シスターフッドのその先を描く…映画『Rocks/ロックス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2021年に配信スルー
監督:サラ・ガヴロン
Rocks ロックス
ろっくす
『Rocks ロックス』あらすじ
15歳のロックスという名の少女は、いたずら好きな弟のエマニュエル、そして母親と一緒にイースト・ロンドンの公営住宅で暮らしていた。メイクアップ・アーティストになることを夢見る彼女は、親友にも囲まれ、学校ではいつも笑顔が絶えない。しかし、ある日、母親が突如姿を消してしまう。心配した隣人が福祉局に連絡するも「見つかれば弟と離れ離れになってしまう」と恐れたロックスは自分で対処しようとする。
『Rocks ロックス』感想(ネタバレなし)
隠れた傑作を忘れずに
2021年もたくさんの映画が映画館で公開されましたが、それと同時に劇場公開の機会がなく、ビデオスルー・配信スルーになってしまった映画もいっぱいありました。その数がどれくらいあるのかを私は把握していませんが、コロナ禍の影響もあって、そうした境遇の映画は例年以上に多かったのではないかと心配です。ビデオスルー・配信スルーというかたちであっても公開されたというだけマシだとも言えるのですけど、やっぱり映画館のスクリーンで上映させてあげたかった…。
私はそういう日の目を見ることがなされづらい映画を取り上げたいと思っているので、なるべく鑑賞して感想記事を書いて紹介するようにしているのですが、2021年も映画館の話題作の陰に隠れながら劇場の建物の外の奥まった路地裏でキラキラと輝くような名作がありました。
今回紹介するのはそのひとつ、それが本作『Rocks ロックス』です。
『Rocks ロックス』はイギリスのインディペンデント系の映画なのですが、2019年にはトロント国際映画祭で上映され、イギリス本国では2020年9月に公開されました。そしてこの小さな作品である『Rocks ロックス』は2020年のイギリス映画界の大穴として賞レースで存在感を発揮します。
イギリスのアカデミー賞では、インディペンデント映画ながら監督賞・主演女優賞・助演女優賞など計7つにノミネートされ、まさかの『ノマドランド』と同等の最多ノミネート数に。かなり異例の高評価です。小規模独立作品とは思えない躍進。肝心の小規模独立映画を主体で扱う英国インディペンデント映画賞の方では、最優秀英国独立映画賞・助演男優賞・助演女優賞・新人賞・ベストキャスティング賞を受賞。文句なしの大喝采を受けました。
これだけ話題になっていれば私もイギリスの映画ファンを騒がせた作品をぜひとも要注目リストに入れておこうと思ったわけですが、問題は日本で公開されるのかということ。雰囲気的に劇場公開は難しいだろうけど、なんとか配信スルーでもいいのできてくれ…!と願っていたら、意外なかたちでやってきました。
日本では『Rocks ロックス』は、渋谷のミニシアター「Bunkamuraル・シネマ」の未公開映画を配信するオンライン映画館「APARTMENT」で2021年に配信されたのです。「APARTMENT」なんて聞いたことないけど…と言う人がいるのも当然。ミニシアターが動画配信サービスを提供するのは珍しいですからね。でもコロナ禍で痛感しましたがああいう緊急事態のとき、真っ先に優先されるのはシネコンばかりで、ミニシアターは自助でどうにかしろと放置されました。そんな弱い立場にいるミニシアターこそ自分の弱点を補うために動画配信サービスに手を出すというのはひとつの手なのかもしれません。
ということで日本でも『Rocks ロックス』はネット配信で限定鑑賞することが可能になりました。まあ、全然目立っていないですけどね。
で、この『Rocks ロックス』なのですが、どういう映画なのかというと、イギリス・ロンドンの低所得者向け公営住宅に暮らしている15歳の少女が主人公(タイトルの「ロックス」はこの主人公の愛称)。その子は友達に囲まれて普通に生活していたのですが、ある日、シングルマザーだった母親が自分たち子を置いて姿を消します。幼い弟と2人ぼっちになってしまった主人公はなんとか生活を維持しようと奮闘する…という物語です。
空気感としてはイギリスの階級社会をリアルに描くという点では、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』の“ケン・ローチ”監督に通じるものがあります。
でも“ケン・ローチ”監督では絶対に作れないような映画だなとも思います。なぜなら全編に渡って少女たちを主体にしており、貧困の中にそっと実在するシスターフッドを実に丁寧に描いているからです。
なんでも『Rocks ロックス』は製作チームの多くが女性で占めているそうです。
