歌劇に生きる現代の少女を描く…アニメシリーズ『かげきしょうじょ!!』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2021年)
シーズン1:2021年に各サービスで配信
監督:米田和弘
性暴力描写 児童虐待描写 恋愛描写
かげきしょうじょ!!
『かげきしょうじょ!!』あらすじ
女性のみで構成された唯一無二の劇団「紅華歌劇団」。その養成機関である「紅華歌劇」の入学試験が今年も行われていた。それは屈指の難関であり、入り口に立てるのはごくわずかな少女のみ。その合格者の中でもひときわ注目を集めていたのは元アイドルの奈良田愛。男性のいない世界を求めて紅華の門をくぐった愛が桜の下で出会ったのは、オスカル様を夢見る長身のマイペースな少女・渡辺さらさだった…。
『かげきしょうじょ!!』感想(ネタバレなし)
今の少女歌劇の傍には漫画やアニメがある
物語上で歌い出すミュージカルに違和感を抱く人は日本でもチラホラと見かけますが、この日本にはミュージカルと似たようなものが文化として根付いています。
それが「歌劇」、とくに「少女歌劇」と呼ばれる演劇です。
少女歌劇は、主に若い女性が音楽・芝居・ダンスを織り交ぜながら行う日本独特の舞台芸能であり、その歴史は100年以上前に遡ります。始まりは1910年代。宝塚少女歌劇団がその名称を用い始めました(今は「宝塚歌劇団」という団体名に)。
日本の歌舞伎など従来の伝統を下地に西洋の文化を混ぜ合わせて独自の発展を遂げた少女歌劇は人気を集め、戦時中にはやむなく勢いが落ちますが、1950から60年代には熱気を盛り返します。しかし、テレビという娯楽の常識を変えた存在の普及で少女歌劇も追いやられることに…。そんな少女歌劇を救ったのが男装の麗人が活躍する少女漫画「ベルサイユのばら」であり、1970代に少女歌劇は熱狂的ブームとなります。1990年代にはゲーム「サクラ大戦」が登場したり、少女歌劇はサブカルによって後押しされ定期的に盛り上がっているんですね。
そんな少女歌劇を題材にした“斉木久美子”による日本の漫画が2021年にアニメシリーズとなったので、今回はその作品の感想を…。それが本作『かげきしょうじょ!!』です。
もちろんタイトルの「かげき」は「過激」ではなく「歌劇」のこと。少女歌劇での輝かしい成功を夢見て養成学校に入学した初々しい少女たちの青春物語です。2012年から連載されていて、休刊を挟んで、2019年には再編集した「かげきしょうじょ!! シーズンゼロ」が「花とゆめコミックススペシャル」(白泉社)より刊行されています。
テレビアニメ版は2021年7月から9月に放送され、シーズン1が全13話として構成されています。
私がこの作品にアニメから入っているのですが、本作を観ようと思ったきっかけは、ミュージカルについてあれこれ調べていて「そう言えば少女歌劇について自分は全然知らないな…」とふと思い、「じゃあ少女歌劇を題材にした作品はないのかな」と探してこの作品に行き着いたというしだいです。ちなみに今は『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』というメディアミックス作品も界隈では人気に火がついており(こちらもアニメ化もしている)、少女歌劇も新しい時代にあるのかな(業界のこのへんの分析は私にはまるでできないので専門家の人に任せたい)。
アニメ『かげきしょうじょ!!』は観やすさもさることながら、しっかり「少女歌劇とは何か?」という本質を問うテーマもぶれることなく描かれており、アニメ化によって声優陣の演技という要素も加わることで、さらに少女歌劇という題材に迫った作品になっていると思います。
とくに少女歌劇が女性の女性による女性のためのエンターテインメントとしてこの男社会の日本の中で稀有な存在であることが浮き彫りになるような、そんな側面で深掘りもできるのではないでしょうか。
注意点があるとすれば、本作は児童への性的虐待のシーンが直接的に描かれていますので、フラッシュバック等への警告は必要です(日本もそういう注意喚起を開始前にすればいいのに)。また、摂食障害の描写もありますのでご注意ください。
基本的に群像劇ですが(各話ごとにスポットがあたるキャラが違ったりする)、主に2人の少女に焦点が重きを置いて描かれており、そのひとりの声を演じるのは『甲鉄城のカバネリ』シリーズや『あした世界が終わるとしても』の“千本木彩花”、もうひとりの声を演じるのは『ゆるキャン△』シリーズや『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』シリーズ、『映像研には手を出すな!』の“花守ゆみり”です。
