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『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』感想(ネタバレ)…偏見に紛れて狙っている

ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼

偏見は殺人鬼の隠れ蓑になる…「HBO」ドキュメンタリーシリーズ『ラスト・コール / 性的マイノリティを狙う殺人鬼』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Last Call: When a Serial Killer Stalked Queer New York
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年にU-NEXTで配信
監督:アンソニー・カロンナ
LGBTQ差別描写 恋愛描写
ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼

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『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』のポスター

『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』簡単紹介

1990年代、ニューヨーク州、ペンシルベニア州、ニュージャージー州の広い地域で、複数の男性が無残な遺体で発見される事件が起きた。いずれも手口は似ており、連続殺人鬼の仕業であると予想された。そして被害者は全員がゲイであった。当時を知る関係者の証言も交えながら、ヘイトクライムに怯えていたあの時代のLGBTQコミュニティの日常を覗きつつ、この事件に迫っていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』の感想です。

『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』感想(ネタバレなし)

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繋がりの楽しみを邪魔する存在

セクシュアル・マイノリティにとって今は当事者同士が繋がりやすい時代になったのかもしれません。日本でもそうです。居場所作りなどの交流の場を企画する支援団体もあれば、DiscordやVRChatなどでオンラインの交流もできますし、SNSでも気軽に仲間に出会えます。マッチングアプリも充実してきました。

その一方でその状況に潜む「脆弱性」は軽視されがちです。繋がりやすいということは、裏を返せば「悪しき狙いで接近してくる存在」にも都合がいいからです。身体的に危害を加えようとするもの、窃盗や詐欺を企てるもの…さまざまな可能性が考えられます。

別に繋がりたいと思う気持ちが悪いわけではありません。問題はその個々の活動の発展と並行して、社会の質も上がっているのかということです。

例えば、性的マイノリティのコミュニティ内で事件の被害に遭ったときに相談できる場はあるでしょうか? 警察は性的マイノリティのコミュニティの間で起きる犯罪事件に適切に対応できるでしょうか? メディアは偏見抜きで報じることができるでしょうか?

今回紹介するドキュメンタリーを観ると、そういうとっつきやすい身近な繋がりだけでなく、もっと広い視野で社会全体を改善していかないといけないということを実感させられます。

それが本作『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』

原題は「Last Call: When a Serial Killer Stalked Queer New York」。タイトルにある「ラスト・コール」が意味するところは本作を観ればわかります。

「HBO Documentary Films」の一作である2023年の犯罪ドキュメンタリーで、全4話構成なのですが、主題になっているのは1990年代にアメリカで起きた連続殺人事件です。この連続殺人で犠牲者となったのはいずれもゲイ男性(バイ+の可能性もありますが)であり、LGBTQコミュニティ内を震撼させました。

当時、1990年代は性的マイノリティを狙ったヘイトクライムが問題視されていたのですが、本作はそんな時代のLGBTQコミュニティの日常を覗きつつ、警察・遺族・その他の関係者の証言をもとにこの事件に迫っていくものとなっています。

『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』を監督したのは、アメリカにおけるLGBTQの権利運動の歴史を10年ごとに整理したドキュメンタリー『プライド』でもエピソード監督を務めた“アンソニー・カロンナ”

制作には“シャーリーズ・セロン”の設立した「Denver and Delilah Productions」も関わっており、“シャーリーズ・セロン”の名も製作総指揮にあります。

1990年代のアメリカのニューヨークのLGBTQコミュニティの姿、またはヘイトクライム問題に興味がある人には、この『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』はとくにオススメです。

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『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』を観る前のQ&A

✔『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』の見どころ
★1990年代のアメリカのニューヨークのLGBTQコミュニティを覗ける。
★性的マイノリティを狙ったヘイトクライムの問題を学べる。
✔『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』の欠点
☆残酷な殺人事件を扱っているので注意。

鑑賞の案内チェック

基本 同性愛者への差別の描写があるので注意です。
キッズ 3.0
殺人事件を扱っているので、保護者のサポートが必要かもしれません。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』のネタバレありの感想本文です。

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1990年代のLGBTQコミュニティの状況

ドキュメンタリー『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』で主題となる連続殺人事件。

最初に取り上げられるのは、1992年ニュージャージー州バーリントン郡。運輸省の職員が荷台にあった人間の頭部を発見し、さらにあちこちで体のバラバラな部位が見つかり、被害者は7つに切断されていた…というものです。財布の免許証からトーマス・マルケイが被害者だとわかります。

