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『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』感想(ネタバレ)…人種差別はドアを叩く

キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

そして向こうから押し入る…映画『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Killing of Kenneth Chamberlain
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2023年9月15日
監督:デヴィッド・ミデル
人種差別描写

キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

きりんぐおぶけねすちぇんばれん
キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』あらすじ

2011年11月19日、早朝のニューヨークのとあるアパートの一室。高齢のケネス・チェンバレンは、就寝中に医療用通報装置を誤作動させてしまう。安否確認にやって来た3人の警官に、ケネスはドア越しに通報は間違いだと伝えるが全く信じてもらえない。最初は穏便に手順どおり対応していた警官たちは、ドアを開けるのを頑なに拒むケネスに不信感を募らせ、次第に高圧的な態度をとるようになっていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の感想です。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』感想(ネタバレなし)

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警察はあなたにとって味方ですか?

皆さんは防犯の対策は何かしているでしょうか。近頃はIT化の恩恵もあって、テクノロジーを利用したセキュリティサービスが手頃に利用できるようになってきました。見守りカメラ、位置情報共有、電子ロック…いろいろなサービスが豊富に揃い、日常を犯罪から守ってくれます。

こうした防犯ITサービスの中にはネットワークに接続し、簡単にサービス運営側のシステムを通して警察に通報することができたりするものもあります。異常があればすぐに警察が駆け付ける…多くの人には頼もしいと感じるでしょう。

しかし、それは全ての人が感じる安心感ではありません。

「警察がすぐに駆け付ける」ということは必ずしも全員にとって「安心」ではないのです。

なぜか? それは人種差別の問題があるからです。

アメリカなどの国々ではアフリカ系への人種差別が蔓延しており、歴史的にその差別する主体者として問題視されてきたのが警察です。

警察による黒人への不当な取り締まり、暴力、軽視…こうした問題は日常茶飯事であり、アフリカ系の人たちにとって警察は味方とは言い難いです。

2023年8月もミシガン州デトロイト市で当時妊娠8カ月だった黒人女性が、AIを用いた顔認識システムによって強盗犯と誤って判断され逮捕された件で、不当逮捕だったとして市を提訴した事件が報じられましたForbes。ドキュメンタリー『AIに潜む偏見: 人工知能における公平とは』でも説明されているとおり、既存のAI顔認証などの技術は人種的に偏向しており、一部の人種を不正確に扱ってしまっています。

黒人が警察に不当に扱われることの問題を描いた作品は、ドラマ『ボクらを見る目』など、これまでもいくつも作られてきました。

しかし、今回紹介する映画は、AIとはまた違う点で警察とテクノロジーが歪んで融合したことで最悪の人種差別として露呈する、そんな実話の事件を描いたものです。

それが本作『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』

この映画は、2011年11月19日にニューヨークで実際に起きた事件を主題にしています。あまり詳細を語ってしまうとあれなので、ざっくりと概要だけ言うと、とある黒人がひとり住む部屋に、医療用通報装置の誤作動で警察が駆け付けます。そしてそれが最悪の悲劇に繋がっていく…。

本当に身の毛がよだつ、嫌悪感と怒りで心がグチャグチャになる、最低な事件なのですが、本作はこの事件を83分という映画時間でほぼ実際のリアルタイムな時間の流れを体感させるように映し出します。

長回しでヘイトクライムを描いた『ソフト/クワイエット』などもそうですが、ワンシチュエーションで差別暴力を描き切るというのは、トラウマを消費的に利用しかねない問題点はあれど、やはりこの事件を伝えねばというジャーナリズムな姿勢があってこそです。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』は間違いなくその役割を果たしており、この残酷な差別と暴力に蹂躙された被害者の声を代弁しています。忘れさせはしない…と。

この『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』は、アフリカ系の大御所俳優“モーガン・フリーマン”の製作会社「Revelations Entertainment」が制作したものです。

監督・脚本・プロデューサーに名を連ねるのは、”デヴィッド・ミデル”(デビッド・ミデル)。もともと障がい者の視点で作品を作ることに関心があり、2014年の長編映画デビュー作『NightLights』でも自閉症の兄弟を描いていました。この『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』は人種差別だけでなく、障がい者差別も複合的に取り扱っており、この監督だからこそ作れたものだったのではないでしょうか。

主演は、映画や演劇など幅広い活躍をみせてきた大ベテランの“フランキー・フェイソン”。今作はこの“フランキー・フェイソン”の名演が強烈です。本作でインディペンデント・スピリット賞の主演男優賞にノミネートされました。

