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『ファザーフッド』感想(ネタバレ)…Netflix;トランス・キッズも父親にまかせて

ファザーフッド

もし父親の自分だけで子どもを育てることになっても…Netflix映画『ファザーフッド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Fatherhood
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ポール・ワイツ

ファザーフッド

ふぁざーふっど
ファザーフッド

『ファザーフッド』あらすじ

男性にとって人生で最も手ごわい仕事があるとしたら、それは父親になること。妻を亡くしたひとりの男に残されたのは、まだ世界を知らない小さな赤ん坊。愛する妻のためにもこの子のために全力で尽くそうとするが、子育ては想像以上の激務であり、普段は会社の仕事をこなしていける自分でも弱音を吐いてしまう。それでも我が子の未来のために一生懸命に愛情を捧げ、子どもはスクスクと成長していくが…。

『ファザーフッド』感想(ネタバレなし)

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時代を先走るお父さんの映画

映画の中では「父親」はまだまだステレオタイプに描かれがちかもしれません。とくに人種によってその傾向が変わることもあります。

例えば、黒人の場合。アフリカ系アメリカ人の家族を描くものであれば、父親というのは家父長的でときに暴力に振舞う存在として描写されるものが多いです。実際、そういうパターナリズムが存在しているのでしょうし、それもまたリアルを活写しているなら別にそれ自体は間違っているわけではないでしょう。

ただ、悪い事例ばかりが映画に映し出されるのも考え物です。とくに黒人であるならばその表象が人種に対する偏った認識(黒人男性=危険)を助長する可能性もあります。だからなるべくならいろいろな表象があるべきです。父親なんてジェンダーの観点からも多様な描写が求められる状況は高まる一方です。

そんな中、今回紹介する映画は「黒人の父親」表象としては最もプログレッシブになっていると言えると思います。それが本作『ファザーフッド』です。

原題の「Fatherhood」は「父であること」という意味ですが、都市部のアフリカ系アメリカ人の文化を描くジャンルのことを「Hood」と呼ぶので、それと引っかけた言葉遊びなんでしょうね。

本作には原作があります。マシュー・ログリンという男性が2011年に書いた「Two Kisses for Maddy: A Memoir of Loss and Love」という回顧録です。このマシューという方は、妻を出産後に亡くしてしまい、赤ん坊をひとりで育てることになりました。その前からブログをやっており、彼は育児に単身で臨む過程もブログに綴っていました。するといつのまにやら話題を呼び、一躍人気ブロガーに。今は親を失った子どもを支援する慈善活動などをしているそうです。

この『ファザーフッド』はそのマシューの実体験を基にしており、同じく妻を出産後に亡くしてしまった男性が育児に奮闘する姿を描いています。

しかし、事実どおりではなく、大幅に脚色を加えています。例えば、マシューは白人でしたが、映画では黒人に変更。その主役を務めるのが、あちこちで引っ張りだこで大人気の俳優兼コメディアンである“ケヴィン・ハート”です。『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』のようなエンタメ大作から、『THE UPSIDE 最強のふたり(人生の動かし方)』のようなハートフルなドラマ映画まで、何でもござれな器用な演技を見せてきた“ケヴィン・ハート”ですが、父親という役割に真正面から向き合ってみせたのが本作『ファザーフッド』。まあ、“ケヴィン・ハート”ですからギャグ満載なのですけどね。でも真面目に育児を描いているので、「黒人の父親」表象の良いモデルケースになるのではないでしょうか。

また、本作はもうひとつ忘れてはならないアレンジによる特筆性があります。これはネタバレかもしれませんが多くの人に関心を持ってもらいたいのであえて書いてしまいますけど、実は本作は子どもは子どもでも「トランス・キッズ」を描くものになっているのです。トランス・キッズ…トランスジェンダーの児童ですね。

黒人でトランス・キッズを育てるというこれら2つの要素を併せ持つ内容でありながら、それがアメリカ映画では主流の王道とも言えるファミリー育児ジャンルの中ですんなり描写されている。つくづく時代は変わってきたなと…。

監督は『アメリカン・パイ』の“ポール・ワイツ”

“ケヴィン・ハート”以外の俳優陣は、『サムワン・グレート 〜輝く人に〜』の“ディワンダ・ワイズ”、『ライフ・アズ・ファニータ』の“アルフレ・ウッダード”、『ゲット・アウト』で良き友人役だった“リル・レル・ハウリー”は今回も友人役、『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』で異彩を放っていた“アンソニー・キャリガン”は今回は比較的普通、他にもドラマ『ゼム』の“デボラ・アリヨンデ”など。

