゃないか、と。

まあ、“J・D・ヴァンス”の伝記作品としては事実でしょうし、それはそれで悪くはないのですが、これを「ヒルビリー」と掲げてしまうのもちょっと強引だったかもしれません。“J・D・ヴァンス”自体、キャリアで成功を成し遂げすぎたところもありますし。逆にどうしてキャリアで成功できたのか、そこがなによりも気になるものですが、肝心のその部分はあまり描かれません

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これは貧困ポルノなのか

その賛否の別れた原作に対して映画がどう答えるのか。当然、多くの批評家は原作の欠点をカバーするような映画的なアレンジを求めていました。

しかし、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』はその期待に満点はとれなかった部分もあり…。もちろん役者は素晴らしいですし、演出も下手なんてことはありません。さすがの“ロン・ハワード”監督、適度な仕事を難なく達成しています。

一方で本作にあるのはノスタルジー劣等感であり、それが全体から滲み出るばかりで、それ以上のものはない感じも否めません。「俺たち白人はツラいんだ」という愚痴は映像からも伝わってきますが、ではなぜ辛いのかという社会的な背景は何も見えてきません。

例えば、黒人コミュニティの過酷な実態を描く映画ならほぼ必ず差別の社会的構造を取り上げます。差別がなぜ起こるのかという背景を見せてくれます。

白人貧困層にもその原因となる社会的構造があるはずなのですが、本作ではそれは描いていません。なぜ母は薬物依存症なのか、その理由を追求するのも良し。『アメリカン・ファクトリー』のような大企業との関係性よる労働的劣悪さを描くのだって良かったはず。『悪魔はいつもそこに』では宗教的支配がその理由として描かれていました。

とにかく本作は「俺たち白人はツラい」とぼやくのみに徹しており、その先がありません。ある批評家は本作を「貧困ポルノ」を切り捨てていましたが…。

言ってしまえば、この映画には批評的視点がないです。もしこれがクリント・イーストウッド監督ならしっかりときに自虐をともなう批評を作品内に取り込むでしょう(もともとイーストウッドはそういうのが得意ですが)。

また、本作の女性描写も雑と言えばそれまでで、本作はJD以外はメインはほぼ女性なのですが、祖母・母・姉ともにステレオタイプな女性像で、特段の深掘りもなく役割を果たして終わってしまいます。一番残念なのはJDの恋人のウシャ。彼女はJDの苦悩をわかってくれない“よそ者”的な立ち位置になっているのですが、正直、ウシャもああ言われる筋合いはないでしょうし、そもそも彼女もインド系移民なのですから、相当な苦悩があるでしょう。こっちのセリフだ…くらいは言い返したくなります。

結局、JDはなぜここまで苦しい境遇なのかという社会的バックボーンを描かず、最終的になんか成功した男になっちゃってるせいで、本作は無自覚に白人の特権を浮かび上がらせてしまっているんじゃないかと思うくらいです(優秀な成績を出して白人とコネを作れれば成功する…なんて他のマイノリティにはできませんからね)。

たぶん私たちが興味深く見たいのはどうやって主人公が成功したのか…という部分のはずで、それこそドラマ『キング・オブ・メディア(サクセッション)』みたいな世界観では?

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トランプ支持者を描いてはいない

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』について、日本の一部メディアでは「トランプ支持白人層の実態を描く」なんて紹介されているものもありますが、これも異議があります。

だいたいこの4年間で本作は一気に時代遅れになったのではないかと思います。それくらい白人貧困層、いやこの言い方は正確ではないかもしれませんが、とにかくトランプ支持者となってしまってからの在り様は激変しました

ちゃんとニュースを見ている人は知っていると思いますが、トランプ支持者の白人たちの現状は本作で描かれているものとは今や様変わり。彼ら彼女らは陰謀論を信じ、自分の嫌いな情報はフェイクニュースと断罪し、他者に攻撃性をぶつける。それだけの存在になり下がりました。

今のトランプ・ピープルはこんな『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』の物語にも同調できないくらいに悪化しています。『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』でもそのあられもない姿が映し出されていましたが。

こうなってくると「ヒルビリー」という言葉も過去の遺物になり、もはや現代では死語になりつつあるのかもしれません。

劣等感だけは共通しているかもしれませんが…。

本作を観ていて思ったことがひとつ。LGBTQ当事者は感動ポルノを作られると怒りますが、保守層の人たちは自分たちの感動ポルノに逆に喜ぶんですね。つまり、可哀想だと思ってほしいという飢えが凄い明白です。マイノリティは対等を求め、マジョリティは同情を求めるのか…。

おそらくこれからは「保守vsリベラル」でも「右vs左」でもない、「トランプランドvsその他」の時代になるでしょう。トランプが大統領を辞めても状況は改善せず、むしろ問題はグローバル化しつつあります。日本にだって熱心なトランプ・ピープルがいます。

そう考えると、この『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』で描かれている白人たちは、まだトランプ・ピープル化していない、救いのある古き懐かしい白人像として映像に残るのかも。

デジタルな扇動に支配された一部の白人層が昔の白人の郷愁を取り戻す日はあるのでしょうか…。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 25% Audience 89%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 4/10 ★★★★

作品ポスター・画像 (C)Imagine Entertainment, Netflix ヒルビリーエレジー

以上、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』の感想でした。