見つかった犯人のものと思われる指紋は、1991年ペンシルベニア州ランカスター郡で森にあったドラム缶の遺体が見つかった事件で採取されており、同一犯と推測。この被害者はピーター・アンダーソンでした。

さらに1993年5月にはニュージャージー州オーシャン郡で袋の遺体が見つかり、アンソニー・マレロ(トニー)が殺されていたことが新たに発覚。

さらにさらにその年の8月にマイケル・サカラの遺体が見つかり、確認された犠牲者は4人となります。

本作ではそれ以外にも後に判明する犯人とよく似た人物に襲われそうになってギリギリで生き延びたという証言が紹介されるほか、作中で取り上げられませんが、他の発見遺体でもこの犯人が第一容疑者なのではないかと疑われる事件があって、実際の被害者がもっと多いことが示唆されます。

本作を観ていて実感できるのは、1990年代当時のアメリカ、とくにニューヨークのLGBTQコミュニティですね。今やアメリカで最もLGBTQフレンドリーな街になっているニューヨーク・シティであっても、たった30年前の1990年代は全くそうではなかった…という事実です。

多くの当事者が隠れながら集える場はやはりゲイバーです。しかし、ゲイバーとひとくちに言ってもいろいろで、本作では被害者に関連するゲイバーとして「ザ・タウンハウス」「ファイブオークス」の2つが登場します。このうち後者の「ファイブオークス」はわりと典型的に想像されやすいゲイバーで、多様なクィアな人たちが思い思いにわらわらと集まって盛り上がっている感じです。しかし、「ザ・タウンハウス」は主にビジネスで成功しているスーツ姿の身なりのいい人たちがこっそり集うシークレットな高級バーなんですね。

被害者のうち、マルケイとアンダーソンは「ザ・タウンハウス」と縁があり、サカラは「ファイブオークス」の人気者でした。

一方で、マレロはセックスワーカーであり、またコミュニティとの関わり方が違います。

被害者4人とも男性に惹かれるゲイですが、同じゲイでもライフスタイルは異なり、この犯人はかなり手広くターゲットを物色しているのがわかります。

また、気安くカミングアウトなんてできる時代ではなかったという当時の現実は、実態解明を困難にさせることも説明されていました。被害者たちは二重生活を送っており、家族もそのクィアな面をよく知りません。本作の取材カメラの前でもどこか差別的な振る舞いを滲ませる人すらいて…。たぶん縁を切っているような人はこの取材をそもそも受けていないでしょう。

それでも、親族の中にクィアな人もいて、カメラの前で寄り添いながら語ってくれるのがせめてもの救いになっていましたが…

社会の偏見ゆえに性的マイノリティは生活の一部を隠し、それが犯罪における脆弱性に繋がってしまうことがよくわかるドキュメンタリーでした。

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LGBTQコミュニティと警察の亀裂

ドキュメンタリー『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』では、捜査が始まるも一向に進展しない様子が語られていきます。それは事件が広域に及ぶからというだけでなく、被害者がゲイであるということにその要因があることも解説されます。

つまり、警察コミュニティにおける性的マイノリティへの偏見が障害になっていました。

1990年代は性的マイノリティを狙ったヘイトクライムが目に見えて増加しており、当然、警察は庶民を暴力から守らないといけないはずなのですが、その守る側に立つはずの警察官すら性的マイノリティに暴力をふるっているという現実があって…。

暴力をしていなかったとしても、消極的か無関心で、今回のゲイが被害者の連続殺人事件への意気込みも弱めです。本作で映っていましたけども、取材を受けるペンシルベニア州の警察の人たちは今も論点をわかってなさそうで、「ゲイであることをなぜ強調するんですか?」とか口走っているわけです。

アンソニー・マレロの件ではプエルトリコ出身ゆえに人種差別セックスワーカー差別まで追加され、ますます偏見は深まります。

こんなありさまですから、LGBTQコミュニティは警察は信用しなくなります。警察の捜査における聞き込みなどでも情報を明かしません。悪循環ですよね…。

比較的話題の人であったマイケル・サカラの殺害が発覚して以降、ようやく警察と行政が重い腰をあげるのですが(でもNYPD;ニューヨーク市警察が一番やる気ないの、ほんとに面目丸つぶれだな…)、ここで次の問題が…。メディアです。

