映画づくりで人生をリハビリする…映画『ハニーボーイ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年8月7日
監督:アルマ・ハレル
ハニーボーイ
はにーぼーい
『ハニーボーイ』あらすじ
ハリウッドで人気子役として活躍する12歳のオーティスと、彼のマネージャーを務める父のジェームズ。前科者で無職のジェームズの乱暴すぎる不器用な愛情表現に、子どもだったオーティスは常に振り回されていた。そんなオーティスを心配する保護観察官のトム、モーテルに住む隣人の少女、共演する俳優たち。彼らとの交流を経て、オーティスは新たな世界へと踏み出していくが…。
『ハニーボーイ』感想(ネタバレなし)
映画はリハビリになる
アルコールを飲み過ぎていませんか? くれぐれもアルコール依存症にならないでくださいね。嫌なことがあったら酒に手を出す前に映画を観るんですよ。
もしアルコール依存症になってしまった場合、治療しないといけません。自力で回復するのは難しいことも多く、病院で専門的なサポートを受けるべく入院したりすることにもなります。まずは断酒するのが始まりなのですが、それだけでなくリハビリテーションとしていろいろな試行錯誤を実施されます。
そのリハビリのひとつに自分を見つめ直すというものがあるそうです。そこには依存する原因になった事情があるはず。それと向き合って初めて本当の意味で治療ができる。こればかりは人それぞれですが、世の中にはこのリハビリ・プログラムの一貫の中で、自分の人生を脚本として整理した人がいました。
そして…それは本当に映画になってしまいました。
今回紹介する映画はまさにそういう経緯で生まれた作品です。それが本作『ハニーボーイ』。
この『ハニーボーイ』の脚本を書き、映画でリハビリをしてみせた人物こそが俳優の“シャイア・ラブーフ”です。彼は子役時代から仕事をしていたのですが、一般にも有名なのは2007年のシリーズ第1作『トランスフォーマー』への主演抜擢でしょう。一気にブロックバスター大作へと羽ばたき、順調な俳優キャリアを謳歌している…かに見えたのですが、実はそんなことはなく…。
『ハニーボーイ』はその“シャイア・ラブーフ”のプライベートな人生の苦悩が描かれます。これ以上ネタバレなしの前半感想で言及するのは映画が面白くなくなってしまうので控えますが、伝記映画なんて山ほどありますけど、セルフメイドで伝記映画を作るものの中でも本作はひときわ個人感情に集中していると思います。そもそも“シャイア・ラブーフ”はまだ34歳で、若いのです。伝記映画を作るような年齢でもないですし、作っても半生と言えるほどのボリュームもないです。それでも作らないといけなかった、作らないと“やっていけなかった”…その“シャイア・ラブーフ”の必要に迫られるだけの苦しさ…というのは私は赤の他人ではあるのですけど察したくなるものがあるな、と。
映画業界では具体名は出しませんけどキャリアの中でそれこそ致命的な不祥事を起こしてドロップアウトする人物は珍しくなく、下手をすれば“シャイア・ラブーフ”は完全にそのコースを真っ逆さまに転げ落ちていたのかもしれない。でもこの『ハニーボーイ』を生み出したことでその凋落から踏みとどまれた。いや、人生はまだまだこれからなので今後も何が起こるかはわからないですけど、少なくとも今は持ちこたえた。
それって、映画自体の良し悪し以前に、なんというかこう…すごく幸運で大事なことだなと思うのです。
まあ、幸いなことに『ハニーボーイ』の批評家からの評価は抜群に高くて、ほんと、キャリア的にも報われて良かったねという話ですが。
“シャイア・ラブーフ”は本作にて自分の父親役でも出演しており、まさしく人生を込めた一作になっています。あえて人生の最大の禍根とも言える父親に自分がなってみせるというのも凄いことですよね。
他の出演陣は、主人公の子ども時代を演じたのが、『サバービコン 仮面を被った街』『ワンダー 君は太陽』『クワイエット・プレイス』『フォードvsフェラーリ』と立て続けに躍進している話題の子役である“ノア・ジュプ”(ノア・ジュープと表記されることも)です。母親は女優の“ケイティ・カヴァナー”なんですね。光る才能を持っている“ノア・ジュプ”は転落しないで伸びていってほしいものですけど…。
また、『ある少年の告白』や『WAVES ウェイヴス』など最近は地味ながらも話題のインディーズ映画に毎回出ている気がする“ルーカス・ヘッジズ”も出演。主人公の青年期を演じます。
あと、私は存じ上げなかったのですが、イングランドでシンガーソングライターとして活躍する“FKAツイッグス”という人も出演しています。
そして、『ハニーボーイ』の脚本は“シャイア・ラブーフ”なのですけど、監督は別の人に頼んでおり、それが“アルマ・ハレル”というイスラエルの女性監督です。もともとドキュメンタリーやCMディレクターとして活躍していたそうですが、次世代監督としての注目は『ハニーボーイ』の成功でまた高まりそうです。
俳優ファン、次世代監督が気になるシネフィルの皆さんはもちろん、映画で人生と向き合うことに興味ある方にもオススメ。映画を観ることもきっとリハビリになりますよ。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優ファンは見ごたえあり) |