監督は、フェミニズムの歴史的起点を描いた『未来を花束にして』(2015年)の“サラ・ガヴロン”。脚本は、キャリアもまだ浅い“テリーサ・イココ”と“クレア・ウィルソン”。撮影は、『17歳の瞳に映る世界』『幸福なラザロ』の“エレーヌ・ルヴァール”。賞でも称賛されたキャスティング担当には『アメリカン・ハニー』の“ルーシー・パーディー”が参加。インディペンデントだから実現したのだろうなという座組です。
『Rocks ロックス』は何と言ってもあの出演する子どもたちのアンサンブル。ずっと観ていたいと思わせる魅力に溢れています。貧困という悲痛な境遇を描くものですが、そのラストは力強いメッセージを感じると思います。
ぜひとも隠れた名作としてチェックしておいてください。
「Bunkamuraル・シネマ」のオンライン映画館「APARTMENT」は以下のリンクからアクセスできます(いわゆる月額のサブスクリプション見放題ではなく作品単品ごとにレンタル購入する形式です)。
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた傑作として必見 |
友人 | :感動を分かち合って |
恋人 | :ロマンス要素は無いけど |
キッズ | :小さい子向けではないけど |
『Rocks ロックス』予告動画
『Rocks ロックス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):母が消えて…
イースト・ロンドンの公営住宅の屋上。6人の少女たちがペチャクチャとお喋りし、歌い、体を揺らし、思う存分に友達との時間を満喫していました。
そのうちのひとりであるロックスはこの公営住宅に暮らしており、シングルマザーの母と幼い弟エマニュエルが一緒です。家に戻ると、母が弟と料理を作っていて、食事のときは弟がたどたどしくお祈りし、それを家族で温かく見守ります。
朝、ロックスは制服を来てリュックを背負って家を出ます。親友のスマヤが下にいて待ってくれています。
学校の教室でも友人と集まって他愛もない会話は止まりません。笑い合い、絶叫したり、もう自由です。
授業では「将来は何になりたいか」という議題となり、アグネスはジャーナリストと答え、他の生徒もカップルセラピストなどそれぞれの答えを口にします。
ロックスの考えている夢はメイクアップ・アーティストでした。ロックスは学校でも友人にメイクをしているくらいに上手で、いつも盛り上がっている輪の中心です。
弟と帰宅。家には母はいません。ロックスは封筒を見つけ、その中に少しばかりのおカネと手紙があるのを確認。そこには何度も書き直された文字で母からの文章があり、その内容から母は家を出ていったことを知ります。自分たちを置いて…。
何も知らない弟は無邪気に遊ぶ中、ロックスは動揺を抑えつつ外に出て途方に暮れます。弟には誰かノックしても出るなと釘をさし、自分は出かけ、母の名前であるフンケについて職場で訊ねますが、いないとのこと。母に電話を残すも返事は期待できません。
家に戻るも自分ではどうすればいいやら…。翌朝、とりあえず朝食を用意。スマヤとビデオ通話し、数学の宿題の話をしながらも、自分の今の状況は話せません。
いつもどおり学校へ。友人に普段と同じく挨拶し、家のことを忘れてハシャぎます。しかし、またふと気がかりな例の問題が浮かび上がり、やはり心は落ち着きません。
家に友人が訪ねてきて、「なぜカーテンをしているの?」とおどけて質問されますが、本当のことは言えません。母がいないと近所にバレるわけにはいかないのです。屋上での弟を交えた友人たちとのまったりした時間。それで現実を忘れます。
しかし、電気がつかなくなり、状況はさらに深刻に。
次の学校の帰り。弟といつもと同じく住宅アパートの階段を上りますが、異変を察知。ロックスは弟を待機させ、ゆっくりと階段をひとりあがり…お隣さんが男性と話しているのを目撃。母がいないことがバレたようです。このままでは弟と引き裂かれてしまうと感じたロックスは、弟を連れてその場を退避。弟はさっぱりわからない状態に困惑していますが、今は逃げることが先。
スマヤの家に一時的に身を置かせてもらいます。スマヤはなんとなく察知しており、母のことを心配してくれます。しかし、ロックスは「手助けはいらない」と冷たく拒絶。「助けたい」というスマヤの親切を弾き返します。口論の末、親友の絆を断ち切ってしまったロックス。
状況は一層孤立してしまい…。
まるでドキュメンタリーのような
『Rocks ロックス』は最初の冒頭から本作を象徴する構図があって、それは6人の少女たちが住宅の屋上で戯れているという何の変哲もない日常のシーン。
その場所はイースト・ロンドン(イーストエンド・オブ・ロンドン)という昔から貧困層や移民層が多い地域であり、しかもその作中の屋上では遠くの背景にイギリスの繁栄を現すシティ・オブ・ロンドンの象徴的なビル群が見えるわけです。この無慈悲な格差。この少女たちにとってはロンドンの発展は遠方にある存在に過ぎません。
そこで戯れる少女たちの人種も宗教もバラバラというのも印象的です。もちろんこれはこの地にこういう人たちが実際に暮らしているというリアルです。