アニメーション制作を手掛けるのは「PINE JAM」。
少女歌劇の青春アニメとしては『かげきしょうじょ!!』がスタンダードになるのかな。
オススメ度のチェック
ひとり | :少女歌劇初心者でも |
友人 | :趣味の合う者同士で |
恋人 | :ロマンス多少あり |
キッズ | :性暴力描写あり |
『かげきしょうじょ!!』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):歌劇の青春が始まる
「紅華歌劇団」とは大正時代に発足された未婚の女性だけで構成された歌劇団。それは瞬く間に人々の心を捉え、とくに男役はリアルな男性よりも麗しいと評判を呼び、多くの女性ファンを獲得。数年後、歌劇団は将来のスターを養成するための「紅華歌劇音楽学校」を設立。その入学難易度は東大に並ぶと言われ、才能の原石を持つ美しく聡明な女子しか入学できません。
今年はその紅華歌劇音楽学校の記念すべき第100期生の応募が始まり、1次試験を突破して2次試験に挑む少女たちが会場に集っていました。受験生は日本全国から1135人、1次を突破したのは200人。ここから勝ち残れるのはたったの40人。
指導員が注目する受験生も何人かいます。
祖母・母と続けて紅華入りをしている家系を持つ星野薫。去年も一昨年も2次試験で落ちていましたが悲願の合格となるのか。
バレエの道を捨ててこの世界に挑んだ秀才の杉本紗和。冷静沈着な性格ですが、紅華オタクの一面を持っており、ときおり興奮して素がでることも。
双子姉妹の沢田千夏と沢田千秋。前年は妹の千秋だけ落ちてしまい、わざわざ1年後に2人で受験し直して揃ってやってきました。
実家はパン屋で、地味で自信なさげな普通そのままの山田彩子。実はずば抜けた歌唱力を持っていますが、本人は才能を自覚していません。
そして会場がざわつくほどの話題性の高い人物。それが国民的アイドルグループ・JPX48の元メンバーである奈良田愛。ファンからは「奈良っち」の愛称で親しまれ、感情を顔に出さないキャラで絶大なファンを集めていましたが、とある騒動でアイドルを電撃引退。この歌劇の世界へと転身しようと思い立ちました。
そんな奈良田愛は建物前に盛大に花咲く紅華桜に見惚れて近づきます。実はこの紅華桜にはジンクスがあり、桜の下に立つとトップになれないと言われていました。それを知らない奈良田愛はボ~っと眺めていましたが、背後から「すみませ~ん、写真いいですか~」と無邪気に駆け寄るひとりの同年代の少女が。
彼女はやたらと長身で、名前は渡辺さらさ。その姿に奈良田愛は一瞬で目を奪われます。木の上に引っかかった受験票を一切上体をブレることのない体幹の強さで垂直ジャンプしてキャッチしてみせる渡辺さらさは、周囲の冷たい目線も気にせず、陽気にマイペースでした。
こうして試験は終わり、合格発表。奈良田愛は見事に合格。そしてあの渡辺さらさも合格していました。
入学式でも渡辺さらさは奈良田愛を「桜の人」と馴れ馴れしく大声で話しかけてきます、人付き合いを避けている奈良田愛にとってはかなりうんざり。しかも、ルームメイトにまでなってしまい、これからの学校生活に少し気持ちが沈みます。
そしてガイダンスが始まり、そこで渡辺さらさは「紅華でオスカル様になるのです!」と軽やかに豪語。トップスターになると言い切る彼女の目は純真で…。
シーズン1:アイドルとは違う世界へ逃げる
『かげきしょうじょ!!』は王道の青春物語であり、こういうある業界で夢に向かってひたむきに生きる少女たちを描いた作品は日本のアニメにはごまんとあるので珍しくはないです。
ただ、この『かげきしょうじょ!!』は一見するとフワっとした物語に見えつつ、かなりしっかり「少女歌劇とは何か?」という本質を問うテーマに向き合っており、鑑賞してみるとそれがよくわかります。とくにこの題材であればジェンダーの視点は避けられないことを痛感できます。
例えば、少女歌劇とアイドルの違いは何か。日本アニメは少女歌劇よりもアイドルを描いた作品の方が圧倒的に数が多いと思うのですが、少女歌劇も同じテイストなのだろうか…と。
その相違点をハッキリ提示するのが、本作の主人公である奈良田愛の存在。彼女は元アイドルでしたが、そこから脱退します。その理由はファンの握手会で暴言を吐いてしまったことが原因なのですが、根本的背景にはもっと深刻な理由があって…。それは奈良田愛が幼い頃に家に居つくようになった母親の愛人の男によって性的暴力を受けたからであり、その恐怖心から男性恐怖症になっていたのでした。