友人 | ◯(盛り上がるタイプではないが) |
恋人 | △(恋愛要素はかなり薄め) |
キッズ | △(大人のドラマです) |
『ハニーボーイ』感想(ネタバレあり)
現実と映画がかき回されて…
けたたましい轟音とともになにやら突っ立っている青年。後ろには破壊されたジャンボジェット機の残骸なようなものがあり、爆発音が聞こえて後方に吹き飛ばされるようにワイヤーで吊るされて…。
ここは映画の撮影セット。激しいシーンもあるアクション映画の見せ場が今まさに撮られていました。その大作に主演しているスターであるのがオーティスです。まだ20代ですがこの絶好の主役の座を射止めたことで、彼のキャリアは最高潮に見えました。
共演者などの仕事仲間と飲み食い騒ぎ、昼夜もわからず人生の成功の快楽に溺れていくオーティス。アルコールの海に溺れながら、それでも彼は人生のアクセルを全力で踏み込んでいました。そして気が付けば自分の視界は上下逆さまに…。
オーティスは酒気帯び運転で自動車事故を起こしてしまいました。幸いなことに命に別状はありませんでしたが、俳優業どころではなくなり、リハビリ施設に通うことを余儀なくされます。ここで更生しないといけないのですが、当のオーティスは乗り気ではありません。しかも、担当のモレノ医師にPTSDの疑いがあると診断され、全く自覚はなかったので驚きました。けれども治療しないと仕事にもちゃんと復帰できないため、不服ながらも向き合うしかなく…。
医師の勧めで「暴露療法」(不安や苦痛を克服するために患者が恐怖を抱いている物や状況に対して危険を伴うことなく直面させる方法)を行うことになり、オーティスは自分の過去を思い出します。
それは10年前の1995年のことです。
子役としてすでに仕事をしていたオーティス。すでに子どもながら貫禄があり、撮影現場も見慣れた光景です。今日も撮影を終え、職場のスタジオを出ていきます。そんな自分を待っていたのは父親のジェームズです。
二人の家。それは映画スターが住みそうな豪華な一軒家ではありません。みすぼらしい格安モーテルです。この小さな部屋が二人のホーム。人生の全てです。
ジェームズはほとんど無職に近く、道化師としてパフォーマンスをしながら小銭を得ることはありましたが、多くの場合はオーティスの稼いだ収入に依存していました。その父は非常に粗暴が悪く、感情的で、何をしでかすかわからない人間でした。
ある日、保護観察員のトムをモーテルに備わっているプールの近くでバーベキューするからと誘い、一緒に談笑します。最初は普通に会話をしていましたが、突然、態度が豹変してそのトムをプールに突き落として、口汚く罵っていくジェームズ。それを目前で見たオーティスは茫然とするしかできません。
明らかに父親として機能しなくなっているジェームズですが、両親の離婚によって今はこの父親しか頼ることができないオーティスは翻弄されるしか選択肢はありませんでした。一家の生計を支えているのは子どもである自分であり、自分がいなければこの父親も路頭に迷います。子どもが抱えるには重すぎる責任。
そんな中、モーテルの隣にはあまり喋らない年上の女性(シャイガール)がいて、愛を知らない心の喪失感を静かに埋めてくれます。
これらの記憶を回想しつつも、なおもリハビリに抵抗する20代のオーティス。役者としてどんな人間にもなりきる彼にとって、自分という存在が一番の難役であり、出口のない葛藤に苛立ちが募ります。
今は会話もしていない父。彼と向きわないといけないのはわかっていても…。
シャイア・ラブーフの実人生との比較
『ハニーボーイ』を観るうえで、題材になった“シャイア・ラブーフ”の実人生と比較しながら考えてみるのも興味深いものです。映画内では全て事実そのままではなく脚色されている部分も普通にあります。
作中のとおり“シャイア・ラブーフ”は子役として幼少から活躍していました。1998年あたりから演技を始めたようです。初期の頃はディズニーチャンネルの番組の仕事を手に入れるなど、かなり子役としては良い路線を走っていました。ドラマ『おとぼけスティーブンス一家』では主役もやりました。
そして実写映画でも活躍は止まりません。2003年の『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』、2004年の『アイ,ロボット』などの大作映画で脇役出演を経験。そして、2005年の『コンスタンティン』ではキアヌ・リーブスと肩を並べて共演。2007年には主演作『ディスタービア』が大ヒット。とどめにみんながよく知っているあの『トランスフォーマー』で世界的成功をゲット。その後もシリーズ三部作にわたって主演を務め、作品群を牽引。ちなみに『ハニーボーイ』の冒頭撮影シーンは雰囲気的に『トランスフォーマー』の撮影なんでしょうね。2008年には『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』にてインディアナ・ジョーンズの息子役を演じたこともありました。
要するに10代~20代の頃は本当に絵に描いたような出世コースを駆け上がっていたのです。誰もがこの恵まれた俳優を羨ましいなと思ったはず。