ロックスはナイジェリア系。演じている“ブッキー・バックレイ”もクリスチャンのナイジェリアの両親から生まれたそうなので、おそらく俳優のバックグラウンドをそのままサンプリングしていると思われます。スマヤは大家族が描かれますが、演じた“コサル・アリ”も家族たくさんなソマリアのイスラム教出身なので一致します。他のみんなもいろいろです。
そんな子たちのあまりにも自然なじゃれあい。実際に撮影していると感じさせないような、かなりドキュメンタリーっぽい撮り方をしたみたいですけど、『Rocks ロックス』を観ていると本当にドキュメンタリーなのかと勘違いしてしまうくらいです。
助けを拒んでしまう
『Rocks ロックス』で主人公に降りかかるのは母親の育児放棄(ネグレクト)。といってもその事情はわかりません(本作はこの母を責めるような話になっていないのがいいですね)。冒頭の家庭の雰囲気はとても穏やかでまさかここからそんな事態になるなんて…と観客もショックを受けるものですが、渦中のロックスの動揺は尋常ではないでしょう。
結果的に親なしで家庭を維持しようと奮闘することになるロックス。この構図は、“是枝裕和”監督の『誰も知らない』を彷彿とさせますね。とくに状況を掴めていない幼い子に振り回されながらティーンが努力しないといけなくなるという関係性もすごく“是枝裕和”監督っぽい。あの弟エマニュエルも無邪気で可愛いのですけど、状況が状況なだけにハラハラしますよね。よりによってカエルの飼育ケースとか持ってきちゃっているし…。演じた“ディアンジェロ・オセイ・キシェドゥ”の演技なのか自然体なのかわからない感じはとても良かったですけど。
でもティーンエイジャーのロックスができることなんて限られます。というかほぼ何もありません。
けれどもロックス本人はそれを認めたくない。だから親友の助けを差し伸べる手さえも叩いてしまいます。あのタンポンの使い方も教えてくれるほどに打ち解け合っているベストフレンドなスマヤさえも突っぱねる。これは『希望のカタマリ』でも描かれたことですが、自分の貧困を自覚することはいかに当人の自尊心を傷つけることになるのかという問題でもあります。
そんな責任を背負わなくていい
『Rocks ロックス』は展開が進めば進むほど主人公が追い込まれ辛くなってきます。
親友のスマヤとは喧嘩してしまい、次にロシェ(演じるのは“シャネイヤ=モニク・グレイソン”)という新しい子と仲良くなり始めるのですが、そこでおカネを盗むという行為によってロックスの自己嫌悪が増大。巻き添えでスマヤとロシェも掴み合いの大喧嘩。
ホテルからさえも追い出されてしまうシーンでは本来は感じる必要もないであろう人種対立さえも圧し掛かり、もうひとりの10代が対処できる限界点を超えます。
そして困り切って頼ったのはアグネス(演じるのは『ブリジャートン家』の“ルビー・ストークス”)という子の家。たぶんロックスはあの6人の中でアグネスが一番親しくない距離感だったと思いますし、だからここで頼れたのでしょう。このアグネスは序盤の夢を問う授業の場面でジャーナリストを目指していることが明らかになるのも重要で、きっとアグネスは政治や社会について関心があるのでロックスのこともすぐさま察しがつき、ゆえに「話したいことはない?」と年齢にしては冷静なコミュニケーションをとれています。
その後、ついに福祉局が迷子の2人を保護することに。ソーシャル・ワーカーになだめられながら、弟に必死に謝るロックスの姿は悲痛です。
でも本当は最初からこうして良かった。本作はつまるところ公共のサポートの大切さを描いており、ドラマ『メイドの手帖』と同じ。
人は追い詰められるほどにサポートを受けてはいけないと思いこんでしまいがちですが、そうではないと納得してもらうまでの物語。ロックスもエマニュエルが預けられたヘイスティングスに友達と行って、弟が元気そうに遊んでいる姿を見た時、安心はしたはず。「あなたは子どもなんだからそんな責任を背負う必要はないんだよ」と言ってあげるのが大人の社会の使命です。ロックスはまだ子どもなのですから守られる側でいていい。
確かに将来は不安だけど、寄り添う親友と遊んでくれる友人がいれば、今は何も要らない。
『Rocks ロックス』はシスターフッドを描いた作品ではありますが、そのシスターフッドの尊さを単に鑑賞物として設置して眺めさせるだけでなく、その先の公共の大切さも同時に描いており、とてもきちんとした映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 78%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)GIRL UNTITLED LIMITED
以上、『Rocks ロックス』の感想でした。
Rocks (2019) [Japanese Review] 『Rocks ロックス』考察・評価レビュー