『ファザーフッド』は当初はコロンビア・ピクチャーズ(ソニー)が製作していたのですが、結局はNetflixで配信されることに。配信時期が6月なのは「父の日」に合わせたのかな。

シリアスなシーンもありますが、基本的にはコミカルで笑いの多い映画ですので気軽に観れると思います。下品な笑いというよりも優しい印象が残る作品です。子育てに悩みを抱えているとき、人生に喪失感を抱いているとき、そっと重荷を和らげて背中を後押ししてくれるかもしれません。

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『ファザーフッド』を観る前のQ&A

Q:『ファザーフッド』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年6月18日から配信中です。
Q:子どもと一緒に観られますか?
A:下ネタはほどほどに抑えられていますし、性描写も直接的にはないので大丈夫だと思います。
日本語吹き替え あり
佐々木啓夫(マット)/ 五十嵐麗(マリオン)/ 武田幸史(ジョーダン)/ 東内マリ子(スワン)/ 宮地美然(マディ)/ 天田益男(ハワード)/ 森田了介(オスカー)/ 石田嘉代(リズ) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:子育てに疲れたときに
友人 3.5:仲のいい友達と
恋人 4.0:子育てを考えるきっかけに
キッズ 3.5:基本は大人視点だけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ファザーフッド』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):準備はバッチリ…だったはず

悲しみをぐっと堪えた表情でみんなの前に立つ男。言葉に詰まり、深く息を吐くしかできません。

「こんなのクソだ(This sucks)」

この男、マット・ログリンは父親になりました。大切な人を失って…。

話は少し前に遡ります。マットの妻・リズは妊娠中。しかし、出産予定日まで2週間あったものの、帝王切開が今日の晩に必要だと医者に言われ、手術を開始します。ベビーベッドの準備もマットはしていませんでした。リズの母のマリオンはテレビ通話で心配を吐露。

赤ん坊は無事に生まれ、娘にマディと名前をつけます。可愛らしさに両親となった2人はメロメロ。マットは頑張ったリズにネックレスをプレゼントします。

けれどもその幸せな時間は唐突に終わってしまいます。リズは病室で突然苦しみだし、呼吸困難に。そして…亡くなってしまいました。肺塞栓症でした。

さっきまで幸福に満ちていた人生はすぐさま暗いものに様変わり。こうしてお葬式を迎えることになったのです。

いつもズボラだったマットにとって育児もきっとリズに頼りっきりになると誰もが思っていました。「親がひとりになるならママのほうが良かったのにな…」とマットはマディを抱きながら呟きます。「あいつには無理だ…」と友人のジョーダンも断言。

それからマットの育児奮闘の日々が始まりました。マディは朝昼夜関係なしに泣きじゃくります。オムツ替えも自分が汚れる始末。心配な祖母2人は自分たちが一緒に育てると言いますが、マットは「自分で立派に育てる」と言い切ります。

マットは職場のIT企業へ。いくらでも休んでいいと言われますが、おカネも必要なので在宅勤務を願い出ます。上司も育児はキツイぞと気遣ってくれます。同僚のお喋りすぎるオスカーに後任を頼みますが、あまり役に立ちそうにはありません。

こうして男友達のジョーダンとオスカーの微妙な力を借りつつ、子育てを続行します。ベビーベッドを四苦八苦で組み立て、ベビーカーも広げるのにもイライラ。ベビーシートの設営に大揉め。疲れすぎて会社では会議中でさえもつい居眠りをしてしまうほどに…。

車でリズがマディに通わせたがっていた学校の前を通ります。カトリック系の学校です。

そんな愛情をたくさん注がれたマディは…泣き止みません

無限に続く赤ん坊の泣き声にマットの精神はボロボロ。自分が泣きそうな顔になりつつ、周囲に助けを求めますが…。

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このクソな状況で…

『ファザーフッド』は大まかに前半パートと後半パートに分かれます。妻であるリズの突然の死(原因は肺塞栓症。アメリカでは毎年8万5千人が肺塞栓症で死亡しているそうです)に始まる悲しみのプロローグ。それが終わると、いよいよ赤ん坊との対峙です。

この赤ん坊・マディとの悪戦苦闘っぷりはいかにも育児コメディという感じ。“ケヴィン・ハート”が最も得意とする分野でしょうか。

主人公マットの必死さもそこまでわざとらしくなく、子育ての中でついやってしまいそうなミスや悩みの連発で共感を与えます。

とくに面白いのが友人であるジョーダンとオスカーが加わってからの育児パート。申し訳ないですけどあの2人の男友達は子育ての役に全く立ちそうにない…。そのダメな親にダメダメなサポートが関与してからのトリプルな育児喜劇がさらに笑いに拍車をかけてくれます。

