ヘイト本は現実を過激化させる…映画『オーダー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:カナダ(2024年)
日本では劇場未公開:2025年にAmazonで配信
監督:ジャスティン・カーゼル
人種差別描写
おーだー
『オーダー』物語 簡単紹介
『オーダー』感想(ネタバレなし)
極右に文脈などない
2025年1月、アメリカの“ドナルド・トランプ”大統領の2度目の就任式にて、トランプと親交を深め、政治中枢に支配力を伸ばす“イーロン・マスク”が就任を祝う集会で演説中に「ナチス式敬礼」を行ったとして大きな批判を浴びました。
そのジェスチャーは「ナチス式敬礼」だったのか…メディアもネットでも論争が勃発したわけですが、「ナチス式敬礼」とみなす専門家もおり(The Guardian)、公共の場で「ナチス式敬礼」を掲げることが違法の国などでは、この“イーロン・マスク”のジェスチャー画像をサムネイルなどで使用しない処置が施されました。
「Snopes」などのファクトチェックサイトでは「文脈が曖昧なのでこれがナチス式敬礼だったのか断定できない」とまとめていますが、今回の事案をファクトチェックさせてそういう結論を導かせること自体が極右の思うツボなのだと思います。
極右はジェスチャーやシンボルの文脈など鼻から気にしていません。『フィールズ・グッド・マン』の騒動でもわかりますが、何でもいいのです。自分たちが盛り上がる犬笛になりさえすれば…。
以前から極右を支持する姿勢を示してきた“イーロン・マスク”がアメリカの大統領就任祝いのスピーチの場で「ナチス式敬礼」と解釈可能なジェスチャーをする。これをやってもメディアはろくに一致して批判できず、右往左往するのみ。そうやってどんどん“慣れ”させ、一方で極右信奉者を活気づかせる。それが達成できれば勝ちなのです。
『The Story of Fascism in Europe』や『Nazi Town, USA』といったドキュメンタリーを観れば、そうやって白人至上主義の極右が1920年代から1930年代にかけてヨーロッパやアメリカで団結力を強めていった過程がよくわかります。
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今回紹介する映画は、ジェスチャーやシンボルとはまた違う、いわゆるフィクションの物語を綴った「本」が、極右を過激化させた実話を描いた作品です。
それが本作『オーダー』。
本作は1980年代のアメリカで実際に活動して大事件を引き起こした白人至上主義団体とそのメンバーを描いたクライムサスペンスです。その危険な人物を追うFBI捜査官の男を主人公にしていますが、実在の白人至上主義者も片側に映し出され、双方がぶつかり合っていきます。
多少は脚色されていますが、実話の事件を知らない人は「こんな出来事があったのか」と衝撃を受けながら物語に入り込めるでしょう。「本」がどう関わるのかは観てもらえれば…。
『オーダー』はアメリカを舞台にしているのですが、カナダ映画で、監督はオーストラリア人の“ジャスティン・カーゼル”という少し変わった製作体制です。“ジャスティン・カーゼル”監督は、1996年にオーストラリアのタスマニア島の観光地で起こった銃乱射による大量殺人事件の犯人を描いた『ニトラム NITRAM』(2021年)という映画で高評価を獲得。同じ実話犯罪事件モノですが、今回はさらに犯罪の加害者側規模がスケールアップしています。
『オーダー』で捜査官を演じるのは、ドラマ『スター・ウォーズ スケルトン・クルー』で胡散臭い魅力を発揮していた“ジュード・ロウ”。白人至上主義団体のリーダーを演じるのは、なんかいっつもこんな役回りな気がする“ニコラス・ホルト”。主人公捜査官の相棒となる地元保安官の役には、『レディ・プレイヤー1』の“タイ・シェリダン”が起用されています。
日本では劇場公開されず、「Amazonプライムビデオ」での独占配信になってしまった『オーダー』ですけども、関心ある人は忘れずにウォッチリストに入れておいてください。
『オーダー』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2025年2月6日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | 差別主義の生々しい描写があります。 |
キッズ | 差別主義を描いているので大人による補足が必要かもしれません。 |