奈良田愛はアイドルは女性だけの構成だから男のいない世界だと思って飛び込ますが、実際のところ既存の女性アイドルというのはおおよそは男性ファンをターゲットにしているもの(女性アイドル好きな女性ファンもいるけど)。男性のために女性を消費するエンタメです。
一方の少女歌劇は基本的に女性が表でパフォーマンスをするのは同じですが主に女性ファンをターゲットにしているもの。そこが明確な違いでした。
奈良田愛に暴言を吐かれた男性オタクが奈良田愛を追っかけてくるエピソードがありますが、あそこで描かれる「推しとかファン愛とかそんなものでは誤魔化せない男女の構造的亀裂」というのが本作の大切な部分だなと思います。
これは業界の話ですけど、社会も同じ。多くの女性は不本意ではあるけど男性の評価を気にしながら生きており、ときに理不尽な被害を受ける。消費・搾取されるのは圧倒的に女性が多い。その世界の構造から逃げ出したいと考える、奈良田愛のような女性は当然他にもたくさんいて…。
奈良田愛は少女歌劇に愛着がないまま入学を決めますが、その一方で避難所としての居場所にもなっていて、その向き合い方も間違いではないのかなと思います(無論、本来はそういう被害を受けた女性のための専門的ケアのサポートが常時あるべきなのですが)。
シーズン1:天真爛漫の裏には排除されてきた苦悩が
一方でもうひとりの主人公である、渡辺さらさ。彼女は2つの要素を持っていて、それが「歌舞伎」という日本の伝統芸能への愛。そしてアニメ・漫画などの「オタク」という趣味への愛。
この2つが取り巻きながら少女歌劇へと突き進んでいくというのも、今の日本社会での少女歌劇の立ち位置を暗示させるようなものだと思いますが、ここでもジェンダーの視点で読み解けて…。
それはどちらも女性が排除されがちだということ。
歌舞伎は男性の芸能とされているゆえに、幼い頃からその天性の才覚を見せていたはずの渡辺さらさには歌舞伎で成功するという道は絶たれます。というか最初から扉さえも開いてくれません。女という理由だけで…。男という理由で道が用意されている歌舞伎の名家・白川家の白川暁也はその才能ではなく性別で決まってしまう現実を痛感しているからこそ、後ろめたさを渡辺さらさに抱きますが…。
また、オタクの世界も男性中心的だということは忘れるわけにはいかない部分であり、とくに渡辺さらさのように抜きんでて高身長な女性というのは、男社会にとってのステレオタイプな寵愛しやすい女性像ではないので男性オタクからも白眼視されるでしょうし…。
ということで渡辺さらさにとっても少女歌劇は理想的な居場所になるのでした。
シーズン1:現代社会への少女たちの抵抗の姿
それは『かげきしょうじょ!!』に登場するあの若き少女たち全員に共通することなのかもしれません。それぞれの人生があり、想いがあり、ここに今がある。
少女歌劇は100年以上前の誕生の頃から、女性の女性による女性のためのエンターテインメントとして存在感を発揮しており、その需要もまた日本が男社会であることと表裏一体であり、つまるところエンタメだけど消費や娯楽のためだけではない、セーフゾーンにもなってきた歴史もある(まあ、少女歌劇自体が完璧な保護の場として機能しているわけではないけど、少なくともそういう観点でハマっていく女性がいるのも事実でしょうし…)。
終盤の文化祭のための予科生の寸劇のオーディションでは、個々人が自分の人生をぶつけます。
ジュリエットになりきる奈良田愛は、恋はわからないけれど渡辺さらさへのあのアツい想いを重ねてみる。同じくジュリエットになりきる山田彩子は、自身に充実した恋愛経験などないと感じつつも友人女子に告白されたことがある(かもしれない)と思い出しながらプライドを掘り起こして熱演する。ティボルドになりきる杉本紗和は、渡辺さらさをライバル視して嫉妬の感情を憑依させる。同じくティボルドになりきる渡辺さらさは、嫉妬心がわからないと思っていたものの自身が受けてきた(女ゆえの)閉ざされた夢への悔しさをオリジナルな演技の糧にする。
銀橋はまだまだ遠い。でも少女たちは競争して連帯して切磋琢磨して前へ進む。『かげきしょうじょ!!』が描くのはそんな現代社会への抵抗の姿なのかな、と。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer –% Audience –%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)かげきしょうじょ!!製作委員会
以上、『かげきしょうじょ!!』の感想でした。
Kageki Shojo!! (2021) [Japanese Review] 『かげきしょうじょ!!』考察・評価レビュー