共演するのは、ドラマ『Empire 成功の代償』“スティーブ・オコネル”『B-Roll』“エンリコ・ナターレ”、ドラマ『プルーブン・イノセント 冤罪弁護士』“ベン・マルテン”、ドラマ『シカゴ・ファイア』“アンジェラ・ピール”など。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』は観終わった後はかなり動揺するので、メンタルケアできる回復手段を服用しつつ、受け止めに行ってください。

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『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』を観る前のQ&A

✔『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の見どころ
★人種差別の生々しさが伝わる。
✔『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の欠点
☆非常に暴力描写がショッキングなので注意。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:差別問題に関心あれば
友人 3.5:関心ある人に推奨
恋人 3.0:デート向きではない
キッズ 2.5:暴力描写強め
↓ここからネタバレが含まれます↓

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):帰ってくれ

2011年11月19日午前5時20分。ニューヨーク州、ホワイトプレーンズ。朝日が入り込み始めた早朝、70歳のケネス・チェンバレンはベッドでまだ眠気を感じながら少し動きます。

そのとき、傍の棚にあった医療用通報装置がうっかり作動してしまいます。

「ライフガード社のウェイドです。ペンダントが作動しました。緊急ですか?」と音声が呼びかけますが、ケネスはまだ眠っているのでその呼びかけに返事はしません。

「お返事がないので救急車を手配します」と手順どおりの対応に移行することを知らせる音声。

しばらくすると3人の警官がアパートに来ます。警部補のパークス、ジャクソン、ロッシの3名です。「対象者は精神的に不安定です」と連絡を受けつつ、他の情報は何もなし。

該当の部屋まで来て、ドアをノック。「警察です。安否確認です」

ケネスは飛び起きます。頭がぼんやりしており、状況が掴めません。

またノック。ケネスはノック音が頭に響きます。

ドアの前まで来て、覗き穴を確認し、「何の用だ。保護は受けてない」と言います。しかし、警官たちは「医療用通報装置の件で要請がありました」と繰り返します。

「緊急の用はない」「待ってください。他に誰かいますか?」「私の他にいない」

警察はそれでもまだ問い続けてきます。少し語気を強めながら「だから緊急ではないし、誰にも電話してない」とケネス。

警官は住所を再確認。確かにここで合っています。「何か通報装置が作動していませんか?」

机を見ると、装置が点滅しています。ケネスは「誤作動だ」と説明。

「無事かどうか確認させてください」「いや、いい。帰ってくれ」

無線で事情を報告しますが、安否確認をするように指示されるだけ。

「名前は?」と聞かれるも答えないケネス。「また靴を盗む気なのか?」と過去の被害が頭をよぎり、口走ってしまいます。

「我々が来たのはあなたを助けるためです。協力してくださればすぐに帰ります」

「ケネス…チェンバレンだ」

「何か違法なことを?」

「朝5時だ。私は70歳だぞ。寝たいんだ」

ケネスは装置でサービスの担当者と通話し、誤解だと伝えます。

そんな中、警官の一部が「大麻を隠しているから開けないのでは?」と疑い始め、一方、ケネスも「きっと私に危害を加えに来たに違いない」と強迫観念にとらわれます。

「帰ってくれ!」と大声でケネスが主張する最中、そこにケネスの姪トーニャが来ます。「そこは伯父の部屋です」

けれども警官のひとりはここは自分たちで対応すると言い張って追い払ってしまい…。

この『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/02/04に更新されています。
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警官たちの心理

ここから『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』のネタバレありの感想本文です。

『デトロイト』のように警官のコミュニティが黒人差別を燃焼材にしてどんどん暴走し、現場で最悪な顛末を迎えてしまうという事態。『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』はそれが本当に何気ないことで始まる。ゆえに非常に怖いです。

捜査ですらないし、取り調べの聞き込みでもない。単なる安否確認のはず。「大丈夫ですか?」と心配するだけでいい。「大丈夫です」と返事が返ってくれば、「ああ、なら良かったな」とひと安心して終わり。些細なことです。数分もかからない。

にもかかわらずそれがいつの間にか、武器を突きつけての強制的な突入にまで発展するとは…。

本作はその悪化の過程が克明に映し出されていました。

まず状況を悪化させるのが警官たちの「指示ありき」な対応です。直接会って確認しないと怒られるから…という理由で頑なに帰ろうとしない警官たち。それがいつしか「ドアを開けさせる」ことが絶対的な目的であるかのように認識し始め、そうしないと警察のプライドが傷つくと言わんばかりに固執していきます。