『オーダー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1983年、デンバーのKOAスタジオからラジオにて偏見に満ちた差別主義者とやり合い、「彼らは世間で上手くやっていく能力がなく、他人の楽しみを奪うことしか手段を持たない」と自身の分析を雄弁に語るアラン・バーグ。
そのラジオが流れる車が1台、夜の森を走っていました。運転手と助手席の男2人は、ラジオのパーソナリティーに対して「くそユダヤ人だ」と感想を漏らします。
夜に狩りにきたブルース・ピアースとゲイリー・ヤーボローは懐中電灯片手に森を歩くも、もうひとりの連れのウォルターという人物を容赦なく撃ち殺します。今回の狩りはこの喋りすぎた仲間を排除することが目的だったのです。
ところかわってアイダホ州コーダリーン。ベテランFBI捜査官だったテリー・ハスクはここで事務所を立ち上げ、仕事を始めたばかり。これまでKKKやコーサ・ノストラといった差別主義団体を扱ってきたものの、今はもっと小さめのターゲットに絞ることにしたのです。ここには白人至上主義の連中はゴロゴロ存在し、バーでも「ホワイト・パワー」など差別的な掲示物が普通にあるくらいでした。
ハスクは妻とは疎遠で、再会を願っているも、気分は晴れません。こっちに呼んでいちからやり直したいと思っていますが、見通しは無しです。
ワシントン州スポケーンでは、ゲイリーとブルースに加え、デビッド・レーン、ボブ・マシューズたちはアサルトライフルで武装して銀行強盗を実行。大金を手に入れ、逃げる車内で大喜びします。
まず密かな愛人である女性に札束をみせて祝いあうボブ・マシューズ。彼女は妊娠中です。その後は、実の妻のもとへ行き、同じくカネをみせますが、子連れの妻はやや不安げでした。
ハスクは地元の保安官事務所へ向かいます。白人至上主義団体のアーリアン・ネーションズの創設者リチャード・バトラーに関する資料を手に、捜査の協力を議論するためです。しかし、地元の保安官はあまり乗り気ではありません。
ところが若いジェイミー・ボーエン保安官代理は協力してくれます。何でもアイダホ州ヘイデン・レイクにバトラーの拠点があるらしいですが、それよりも不審な動きがあるとのこと。
ジェイミーの家に行って詳細を聞きます。最近は銀行強盗など犯罪が相次いでおり、アーリアン・ネーションズの関与が疑われているというのです。一般的にヘイト団体がこういう犯罪を繰り返すのは変です。よくあるのは差別的なスピーチやシンボルを掲げるくらいで、わざわざ目立って犯罪をする理由はないはず。何か裏があるのか調べないといけません。
こうして捜査は始まりますが、そこにはボブ・マシューズの企みが待ち受けており…。
『ターナー日記』とは?
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ここから『オーダー』のネタバレありの感想本文です。
『オーダー』にて極右団体「アーリアン・ネーションズ」から分派となる形で独自に「The Order」という組織を設立し、大きな野望を実行に移そうとするボブ・マシューズ。その計画の手引書となるのが作中でも登場する『ターナー日記』という本です。この本は実在します。
『ターナー日記(The Turner Diaries)』は、白人至上主義団体「ナショナル・アライアンス」の創設者である”ウィリアム・ルーサー・ピアース”が1978年に出版した小説です。
ざっくり内容を説明すると、近未来を舞台にしていて「何が起きたのか」を振り返る日記のような構成になっています。
アメリカの連邦政府が国内の白人の民間銃器を新たな法律の規制で全て没収するという社会変化によって、それに抵抗する白人は組織化して地下に潜伏。政府相手にゲリラ戦を仕掛けるようになるところから始まります。この白人たちは自分たちを脅かす存在を「System」と呼称し、敵視しています。
そして白人たちの攻撃は激化し、FBI本部を強襲するなど、政府をしだいに圧倒。同時に非白人を強制移住させたり、処刑することで壊滅させ、どんどん地域を政府支配から解放します。
やがては一部の地域に白人占有国家を樹立。非白人に協力した白人は裏切り者として処刑し、その処刑は「ロープの日」と呼ばれます。
世界中で壊滅的な戦争が起き始める中、自分たち白人占有国家は軍事独裁政権となったアメリカ政府に最後の戦いを挑むべく、神風特攻隊のようにペンタゴンに自爆突撃することを決意。「この戦いの末、白人以外の人種が滅んで自分たちの組織が世界を慈悲深く統治していくだろう」と締めくくるかたちで物語は終わります。
