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『The Lobby』感想(ネタバレ)…イスラエル・ロビー活動に興味がありますか?

The Lobby

素晴らしいですよね?(潜入中)…ドキュメンタリーシリーズ『The Lobby』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Lobby
製作国:カタール(2017年)
日本では未公開
人種差別描写
The Lobby

ざろびー
『The Lobby』のポスター

『The Lobby』簡単紹介

イスラエルに対する非暴力的な抗議キャンペーンである「BDS運動」。世界各地で沸き起こるその運動に対抗するべく、イスラエル政府はロビー活動を展開しているが、その実態は知られていない。そのイスラエルによるロビー活動の現場に潜入し、どのような人物や組織が関わり、どのような手口が使われているのかを暴露する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『The Lobby』の感想です。

『The Lobby』感想(ネタバレなし)

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イスラエルのロビー活動の衝撃の実態

児童発達の研究者として博士課程で学んでいた“ルメイサ・オズトゥルク”さんは、ある日、いきなり私服の集団に普通の車に押し込まれ、連行され、気づいたら留学ビザを取り消されて移民拘留者として扱われていましたACLU

アメリカ永住権を持つ“マフムード・ハリル”さんは、自宅でいきなり逮捕され、国家安全保障への脅威として国外追放されるという判断を突き付けられましたBBC

実写映画『白雪姫』に主演する俳優の“レイチェル・ゼグラー”は、大手メディアからも急に問題人物のように酷く厳しく報じられました。

この3件の事例はいずれも2025年にアメリカで起きたことです。この3人は誰も犯罪を犯したわけでもなく、品行方正でした。

ではなぜこんな目に遭ったのか。その最大の理由が「パレスチナの解放を掲げた」ことです。その裏にはイスラエルが存在します。

1900年代初め、オスマン帝国の崩壊によってパレスチナ地域は対立の場になりました。この地に住むアラブ人の民族主義の動きが活発化する一方で、ユダヤ人の間ではパレスチナに民族国家建設をめざす「シオニズム」が勃発(それに賛同する人は「シオニスト」と呼ばれる)。1948年にユダヤ側はイスラエル建国を宣言し、ユダヤ人の入植が拡大し、これは事実上の占領へと発展しました。1994年以降にガザとヨルダン川西岸でパレスチナ自治が開始され、これにイスラエルは大規模な軍事侵攻をとり、民族浄化が露骨となっていきます。2023年10月にもパレスチナのガザ地区をめぐってハマスとイスラエルとの間の戦争が深刻化し、イスラエルによるパレスチナ人に対するジェノサイド(集団殺害)への批判が国際的に高まるも、いまだ残酷な暴力は止みません。

イスラエル政府は自らの正当性を確保し、優位に立つべく、ロビー活動を密かに世界中で展開しています。ロビー活動というのは、要は「世論を操作し、支持者を育て、邪魔者を排除する」ということです。

本当にそんなことをしているの?と思った人もいるかもしれません。でも、このドキュメンタリー・シリーズ『The Lobby』を観れば、イスラエルのロビー活動の実態を生々しく目撃できます。あまりの現実に言葉を失うほどに…。

『The Lobby』は中東から精力的に活動している「アルジャジーラ・イングリッシュ」のニュースチャンネルが2017年に制作したドキュメンタリーで、欧米でのイスラエルのロビー活動の現場に潜入者を送り込み、その実態を隠し撮りして暴露するという内容になっています。その隠し撮り映像の間に、イスラエル歴史家やジャーナリストといった専門家がところどころで解説を交えてくれてもいます。

『The Lobby』の最初のシーズン(全4話)はイギリスにおけるイスラエルのロビー活動に潜入し、第2のシーズン(全4話)ではアメリカにおけるイスラエルのロビー活動に潜入。相当にスキャンダラスな映像をバッチリとおさめている衝撃のドキュメンタリーです。