さらに「この場所には犯罪者しかいない」みたいなあまりに偏見ありきの決めつけによって、ケネスは完全に容疑者扱いになってしまい、警官たちは自分の推測を疑いません。

こうなってくると最初の「指示ありき」の姿勢は吹き飛んでおり、ケネスが「令状もなしで、相当な理由もない、違法だ」と訴えても聞く耳なし。明らかに逸脱した行為に躊躇しなくなってしまっています。

その中で、警官たちの間の人間模様、とくに上下関係が展開されるのも注目点です。

最初の3人の状態だとパークスが一番キャリアが上らしく、なので威張って指揮をとろうとします。ジャクソンは過去に問題行為を起こしたらしく(でもクビにはならない)、最も差別的な態度をとります。スキンヘッドのロッシは新米で、この同僚の行為が倫理的におかしいと感じて、自分なりに軟着陸させようとしますが、結局は逆らえず傍観するしかできません。

そしてドア突破の応援として後半に警官が追加で駆け付けるのですが、そこにはパークスよりもベテランっぽい警官がおり、指揮の中心が少し変わります。一転、先ほどの余裕はどこへやらパークスが不安な顔を浮かべ始めるのが印象的です。

ドアをハンマーで強固突破して、ケネスが大勢の警官にあまりに過剰に押さえつけられている現場を見て、狼狽えるパークス。ここまで滅茶苦茶なことになるとは思っていなかったのか…。

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ケネス・チェンバレンが守ろうとしたもの

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』で起きる出来事は当然ながら黒人差別が原因にあります。

元海兵隊というプロフィールも、もし白人だったら「お国に仕えた愛国者」扱いですが、黒人だったら「武器の扱いに慣れた危険人物」扱いになる…。

一方で本作は人種差別以外にも障がい者差別が密接に絡み合ってきています。

ケネスは双極性障害(躁うつ病)だそうですが、警官たちは「精神的に不安定」とだけ伝えられており、「精神的に問題がある=暴力犯罪の危険性が高い」と偏見で判断してあの現場に立っていることは容易に想像がつきます。

また、警察組織だけでなく、あの医療装置(メディカル・アラーム・デバイス)を提供している企業側の人種差別や障がい者差別への意識の軽薄さも滲んできます。貧しい地区に住む黒人でかつ精神疾患がある人に、安易に警察を派遣することのリスクというものを全然考慮していません。

本来であればケアを支援するための医療用通報装置。あらためてテクノロジーというものがもたらす恩恵は常に不平等であるという現実を突きつけられる映画ですね。

ちなみにあの医療装置の担当者音声を演じているのは、『プリンセスと魔法のキス』でおなじみの“アニカ・ノニ・ローズ”です。あの担当者はすごく誠実に対応しているんですけどね。でも無力でそれがまた無情さを突きつけてきて…。

姪のトーニャが911に通報する姿が切ないです。警官が暴力的な行動にでているから警察に通報するしかない…こんな状況、矛盾に満ちた理不尽さです。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』のラストでは、実際の音声が流れますが、これだけの明らかな不正行動の証拠があっても、関係する警官を有罪にすることができなかったという事実。

ただ、映画内ではそう説明されますが、映画は2019年に完成していましたが、それ以降、少し社会に動きがありました。2020年に控訴裁判所がこの事件に関する過去の棄却を誤りとする判決を下し、もしかしたら再度警官を訴えることができる可能性が生まれました。

ケネス・チェンバレンは高齢であろうとも精神疾患があろうとも、アメリカ合衆国憲法修正第4条を知っていました。

不合理な捜索及び逮捕押収に対し、身体、住居、書類及び所有物の安全を保障される人民の権利は、これを侵害してはならない。令状はすべて、宣誓又は確約によって支持される相当な根拠に基づいていない限り、また捜索する場所及び逮捕押収する人又は物が明示されていない限り、これを発してはならない。

1枚のドアを盾に必死にその憲法の理念を訴えて、虚しく射殺された犠牲者の姿。この憲法の精神までも斧やハンマーで強引に壊してはいけません。それを守るのが警察が果たすべき正義です。

『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 85%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2020 KC Productions, LLC. All Rights Reserved キリングオブケネスチェンバレン

以上、『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』の感想でした。

The Killing of Kenneth Chamberlain (2019) [Japanese Review] 『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』考察・評価レビュー