ところが、実際はそんな単純な話ではありませんでした。『ハニーボーイ』を観てびっくりですが、少年時代はあんなモーテル暮らしだったんですね。
作中で父親はピエロの格好で仕事していますが、あれは「ロデオ・クラウン(Rodeo Clown)」といって、ロデオの場では数人のピエロがいるそうです(余興だったり、牛の撹乱だったりをしている)。
母親とは離婚のために別居状態。ちなみに作中で登場する「シャイガール」という女性。このキャラクターは、“シャイア・ラブーフ”の母親の名前が「Shayna」でもありますし、おそらく欲している母親の愛を投影する存在なのでしょう。
そんな貧しい生活をプライベートではしていた“シャイア・ラブーフ”ですが、2008年に酔って運転して自動車事故を起こします。このとき、『トランスフォーマー リベンジ』の撮影中で共演者の“イザベル・ルーカス”も同乗していました。幸いにも命を失うことはなく(これで同乗者が死亡していたらかなりキャリアは即死級だったかもしれない)、“シャイア・ラブーフ”は指を数本失う程度で済みます。
『ハニーボーイ』ではここからリハビリの展開に映りますが、実際はこの事故の後も“シャイア・ラブーフ”は仕事を続け、さらにスキャンダラスな不祥事を起こします。
2014年あたりにも泥酔ゆえの問題行動で逮捕。この際にアルコール依存症の治療を開始します。しかし、2017年に再度警察沙汰に。このときは差別発言などやたらと派手に暴れたためにひときわ問題視され、撮影中だった『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』の関係者にも多大な迷惑をかけました。
ここで薬物乱用なども持ち上がり、再度リハビリに突入。そしてPTSDが発覚し、この『ハニーボーイ』の製作に至るという…。
こうやって振り返るとすっごい出来立てホヤホヤの人生映画ですよね。これで映画ができちゃってるんだから不思議なものです。
俳優だからできるリハビリ方法
『ハニーボーイ』は伝記映画とは言いつつ、非常に的を絞った構成になっており、それは製作の背景を散々語ったとおり、“シャイア・ラブーフ”のリハビリの過程で生まれたからです。ゆえに子ども時代の父親との確執のみに特化してピンポイントで物語化しています。“シャイア・ラブーフ”は20代はいろいろな女優と交際した遍歴がありましたが、そういう話は一切なしです。
そのスマートさがいいなとまず思います。これが興収狙いの伝記映画ならもっとマスコミが好きそうな裏話系のネタを盛り込めと製作会社から言われそうなものですが、そういう蛇足は全くしていないわけです。
つまり、真面目にリハビリしようという覚悟をこの映画から感じます。本作を観て不真面目だなとその姿勢に怪訝な顔をする人はいないのではないでしょうか。
そしてここが何よりも素晴らしい特筆点ですが、自分の人生を崩壊させる源流になった父親との向き合い方。直接的に対面することはなかなかできない。でも演じることで向き合おうとする。なぜなら自分は役者だから。
この俳優だからなせる自己流のリハビリ手法。ロール・プレイングによって自分自身が自分をダメにさせた側になりきることで見えてくるものがある。本作はひとつの映画でここまで私的なリハビリをやってのけているのが凄いな、と。
自己壊滅型のスキャンダルの負の連鎖に陥った俳優の更生の奮闘記といえば、私のオールタイム・ベストである『ボージャック・ホースマン』と通じるものがあるのですけど、『ハニーボーイ』の場合はそれを本当に当事者俳優が自分でやってしまっているのですから。あらためてよくできるなと感心します。
しかも、別にその渦中の父親は過去の人とかではなく普通に存命であり、この映画を作る前の7年間、父親と話をしていないんですよ。結構リスクがあるというか、先行きが見えない怖さがあります。でもやらないといけなかったんでしょうね。
他人に向けた映画でもないので、本作を観てあまり面白くないと思った人がいても全然いいし気にもしない。一番の優先事項は“シャイア・ラブーフ”の更生なんですよね。
また、ひたすらに陰惨に描くこともできたろうし、心が荒れていればそう容易くなってしまったに違いないだろうに、そうなってはいないのも良いです。かといってセンチメンタルで甘い片づけ方をするわけでもない。本当にリハビリを完了してみせたのだろうなという納得感があるというか。
もちろん“シャイア・ラブーフ”の実人生はここでエンドクレジットではありません。まだまだ続編はいくらでも連なっていく。それでもきっと続きは良い物語になる…そう信じたくなる終わりでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 92%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2019 HONEY BOY, LLC. All Rights Reserved. ハニー・ボーイ
以上、『ハニーボーイ』の感想でした。
Honey Boy (2019) [Japanese Review] 『ハニーボーイ』考察・評価レビュー