しかし、第1シーズンは「アルジャジーラ・イングリッシュ」で配信されたのですが(日本からも観れる)、第2シーズンはなぜか発表はあったのに配信が急遽中止になり、圧力があったと推察されています。しかし、この第2シーズンのドキュメンタリーは外部に流出し、「The Electronic Intifada」といったメディアが配信を行いました(こちらも2025年時点で日本から観れる)。

イスラエルの蛮行を知るうえでドキュメンタリー『The Lobby』は必見です。ガザの惨状の映像もショッキングですが、この『The Lobby』の映像も別ベクトルながら凄まじいショックを与えるものですから。

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『The Lobby』を観る前のQ&A

✔『The Lobby』の見どころ
★隠し撮りで暴露される現場の生々しさ。
★ロビー活動の仕組みと有効性がよくわかる。
✔『The Lobby』の欠点
☆日本語で視聴できる機会が乏しい。

鑑賞の案内チェック

基本 イスラム教徒への人種/民族/宗教差別が描かれます。
キッズ 3.5
やや子どもには難しい内容です。
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『The Lobby』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『The Lobby』感想/考察(ネタバレあり)

ここからドキュメンタリー『The Lobby』のネタバレありの感想本文です。

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「BDS運動」と「反BDS」

『The Lobby』でも少しだけ説明がありましたが、あらためて「BDS運動」とは何か?というところから整理しましょう。そもそもイスラエルのロビー活動はこのBDS運動に対抗するために仕掛けられています。

BDS運動は、イスラエルに対して国際法に違反する人権侵害行為を中止させるために行われる抗議活動の総称です。1945年に発足したアラブ連盟が行ったシオニズムへの反対運動に起源があるという分析もありますが、基本的に南アフリカでの反アパルトヘイト活動の手法を参考にしながら確立したキャンペーンだと言われています。

「BDS」とは「Boycott(ボイコット)」「Divestment(投資撤収)」「Sanctions(制裁)」の略で、軸になっているのは非暴力です。とくに異色なものではなく、他の抗議運動と手法自体はそう変わりません。

イスラエル政府や軍事に加担する企業に対して、商品を買わないなどのボイコットを呼びかけたり、資金を提供しないなどの働きかけを行います。

このBDS運動は正義を支持する若者を中心に世界中で広まっていったわけですが、イスラエル政府はBDS運動に対抗しだします。イスラエル側も脅威に感じたということは、裏を返せばBDS運動は有効なのでしょう。

イスラエル側が「BDS運動には反対だ」と政府発表で主張するだけなら別にそれも言論の自由なのですが、問題なのはイスラエルが反BDSとして仕掛けてきたロビー活動の中身です。

それは明らかに民主主義に反し、人権侵害をともなうものでした。

世論を操作し、支持者を育て、邪魔者を排除する…しかも学生などの若者の生活を脅かし、各国の政治にまで介入する…。諜報のプロが考案した作戦です。

『The Lobby』でも専門家が指摘していましたが、このイスラエルの反BDSロビー活動は、やっている行為としては「スパイ活動」の定義に該当しうるもの。中国やロシアが同じことをしてたら大問題になるはずなのに、なぜイスラエルだと平然とまかり通ってしまっているのか…。

これこそこの主題における、根本的なダブルスタンダード…不正義の歪みなのでした。

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潜入できる理由…そして無警戒な理由

『The Lobby』はなぜかその不問にされてきたイスラエルのロビー活動の実態を暴くために、その現場に潜入を敢行します。スパイ活動にはスパイ活動だ!という感じでぶつけるのですが、この潜入の様子がまた興味深いです。

もちろん潜入にはリスクがあります。潜入者はそれを承知の上で、巧みに紛れていったのでしょう。しかし、本作を観るかぎり、なんだかあっさり潜り込めている感じもあります。

イギリス編では「ロビン」という人物が、アメリカ編では「トニー」という人物が、それぞれ潜入します。その際、SNSやブログなどで「私はイスラエルを支持します!」という感じのオンライン・アイデンティティを偽装し、プロフィールを完璧に用意して持ち込んでいます。