フィクションのディストピア小説のようですが(常識的な一般の人にはそう映るはず)、白人至上主義者の中には本気でこの物語を理想とみなす者も現れたわけです。
白人至上主義者は従来は「聖書」を精神的な基礎として重視していましたが、それだけでは満足しなかった一部の人たちはより過激なこの『ターナー日記』に陶酔するようになっていったんですね。
作中で紹介されるとおり、この『ターナー日記』を現実で実行しようと実際にテロ事件を起こす者が多発。一部の国ではこの本は発禁となりました。
これはフィクションが現実に悪影響を与えた最悪の一例であり、「これはフィクションだから」「表現の自由だから」では済まなくなった極端な事件です。同じような現象は映画であれば『國民の創生』(1915年)でも起きましたが、1970年代後半の本でも再現されました。
日本でもいわゆる「ヘイト本」が発売されるとなったとき、それを書店に並べて売ることの問題性はよく議論されます。また、つい最近も自分の差別発言を「SFだから」の言い訳で流そうとした人もいました。
しかし、現実の歴史では本当に取り返しのつかない陰惨な事件にまで発展した事例はいくらでもあるのですよね。本作はそれを思い出させてくれます。
作中でも「まさかこんな本を参考に連邦政府を転覆させ人種戦争を勃発させる奴がいるなんて…」という感覚で地元の保安官たちもすっかり見逃していたことが示唆されていましたが、人間はどこまでもタガが外れて現実と虚構を逸脱し、おぞましいことに手を染められる…。ほんと、それが人間という生き物なのでした…。
現実は宣戦布告書なんていらなかった
”ジャスティン・カーゼル”監督の過去作『ニトラム NITRAM』の感想では、残忍な事件を引き起こした加害者を共感ありきになるように脚色で誘導しすぎていると批評したのですけども、それと比べると今作『オーダー』のボブ・マシューズの描き方は抑え気味ではあったと思います。
本作の脚本は『ドリームプラン』の”ザック・ベイリン”だったので、”ジャスティン・カーゼル”監督のこれまでのフィルモグラフィーとは少し違ったのかもしれませんが…。
それでもボブ・マシューズの描写はベタに家族ドラマに寄っており、妻や愛人の存在も添えられているだけで、あまり効果的に活かされなかったなとは思いました。実際のボブ・マシューズは子どもの頃から反共産主義団体に属しており、もっとこの人物がいかにしてこの行動に突き進むようになったのかという根源を描いてもいいのではとも思ったり…。
本作はボブ・マシューズと対比させるべくFBI捜査官のテリー・ハスクが配置されています。
ボブ・マシューズはそれほど貧困でもなく、あてもなくアメリカン・ドリームにすがる中産階級白人の成れの果てのような存在で、表向きは隣人にも恵まれ、平穏に暮らしています。
対するテリー・ハスクは過去の一件のせいで妻や子と疎遠になってしまい、孤立中。家庭の格差は歴然としています。ちなみにこのテリー・ハスクは架空のキャラクターです。
この2人は同じ白人で男性という共通点がありますが、ボブ・マシューズは実父や以前の団体のリーダーを見放して自分が家父長になろうという欲をみせている一方、テリー・ハスクは何の糸口もなくがむしゃらに仕事に打ち込むしかできません。
せっかく対比的な2人のキャラを用意しているのですから、ジェイミー・ボーエンも交えてもうちょっとこのあたりも深く描いてくれるとよかったです。後半はスリルあるジャンルの方向に傾いて、映像の緊迫度の観点で見ごたえはあったぶん、ドラマ性は散らかりました。
最後にこの『オーダー』は配信時の2025年2月の直近の現実と比べるとズレが生じているのがあれですかね…。ゲリラ作戦なんて必要とせず、白人至上主義的な政権が既にアメリカに誕生してしまいましたから。現実は『ターナー日記』よりもさらに危険水域に突入してしまいました。そう、これが今です。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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・『ソフト/クワイエット』
作品ポスター・画像 (C)Amazon MGM Studios
以上、『オーダー』の感想でした。
The Order (2024) [Japanese Review] 『オーダー』考察・評価レビュー
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