“リル・レル・ハウリー”と“アンソニー・キャリガン”の組み合わせがいいですね。なぜかマットの母と義母に色目を使うジョーダンの邪魔さ加減と、余計なことを喋るばかりで疲れてくるオスカーの邪魔さ加減。いい勝負だ…。ちなみに“アンソニー・キャリガン”は自己免疫疾患が原因で毛髪がない人です(役で剃っているわけではありません)。いつもその容姿を活かした役で起用されることがほとんどなのですが、この『ファザーフッド』では普通の人で、家庭を持ち、仕事で頑張っていたりして(最後もチャンスを与えられる)、なんか良かったな、と。

作中では男の繋がりはあまり育児に有用とはいきません。しかし、マットは「自分で育児をやってみせる」とある種の“男らしさ”の意地で女性陣を突っぱねてしまいます。そんなマットがしだいに弱音を素直に吐露し、他人の助けを借りることを覚えるというのが前半パートの成長です。

おそらく男性にとって新米ママのグループに顔を出して「助けてほしい」と口にするのは相当な勇気がいることです。自分の母親やパートナーの母親に助けられるのも恥ずかしいと考えることでしょう。

それでも本作はコミカルなテイストながら、男親が感情的になることを肯定し、そのがんじがらめだった男らしさの束縛を解きほぐすという過程を親身に描いてくれています。

ドキュメンタリー映画『Dads 父になること』なんかを観ていてもやっぱり思うことですが、これこそ男性が育児をするうえで真っ先にぶつかる障害物ですね。

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アイデンティティに悩む父と子

『ファザーフッド』の後半パートはマディが一気に成長した姿を見せ、いよいよ学校に通える年齢になってからのストーリーになります。

一般的には育児の辛さは赤ん坊の時期が慣れていないですし、大変そうに思えますが、本作ではこの年齢ならではの四苦八苦が描かれます。

とくにそのキーワードになるのが前述しているとおり「トランス・キッズ」の部分です。マディは学校に通い始めますが、スカートなどの女の子らしい服装を嫌い、制服も下着も全部男の子の装いで過ごします。一方で学校側は制服規定の順守を再三に渡って呼びかけ、マットとの間でも対立。いわゆるトランスジェンダーの児童&その親が直面する苦悩をそのまま描いています。

現在、アメリカではまさにトランス・キッズがひとつの社会問題の題材になっています。保守的な政治権力の強い州ではトランスジェンダーの児童の自由を制限するような規則を後押しする施策を実施するところも出現し、当事者コミュニティを中心に反発は強まっています。トイレやスポーツをめぐるトランスジェンダーの是非が、最も弱い立場にいる子どもを犠牲にしようとしている…。なんとも辛い現実です。

そんな今の情勢を鑑みれば、『ファザーフッド』のようなファミリー映画が作られる意義はとても大きく、単なるエンパワーメント以上に社会への強いメッセージになるものですね。

また、何かとキリスト教圏の影響が強い黒人コミュニティにおいて、しっかり主人公がそのキリスト教的な保守的価値観にNOを突きつけるのも凄いと思います。

そのジェンダー・アイデンティティに悩むマディの新たな助けになってくれるのが、リジー(スワン)です。彼女はマットにとっての新しいパートナーになっていくわけですが、マディとの交流も印象的。リジーはマディのありのままを受け入れてくれて、非常に子ども相手が上手く、そしてジェンダー・ステレオタイプを押し付けることもしません。すごく良いキャラクターでした。

対するマットは男らしさの固執はだいぶ捨てることができても、やはり愛する亡き妻への想いは残っており、それがあるゆえに自分の人生を送る一歩を踏み出せない。彼も彼でアイデンティティを迷っているんですね。結局、彼はキャリア第一という男らしさに戻りそうになるところを直前で止め、自分らしさを見つけ出すことができました。

この後半パート、個人的にはもう少しトランス・キッズを支援する外部のサポートを描いても良かったかなと思いますし(かなり終盤で唐突に学校が方針転換してくれるのもややご都合的ですし)、それこそ幅広い包括的なケアを描いてもいいのではとも思いました。

こういう育児映画がもっと増えていって、泣き止まない赤ん坊にホワイトノイズを聞かせるかのように、社会の偏見の騒音も静かになるといいのですが…。

『ファザーフッド』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 72% Audience 77%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

ケヴィン・ハート出演の映画の感想記事です。

・『ジュマンジ ネクスト・レベル』

・『THE UPSIDE 最強のふたり(人生の動かし方)』

・『セントラル・インテリジェンス』

作品ポスター・画像 (C)Columbia Pictures ファザー・フッド

以上、『ファザーフッド』の感想でした。

Fatherhood (2021) [Japanese Review] 『ファザーフッド』考察・評価レビュー