観ていくとわかりますが、潜入者がスルリと潜り込めているように見えるのは、おそらく「イスラエルのロビー活動に興味がある若者をリクルートしてキャリアアップさせる」というルートが確立しているからであり、そこに上手く乗ればある程度の実績を積んでいくとスルスルと深部に立ち入れてしまうんでしょうね。

実際、イスラエルのロビー活動に若い人も関与していて、最終的により大きな組織や領事館での仕事の席が用意されていました。インターン体験みたいなものです。イスラエル側もこの過程で「イスラエルへの忠実/貢献度」を測れるので選考に都合がいいのかな。

そして潜入時の隠し撮りの現場も印象的でした。何に驚いたって、「そのへん」で会話されていることにです。普通、極秘の会話なら絶対に部外者は立ち入れない厳重な閉鎖エリアで行いそうなものです。しかし、本作で隠し撮られている会話の多くは、カフェとか、街の道端とか、シンポジウム会場のロビーの端とか、オープンスペースばかり。誰でも簡単に盗み聞きできてしまいます。

警戒心とか全然なく、ガヤガヤしているそこらへんで呑気に会話している光景はちょっと拍子抜けです。

どうしてこんなに警戒もないのかと考えると、要はこの会話自体を「後ろめたいこと」だとは思っていないということなのでしょう。悪いことだと考えてもいない…と言うべきか…。

この無警戒っぷりはまさにイスラエルのロビー活動がいかに堂々と行われ、それが許されているのかを物語っていると思いました。

それにしても自分が優位に立てたと思って気が緩むのか、一部の人はFワードを連発するし、「イスラエルのロビー活動の現場だ」と言われなければ、どこかの悪口井戸端会議みたいに思えなくもない場面もいくつかありましたね…。

「ユダヤ人が社会の裏で暗躍している!」と言ってしまうとそれは典型的な反ユダヤ陰謀論なのですけど、今作が映しているのはもちろんそういうものではなく、「イスラエルのロビー活動が(秘密裏でも何でもなく)わりと普通に行われている!」ということなんですね。

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イギリスでのイスラエル・ロビー活動

イギリス編では、ロンドン駐在のイスラエル大使館の上級職員シャイ・マソットを中心に、「イスラエル保守友好会(Conservative Friends of Israel;CFI)」「労働党イスラエル友好会(Labour Friends of Israel;LFI)」「ユダヤ人労働運動(Jewish Labour Movement;JLM)」のような組織との繋がりが浮き上がってきます。このシャイ・マソットについて「バランスの取れた人です。人脈があるし、プロパガンダも言いません」と絶賛な声が拾われ、ロビー活動の中心にいるのはたいていこういう「良い人」と評価される人物なんだなというのがわかりますね。

そして英米で共通…というかイスラエルのロビー活動の基本戦術となる概念が紹介されます。それが「反ユダヤ主義(Antisemitism)」という言葉の武器化です。

作中で解説されるとおり「反ユダヤ主義」というのは、本来は「ユダヤ人がユダヤ人であることを理由に受ける差別」という意味でしたが、イスラエルはロビー活動の中でその言葉の意味を拡大解釈し、「ユダヤ人の行動に対するあらゆる批判」も反ユダヤ主義だと主張。ユダヤ人にとってイスラエルはアイデンティティの一部なのでイスラエル政府を批判するのも反ユダヤ主義…という理屈です。

この歪んだ反ユダヤ主義の定義を作り出すことで、イスラエル政府批判者は人種差別的なヘイトグループだという印象を与えさせる…いわば最強の論破カードを手にしたのでした。

そのあまりの卑怯さがよくわかる一例が本作で映し出されます。

労働党年次大会のトレーニングセッションで聴衆にいた活動家のジャッキー・ウォーカーがイスラエル・ロビー活動側の反ユダヤ主義という概念の浅さをインターセクショナルな視点でやんわりと指摘するのですが、ジャッキー・ウォーカーはたちまちネットで反ユダヤ主義だと非難のまとにされます。