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ラスト・コールの意味

事件を大々的に伝えるメディアの報道が増えるのですが、「Gay」の単語を使いまくって性的指向をやたらと誇張する見出しを連発。しまいにはこの当時はまだ正体不明の殺人鬼を「ラストコール・キラー」と呼び始めます。「ラストコール」というのは日本語でいうところのラストオーダーのことで、バーで「もうこれ以上お酒は出せませんよ」という合図のことです。

なぜこんな俗称にしたのかと言えば、作中で説明されるとおり、被害者は犯人とバーで出会ってひとしきり飲んだあとにもっと楽しむためについていった…要するに“お持ち帰り”されたのが悪いのだという被害者バッシングを暗に滲ませているのでした。

後の裁判でも語られるとおり、結局この犯人がどうやって被害者に接触して犯行に及んだのかは不明なのですが、勝手に偏見でそう決めつけ、被害者の尊厳を踏みにじる…本当に最低なメディアの姿勢です。

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ゲイ・パニック・ディフェンスの罪

こうして時だけが過ぎ去り(その間にブランドン・ティーナやマシュー・シェパードなど別のヘイトクライムも起きました)、2001年に突然に容疑者が浮上します(指紋データベースの刷新が背景にある)。その名はリチャード・W・ロジャース・ジュニア。名前はどうでもよくて、驚きなのがこのロジャースの指紋がデータベースにあった理由が、1973年に殺人の容疑でロジャースが一度捕まっていたからということ。

え? 殺人で昔に捕まったのに、なんでのうのうと外にいて、また殺人を許したの?…と、わけわからない感じになりますが、1973年のときは無罪だったんですね。

ロジャースは当時はメイン大学の大学院生でルームメイトのフレデリック・スペンサーを殺しましたが、正当防衛を主張。具体的にはいわゆる「ゲイ・パニック・ディフェンス」を理由にしたのでした。

同性から望まない性的誘いを受けたために制御を失って暴力的に拒否反応しただけだから、たとえそれで相手を死なせても情状酌量の余地があると思わせる…それがゲイ・パニック・ディフェンスです。

ロジャースはなぜ連続殺人に手を染めたのかはわかりません。ロジャースもゲイだったようで、ゲイ当事者が内面化されたホモフォビアを抱えて他のゲイ当事者を傷つけるという事例はありえます。しかし、どうしたってこの1973年のゲイ・パニック・ディフェンスでの無罪判決がロジャースの中で「ゲイなら殺してもOKなんだ」という後押しになったと推察できますし、影響はないというほうが無理な話です。

しかも、ロジャースは1988年に別の男性への暴行容疑でも無罪になってます。

もしロジャースが1973年の段階で有罪になっていたらこんなに犠牲者はでなかったのではないかと考えるとやるせません。

そしてもちろん殺人を犯したロジャースが悪いのですが、それ以上にロジャースの犯罪を偏見で事実上見逃し続けたのは社会であり、社会こそが最大の加害者だったんだなと思います。

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それでも声を上げ続けた人たち

元凶と顛末を知るとただただ悲しくなってきますが、『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』は、そんな社会を変えようと声を上げ続けた人たちを映し出しもしていて、その姿は勇気にもなります。

性的マイノリティを狙った暴力に対抗するための組織「アンチ・バイオレンス・プロジェクト(AVP)」は当事者への安全の呼びかけや警察への働きかけをし、中心で頑張っていましたし、他にも「ピンク・パンサーズ」「レズビアン・アベンジャーズ」などの当事者団体がいくつもヘイトクライムへの抗議をし、エイズ・アクティビズムとも連携して活動を展開していました。「Gay USA」といった当事者主体のメディアも頼もしい存在です。

NYPDにて性的マイノリティ当事者でもあるドナ・マルケントスが本部に加わって、亀裂の入ったLGBTQコミュニティと警察を繋いだのも無駄ではないでしょう。

2005年の裁判で、陪審員の選定時に差別意識はないか質問でチェックして除外する配慮を行った関係者の働きも重要でした。

現在も性的マイノリティを狙ったヘイトクライムは後を絶ちません。そして過小評価され続けています。

当事者のささやかな人生の楽しみを奪われないためにも、社会に訴える声(call)を止めるわけにはいかないですね。

『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実)

作品ポスター・画像 (C)HBO ラストコール

以上、『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』の感想でした。

Last Call: When a Serial Killer Stalked Queer New York (2023) [Japanese Review] 『ラスト・コール 性的マイノリティを狙う殺人鬼』考察・評価レビュー
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