ジャッキー・ウォーカーもユダヤ人なのですが、JLMの平等担当官エラ・ローズが裏でジャッキー・ウォーカーのことをFワードで吐き捨てようがそれは反ユダヤ主義にはならないと認知しているというダブルスタンダード…。反ユダヤ的というのは「私に歯向かってきたうぜぇ奴」くらいの意味でしかなく、歴史への反省なんかは微塵もないのが…。

また、熱心な労働党員のジーン・フィッツパトリックがLFIのブース(「For Israel, For Palestine, For Peace」と後ろに書かれている)で二国家解決について穏やかに素朴に質問。そこで応えるLFI会長ジョーン・ライアンが答えるも空振りし続ける会話。最後はお決まりの「あなたは反ユダヤ主義」…。

その後、ジョーンは反ユダヤ主義ハラスメントを受けましたと報告し、裏でみんなで言いたい放題に「あいつは嫌な奴だった」とでっちあげていく過程が生々しい…。

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アメリカでのイスラエル・ロビー活動

アメリカ編では、こちらもイギリスとそう変わらない状況が暴露されます。

まず大学コミュニティでのロビー活動。BDS支持派(親パレスチナ派)の学生たちを追い詰めるべく、本当にえげつない画策をしていました。

その手口はおなじみの「反ユダヤ主義」レトリックなわけですけども、「ハマスとシャリーア法が大学を乗っ取った」と吹聴し、「テロリスト」などのセンセーショナルな言葉を駆使して、徹底的に邪悪で暴力的にみえるように印象操作します。

本作では「イスラエル・サイバーシールド」という活動監視システムを構築しつつ、大学では教員さえも監視要員に利用していることが語られますが、その最悪の極みのようなものが「カナリア・ミッション(Canary Mission)」というBDS活動家を吊し上げるウェブサイト。

このサイトにリストされた学生は、過激派とレッテルを貼られ、学業はもちろん就職も脅かされ、人生を滅茶苦茶にされる…。「アルガマイナー(Algemeiner)」といったBDS活動を反ユダヤ主義と批判するメディアだったり、多くの記者と繋がって見出しを変えるなどの要請を裏で行う「イスラエル・プロジェクト(TIP)」だったり、「イスラエル・オン・キャンパス連合(ICC)」「StandWithUs」、あらゆる方向から包囲網が狭まれ…。

この「カナリア・ミッション」に資金提供しているひとりがアダム・ミルスタインという投資家だったというのが本作で発覚する最大の事案ですが、個人的には「人種差別的な落書き(スワスティカ)はBDS支持派の学生によって書かれたんじゃなく、キャンパス外の白人至上主義者によるものである可能性が高いよね」といけしゃあしゃあと言ってのけるTIPのあの人の言葉も怖かったですよ…。

また、アパルトヘイト批判をかわすために黒人を取り込もうとするキャンペーンも内部事情が隠し撮りされ、アストロターフィング(嘘の草の根運動)をやっている姿が赤裸々に…。大学の自治とかこれっぽっちも気にしてないです。

政治の方面では、ロビイスト団体「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」の議会への影響力が詳細に説明されます。

親イスラエル派になれば議員はカネが流れてきて圧倒的に当選に有利、寄付を使ったロンダリングもできる、旅行制限に抜け穴も用意され、邪魔者には対抗候補者を配置…至れり尽くせりな特典です。

イスラエルは福音派クリスチャンからの支持が根強いですが、アメリカの超党派がまとまれる場を提供しているという売りもあって、なるほどなと思いました。

ユダヤ人を貶める酷い反ユダヤ陰謀論の蔓延を防ぎつつ、反民主主義&反人権的なイスラエルのロビー活動を批判する…難しいバランスを求められますが、でも向き合わないとなと噛みしめさせられるドキュメンタリーでした。

『The Lobby』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

イスラエル/パレスチナに関するドキュメンタリーの感想記事です。

・『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』

作品ポスター・画像 (C)Al Jazeera Investigates

以上、『The Lobby』の感想でした。

The Lobby (2017) [Japanese Review] 『The Lobby』考察・評価レビュー
#告発ドキュメンタリー #イスラエル #シオニズム #パレスチナ #植民地主義 #権利運動 #政治 #プロパガンダ